大阪は谷町四丁目に位置する「大阪歴史博物館」。その名のとおり大阪という街の成り立ちや歴史、さらには日本やアジアに関する特別展なども行う博物館です。
大阪は「お笑い」や「粉もん」など、他都市に比べ象徴的なイメージが強い街ですが、実際のところどのような背景のある地域なのでしょう?「大阪歴史博物館」の学芸員である船越幹央さんに、大阪の街の魅力とそこで育った文化について聞きました。そこには興味深い事実がいくつもあったのです。大阪府の物件を探す

―大阪歴史博物館はいつ開館したのでしょうか?

船越さん:「1960年に『大阪市立博物館』として、大阪城公園の本丸内に建設されました。その後、2001年に現在の場所へ移りリニューアル開館。すぐ隣に難波宮跡公園という史跡公園があり、その発掘成果などを伝える『サイトミュージアム(遺跡の博物館)』も兼ねて、『大阪歴史博物館』として生まれ変わりました」

―難波宮跡公園はとても広い芝生の一面に、史跡がところどころ見られる公園ですね。この周辺に住んでいる方々が、自由に思い思いの時間を過ごす姿が見られ、私自身もとても好きな公園です。

船越さん:「難波宮跡公園は1954年から始まった発掘調査によって、飛鳥から奈良時代にかけて前後2期の難波宮跡が確認されました。現在では、建物跡の様子がわかるように整備されています。当館でも10階の展示『難波宮の時代』で、当時の宮殿の様子などを復元して紹介しています」

復元された後期難波宮の大極殿基壇。奥には小さく大阪城の姿が。史跡公園には二つの時期の宮殿遺構があることがわかっており、それぞれを前期難波宮、後期難波宮と呼び分けている

実物大に復元された奈良時代の大極殿

―他には、どのような展示を見ることができるのでしょう?

船越さん:「常設展示室が4フロア、特別展示室が1フロアあり、天下の台所といわれた江戸時代の大阪、昭和初期の大正時代を中心とした大大阪の時代などを紹介しています」

―ここ最近、「水都大阪」という言葉をよく耳にします。その当時の大阪の展示は、どのあたりで見られるのでしょう?

船越さん:「9階の江戸時代の展示へ行ってみましょう」

―わー、圧巻ですね!橋の下を歩きながら展示を鑑賞できるんですね。

船越さん:「そうそう。船に乗りながら街巡りをするというコンセプトで構成されています。現在の大阪には大川と東横堀川、木津川、道頓堀川を軸にロの字形に水路が残っていますが、かつてその中にはもっとたくさんの堀川があったんですね。展示は江戸時代の水路を紹介していますが、昭和30年代頃まで大阪は本当に水都として栄えていました」

現在の天満橋に位置する八軒家着船場。京都と大阪間の移動に使われていた

―そんなに最近まで水路が活躍していたんですね。

船越さん:「今の大阪で生活していると、言葉ほど水辺を感じないかもしれませんが、昭和30年代に水路がどんどん埋め立てられて、高速道路を建設していったんです。最初が阪神高速1号線。西横堀川という堀川を埋めて、高速道路を作ったんですね。モータリゼーションと引き換えに川を埋めていったわけです。だから西区も、堀川が東から西にたくさん流れていたんですよ。京町堀や立売堀という地名がありますよね?」

―ありますあります。つまり堀がついている住所はすべて、堀川だったということですか?

船越さん:「そうなんです。江戸堀、長堀など…あと阿波座という駅も、阿波座堀という堀があったんですよ。西区は本当に堀だらけ。それを埋めて住宅を建てたり街を造っていったわけです。水路に船を走らせて荷物を運ぶというのが、江戸時代以来の大阪の基本的な輸送方法でした」

―モータリゼーションの影響で水路がなくなっていき、街並みが変わっていったんですね。

船越さん:「今は昔とは水辺の在り方が変わっていますが、水都大阪として生活に水辺を感じるようなプロジェクトなどもできているようですね。たとえば最近だと東横堀川に架かる本町橋の周辺が整備され、β本町橋という水辺の施設ができました。他にも中之島あたりの大川沿いでは遊歩道を造ったりと、水辺を意識した整備が行われています」

―大大阪の時代とはいつ頃を指すのですか?

船越さん:「1925年に市域拡張し今の大阪市に近い範囲まで範囲が広がったことを大大阪と指すというのが一般的ですが、その少し前から言葉としては使われていたようです。当時の発展した大阪を市井の人々が誇らしげに言った言葉が『大大阪』なんですね。しかし定義があるわけではありません。当館でその頃を『大大阪の時代』とまとめて、展示フロアの愛称にしています」

―その頃、大阪は東京よりも栄えていた、という話を聞いたことが。

船越さん:「東京は1923年に関東大震災が起きて大東京にする時期が遅れたんですね。ちょうどそのタイミングで大阪が市域拡張をして人口が210万人に達したことで、東京を抜いてしまった。ですので、東京より栄えていたから『大大阪』と呼ぶというわけではありません」

―なるほど。具体的にどのような時代だったのでしょう?

船越さん:「都市文化が華ひらいた時代で、たとえば建築物もモダン建築が多く生まれました。それは時代的に大阪以外の都市でも起こっていることですが、大阪の場合商業建築に特徴があるものがわりと見られるんですね。たとえば堺筋の辺りや船場の辺りに行かれると、小さな個人オーナーのビルで非常にたくさんレリーフなどの装飾がついているものや、綺麗なタイルでデザインされているものがありますよね。大阪の建築物は東京よりも自由に建築できたと言う考え方もあります」

―制約があまりなかったということですか?

船越さん:「東京は官公庁が多い街ですが、大阪は個人がオーナーである商業ビルに多かったため、建築家が自由にできたということなんでしょう」

船越さん:「実は過去には全国に6つほど『東北の大阪』『四国の大阪』『山陰の大阪』というふうに名乗っていた街があるんです」

―そうなんですか? 全然知らなかったです。

船越さん:「たとえば福島県の郡山や、愛媛県の今治、鳥取県の米子など。どれも県庁所在地ではないですが第二の都市として発展している。これは東京に対する大阪のポジションと同じなんですね。政治機能に乏しく首都ではないけれど、工業都市として経済が発展している。実は大阪は明治時代頃から工業都市として発展したことによって大大阪の時代が生まれたんです。そのため戦前までは、日本を代表する工業都市として地方の工業都市が憧れた街でもあったんです」

7階の展示室は、大大阪の時代を再現した街並みに胸が踊る。モダンな雰囲気に、当時の活気や流れを感じる

―そういう背景があったとは、興味深いですね。

船越さん:「工業都市という土壌にモダニズムの文化が生まれ発展し、江戸時代からの文化と融合していった。大大阪の時代というとモダン要素が多く語られますが、実は芸能のジャンルでも大阪はその頃最先端だったんです。道頓堀は江戸時代以来、芝居町として多くの劇場が並んでいました。お芝居といえば歌舞伎のように伝統的なものがすぐ浮かびますが、道頓堀から千日前にかけて結構おもしろい劇場があって」

船越さん:「たとえば千日前の現在ビックカメラがある場所あたりにあった劇場では、今でいうレーザー光線やスポットライトのような電気を使った演劇が人気でした。ちょっと違いますが。今の時代のものに当てはめるとPerfumeみたいな感じかな(笑)。江戸時代以来の文化と新しい視点や技術が融合することで、歌舞伎舞踊の演出として電気をつかうということが大正時代の初めに起こってきている。大阪はそういう芸能の最先端の場所、非常におもしろい街だったんです。庶民はきっとそのような文化の方が身近だったのではないかと考えています」

―メインの道頓堀に隣接した千日前で、新しい実験的なことが起こり、市井の人々が日常の中で鑑賞していたと思うとおもしろいし、今より文化芸能が身近な街だったのだなと感じます。

船越さん:「おもしろいんですよ。大阪といえば歌舞伎の中村鴈治郎というイメージがありますが、それとは違う世界も結構あるんですね。当時の新聞や雑誌など残っているものを読んでいくと知らなかった別の世界が出てくる。私自身、今は研究テーマとして明治時代以降のものを扱っていますが、文字資料だけでも多くのものが残っており、発見が多いです」

―まだまだわかっていないことが結構あるということなのですね。

船越さん:「わかっていないことの方が多いのだと思いますよ」

―今暮らしている街の過去を知るということは、街自体を深く感じることができおもしろいんですね。

船越さん:「たとえば散歩する時にみなさんは『きれいな花が咲いているな』とか『今日の天気は気持ちいいな』などと思いながら歩くと思うのですが、私たちの場合街を歩いていると『昔はここはどういうところだったのだろう?』ということがすごく気になるんです。この道は昔は堀だったけど埋め立てられているというように。大阪に桃谷という地名がありますが、昔は桃山という地名だったんですよ。京都に桃山駅ができたから、大阪が変更することになった。この地域は桃の林があって春になると花が咲き誇る。その北側に広い池があり、大阪城が池の向こうに見えたんです。これは浮世絵にも描かれている風景。そういうことを知って散歩すると、楽しいじゃないですか。ここ大阪歴史博物館や地域の図書館などで、自分の街を調べてみると知らなかった背景に出会える。また違った目線で街を楽しむことができるので、ぜひ日々の生活に取り入れてみてほしいですね」

◆今回取材した施設

「大阪歴史博物館」

住所:〒540-0008 大阪府大阪市中央区大手前4-1-32

電話:06-6946-5728

営業時間:9:30〜17:00(入館は閉館の30分前まで)

定休日:火曜休(祝日の場合は翌日休)、年末年始

http://www.mus-his.city.osaka.jp/index.html

大阪歴史博物館がある谷町四丁目は、Osaka Metro谷町線とOsaka Metro中央線の2路線が通る駅。企業だけでなく大阪家庭裁判所や大阪府庁舎なども位置する中心地が、船越さんがお話しされていたように、昔の姿を想像しながら歩いてみるのもおもしろそうですね。

近くには大阪城公園もあるので、散歩のコースとしても良く、休日はファミリー層でにぎわっています。梅田や天王寺など主要駅にも一本で行けるので、交通の便も抜群。

家賃相場はワンルームが5.79万円と比較的安いため、一人暮らしの学生さんにもおすすめです。

◆本記事の担当者

取材・文:小島知世 写真:沖本明

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公開日: