マンガやドラマなど、著名な作品に登場する間取りを何でも推理してしまう間取り探偵。今回探偵が取り上げたのは、1968年のマンガ連載開始から、テレビアニメ、実写映画、舞台化までされた伝説のボクシングマンガ「あしたのジョー」と、「チャー!シュー!メン!」の掛け声でお馴染みの「あした天気になあれ」、ちばてつや先生の2作品です。
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「あしたのジョー」丹下拳闘クラブ
“丹下段平”が育てていた天才ボクサー“矢吹丈”。しかし彼はもめごとを起こして少年院へと送られてしまった。そこで“力石徹”と出会いプロボクサーへの道へと突き進んでゆく。
南千住、泪橋の下にある丹下拳闘クラブの外観と人の大きさから建物の間口を尺モジュールで推測してみると恐らく8190mm。(8.19m)
と、すると1865年成立のクインズベリー・ルール、ロープの内側のサイズが一辺24フィート(7.31m)と規定されているボクシングリングだと他の家具の配置を考えると入りません。
そこで、間取り図に落としたリングは1901年にサンフラシンスコで採用された18フィート(5.48m)の最小サイズを採用してみました。
これなら入りますが、実はこの規格はプロレス用なんです。でも、これならば建物の中に納まりますのでご勘弁を。

東京・南千住の泪橋の下にある丹下拳闘クラブ

丹下拳闘クラブの間取り図。かなり広い屋根裏はジョーの部屋。
さて、ジム内に入って振り返ると、左手に台所。そして右手に部屋がありそこは恐らく丹下段平の部屋と推理します。またリングの袖にはソファーとテーブルに椅子があり、そこは取材に来た新聞記者さんたちのスペース。
事務の中にある梯子を登るとジョーの寝床で橋の床板(しょうばん)を屋根代わりにした小屋裏。天井はかなり低いと思われますが部屋は無駄に広いですね。
でも雨じまいはどうしているのかしら。そのままだと雨が降ったら水浸しだわ。
所在地:東京都荒川区南千住
推定床面積:74.52m2(小屋裏含まず)
間取り:ボクシングジム
構造:掘建柱建築 木造橋の床板を利用
入居者: 丹下段平(会長)・矢吹丈(所属ボクサー)時にマンモス西(所属ボクサー)
備考:河川区域内の土地において工作物を新築し、改築し、又は除却しようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、河川管理者の許可を受けなければならないとされていますが多分許可は受けていないですよね。
「あした天気になあれ」定食喫茶あづまや
プロゴルファーを目指す中学生“向太陽”。
ゴルフ練習場でバイト、家業の食堂を手伝ってプロになるための資金を貯めるといった苦労人。その努力の結果、史上最年少でプロテストに合格!そしてメジャートーナメントにも出場を果たしました。
居住用の玄関はなく、家族は厨房の勝手口から出入りしています。
いつも混んでいる店内と厨房の通路は、大きな身体のかあちゃんが通るのでイッパイイッパイの幅。
障子を挟んだ家族の居間は、お客様が多い時には小上がりとして共有している感じがします。建物に併設して、外から出入する物置小屋には太陽のトレーニング用具が置かれていて太陽はこれを持ち出して庭で鍛錬。
トイレはお客様と共用。
2階には8帖の部屋が2つ。1つは基本的には太陽の部屋ということらしいのですが、勉強部屋兼寝室の襖はいつも開けっぱなし。でも、その境目がはっきりしないところが家族仲良し、下町のほのぼのとした雰囲気を感じさせてくれます。

定食喫茶あづまやの外観

家族5人が仲良く暮らす、食堂兼自宅。お店の小上がりを兼用した今と、2階の続き間が下町の家族のほのぼのした暮らしが伝わってきます。
所在地:東京都荒川区
推定床面積:81.98m2
間取り:店舗+厨房+3室
構造:木造2階建
入居者:向かあちゃん(母)・太陽(長男)・武二(二男)・攻三(三男)・糸子(長女)
ちばてつや先生と間取り探偵の意外な関係
さて、なぜ今回”ちばてつや”先生の2作品を選んだのかを時系列で説明したいと思います。
2013年4月:日本文藝家協会より連絡があり、間取り探偵(影山明仁)が2013年のベストエッセイスト受賞者76人のうちの1人に選ばれたとの報せあり。
2013年6月:76人のエッセイをまとめた書籍発刊。その受賞者のなかに“ちばてつや”先生のタイトル「あんのこったぁや!(なんということなの!)」も掲載されおり、内容は戦後、旧満州から引き揚げてきた時のお話で一時身を寄せた親戚の家のことが出てきます。
間取りについてはほとんど触れられてはいないのに、なんか頭の中に不思議と間取りが浮かんできた。
2013年8月:岩手県の岩手町というところで“ちばてつや”先生のトークイベント開催。主催者担当とは旧知の仲だったので、開場前の概ね1時間ほど対談させていただきました。
その内容をちょっとだけ紹介させていただきます。
【ちば先生】今は建てられないだろうけど、昔はそんな家沢山あったのよ。南千住あたり。そうそう、マンガに出てくるその泪橋は今でも地名が残っているね。
【探偵】泪橋交差点と地図に書いてありました。川も暗渠となっているようです。
【ちば先生】昔は田舎だったんだけどなぁ。
【探偵】“あした天気になあれ”の間取りも描いてみたんですが、悩むことなくすんなりと推理できました。もしかしたらモデルがあったのではないですか。
【ちば先生】あの家は父親の実家の八百屋をイメージしているんです。戦後、満州から引き揚げてきて身を寄せた家。
【探偵】】あ、ベストエッセイに書いてあった、夜中にやっとたどり着いた九十九里浜の家ですね。
【ちば先生】そうそう。その時に食べた西瓜がすごくうまかった。
そのほかにも、本当は“あしたのジョー”は少年院時代で完結したかったにもかかわらず、人気が出て続けることになって苦痛だったことや、ジョーと力石を同じ階級で闘わせるために力石をいかに痩せて描くか苦労したこと、やっと連載が終わったと思ったら力石の葬式がリアルに行われて、行く気がなかったのに原作者である“高森朝雄(梶原一騎)“先生に無理やり参列させられたことなどの裏話もお伺いできました。
最後に、“ハリスの疾風”の主人公である“国松くん”をボールに書いくださり、本当に気さくな方なのだなぁと感動したことを覚えています。

ベストエッセイ2013書籍間取り探偵とちば先生のエッセイが掲載されています

左)ちばてつや先生(左)と間取り探偵(右)のツーショット右)ちば先生直筆のサインと”国松くん”が描かれたボール
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更新日: / 公開日:2018.03.06










