全天候型、オリジナルな遊びが楽しめるキッズドームソライ
2018年に田んぼの真ん中にあるわざわざ訪れたいホテル「スイデンテラス」の誕生で注目を集めた山形県鶴岡市のまちづくり会社、ヤマガタデザインにあらためて注目が集まっている。2022年12月には第4回日本サービス大賞で「地方創生大臣賞」、地域イノベーション大賞で「特別賞」、ニッポン新事業創出大賞で「経済産業大臣賞」「地方創生賞」をダブル受賞するなど、各方面から評価を得ているのである。
ヤマガタデザインの事業は観光、農業、人材、教育の4方面にわたっており、そのうち、観光の柱であるホテル、農業についてはすでにご紹介しており、ここではこの土地ならではの学びを生み出している教育分野での取り組みをご紹介したい。その舞台はサイエンスパーク内のスイデンテラス並びにある全天候型児童遊戯施設、キッズドームソライ(KIDS DOME SORAI。以下、ソライ)である。
設計はスイデンテラスと同じく、日本のみならず海外でも活躍する建築家・坂茂氏。外から見るとつばの浅い格子柄の帽子、見方によっては亀のような形をしており、ところどころに窓。特徴的なドーム状の屋根は山形県産の杉やカラマツなどを使った大断面集成材のピースを組み合わせて造られているが、形状が複雑なため、真冬の施工時に最後の1ピースがはまらず、すべてをやり直すことになるほど大変だったそうだ。総工費は12億円。市から1億円の助成が出ている。
内部だが、入り口から見ると中央にもうひとつ、木でできた急傾斜の小山が見える。斜面にはロープやボルダリング用のホールド、屋根の上にはネットが張られている。よじ登って遊べるのだ。
「当初は遊具メーカーに提案してもらったものの、もっと面白くしたいとスタッフ全員で考え、それを基に遊具メーカー、建築家に相談して作ってもらいました」と館長の渡邉敦氏。すべてオリジナルの遊び場というわけである。
チャレンジを止めないという基本方針
「建物内は入ったところに見えている小山などを中心にした上部がアソビバ、その下に広がる空間がツクルバと名づけられており、両方に共通する理念は夢中体験を通して、”ジブン”を育むというもの。他との違いを求めるのではなく、夢中になって取り組むことで自らの価値基準、幸せや存在意義を自分の中に育んでいく、そんな場を考えています」
夢中になっている子どもにストップをかけないよう、工夫もある。小山に設置されているホールド、ロープは一番下からは手が届かない高さになっている。
「最初は足元の、小さな子どもの手が届くところにまでホールド、ロープがあり、誰でもよじ登れるようになっていました。でも、最初は親も上ってごらんというものの、あまりに小さな子どもが高いところまで登ってしまうと、本人も親も怖くなり、親が止めるようになります。そこでチャレンジしたいのに止められてしまうという経験をしなくて済むよう、ホールド、ロープの位置を見直し、ある程度の年齢の子どもでないと手が届かないようにしました」
小山の裏側にもロープやネットなどを利用したさまざまな遊具が用意されており、なかにはもぐりこめるような洞窟状の穴やブランコなども。ゆらゆら揺れるハンモックやハンギングチェアの傍らには本棚もあり、身体を動かす以外の楽しみ方もある。子どもだけしか通れない入り口や天井が低くなったコーナーでは大人に邪魔されず、子どもだけのナイショの会話が交わされるのだろう。
モノを作る楽しさ、わくわくを子どもたちに
アソビバもオリジナルな空間だが、それ以上にソライらしさを感じたのはツクルバ。ここには1,000種類の素材と200種類の道具が用意されており、来館者はここにあるものを使って自由にモノを作ることができる。
素材としてはよくある折り紙や絵の具、糸、ひも、段ボール、紙コップなどから箸や畳の切れ端など変わったモノもあり、道具としてははさみ、ドライバー、のこぎりから3Dプリンターまでがそろう。子どもたちは自分の好きな素材、道具で工作、アート、木工、アクセサリーなど思い思いのモノが作れるのである。
といっても何を作っていいか分からない子のためには設計図も用意されている。近くにはそのために必要な素材が用意されているので、まずはそのとおりに作ってみればいい。
「ゼロから何かを作るとなると意外にできないもの。そこで設計図を用意、それをアレンジしたり、発展させてみたりしたらと言うと、作れるようになります。また、毎日来ている子のなかには何も見ずに好きなものを作っている子もいますが、1~2回目の子はやはりヒントが必要。やはり最初は設計図ですね」
よく「なければ作ればいい」という言葉を聞くが、与えられることに慣れている今の暮らしでは大人でも自由に作っていいと言われると戸惑う。だが、子どもの頃からモノを作る経験をし、モノ作りになれていることは成長後に大きな違いになるはず。
「建物周辺で外遊びをすることもあるのですが、そこで虫を捕まえようという話になったとき、それなら虫かご、虫網を作ればいいねという声が出ました」
自らの手で必要なモノを作って遊ぶ。これは楽しいに決まっている。
ルールは子どもたちが自分で作る
ソライは児童館のように自由に来訪、利用できるほか、放課後児童クラブ(学童)、SORAI SCHOOL(フリースクール)という2つのプログラムに参加するという形での利用もできる。これらのプロブラムでもアソビバのところで書いたとおり、「やめなさい」「こうしてはいけない」という言葉は言わないという方針は共通している。
「ルールだからダメというのはおかしなこと。ルールだったら変えられるはずです。そこで学童でもフリースクールでもルールメイキングは大事にしており、時間がかかっても自分たちでルールを作る、子ども主体でコミュニティを作るようにしています」
渡邉氏が例として挙げてくれたのは学童でのルール変更。以前は4時になったら全員で集合して連絡事項を聞くことになっていたのだが、それがみんなにとって、やっていたことを中断しなければならない嫌な時間になってしまっていた。
そこで廃止しようという話になったが、そうすると連絡があった場合にはどうすればいいのかということになった。話し合いの結果、生まれたのがなんでもボックスと呼ばれる箱だ。みんなに伝えたい、みんなで考えて決めたいという問題が起きたときにはその箱にメモを投入。それをもとにミーティング係が議長、書記を決めてミーティングを開催し、決まったルール、連絡事項などを掲示するというやり方だ。
取材にお邪魔した時には最近決まった、生き物を捕まえたときのルールが貼られていた。それは生き物を捕まえてくるのはよしとして、その際には逃がすか、家に持ち帰るかにする。そして持ち帰る際にはちゃんと餌について調べてからにしようという内容。餌にまで気を配るのはなかなかできないことだろう。
いずれは地域の人たちのクリエイティブの拠点に
もちろん、こうした形で順調に解決する話ばかりではない。通っている子同士の喧嘩などトラブルもある。だが、その場合も大人が仲裁に入ることはせず、当事者同士で話し合い、解決するのを手助けするという。
「大人が入って解決するほうが時間はかからないのでしょうが、それでは本人たちの成長にはつながりません。表面上解決したように見えても奥深いところで不満が残ることもあるでしょう。そこで時間がかかっても成長の場であることを意識、じっくり見守ります」
こうした子どもたちの主体性を育てる姿勢が徐々に利用者をはじめ、外にも伝わりつつあるのだろう。設備完成から4年。昨年くらいから利用したいという人が増えているという。移住を考える人たちにとっては魅力的な教育環境にも見えているようで、移住の後押しにもなっている。
また、ソライでは子どもだけでなく、それ以外の人に向けたプログラムも行っている。たとえばSORAI夢授業と名づけられたトークイベントは、社会で夢中になって活躍する人たちが講師となって自らの人生について語るというもの。世の中には多様な生き方をしている人がいることが聞いているだけで分かるプログラムだ。
ソライを利用している親世代を意識して開かれているのはSORAI TechAcademy。プログラミング未経験の子育て層や学生などがオンラインでITスキルを習得できるプログラムで、ここで学んだ人はデジタル業務を受託できるようにもなっている。リモートワークをしたくてもスキルのない人には技術と仕事が一度に得られるスクールというわけである。
ソライは主に子どもを対象にしており、アソビバは小学生までだが、ツクルバなら中学生以上もOK。何か作りたい人であれば学生、社会人、高齢者、誰でも利用できる。渡邉氏はいずれはいろいろな年代の人が来て、そこにモノを作るコミュニティが生まれれば面白いと考えている。
人は本来クリエイティブな存在であり、モノ作りは幸福度を上げるとも言われている。ソライを中心に主体的にモノを作る、モノ作りを楽しむ人が増えてくれば地域の幸福度も変わるかもしれない。
200年以上前から鶴岡にあった徂徠(そらい)学とは?
ところで、最後にソライについて。鶴岡に詳しい人ならお分かりだろうと思うが、これは儒学者・荻生徂徠に由来するもの。江戸時代の多くの藩では幕府の方針に従って朱子学を採用したが、鶴岡の庄内藩は藩主酒井家9代の酒井忠徳が1805年に創設した藩校・致道館で徂徠学を採用。以降、今でも子どもを対象にした論語の素読会が毎年開かれるなど地域に根づいたものとなっている。
その特徴は天性重視・個性伸長、自学自習、会業の重視という言葉で表される。分かりやすくいえば、教育は子どもの天性に応じて長所の伸長に努め、知識の詰め込みを廃して自学自習、つまり自ら学ぶことを重視しようというもの。会業は今でいえばグループワークみたいなものと考えれば分かりやすいだろう。
日本で長らく平均が、知識を詰め込む教育がよしとされてきた中にあって、鶴岡では200年以上も前からそれとは違う、ひとりひとりを伸ばす教育が行われてきたことになる。ソライはその伝統を継ぎ、現代においての徂徠学を実践する場ということなのだ。
ソライで徂徠学について聞いた後、鶴岡市内中心部にある藩校・致道館に立ち寄った。展示のなかに藩校創設が飢饉で農村が疲弊、武士の風紀が乱れ、財政改革が急務であった時期であることが書かれていた。目の前の財政立て直しだけなら増税、緊縮財政などが王道だろうが、庄内藩はそれに加えて将来の人材のために教育に費用を投じたのである。
明治時代にたびたび庄内を訪れた政治家・副島種臣は庄内について「ここにすむ人々は、花よりも根を大事にする」と語っていたそうで、それはこの地の教育という究極の将来に投資する姿勢を評価したものだろう。
そう考えると、鶴岡市が独自の新しい産業を生み出そうと鶴岡サイエンスパークに長年投資を続けてきたこと、鶴岡市の誘致に応えて最初に移転してきたのが、慶應義塾大学が失敗を恐れず未知の領域に果敢に挑むアカデミックベンチャーと位置付けた先端生命科学研究所であったこと、さらにここで生まれたヤマガタデザインがスタートアップのまちづくり会社ながら多額の投資を集められたことの理由がぼんやりと見えてくる。
徂徠学をベースに考えると、まちづくりにおいてもオリジナルであること、挑戦すること、時間をかけて育てていくことはいずれも当然なのだろう。そして、それが実際に行われ、少しずつ成果を上げつつある。それが今、鶴岡で起こっていることではないだろうか。
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