信号機のない交差点が増えている?

2022年3月。名古屋市瑞穂区で横断歩道を渡っていた小学生2人が乗用車にはねられ、死傷する事故が発生した。この事故を受け、名古屋市の河村市長から、「通学路の交差点をラウンドアバウト(以下、RAB」という。)に転換できないか」とアイディアが示された。

警察庁によると、愛知県内の2023年の交通事故死者数は、全国ワースト2位(5年連続)。2003年から2018年までの16年間は、連続でワースト1位。そして、愛知県内では名古屋市がワースト1位となっている。このように、名古屋市はもとより愛知県での交通事故対策は、特に力を入れなければならない政策の一つとなっている。

RABは、信号機のない円形の交差点のことである。「信号機がない交差点」と聞くと、交通事故のリスクが高いイメージがあるが、2016年9月の改正道路交通法施行により、RABの定義付けや交通方法が定められたことを受け全国的に普及が進んでいる。

警察庁によると、2024年3月末時点で全国に161箇所設置されている。その中でも、最も設置件数が多いのが宮城県、続いて愛知県、長野県となる。

ラウンドアバウトの導入状況の推移(出典:警察庁、国土交通省の資料をもとに作成)ラウンドアバウトの導入状況の推移(出典:警察庁、国土交通省の資料をもとに作成)

ラウンドアバウト(RAB)の特徴

RABの特徴は、信号機が非設置、円形、そして通行方法の3つである。

図を見ると分かりやすいが、RABは交差点中心の円形部分の「環道」と、環道に自動車が出入りする「流出入部」の大きく2つから構成されている。また、環道の中心には中央島があり、交差点を走行する自動車を十分に見通すことができるような構造になっている。

環道では、自動車は一方通行(時計回り)で走行しなければならない。加えて、環道内に自動車が走行していれば、環道内の交通が優先となる。ここで、通行する動線を下図のようにまとめた。

ラウンドアバウトの形状(出典:国土交通省道路局長「望ましいラウンドアバウトの構造について」)ラウンドアバウトの形状(出典:国土交通省道路局長「望ましいラウンドアバウトの構造について」)
ラウンドアバウトの形状(出典:国土交通省道路局長「望ましいラウンドアバウトの構造について」)通行動線(出典:国土交通省道路局長「望ましいラウンドアバウトの構造について」をもとに作成)

自動車の場合は、流入部→環道(時計回りで走行)→流出部 というルートとなる。なお、環道内に通行車両がなければ一時停止なしで通行可能である。円形交差点は、これまでにも国内140箇所ほど設置されている。円形交差点とRABは、通行方法によって分類される。

ロータリーは、環道の通行が優先されず、流入車両が優先されるため、RABとは明確に分類されている。また、円形交差点であっても信号機が設置されている場合も同様である。

このような特徴を持つRABは、他の円形交差点とは異なる整備効果・メリットがある。

1つ目は、信号機がないため、停電時でも走行することができ、安全・安心な道となる点である。

これは道路を利用する住民等もそうだが、道路を管理する国や地方自治体にもメリットがある。例えば、地震で信号機が倒壊する恐れもないため、RABであれば、道路通行可能な算段をつけられる。これは、復旧・救援活動が迅速に進むことに貢献するだけでなく、警察官による通行規制(手信号など)を行う必要もなく、人的資源を効率的に配分することができる。また、信号機を設置する初期整備費用・維持管理費用も発生しない。

2つ目のメリットは、通常の平面交差点よりも車両の交錯が少なく、また、車両の速度が抑制されるため、交通事故の発生リスクが低い点である。

現に、国によると、RAB導入後に死亡事故や死傷事故は発生していない。車両の速度が遅くなると言っても30km/h程度であり運転手がストレスを抱えるほどでもないため、この点はデメリットにはならないと考えられる。

3つ目のメリットは、信号停止による無駄な待ち時間が発生せず、アイドリング時間を削減し、環境負荷が低減できる点である。

皆さんは、交差点を通行する車両が全く無いにもかかわらず、赤信号であるが故に無駄に待っている時間を過ごしたことはないだろうか。RABであればそのような無駄な待ち時間がなくなり、環境負荷の低減にも貢献する。

ラウンドアバウトの形状(出典:国土交通省道路局長「望ましいラウンドアバウトの構造について」)通行道線(*出典:国土交通省道路局長「望ましいラウンドアバウトの構造について」をもとに作成
ラウンドアバウトの形状(出典:国土交通省道路局長「望ましいラウンドアバウトの構造について」)円形交差点の分類(*出典:(社)交通工学研究会「ラウンドアバウトの計画・設計ガイド(案)」)

日本でRABが注目されたきっかけ

昭和30年代から始まったモータリゼーションの進展によって、三大都市圏を除く地方都市では自動車が生活必需品となっている。

今や一人一台と言っても過言ではない。そのような社会経済状況やライフスタイルの変化に合わせて、国や地方自治体では、道路整備を急速に進めてきた。しかし、道路整備を進めて交通ネットワークが形作られていくなかで、少なからず課題も見られる箇所が見られた。それが交差点である。中でも、交通量の少ない交差点だ。

交通量の少ない交差点交通量の少ない交差点

交通量の少ない交差点では、信号機の設置・維持管理コストから警察では、信号機を設置せずに、一時停止の標識による交通規制を行うことがある。現に、その方が赤信号による待ち時間で無駄に待つこともなく、円滑な交通という観点からも良いという判断がされるためだ。

しかしながら、信号の無い交差点では、「一時停止無視などによる出合頭事故の発生」といった交通事故のリスクがどうしても付きまとう。

このため、平成20年頃からアメリカやイギリスで上記の課題を解決するものとして、先行的に導入されていたRABが着目されはじめ、国、自治体、学会などで導入に向けて社会実験や研究活動などの取り組みがスタートした。その後、上記の取り組みを踏まえ、2015年6月に道路交通法が改正(2016年9月施行)され、RABが正式に導入された。

交通量の少ない交差点日本国内おけるラウンドアバウトの例(福井県大野市)

導入都市と導入の着目ポイント

RABは2024年3月時点で、全国に161箇所設置されている。

今回は、私と関わりの深い福島県の2市町を事例として紹介したい。

福島県沿岸北部の新地町釣師(つるし)地区は、太平洋に面する沿岸部に位置しており、東日本大震災では津波被害を受けた。町では、海岸堤防の嵩上げに合わせて、防災機能や賑わいを創出する場として、海水浴場、公園、多数のアウトドア施設を備えた防災緑地公園を整備した。その公園敷地の中にRABがある。

震災を契機に日本における津波対策は大きく変わっている。極めて低頻度で発生する巨大な津波に対しては、防潮堤や防災緑地によって避難しやすくし人的被害を最小化する減災対策が取り入れられる一方で、にぎわい創出機能と防災機能も備える防災公園の整備が進められ、こうした公園内では、災害時にも交差点機能が低下しないRABとの親和性は高い。

福島県新地町のラウンドアバウト(*出典:日本のラウンドアバウトデータベース)福島県新地町のラウンドアバウト(*出典:日本のラウンドアバウトデータベース)

続いて、JR常磐線いわき駅から徒歩10分ほどに位置する商業施設「PaixPaix(ペッペ)」。福島県沿岸南部のいわき市では、この商業施設の建設に合わせてRABを整備した。いわき市のRABは中心市街地にある。

商業施設の建設に伴って街区の形状が変わることとなり、既存交差点が変則的な形となることから、地元不動産会社、警察、市らの協議によってRABが導入されることとなった。いわき市では単に交通の観点からRABを導入するだけでなく、駅チカという立地性も活かし、買い物客だけでなく市民の交流、滞在の空間となるように、RABと隣接するように広場が設けられた。週末には家族連れや学生が利用するなど、まちづくりと連携した導入事例となっている。

福島県新地町のラウンドアバウト(*出典:日本のラウンドアバウトデータベース)福島県いわき市のラウンドアバウト

メリット・導入効果が高いRAB。今後も普及が続く予想

安全・安心な道づくりに貢献するなど、RABには独自な特徴・メリットがあり、冒頭の河村市長も、安全な市民生活や交通事故のない社会をつくりたいといった意図があるのだろう。発想ベースのアイディアではなく、非常に理にかなったものといえる。

こういった道づくりは歩行者にも優しく、昨今、多くの地方自治体で進める立地適正化計画によるコンパクトなまちづくりや、居心地が良く歩きたくなるまちなかづくり(ウォーカブルなまちづくり)との相乗効果も期待でき、歩いて暮らせるまちの実現にも貢献する。まちづくりの視点でいえば、RABは通常の交差点と比較して形状が大きいため、市街地の延焼防止にも効果が期待できる。

また、いわき市のように、RABがまちのシンボルとして、景観形成の一面も担うことも考えられる。フランスの有名な観光名所である凱旋門は、RABの中心に位置している。このような副次的な効果も期待できる可能性がある。

もちろん、デメリットも存在する。交差点の形状が大きいことで、歩行者や自転車にとっては移動距離・時間が少なからず増える。また、整備に必要な道路用地も増えるため、自治体の財政負担や土地の提供を協力する周辺住民の負担感は増すだろう。導入の際には、そういった費用対効果や地元の機運、それを実現する手続きや手法の検証が必要となる。

上記の検証やハードルを超えることができれば、メリットは充分にあると言える。市民・国・地方自治体にとって導入効果が高く、三方良しのRABは、今後も普及が進んでいくだろう。

パリ凱旋門の環状交差点パリ凱旋門の環状交差点

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