駅周辺の広場を地域に愛着が育つ場に

土地に芝生を植えるところからとよしばは始まった土地に芝生を植えるところからとよしばは始まった

「とよしば」は名古屋鉄道豊田市駅前にある、約560m2の銀行の跡地を利用した芝生の広場である。豊田駅前の芝生広場だからとよしばであると同時にToyota Creative Base Areaの頭文字をとった愛称でもある。

広場には飲食店、工作室、スタジオ、ギャラリーからなる仮設の建物が併設されており、建物と芝生は座ることもできる階段に緩やかにつながれている。取材で訪れたのは天気の悪い午後だったが、降り出しそうな空の下、階段に座って会話に興じる人もいれば建物前のテーブルで宿題に取り組む中学生、ボール遊びをする子どもたちと、集まっている人たちはそれぞれの過ごし方をしており、のんびりした時間が流れていた。

土地に芝生を植えるところからとよしばは始まった駅の前にある、誰もが思い思いに時間を過ごせる空間としてとよしばがある
学びの場でもあり、さまざまレクチャーも行われた学びの場でもあり、さまざまレクチャーも行われた

とよしばの始まりは2015年の「あそべるとよたプロジェクト」に遡る。これは豊田市駅周辺に点在する広場をさまざまな活動やくつろぎの場として開放し、地域に愛着を持てるようにしようというプロジェクトで、2015年度には9つの広場で合計31のプログラムが行われた。

それを受けて翌2016年度には9つの広場を類型化、それぞれに適した活用方針が定められた。そのうち、駅の西側にあるペデストリアンデッキ広場では収益事業型として2016年度に約半年、2017年度に約1年間の実証実験が行われた。

ペデストリアンデッキ広場での検証を踏まえ、2019年から始まったのがとよしばだ。収益事業型の広場の運営・管理モデルを発展させ、ここからまちに関わる人達を生み出し、それを地域に広げていくことも目指した実証実験で、2022年度末までの3年7ヶ月にわたって行われることになっている。

とよしばの運営に携わるのは「豊田の明日をクリエイト」をスローガンに掲げるまちづくり会社株式会社こいけやクリエイトとデザイン、飲食店などを手がける有限会社ゾープランニングの2社。いずれも豊田出身の同い年の男性が率いる会社である。ここではそのうち、ゾープランニングの神崎勝氏に話を聞いた。神崎氏は市の社会実験以前から豊田市内を中心に音楽イベントなどの企画、裏方として地域を変えてきた人である。

土地に芝生を植えるところからとよしばは始まったモノを作る場としても機能した。実に多様な活動が営まれる場だったわけである

地元に遊びがなければ作ってしまおう

トヨタスタジアムとその周辺を利用した、これまでの豊田市になかったイベントに人が集まったトヨタスタジアムとその周辺を利用した、これまでの豊田市になかったイベントに人が集まった

神崎氏が最初に関わったのは豊田スタジアムとその周辺の河川敷などの一帯を会場に2007年にスタートしたトヨタロックフェスティバル(以降トヨロック)。トヨロックが始まることになったのには地方から来た人たちが多い、豊田市という地元の事情があった。

「当時の豊田にもイベントはありましたが、いわゆる月並みなイベントが多くて、老若男女誰もが楽しめる、グッとくる個性的なイベントはありませんでした。

豊田市には地方から工場に働きに来ている若い人が多いのですが、平日は工場と家の往復、週末は周辺のショッピングモールくらいしか遊びの場がなく、結婚して豊田市に定住することになっても同じ暮らし。地域とつながることもない。ちょっと大げさかもしれませんが、ほんと地域と縁がない。だったら地域を楽しめる遊びを作ろうと地元の居酒屋で仲間たちと盛り上がり、それが始まりになりました」

豊田市出身の神崎氏は大阪で働いた後に地元に戻り、2008年にデザイン会社を設立、地元でのイベントに関わるようになった豊田市出身の神崎氏は大阪で働いた後に地元に戻り、2008年にデザイン会社を設立、地元でのイベントに関わるようになった

それまでも大阪、豊田でイベントを主催してきた神崎氏だが、トヨロックには共催・企画運営として参画。最初の3年くらいは集客に苦しんだものの、5~6年目から広く話題に上がるようになった。ただ、入場無料のフェスのため、入場者が増えるだけでは収益には繋がらない。そこで物販や飲食にも力を入れ、2011年からはキャンプサイトを運営、駐車場料金などでも稼ぐようにした。そのために使い始めたのが河川敷だ。

今でこそ、水辺の活用は一般的になっているが、その時点での活用は少なく、河川敷を使ってのキャンプは日本ではほぼ初めてのこと。10月の開催で出水の時期ではないものの、本当にそこを使う必要があるのか、水が出たらどうするかなど国土交通省や豊田市とは何度も交渉を重ねた。

トヨタスタジアムとその周辺を利用した、これまでの豊田市になかったイベントに人が集まった川との位置関係を見ていただくとキャンプ場として使われている場所がお分かりいただけるだろう

規模が大きくなると責任も大きくなる

写真からでも熱気が伝わるトヨロック会場内写真からでも熱気が伝わるトヨロック会場内

「やれる範囲内でやるのは当たり前すぎて面白くない。やれないことをやれるようにするためにどうすれば良いかを失敗を重ねながら試行錯誤し続けました。言い方ややり方を変えてみる、ここまでやったら怒られるからその前で止めておいて次にその先を狙うなど本当にいろいろ試してみました」

その甲斐あってキャンプサイトを設けて以降トヨロックは年々成長、当初の集客数1万人ほどから2万人、3万人と順調に集客数は増えていった。だが、2017年には台風の直撃を受け、2日の予定が1日しか開催できず、1,000万円ちょっとの大赤字を出した。ボランティアで開催してきた入場料無料のイベントでこの額は大きな痛手だ。

最終的にはクラウドファンディング、それ以外の募金などで半年ほどで返済できたものの、神崎氏は規模が大きくなればなるほど責任、補償などが大きくなることを実感した。お金の心配以外にも、有名税とでもいうのだろうか、知られることによって苦情や嫌がらせその他が増える経験もした。

トヨロックでの河川敷の利用だけでなく、2017年には全国で初めて公道を封鎖してのフリースタイルモトクロスのデモンストレーション「FMX AIR JACK」を開催してもいる。この時には自分たちが行政や他の機関と交渉を重ねただけでなく、行政の人たちも必死に警察と協議してくれ、不可能と言われたイベントを実現できたという。

写真からでも熱気が伝わるトヨロック会場内写真を見ているだけでもわくわくするようなイベントだが、これを開催するためには粘り強い交渉が必要だった

社会実験に参加するうち、自治体への意識も変化

社会実験の会場となったペデストリアンデッキ。実験は3期、行われた社会実験の会場となったペデストリアンデッキ。実験は3期、行われた

トヨロック以外にも仲間がやっている「橋の下世界音楽祭」などに民間の立場で関わり、スポンサーへの配慮はあるものの、自由に遊びを作ってきた神崎氏だが、行政と関わるようになったのは、こうした交渉で関係ができてきたからだろう。自分たちのイベントをやり続けながら、前述の豊田市駅周辺の賑わいづくりの社会実験に参加するようになった。

その時点で神崎氏の会社はWebデザインやシステム開発、ECサイト構築などを幅広く手がけるようになっており、飲食店の経営も。賑わいづくりで飲食店を出店するのは本業の一環でもあるわけだが、予算が出ない、アウトドアの店舗を限られた期間だけでの社会実験の運営は、赤字続きで厳しかった。だが、公募に手を挙げ、2019年からとよしばに関わることになった。

大変な思いをしたのになぜ? と思うが、イベントを開催し、やっと終わったからゆっくりしようと言いながら、すぐに次のイベントを考えてしまうという神崎氏は、困難もまた楽しんでしまう、できないことがあるとチャレンジしたいと思ってしまう人らしい。

社会実験の会場となったペデストリアンデッキ。実験は3期、行われたペデストリアンデッキ上に飲食店が作られたほか、音楽イベントなども開催された

「苦労は多いけれど、どんどん仲間が増えて輪が広がっていくのが楽しく、それを楽しんでくれている人がいるのも楽しい。だから、トヨロックが10月に終わったのですが、年明けを待たずに次をやらなきゃと考え始めていました。横のつながりは財産ですね」

そうして関わるうちに行政に対する意識も変わってきたという。社会実験に関わり始めた頃は市役所なんて信用しない、コンサルは怪しいと思っていたが。続けて関わっているうちにコンサルにも意味はあるし、役所のいう公共性は考えていなかったと反省もした。政治や環境が変化する中でポリシーを持ってひとつのことをやり続けるのは難しいことや、まちで文句を言う人たちの気持ちも理解できるようになった。ビジネスベースの成果も考えるようになった。

社会実験の会場となったペデストリアンデッキ。実験は3期、行われた盆踊りを開催したときには盛り上がり過ぎてデッキが揺れ、怒られたという。「賑わいを作ってと言われたから賑わいを作ったのに怒られたわけです(笑)」

行政への理解は深まったものの、衝突することも

とはいえ、守りに入る気はなく、自分たちが楽しんでこそ、周囲も楽しむことができると考えている。そのため、最初のうちは役所と衝突したこともあった。

そのひとつが仲間が提案してくれた「橋の下盆踊ラズ2020」。盆踊りの季節だが、コロナ禍で集まれない。だったら、とよしばに櫓だけを組んで風情を楽しもう。

その企画に市役所が猛反発をした。他のイベントは軒並み中止しており、櫓があることで集客しているように見えたら困るというのだ。役所の担当窓口とやり合うこと4時間。人を集めないというルールを守ってやることにどうして反対するのか、それだったらとよしばも辞めるという神崎氏に役所が折れ、最終的には櫓だけが組まれた。

おそらく、やるべきではないという考えの奥には他の祭りも辞めている、だから、辞めるべきという考えがあったのだと思う。だが、それぞれの祭りが中止を決定したのは本来、その団体自身の決断であり、自分たちの決断と他の団体の決断の間には何の関係もない。しかし、残念ながら自らの決断にそこまでの責任を持たない人もいる。自分で決めたのではなく、周囲に忖度したから仕方なくそうしたのだという人たちである。その人たちからすれば自分たちがやっていないのに、他がやっているのはずるいと感じられる。

橋の下盆踊ラズの実際の状況。ネーミングに笑った橋の下盆踊ラズの実際の状況。ネーミングに笑った

神崎氏の話を聞いて世の中には「自分は遊んでいないのに遊んでいる人、ずるい。あるいは自分たちは遊べなかったのに遊べる人、ずるい」という感覚が広く存在しているのかもしれないと思った。

日常にサプライズ、ハプニングを

その一方で、駅前に自由に使える場があることで面白い使い方もできている。笑ったのは趣味でアルミを使った仁王像を作っている人(!)が告知なく寺の山門に置かれているサイズくらいの仁王像を持ち込み、それが3~4時間、とよしばに飾られていたという話。見た人が驚いて、どういう意味があるのかと問われたそうだが、「面白いからいいんじゃないの」というのが神崎氏の答え。

「海外ではあちこちにストリートアーティストがいて、日常の中に驚きが散りばめられています。それが都市の魅力だとみなされてもいます。でも、日本では首都圏ですらそうしたサプライズ、ハプニングが起こることは少なく、逆に文句を言われることも。

ことにこのエリアでは、車を使う人が多く、まちを歩くなど余分な行動をしない人が大半です。でも、そういうことができるような自由なまちなか、歩き回って楽しいまちなかができればまちなかの意味も見直されてくるはずです」

広場の真ん中にいきなりこんな像が登場した広場の真ん中にいきなりこんな像が登場した
子どもたちの踊りの発表イベント。場があれば使い方はいろいろ生まれてくる子どもたちの踊りの発表イベント。場があれば使い方はいろいろ生まれてくる

現時点での豊田市駅周辺は歩く人の少ない、ビルの大きさや道の広さが目立つ空間。とよしばの隣には最近建てられたらしい新しい大規模ビルがあり、シネコンなども入っているようだが、人の気配や温度はあまり感じられない。それを歩いて楽しい場所にするためにとよしばのような、他ではできないことができる広場が作られているわけだが、広場ができたからといってすぐに人々の行動が変容するわけではない。若い人たちは既成概念にとらわれないことが多い分、自由に使うし、自分たちなりの使い方を編み出す。だが、日本の大人はゆとりの使い方に慣れていない。それが今後、とよしばを通じてどうなっていくのだろう。

広場の真ん中にいきなりこんな像が登場したとよしば周辺はこんな雰囲気。平日に通るとあまり人通りはない

周辺の人たち、自分の役割の変化も意識

年齢、性別その他実にさまざまな人たちがとよしばを利用している年齢、性別その他実にさまざまな人たちがとよしばを利用している

とはいえ、確実にこの場を楽しみにしている人は増えている。神崎氏が営業後に飲みに行くと「頑張っているな」「応援している」と声をかけてくれる人もいれば、週に1度、必ず飲みに来るグループがいたりもする。

「ここにいると誰かがいるかもしれない、会えるかもしれないと飲食はしないけれど覗いて、挨拶していくという人がおり、そういう人たちがまた、次のそういう人たちを引っ張ってきています。結局は人。非日常のフェスもいいけれど、日常のこうした場もいいなと思うようになり、勉強になっています」

周囲の変化と同時に神崎氏自身も自分の役割が変化しつつあることを感じている。これまでは自分たちが最前線にいたが、これからは他のプレイヤーをサポートしていく立場に移行しつつあるというのだ。

年齢、性別その他実にさまざまな人たちがとよしばを利用しているこれがオリジナルのテント。既存の品を使うのではこの場所らしさが出ないと製作された
せっかく生まれた駅前の楽しい空間をこれからまちづくりに活かしてもらいたいものであるせっかく生まれた駅前の楽しい空間をこれからまちづくりに活かしてもらいたいものである

「とよしばでは場に合わせてオリジナルのテントを作り、とよしば以外でのイベントに貸し出しているのですが、それも含め、若い人たちが相談に来るようになりました」

自分たちが活動を始めようと思ったときにやらせてもらえるフィールドがあり、やらせてくれた人たちがいて今がある。だとしたら、誰かもっとやりなさいと言って、やれるフィールドを提供してくれる人がいたら、遊びはもっと広がるかもしれない。遊べない人に遊べというより、遊びたい人が遊べる場を作れるよう、次の世代を育てていくほうが現実的でもある。

「自分で遊びを作ればいいと分かっていてもできない人もいます。だとしたら、きっかけを与えてあげる場と人は必要。ローカルで見渡せば地域に対して思いのある人はおり、公と民で話し合いながら協力できれば変えていけるのではないかと思います」

とよしばは2022年度で終了。その後は2023年から東口まちなか広場の本格的な整備が検討され、2025年には新しい東口まちなか広場が開始される予定。残された期間はわずかで、かつ活動期間の多くがコロナ禍で行動は制限されてきた。

だが、取材時に集まってくる人たちの顔ぶれ、過ごし方などを観察していると、こうした場を求めている人が広くいること、とよしばがその人たちの1日に良い時間をもたらしていることが笑顔や会話から察せられた。今後の豊田市駅前がどのような空間になるにせよ、豊田市にはとよしば以上のものを作らなければならないと求められているように思う。

年齢、性別その他実にさまざまな人たちがとよしばを利用している写真はすべてお借りしたのだが、写っているものの利用法のバリエーションに驚かされた。なんにでも使える場はあるようでないものとも感じた

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