“ミス・スズケン”の設計部員を演じるのは鈴木京香
「寅さん」を引き継ぐ国民的コメディー映画として、1988年から全22作が制作された「釣りバカ日誌」シリーズ。西田敏行演じるハマちゃんが鈴木建設の営業部員であることは、見たことがない人でも知っていると思う。では、シリーズの中で設計部のスタッフがカギを握る回があることをご存じだろうか。社内で“設計部のエース”“ミス・スズケン”と呼ばれる桐山桂を演じるのは鈴木京香だ。
建築や住宅、それを設計する建築家は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。
以前に「大豆田とわ子と三人の元夫」の回で、「建設会社の設計部を描いたドラマは珍しい」と書いた。映画もしかりである。この貴重な回は、第13話の「釣りバカ日誌13 ハマちゃん危機一髪!」。公開されたのは2002年夏だ。
この回は、設計部が絡むドタバタを描いたことで、結果的に鈴木建設の“建設会社としての姿勢”を問う内容となっている。
クライアントの案に納得できず、社長のスーさんに直訴
ハマちゃんこと浜崎伝助(西田敏行)が、富山にある老舗製薬メーカー天狗堂の会長・黒部五郎が発注する民間美術館の仕事を獲得する。ハマちゃんと黒部会長は釣り仲間だ。ハマちゃんは、黒部会長の言う通りに建てると、友達感覚で約束していた。
しかし設計部の“ミス・スズケン”こと桐山桂(鈴木京香)は、黒部会長が自ら描いた奇抜なデザインに納得できず、鈴木一之助社長(スーさん、三國連太郎)に直訴する。こんなやりとりだ。
桐山:「売り上げを確保するには、どんな注文にも応じなければならないというのは社長のお考えですか?」
スーさん:「いいえ、そんなことはありませんよ。建築という仕事は未来にメッセージを残すことだと信じて、私は50年やってきたんです」
桐山:「それを聞いて安心しました。実は、富山の天狗堂に私のプランをお持ちしたのですが、全く取り上げていただけず、送り返されてきたんです。会長じきじきにお描きになったというこのデザイン画と一緒に」
スーさん:「まるで孫悟空の筋斗雲じゃないですか。ああ、やだやだ……」
天狗堂のワンマン会長を演じるのは丹波哲郎
天狗堂の会長は、自分の描いた絵の通りでないと発注をキャンセルするという。桐山は、スーさんの了解を得て、営業のハマちゃんとともに、富山へ向かう。天狗堂のワンマン会長・黒部五郎を演じるのは丹波哲郎だ。ヤクザのボスのような丹波の演技が実にいい。
黒部会長:「わしのデザインにケチをつけるんか。お前さん(ハマちゃん)、あの通りの建物を建てると約束したろうに。あんなものはつくれんというのか」
桐山:「はい、その通りです」
社長:「なにい?」
桐山:「私は鈴木建設の設計を担当する者として、このようなものをつくりたくありません」
(ハマちゃんはおろおろ)
桐山:「会長のコンセプトは、従来の美術館や博物館のような堅苦しいものにしたくない、訪れる人がゆったりできるものにしたい、ということだと思います。ですが、会長が描かれたデザイン画通りですと、建物が主張し過ぎて、まわりの風景と調和がとれなくなってしまいます。会長の愛する富山の風景が、建物のせいでぶち壊しになるんです」
そう言って、桐山は自分の提案を改めて説明する。会長は、それを見て、自分が描いた絵を破り捨てる。そして、「桂さん、すべてあんたに任せる」と。
ルーバー屋根は隈研吾氏の影響か
このとき、桐山の出す提案が、なかなかいい。「風景に埋もれてしまう建築」という桐山のコンセプトが伝わる。完成予想図をよく見ると、山型の建物の約半分が、木のルーバー(板を隙間を空けて並べたもの)で覆われている。
これは想像だが、映画の公開年が2002年夏だったことを考えると、桐山の設計案は2000年11月に開館した「那珂川町馬頭広重美術館(当時は馬頭町広重美術館)」を参考にしたのではないか。同施設は、今をときめく建築家・隈研吾氏の設計によるもので、屋根を含む建物全体を木のルーバーで覆う大胆なデザインが話題となった。もし、映画の美術スタッフが独自に屋根ルーバー案を考えたのだとしたら、その人は建築家になれる。
映画に戻ると、美術館のデザインについては桐山に任せることで落着するものの、桐山の性格を黒部会長が気に入ってしまい、新たなトラブルが始まる。このトラブルが結局、どうなるのかは映画を見てほしい。コメディー映画なので、危機は回避されてハッピー・エンドとなる。そこでも、スーさんの毅然とした態度はかっこいい。
クライアントにノーと言う“設計部のエース”には疑問
しかし、である。かつて会社組織に属していた筆者としては、桐山のやり方はどうなのかと、引っかかる。
まず、上司を飛び越えてみんなが社長に直訴していたら、組織が回らない。そして、黒部会長が自ら描いた絵が「駄目だ」と明言するのは、個人の建築家ならともかく、大組織に属する人間としては決して褒められる行為ではない。
組織人であれば、会長のドームみたいな造形をいったん受け入れたうえで、景観になじむようなデザイン手法を考えるべきだろう。会長もそういう対応を期待しているから、設計・施工を一括で請け負える建設会社に頼むのではないか。
先ほど、桐山の案が、建物全体を木のルーバーで覆った隈研吾の美術館に似ていると書いたが、例えば、会長のドームの絵を生かして、ドーム全体を木のルーバーで覆うというやり方もある。
会長自身が「俺のアイデアで建てた」と思うことで、出来上がった建築への愛情が深まる。それは社員にも伝播し、結果的に建物が大事にされる。オールハッピーにしなければ建設会社の設計部員とは言えない。“設計部のエース”と言われる人であれば、言わずもがなだ。
鈴木社長の理念や人間性は確かに素晴らしいと思うが、鈴木社長の個人的資質に頼り過ぎる鈴木建設は、組織としてちょっと危ういのではないか。物語とはいえ、クライアントに何度も頭を下げなければならないスーさんが不憫でならない。まあ、ハマちゃんや桐山のような個人プレー派は、全体のごくごく一部なのだとは思うが……。そうでなかったら、スーさんも休日にのんびり釣りなどしていられない。
■■釣りバカ日誌13 ハマちゃん危機一髪!
劇場公開:2002年8月
監督:本木克英
脚本:山田洋次、朝間義隆
原作:やまさき十三、北見けんいち
キャスト:西田敏行(浜崎伝助)、三國連太郎(鈴木一之助)、鈴木京香(桐山桂)、小澤征悦(鮎川透)、丹波哲郎(黒部五郎)、浅田美代子(浜崎みち子)、岡本信人(浅利真三郎)
109分/松竹
公開日:



