2050年のカーボンニュートラル実現に必須の再生可能エネルギー活用だが一方で課題も

出典:東京都太陽光発電設置義務化の対象者 「わが家は発電所」リーフレット
出典:東京都太陽光発電設置義務化の対象者 「わが家は発電所」リーフレット

2025年4月から、大手住宅供給事業者が新築する延床面積2,000平米未満の建物に太陽光パネルの設置等を義務付ける東京都「改正環境確保条例」がいよいよ施行された。
2022年12月に都議会で可決・成立してから2年以上の周知期間を経て施行されるが、新築建築物について省エネ適合を義務化する「改正建築物省エネ法」と施行時期を合わせるだけでなく、関係する業界・団体・企業の協力も不可欠であり、また消費者への周知も怠りなく進める必要があったことが窺われる。

国が太陽光パネルなどの設置義務化に未だ踏み込めない状況下で、2020年の京都府、2023年の群馬県に次いで義務化を進めることになるが(川崎市も東京都と同時に義務化開始、横浜市は2010年から検討結果の報告を義務化している)、その目的はもちろん2050年のカーボンニュートラル実現への体制を整え、脱炭素化を推進することだ。

東京都は言うまでもなく日本最大の人口&住宅密集地、事業集積地であり、エネルギーの最大消費地でもある東京都での温室効果ガス削減量の多寡が、カーボンニュートラル実現を大きく左右することになる。

この条例は、具体的には延床面積2,000平米未満の小規模新築建物が対象で、太陽光パネルの設置義務者は年間延べ2万平米以上の建物(住宅・ビル)を建築する大手事業者(50社前後)で、都内での年間新築棟数の半数程度の規模が想定されている。また、年間延べ5,000平米以上を供給する事業者には義務化せずに要望があれば対応してほしいという任意参加が求められている。
既に、延床面積2,000平米以上の大規模新築建物については建築物環境計画書制度の運用によって省エネ対策を実施しており、この制度を小規模建物に合わせて改正したのが今回施行の条例ということになる。

この義務化条例の施行については、災害時のパネル破損による感電リスクや、光害=反射光による交通事故などのトラブル発生リスクなどの懸念があるとの指摘もあります。
また、東京都ではイメージしにくいが、メガソーラーについては土砂流出や濁水の発生、景観への影響、動植物の生息・生育環境の悪化など自然環境への影響、および太陽光を電気に変換するパワーコンディショナーの稼働音など生活環境への影響も少なくないと反対する意見も数多くあって、賛否両論の状況にある。

加えて、ただでさえ高騰が続く東京都の住宅価格が、太陽光パネル設置義務化によってさらに高騰することがほぼ確実視されるため、住宅購入予定者が東京から転出して周辺3県および以遠での住宅購入を検討する可能性も高まることにより“ファミリー層の郊外化”が一層促進されることにもつながる。

2025年4月からの条例施行によって、東京都の新築住宅にはどのような影響が想定されるのか、また巷間指摘されるほどの影響はないものなのか、住宅市況に詳しい専門家に意見を聞いた。

量的影響は軽微だが質的影響は深刻になる可能性がある~矢部 智仁氏

<b>矢部 智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中

東京都の太陽光パネル設置義務化が市場に与えるインパクトについて、制度による量的影響は軽微だが質的影響は深刻になる可能性があるのではないかと考える。

市場への量的影響について

不動産情報ポータル各社が実施する需要調査を参照すると一戸建てニーズは堅調である様子がうかがえるが、新築小規模一戸建て住宅平均価格推移(東京カンテイ)によれば東京都で6,000万円台後半、23区に限れば7,000万円台後半とすでに十分高額な商品となっている。また東京都の一戸建て着工件数は2015(平成27)年1-12月の平均で4,044戸あったものが2024(令和6)年同平均は3,094戸(東京都)に低下、なおかつこの間のトレンドはほぼ低下傾向にあった。つまり都内で一戸建て取得意向をもつユーザーにとって意欲はあれどもすでに十分に高額で選択肢も絞られた市場となっていたと言える。そこに材料・工事込みで100万から200万円程度の再エネ関連追加原価が加わったとしても「もともと高嶺の花」となっていた市場規模に与える縮小インパクトは大きなものにならないのではないか。

市場への質的影響について

住宅の質に対する影響は大きくなる可能性はありそうだ。「性能」を断熱性、発電効率など数値化できるもの、「品質」を住まい手が実感する快適性や納得感と分けると、質に対する影響とは性能で評価できる視点ではなくユーザーの期待を上回れるかという品質視点のインパクトだ。
資材高、工賃高を背景とした商品価格高騰は避けられない状況をできるだけ緩和しようとすれば、供給者は郊外立地化や敷地の狭小化、設備の簡素化や空間の狭小化といった手段を講じることになる。そのような動きは業界によるアフォーダブル住宅実現のための努力、消費者の購買力に適応する経営努力ともいえ、もちろんただ単に否定されるものではないだろう。しかし一戸建て取得意向者の取得意向の背景には住空間の狭さや生活音問題など賃貸住宅では解消できない生活の質に関わる問題の解消という期待がある。都心狭小型の住宅では期待に反して問題を十分に解消しない可能性も残る。加えて狭小立地における太陽光パネル設置は近隣住宅への干渉(例えば光害や日射取得の阻害など)や、省エネ性能に偏ったセールスプロモーションで自家エネルギー消費量の軽減という期待を高めながら、隣棟間の狭さや高さの問題でパネルの発電性能を十分に発揮させられず、結果的に期待と異なる状況を生じさせる可能性もある。
このように期待していた暮らしの質が実現しなかった時に生じる失望感はまさに「質の低下」といえるのではないか。

そもそも今回の都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(略称「環境確保条例」)の改正の主目的として東京都環境審議会の答申(都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(環境確保条例)の改正について~カーボンハーフの実現に向けた実効性ある制度のあり方について~答申、2022年8月)には「気候変動対策の強化を図るため」と示されている。
ここで提起したいのは条例名にもある「都民の健康と安全を確保」という原点を顧みれば、気候変動対策として良かれと考えた施策が実は都民の健康につながる暮らしの質を低下させるようなことになっていないか、という視点を持つことも大切ではないかということだ。
筆者は東京都の施策を再生可能エネルギー活用など新たな技術を暮らしに活かした生活防衛の観点(電力レジリエンス、災害対応、分散型電源など)から有意義と考えてきた(東京都が国に先駆けて実施する太陽光パネル設置義務化。その実効性は?)。制度が実装フェーズに入った今、住まい手の暮らしの品質すなわち期待する暮らしの実現を阻害しないという観点から丁寧な補完設計が不可欠だと考える。

「注文建築」と「建売分譲」で変わる注意点~高橋 正典氏

<b>高橋 正典</b>:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など高橋 正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など

2025年4月東京都において新築住宅を建てる事業者に対する「太陽光発電」の設置が義務化された。ただし、この義務化の対象となるのは「都内における年間供給延床面積が合計2万平米以上の事業者」となっており、例えば1棟あたり100平米の建物だとすると年間200棟以上を供給する事業者であり、約50社ほどにとどまる。しかし、この50社の供給戸数を足すと、東京都の新築住宅の半数ほどが義務化の対象になるという。
したがって、その影響はそれなりに大きいと見るが、現状はまだ市場における影響は見えてこない。
「太陽光発電」に関するメリットやデメリットはネット上でも幅広く情報が提供されており、この場で改めてその是非を語るつもりはないが、多くの情報提供者がいわゆる事業者、つまりこの制度においてビジネスを展開していることには注意が必要である。

昨年起きた、能登半島地震の現状を先日見てきたが、太陽光発電が震災において役立っているケースを見つけることはできなかった。むしろ、破損・崩落や破損後の発電などの危険性を問う声が大きかった。こうした問題は今後システム改良によって改善する可能性はあるだろうが、気をつけておきたい問題ではある。
さて、東京都の新築の半数が「太陽光発電」付きで供給されることになるが、先にあげた50社については、注文建築中心のハウスメーカーと、建売分譲業者に分かれる。前者の注文建築については比較的敷地の大きい場合も多く、近隣との関係も考慮しての施工になるが、後者の建売分譲事業者の提供する「太陽光発電」付き住宅は注意が必要だ。

例えば、「太陽光発電」の問題の一つに「光害」つまり反射光による近隣トラブルが挙げられる。昨今、これらを軽減するパネルも発売されているが価格も高く、建売分譲のようなコスト重視のビジネスモデルにおいて、それを積極採用する企業ばかりではない。東京都といっても都区部の建売分譲住宅では敷地を細分化し隣接地と接近して建てられる場合が多く、これまでもエアコンの室外機の設置場所がないため、隣接地に排気が向かうことでの近隣トラブルは後を絶たなかったが、これだけ土地価格も高騰し、ゆとりのない敷地の中で設置されるということで起きる問題には注意が必要である。
また、現在供給されている「太陽光パネル」の殆どは海外製であり、国内製は価格が高いものが多く、これもコスト重視の建売分譲住宅における注意点である。メンテナンスなどの面において事業者の倒産や国内サービス体制の確認は重要だ。

さて、以前から「太陽光パネル」のリサイクル制度の義務化が国会で検討されている。先日も法案提出一歩手前まで進んだが一旦見送られた。現在、設置する場合には補助金も多数あり、電気料金が下がるなどのメリットは存在するが、いずれ訪れる廃棄の問題にも注意が必要である。30年以上持つとされるが、住宅の屋根の改修は30年待たずしてその必要性が訪れる。その際の費用も現状の屋根改修コスト以上に考える必要がある。
目先のメリットに踊らされることなく、計画性を持って暮らしてほしいと思う。

太陽光発電普及の鍵は戸建住宅への屋根載せ 東京都の果たした役割は極めて大きい~前真之氏

<b>前 真之</b>:東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。専門分野は建築環境工学、研究テーマは住宅のエネルギー消費全般。 学生時代より25年間以上、住宅の省エネルギーを研究。健康・快適で電気代の心配がない生活を太陽エネルギーで実現するエコハウスの実現と普及のための要素技術と設計手法の開発に取り組んでいる前 真之:東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。専門分野は建築環境工学、研究テーマは住宅のエネルギー消費全般。 学生時代より25年間以上、住宅の省エネルギーを研究。健康・快適で電気代の心配がない生活を太陽エネルギーで実現するエコハウスの実現と普及のための要素技術と設計手法の開発に取り組んでいる

東京都における住宅の太陽光発電の設置義務化について結論をはじめに述べると、日本全体に非常に大きな好影響があったと考えている。日本においては、再生可能エネルギーに関して否定的な報道がやけに多い。
「太陽光パネルのリサイクル義務化断念」「釧路湿原のメガソーラー開発への工事中止勧告」「秋田県沖の風力発電事業からの三菱商事撤退」など、枚挙にいとまがない。もちろん再エネにも課題がある。
しかし何事もベネフィットとコストを公平に評価しなければ、判断を間違えてしまう。特に、再エネの代表といえる太陽光発電は、すでに日本全体に大きなベネフィットをもたらしている事実を、最初に再認識すべきであろう。

以前は夏になると、エアコン我慢の「節電キャンペーン」が大々的に行われたことをご記憶の方も多いだろう。なのに記録的な猛暑となった今年の夏、節電の話をほとんど耳にしないのはなぜだろうか。タネを明かせば、メガソーラーを中心に太陽光発電が昼間にバリバリ発電しているから。電力会社も供給量に十分な余裕があるから、節電要請をせずに済んでいる。夏の昼間にこそ必要な冷房と、晴れた昼間に発電する太陽光発電は、最高の名コンビ。ズバリ言って「猛暑でも安心して冷房が使えるのは太陽光のおかげ」なのだ。

自然エネルギー財団 電力需給チャート
https://www.renewable-ei.org/statistics/electricity/#demand
でんき予報
https://www.tepco.co.jp/forecast/

もちろん災害時におけるエネルギー確保にも、太陽光発電は大活躍する。地震や台風の際の停電時にも、太陽光発電の自立運転は多くの人たちの生活を支えてきた実績がある。もし災害時に十分役に立っていないというのであれば、それは単に「太陽光パネルが載っている家が少なすぎる」だけにすぎない。

災害時における太陽光発電の自立運転についての実態調査結果 - JPEA 太陽光発電協会
https://www.jpea.gr.jp/news/23653/

災害時における太陽光発電の自立運転についての実態調査結果(台風15号) - JPEA 太陽光発電協会
https://www.jpea.gr.jp/news/23667/


再エネの恩恵はほかにも、「電気代の削減」「輸入燃料削減による国富流出防止」「CO2排出削減による温暖化防止」など、それこそ数え上げたらキリがない。こうした数々のベネフィットにことごとく目をつぶり、目につく課題をことさらに喧伝する「再エネつぶし」の風潮には、強い危機感を覚えざるを得ない。

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