カプセルトイを回して、駄菓子を買う。放課後のたまり場

チロル堂の丸い看板チロル堂の丸い看板

「とりあえずチロル堂寄ってから行こうや〜」。遊び道具や宿題を入れたバックを背負った少年たちが話しながら、急ぎ足で入ってくる。そのまま入り口右手にあるカプセルトイに手をかけて、ゴロンと出てきたカプセルから慣れた手つきで札を取る。そのまま駄菓子コーナーを通り過ぎると、靴を脱ぎ捨ててカウンターに滑り込む。平日16時を過ぎると、カレーのいい匂いが漂うチロル堂の店内。ちゃぶ台を囲んで駄菓子をつまみながらゲームをしたり、カウンター越しにスタッフを捕まえて昨日の話の続きを語っていたり...と、下校してきた子どもたちであっという間に賑わい出す。集まっているのは、学校も年齢も異なる子どもたちだ。

近鉄生駒駅から徒歩3分で着く、路地裏の一角にある「まほうのだがしやチロル堂(以降、チロル堂)」は、丸い看板、黄色いネオンと暖簾が目印だ。入り口にある「チロルガチャ」は、18歳以下なら100円で1日1回まわすことができる。カプセルの中に入っているのは、1〜3枚の「チロル札」。この「チロル札」は、お店の中では現金の代わりとして、駄菓子、カレーやジュースなどの商品を買うことができる。

これらの仕組みや場作りが評価され、2022年度グッドデザイン賞大賞を受賞した。

チロル堂の丸い看板店のドアを開けると広がる、駄菓子コーナー。未就学児が好みそうなおもちゃは、一番低い段に配置するなど、配置にもこだわりがある。飽きやすい子どもたちのために、駄菓子のはやりに合わせてオモチャも定期的に入れ替える

チロル堂が生まれたのは、2021年8月。放課後デイサービスなどを運営する石田慶子さん(一般社団法人無限)、地域のこども食堂「たわわ食堂」を運営する溝口雅代さん、アートスクール「アトリエe.f.t.」を営むミュージシャンの吉田田(よしだだ)タカシさん(DOBERMAN)という生駒市で活動を行っている3人と、奈良県吉野郡でコワーキングスペース「オフィスキャンプ東吉野」を運営するデザイナーの坂本大祐さん(合同会社オフィスキャンプ)の4名により運営されている。

チロル堂の丸い看板入り口右手にあるカプセルトイ。18歳以下のみ1日1回100円でまわすことができる

子ども食堂を常設するために、どうすればよいか?

「子どもだけでなく、大人たちも大歓迎なんですよ」と微笑むのは、運営者の石田慶子さん。

子どもたちだけでなく、チロル堂には大人たちで賑わう時間もある。水〜土曜の18時30分〜23時にオープンする「チロる酒場」だ。お酒が飲めるダイニング居酒屋で、手作りの旬の料理がいただける。特殊なのが、メニューを注文すると1チロル(=100円)が寄付されるというシステム。「たくさん飲めばたくさん“チロる”ことになるので、お酒を飲むと喜ばれるんです(笑)面白いでしょう」。ここで飛び交う「チロる」とは、寄付をするという意味の造語。身構えずに寄付ができるのは、寄付をする側にとってもうれしい仕組みだろう。

「もっと包括的に子どもたちの困りごとを、支える仕組みと場所が必要だと思ったんです」
複数の福祉事業や障がい者支援事業を、生駒市内で10年以上運営してきた石田さん。事業を行うなかで、子どもに起こっている問題は子ども本人の問題だけではなく、周りにある社会環境にも問題があると気がついたという。そんなとき、同じ生駒市で子ども食堂を行っている溝口さんと出会い、意気投合。“新しい” 子どもの居場所を作ろうと動きだす中で、まず向き合ったのは子ども食堂が抱えている課題だった。

運営者の石田慶子さん(一般社団法人無限)。生駒市在住運営者の石田慶子さん(一般社団法人無限)。生駒市在住
運営者の石田慶子さん(一般社団法人無限)。生駒市在住お店ではお金と同様に使える「チロル札」。1チロル=100円として換算される。「チロる酒場」では、一品頼むごとにチロル札がカウンターに積まれていく

「子ども食堂とは、子どもたちに無料または安価で食事を提供する取り組みのこと。基本的に間借り運営。子どもの居場所づくりであるはずなのに、常設でないことは課題でした。収入を目的としないボランティア運営なので、毎日オープンすることが難しいのです。また、子ども食堂が必要となる背景を改めて辿ってみると、地域で子どもを育てる文化が失われていることにも気づきました」

隣にいる大人が、隣にいる子どもを助ける。そんな当たり前の風景を取り戻すにはどうしたらいいのか...? そこでひらめいたのが、寄付という文化だった。「運営費・固定費が寄付で賄えれば、常設の子ども食堂が持続可能になるかもしれない。また大人が飲食することで生まれた収益が子どもに還元される、という循環に寄付の文化を紐付けることができれば、大人が自分事として、社会問題に参加するための一つの“きっかけ”になるかもしれないと考えました。子どもの問題を解決するには、大人が変わらなければいけません」

「チロる酒場」では、楽しくお酒を飲むことと、この場所を支えることを同時に叶えることができる。地域の支えになることを実体験してもらえる第一歩なのだ。「どうせお酒を飲むならチロル堂に行こう、という感覚の中で、自然と寄付文化が育てばいいですね」

運営者の石田慶子さん(一般社団法人無限)。生駒市在住駄菓子コーナーと座席は小上がりで仕切っている。座席には、靴を脱いであがる仕組みに。人の家に遊びにきた感覚になり、子どもたちの心も自然と開かれる
運営者の石田慶子さん(一般社団法人無限)。生駒市在住カウンターを選ぶ子どもも多い。子どもたちにとっては、大人の座る場所というイメージもあり、特別感があるようだ

福祉における課題点を、「チロる」アイデア・仕組み・デザインで解決

カプセルトイや駄菓子というゲーム性に、ポップなデザイン。寄付のハードルを下げ、エンタメ性をもたらした「チロる」という造語。誰が聞いてもワクワクして、足を運びたくなるような雰囲気。こうして、寄付を軸にした子ども食堂の運営が始まった。いつしか母子連れだけでなく、子どもたちだけの訪問が増え、チロル堂の価値観に惹かれた大人も集まるようになってきた。

「皆さん、この場所で、さまざまなチロり方をしてくださいます。例えば、自分の誕生日祝いをチロル堂に寄付したいと、Amazonでリストを作って集めた絵本を、まるごと全部チロル堂にくださった方や、自作の陶芸品を譲ってくださる著名な陶芸家の方など、あちこちから届く支援の気持ちが、積み重っています」

チロル堂に足を運べなくても、遠距離からチロれるシステムもある。「サブスクチロ」では、月に定額(3,000円、5,000円、10,000円)の寄付ができる。現在の登録者数は約160名、月に集まった16万円程度は、チロル堂の運営費に活用されている(※)。参加者の割合は、生駒市以外の人の割合が多いという。

壁に貼られている金・銀・銅のシールたち。金は10,000円、銀が5,000円、銅が3,000円の寄付を表している壁に貼られている金・銀・銅のシールたち。金は10,000円、銀が5,000円、銅が3,000円の寄付を表している
壁に貼られている金・銀・銅のシールたち。金は10,000円、銀が5,000円、銅が3,000円の寄付を表している壁に貼られた、チロル堂の循環の仕組み図

福祉からのみのアプローチだと、一定の範囲にしか情報は伝わらない。吉田田さんのユニークなアイデアや坂本さんのデザインという、“まほう”が加わったことで、これまで届かなかった層にも情報が届くようになった。現在集まっているスタッフも、SNS等を通して、チロル堂の考え方に共感して参画した人も多い。中には、チロル堂で働きたいと、転職・移住してきたスタッフもいる。

「孤独を抱えた子どもや満足にご飯を食べられない子どもだけが来る、という限定された場所ではなく、誰でも広く受け入れられる場所を目指しています。今困っている子どもを救うというのも、限定された考え方。子どもが成長する上において、いつ助けが必要になるかは分かりません。子どもが将来、困ったときにヘルプを出せるような安心できる居場所でありたいです」

(※)2022年10月現在。

壁に貼られている金・銀・銅のシールたち。金は10,000円、銀が5,000円、銅が3,000円の寄付を表している日替わり弁当の提供も行い、地域の食堂としても活躍している。給食の献立表のようで楽しい

地域に子どもたちがいる風景を、当たり前に戻す

物件探しの条件でこだわったのは、交通の便の良さと市役所との近さ。駅に近いのは子どものため、市役所に近いのは大人のためだという。「行政の人が仕事帰りに立ち寄れる場所になればと思いました。市役所の窓口では、どうしても堅苦しい話しかできないもの。けれど行政の人もここならオフモードで、お酒を飲みながら気軽に市民の声を聞けるかもしれない。そうすると、同じ問題でも捉え方が変わるのではないかと思うんです」
福祉の問題は、行政と切り離せないもの。石田さんが長年、福祉事業を運営してきたからこその視点だ。地域に携わる人が、街や未来のことを考える。今後チロル堂がその出発点となることもひとつの目標だ。

石田さんが気に入っているのが、店の前に子どもたちが集まっている風景だ。「路地裏で、子どもたちが駄菓子を持って戯れている。私が子どもの頃は当たり前だった風景です。子どもたちが地域にいる風景は明るい。この風景が見られるだけでも、この店を始めてよかったなと感じています。子どもたちが集まっている場所があるのは、地域の大人にとっても安心する風景なのではないでしょうか」

溝口さんのこども食堂「たわわ食堂」は、また別枠。毎週水曜日の朝〜夕方まで、チロル堂を間借りして運営している。普段のチロル堂とまた違う子どもたちが集まるのも、多様性が生まれる秘訣だ溝口さんのこども食堂「たわわ食堂」は、また別枠。毎週水曜日の朝〜夕方まで、チロル堂を間借りして運営している。普段のチロル堂とまた違う子どもたちが集まるのも、多様性が生まれる秘訣だ
溝口さんのこども食堂「たわわ食堂」は、また別枠。毎週水曜日の朝〜夕方まで、チロル堂を間借りして運営している。普段のチロル堂とまた違う子どもたちが集まるのも、多様性が生まれる秘訣だ竹工芸家の三原啓司さんの指導のもと、竹細工が施された天井。参加者みんなでDIYで完成させた

2023年夏には、南生駒にチロル堂2号店が誕生する予定だ。フリーキッチンスペースやショップなどを用意し、地域の自治体で活動しているお年寄りに有償ボランティアとして参画してもらい、売上げを分配する仕組みを考えている。「仕事を引退したお爺ちゃんやお婆ちゃんが、地域のために何か役割を見いだせるような場所にしたい」と石田さんは目を輝かせる。

子どもの問題は、地域が解決する。大人が変わっていけば、地域も変わっていくだろう。子どもにも大人にも居場所をつくる、チロル堂のユニークな活動はまだ始まったばかりだ。

溝口さんのこども食堂「たわわ食堂」は、また別枠。毎週水曜日の朝〜夕方まで、チロル堂を間借りして運営している。普段のチロル堂とまた違う子どもたちが集まるのも、多様性が生まれる秘訣だチロル堂の外観。夜になるとネオンが光り、暖簾の色がかけ変わって「チロる酒場」に早変わりする

公開日: