ドラマ史に残る衝撃のオープニング
俳優の田村正和さんが亡くなった。私が目にした記事の1つに、「唯一無二の刑事像を作り上げた」というフレーズがあった。これは、誰もが知る刑事ドラマ「古畑任三郎」を指しているわけだが、私の中では俳優・田村正和は「唯一無二の建築家像を作り上げた」人である。1996年放送のドラマ「協奏曲」のことだ。とはいえストーリーをほとんど忘れてしまっていたので、四半世紀ぶりに見返してみた。
建築や住宅、それを設計する「建築家」は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。「協奏曲」は1996年10月~12月に、TBSの金曜22時から放送された連続ドラマ。田村正和(当時53歳)、木村拓哉(当時24歳)、宮沢りえ(当時23歳)という豪華キャストの共演、歳の差30歳のイケメン2人による恋愛バトルが話題になった。
ストーリーをほとんど忘れてしまっていた、と書いたが、オープニングのシーンだけは鮮明に覚えていた。見返してみたら記憶どおりで、それにまず驚いた。オープニングだけならドラマ史に残るのではないか。こんなオープニングだ。
独学で建築家を目指す貴倉(たかくら)翔(かける、木村拓哉)は、鎌倉の海岸近くの安アパートで、榊花(はな、宮沢りえ)と暮らしていた。設計の相談を受けている教会の実寸図を浜辺に棒で描いていると、波の中に人の頭が見え隠れしているのに気付く。波の中を浜辺に向かってくる男性だ。男性はタキシードに蝶ネクタイ。もちろんずぶ濡れだ。
その男性は、翔が憧れるスター建築家の海老沢耕介(こうすけ、田村正和)だった。耕介は船上で行われていたパーティーで誤って海に落ち、この浜辺に打ち上げられた。翔は憧れの耕介の顔を知らない。
翔はずぶぬれの耕介に言う。「大丈夫ですか」「どこから?」。耕介は(田村正和らしい独特の間で)こう答える。「ふふっ、天使の国から」。そう言うと、気を失ってしまう。
このシーンだけで矢継ぎ早に突っ込みたくなる。どういう状況でタキシードのまま船から落ちる? この現代に、なぜ憧れの建築家の顔を知らない? 船上パーティーに出席するような社交的な建築家がこれまで顔出しNGだったのか? 死ぬかもしれない状況なのに、なぜ名前を名乗らない?……などなど。
おそらく25年前にも心の中でそう突っ込んだと思うが、それでもこのシーンを鮮明に覚えていたのは、海から現れるタキシード男性の映像が美しく、かつ、浜に上がったずぶ濡れの田村正和がなんとも形容しがたい男のオーラを醸し出しているのだ。
振り回される2人に“同情”の念
実は、この海から登場シーン、その後の物語の伏線にはなっていない。2人の出会いはパーティー会場とか建設現場とかの方が順当に思える。このシーンは単に、濡れたマサカズのオールバックの頭を見せたいだけの演出かもしれない。それでも、キムタクファンには申し訳ないが、このオープニングは完全にマサカズの勝利に思える。
ドラマは全10話で、基本は花を巡る三角関係と、翔が建築家として成長していく過程の話だ。
オープニングほどではないものの、毎回突っ込みたくなる要素が満載。特に、三角関係の方は、花のあまりの優柔不断さに後半はイラッとさえしてくる。しかし、一方で、花演じる宮沢りえのかわいさは、確かに男ならば「いい加減にしろ」と突き放すことはできない。決断できない花に、いつまでも振り回される2人。普通のドラマならば2人のイケメンに「こんな男はいない」と“嫉妬”が湧きそうなところだが、このドラマでは“同情”の念が湧いてくる。これが制作陣の狙いだとすると、なかなかに高度な脚本だ。
かっこ悪さもかっこいい?
象徴的なのが、翔のこのセリフ(第2話)。まだ建築家として芽が出ていない時期に、将来を不安がる花とケンカした直後に、耕介に言うセリフだ。
「皮肉ですよね。設計図描きがてめえの人生うまく設計できないって」。
すると、バツイチの耕介(仕事にのめり込み過ぎて妻に出て行かれた過去を持つ)は、小声でこう返す。
「みんなそうだよ、みんな……」
田村正和演じる耕介は、振る舞いはいちいちかっこいいが、建築家としてはさほどかっこよくはない。
例えば、施主が言うことでも、納得できないことには耳を貸さない。事務所では怒ってばかりいて、所員に煙たがられている。納期が近い図面を破る。当たり前のようにスタッフに徹夜を強いる。設計事務所のある一面としてはかなりリアルだ。今だったら、こういうブラック職場は堂々と描きにくいと思うが、90年代半ばのドラマはまだそれが許された時代だったのだろう。
翔のデビュー作はあの名建築!
物語の1つの山場は、翔の“師匠超え”だ。上司としてはブラックな耕介だが、建築を評価するという点では無色透明で、偏屈さはない。翔の才能を認めるこのシーン(第7話)。
翔が長年温めてきた教会の設計案に、あるデベロッパーが建設費の支援を申し出て、デビュー作の教会が実現する。そのデベロッパーの社長、辰巳(佐藤慶)は、若い頃は建築家を目指していて、耕介とも知り合いだった。耕介は翔から教会を見てほしいと言われ、その教会で辰巳社長と会う。辰巳社長は耕介にこう言う。
「教会というより体育館だな。彼(翔)には本当に才能があるのかね?」
耕介はこう答える。
「700人がここに集まったときに、ここに来てみればいい。夕日が差し込む時間にここに来てみればい。誰も装飾が足りないとは思わない。人間と光が十分に空間を埋めているはず」。
そして、こうつぶやく。
「彼の才能は普通じゃない」。
このやりとり、見ているとすごく説得力がある。なぜなら、ロケ地の教会がまさにその通りの空間だからだ。それもそのはず。この建築は、日本建築界の大御所である槇文彦氏(1928年~)の設計で1995年に完成した「東京キリストの教会」だ。デビュー作でいきなりこのクオリティーの建築を実現したら、私でも「彼の才能は普通じゃない」と言う。放送前年に完成したばかりのこの建物を調べ、ロケの協力を得た制作チームのグッジョブである。
翔が設計した教会は、その年の建築賞で、耕介が設計した住宅を破って大賞を取る。ドラマの終盤は、飛ぶ鳥を落とす勢いの翔と、次第に仕事がなくなる耕介という、序盤と逆の状況が描かれる。
これ以上はストーリーを書かないが、思うに、このドラマはもし「花をめぐる恋の駆け引き」がなかったとしたら、「建築家の師弟のドラマ」として、かなりのリアリティー感を持って記憶されただろう。インパクトのあり過ぎるずぶ濡れオープニングと、三角関係のグダグダの印象だけでこのドラマが語られるのはもったいない。これから見る人は、ぜひ建築家師弟の葛藤のドラマという視点で見てほしい。
ちなみに、ドラマの制作者のクレジットをじっくり見ていると、最後の方に「協力:椎名英三建築設計事務所」と出てくる。WEBサイトで椎名英三氏(1945年~)の作風や本人のダンディーさを知ってから見ると、さらに味わい深いかもしれない。
■テレビドラマ「協奏曲」
1996年10月11日から12月13日に、TBSの金曜22時から放送。全10回
脚本:池端俊策
プロデュース:八木康夫、磯山晶
演出:清弘誠、竹之下寛次
音楽:バート・バカラック(編曲:若草恵)
出演:田村正和(海老沢耕介)、木村拓哉(貴倉翔)、宮沢りえ(榊花)、石倉三郎(岡義人)、佐藤慶(辰巳秋伍)、木村佳乃(辰巳響子)ほか
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