広大な酪農大地に突如現れる、人口2万人とは思えない町

北海道は広い。本州から移住して4年以上がたつ筆者も、いまだに非日常感を覚える機会が多い。ひたすら広がる原野や牧草地を車で走っているとき、1軒のコンビニ店を見つけると、オアシスのような存在に映ることもある。

知床半島や釧路湿原といった全国区の観光地がある道東を移動していて、驚かされる町がある。宇宙からも見える広大な「格子状防風林」がある根釧台地が広がり、全国トップクラスの酪農産出額を誇る中標津町だ。ここに都市的な店舗が突如として現れる。

「地球が丸く見える」と人気の「開陽台」(手前)と、格子状の防風林(中標津町提供)「地球が丸く見える」と人気の「開陽台」(手前)と、格子状の防風林(中標津町提供)

中標津町は網走、釧路、根室の各市の中間に位置する。かつて、根釧台地の開拓を支えた旧国鉄の分岐駅があった。今は新千歳空港や羽田空港と直結する中標津空港を擁し、真っすぐな直線道路が伸びる交通の要衝だ。2020年の国勢調査人口は2万3,010人で、2000年の2万3,179人から大きく減っていない。

バイパスの国道沿いには地元資本のショッピングセンターのほか、ファストファッションや家具・インテリア、子ども用品店など都市部でよく目にする全国チェーンの量販店が軒を連ね、地上5階建ての町立病院もある。中心部にはデザインに凝ったゲストハウスやカフェ、飲食店、ホテルもそろう。観光地としての知名度が高いとは言えないが、人口2万人の町とは思えない経済規模が印象的だ。

不思議に思って取材を進めてみると、国士舘大学の加藤幸治教授(経済地理学)が「中標津モデル」と命名したほどの独自性があった。

「地球が丸く見える」と人気の「開陽台」(手前)と、格子状の防風林(中標津町提供)札幌圏や首都圏と直結する中標津空港(中標津町提供)
「地球が丸く見える」と人気の「開陽台」(手前)と、格子状の防風林(中標津町提供)中標津町の人口推移のグラフ。ここ20年ほど、大きく変わっていない(町提供)

中心地かつベッドタウン。生産地かつ消費地

加藤教授によれば、中標津モデルを特徴づける1つは、「中心地」でありながら「ベッドタウン」であること。交通の要衝であるほか、中心地として圏域内で唯一の大型商業施設があり、周辺地域の医療を支えるため「町の規模だけからするとかなり大きい」と加藤教授の言う町立病院がある。こうした商業や医療の集積が拠点性を高め、町外を含めた酪農や水産加工の産業に従事する人の居住を引き寄せている。例えば隣の別海町は、自治体別で全国トップの酪農生産額を誇るほか、漁業も盛ん。この別海町へは、中標津町に暮らす若手酪農家が通ったり、中標津町からの送迎バスで水産加工会社に通勤したりするケースもあるという。

もう1つの特徴は、「生産地」でありながら「消費地」であること。商業集積があることで、生産に従事する人が地域で暮らすことができるとも言える。加藤教授は「基幹産業の酪農などを支える商業が集積している中標津町では、地元でお金を生み出すとともに、地元でお金を使っています。地域振興で大切なのはお金が地元でどう回るか。商業活動の結果が、意識せずとも地域振興につながっています」と評価する。

YouTube「中標津モデルを経済と歴史で語る会」で登壇した加藤教授YouTube「中標津モデルを経済と歴史で語る会」で登壇した加藤教授

人口10万人以上の都市から離れた「小さな拠点」

中標津町は行政として「中標津モデル」という名の政策を打ち出してきたわけではない。
ただ、商業の集積とトータルでの利便性が高いことが中標津町らしさと考えていた西村穣町長は、同モデルが新聞紙上で発表されたことで、町の活気の背景や目指す方向性が裏打ちされたとして「より考え方がまとまり、心強かった」と喜んだ。

中標津町が作成した、人口10万人以上の都市とその圏域のマップ(町提供)中標津町が作成した、人口10万人以上の都市とその圏域のマップ(町提供)

西村町長は筆者の取材に、全道の地図をベースに作成した「人口10万人以上の都市と圏域(半径50km)」を示した。それを見ると、中標津町の地理的特徴や求められる役割が浮き上がる。

中標津町は、最も近い10万人超の都市である釧路市と100km弱離れ、どの方向から見ても圏域外だ。14エリアにある道庁の出先機関「(総合)振興局」や大学、港湾、高度医療機関といった都市的機能もない。そのため、西村町長は「いわゆる都市から離れた自治体として、小さくてもしっかりとした核にしようと考えました。釧路に次ぐ拠点機能を持たせたい」という思いがあった。

その上でベースになるのは、「360度から人が集まる真ん中にあるというのは大きい」と西村町長が言う立地だ。世界自然遺産の知床半島や阿寒湖といった有名観光地にも囲まれているが、西村町長が「観光では知床や阿寒にはかないません」と認めるように、中標津町単独で観光面で競う道は選ばない。それよりも別海町や根室市といった近隣市町の住民を意識し、商業や医療、教育、交通の要素を維持発展させ、広域観光の拠点としての役割や、ビジネス客も含めた広い意味での交流人口を増やすまちづくりを進めてきた。

中標津町が作成した、人口10万人以上の都市とその圏域のマップ(町提供)「中標津モデル」が新聞紙面で紹介され、「心強い」と歓迎した西村町長

商圏人口は10万人規模。企業や施設が続々と進出

旧国鉄の路線が発展の礎を築いた後は、民間企業の進出が成長をリードした。大きな転機は、都市間を結ぶバイパス国道の開通により、広域で集客力のある地元資本のショッピングセンターが沿道に移転したこと。拠点性の高さも相まって量販店の進出が加速し、商業機能が発達した。

「商業売り上げは道内の町村トップで、実態的な人口は5万人相当、商圏人口は10万人以上です」と西村町長は胸を張る。全国的な知名度のある企業や公的機関、専門学校など新たな進出の動きもあるという。

バイパス沿いでは、全国チェーンの量販店が軒を連ねるバイパス沿いでは、全国チェーンの量販店が軒を連ねる
バイパス沿いでは、全国チェーンの量販店が軒を連ねる地元資本によるショッピングセンター。中標津町内だけでなく、他市町からも買い物客が車で訪れる

一方で、市街地はコンパクトにとどまっている。例えば町は、郊外の宅地開発を推し進めず、中心市街地に人口を集約させる方針だ。町職員は8割ほどが徒歩30分以内で登庁できる距離に暮らしているという。町民や出張者が集う飲食店などは中心部に集中し、自然と色分けがなされている。

拠点性の高さから営業所や支店は多く、西村町長によると中標津空港と出張先の近さ、飲食店の多さが喜ばれている。例えば町立病院には札幌から医師が派遣されているが、空港から10~15分で職場に着くため仕事がしやすいという。サイズ感の良さがさまざまなプレイヤーを呼び込んでいるようだ。

商業集積やまちの規模が「住みよさ」につながっていると感じているのは、移住者も同じだった。

日本一周をした移住者が感じる、中標津町の住みやすさ

中標津町の中心部にある、牛がのんびり暮らす大きな牛舎をモチーフにしたゲストハウス「ushiyado」。1956年に佐賀県から移住した先代から続く、町内の酪農事業者「有限会社 竹下牧場」が母体で、一般社団法人として運営している。この宿との縁で竹下牧場に入社し、宿の近くに2022年7月に開業したコワーキングスペース「MILK」を運営しているのが久保竜太郎さんだ。

大阪府出身の久保さんは北見市にある大学院を中退後、ヒッチハイクで日本一周し、ushiyadoで住み込みヘルパーとして勤務。その後就職したが、MILKの開業準備のタイミングで2021年に中標津町に戻ってきた。MILKの運営に加え、地域の困りごとと旅人らを宿や就労でつなぐ事業を展開している。移住後は中標津町の歴史や「中標津モデル」にも興味を引かれ、加藤教授らと対談してYouTubeで発信している。

町内外の人が交流する場にもなるコワーキングスペース「MILK」町内外の人が交流する場にもなるコワーキングスペース「MILK」
町内外の人が交流する場にもなるコワーキングスペース「MILK」ゲストハウス利用者が、チェックアウト後に作業をする場所がないことに着想を得て生まれたコワーキングスペース「MILK」

久保さんは買い物などで町外に出る必要はほとんど感じず、各地から人が集まっている光景を普段から目にしている。飲み会が終わっても歩いて帰る人が多いほど市街地がコンパクトで、コンビニも近いため、久保さんは「大阪の実家より便利ですね。こんな住みよい町があるのかと驚きました」と振り返る。

中標津町の住みよさの背景について、突出した観光地や製炭といった特徴がなかったことがあるとみる久保さん。「何もないからこそ、拠点性から人が集まりやすく、市街地が方々に広がる必要もなかった」と言う。

歴史を照らし合わせると、より理解が深まる。久保さんは続ける。

「中標津町は開拓者の町。鉄道の拠点があったことで原野に目鼻の利く商人が集まりました。畑作に向かない根釧台地なので酪農が盛んになり、その人たちのための仕事が自然と生まれ、商業が強くなっていった。何もなかったことが特徴で、だからこそ新しい人を受け入れる土壌があります」

町内外の人が交流する場にもなるコワーキングスペース「MILK」大阪府出身の久保さん。実家のあるまちより、住みやすさを感じている

1つのゾーンとして相互補完。「定常型社会」のヒントにも

加藤教授、西村町長、久保さんに、共通している認識がある。それは人口減少を見据え、中標津町という1つの町ではなく、周辺を含めた「ゾーン」として相互補完する関係性を重視していることだ。

西村町長によると、町立病院を利用する患者の4割が中標津町外からで、他町を含めた広域の医療をサポートする存在だ。「周辺から中標津町に買い物や飲食に来てもらえるという意味で、町外の方々は大切なお客さんです。その皆さんに医療サービスを提供するのは1つの義務だと思っています。持ちつ持たれつの関係です」。人口が増えない時代、健全な病院経営にも欠かせない視点と言える。

町外の患者が約4割を占めるという、中標津町の町立病院町外の患者が約4割を占めるという、中標津町の町立病院

久保さんは「1つの自治体で、あれもこれもと機能をそろえる必要はないと思います。どのみち減っていく人口を増やそうとせずに、余計なものを削ぎ落とす“前向きな撤退戦”をしていけばいいと思います。その中で地域ごとの役割が見え、自治体の壁を越えて民間の力も生かしやすくなるはずです」と語る。

加藤教授は中標津モデルについて、人口減で従来通りの機能を維持できなくなった地域の将来像として国土交通省が提唱する「小さな拠点」との類似点を挙げる。小さな拠点は、生活圏の中で分散しているさまざまな生活サービスなどを一定の場所に集約し、そこで人やモノ、サービスの循環を図る戦略的拠点。「ある種の偶然で、行政に頼りすぎずに民間が商業集積をした結果、『中標津モデル』ができました。ハコモノの建設などで無理な頑張りをして、後になって地域の足を引っ張ることもあるので、参考になるはずです」と語る。

中標津町も、町内の高校を卒業した若者が帰郷後に働く受け皿の確保や、将来的な人口減少という課題に直面している。他の多くの自治体と同様に、縮小の圧力にさらされている現実がある。加藤教授は、右肩上がりの経済成長や拡大を目指さない「定常型社会」を引き合いに「ガツガツ無理をしない中標津町の雰囲気が、安心感をもたらすのかもしれませんね」と言う。中標津モデルが照らす、1つのヒントかもしれない。

町外の患者が約4割を占めるという、中標津町の町立病院国土交通省が提唱する「小さな拠点」のイメージ(同省ホームページより)

公開日:

ホームズ君

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