ビジネス拡大の契機は、新築住宅供給の大幅減
2008年9月15日に発生したリーマン・ブラザーズの経営破綻が契機となった世界的な金融危機。日経平均も大きく落ち込み、同年10月28日には一時バブル後の最安値となる6,994円90銭まで下落した。
日本の雇用環境も急速に悪化し、自動車・電器など製造業を中心に非正規雇用者が解雇される“派遣切り”や“雇い止め”が社会問題化した。住宅産業にも影響は波及し、新設住宅着工は翌2009年に77.5万戸と前年の103.9万戸から25.4%もの大幅減少を記録している。
新築住宅、特に新築分譲マンションの大幅な減少によって、住宅ニーズは中古、もしくは買い替えせずにリフォームするといった方向にも拡散したが、中古住宅を買い取って大幅なリフォーム(この頃からリノベーションという言葉も定着し始めた)を行い、再販売するという住宅流通の取り組みがこの頃から本格化した。
住宅の流通仲介事業とは異なり、買取再販には買い取り資金およびバリューアップのための先行投資が必要なことから、当初は一部の事業者の試験的な取り組みにとどまっており、中古物件を安価に買い取って水回りの交換や内装をリフォームし相応の利益を乗せて再販売するだけのニッチなビジネスと目されていた。
しかし、単にリフォームするだけではなく、徐々に間取りの大幅な変更や特徴的な仕様、最新設備の導入や断熱性能の向上など、機能性および居住快適性、デザイン性などを大幅に高めてから再販売するように進化・深化した。新築住宅の設備・仕様と遜色がないのにもかかわらず新築より安いことも評価され、専業社が増えて住宅流通会社内にも専門部署が次々誕生するに至り、買取再販事業は住宅産業として確立したといえる。
また、マンション1棟を丸ごとリノベーションし、売買仲介では不可能だった共用部の機能性・安全性なども向上させて再販売するビジネスは、老朽化する既存マンションが今後急増していく社会において、建物を取り壊すことなく(脱炭素社会の実現にも寄与する)次世代に価値をつなぐ手法として大いに期待される。
足元の不動産市況は資材価格および人件費の高騰、地価の安定的な上昇によって新築住宅の価格が大きく上振れる状況にあり、中古住宅の買取再販事業は、この20年あまりで市街地の中心部や近郊でも機能性に優れた住宅を比較的安価に購入できる販売手法として、新たな市場を形成し売り上げ規模を拡大し続けている。
この新築でも中古でもないという住宅の“第三極”を目指す取り組みは、新築住宅の構造的な価格高騰が続く前提で、今後も安定的に拡大する可能性が高いと考えられるが、先行投資が必要であることや在庫負担、競合他社の増加による利益率の圧迫などリスクも相応に存在する。買取再販事業の現状認識は、そして今後、新築・中古住宅との競合において有利な点、不利な点は何か、買取再販住宅の市場動向に詳しい有識者に話を聞く。
主流の選択となりつつある「綺麗な中古住宅」 ~ 西生 建氏
西生 建:明治大学法学部卒業。住宅情報情報誌、建設会社を経て、1996年エイム株式会社設立に携わり、2008年5月代表取締役。日本木造住宅耐震補強事業者協同組合の設立に携わり、事務局長、理事を歴任。2012年11月にリニュアル仲介株式会社を設立。同社代表取締役。首都圏既存住宅流通推進協議会代表ここ10年程度で買取再販売事業が成長し、事業として確立した要因は2つあると考える。
一つは、不動産価格の継続的な高騰。相場が上昇局面であれば、多少販売までに時間がかかっても利益を確保しやすい。また、新築価格が高騰しているなかで、買取再販物件の価格のお得さは際立っている。ただし、この点については価格が下落基調になった局面からまた話は違ってくる。買取再販事業者にはさらなる工夫が求められることになると思う。
価格の高騰以上に、私が考える大きな要因のもう一つは消費者(購入)の嗜好の変化だ。
中古物件といえば、以前は壁紙も汚れて、キッチン・風呂・トイレも前居住者が使っていたものを利用するイメージだったので、新築と比べるとネガティブな印象が否めなかった。それが「綺麗な中古住戸住宅」の登場で、室内は新築と同様で、価格が新築よりも安い、しかも中古住宅のほうが資産価値を維持しやすい、よい立地にあるというポジティブな選択肢となり購入者に根付いたことが大きいと思う。
事実、当社で行っているアンケートでも、「リフォーム不要なすぐに住める物件が良いですか?」という問いに対し、499名の回答者のうち、323名(64.7%)の人が「YES」と回答している(調査期間2023年11月~2024年8月/リニュアル仲介調べ)。住宅購入予定者の3分の2がこのように回答しているということは、購入したらすぐに住める物件のアドバンテージは市場のなかでかなり大きいといえる。
実はこの結果は、私にとって意外だった。個人間売買のほうが物件は安く購入でき、しかも自分好みで、安くリフォームできる、そちらのほうが合理的な選択だと思っていた。しかし「YES」と回答している人たちの多くは、かつて新築分譲住宅を求めていた人たちなのだろう。
新築分譲住宅を選択する層は、注文住宅を求める層とは違い、事業者が提案する内装をそのまま受け入れ、手間や時間をかけずに住宅を購入してきた層である。近年の新築物件の価格高騰が新築物件の購入を諦める人を増やし、その層が中古マーケットに流入し、市場を加速させている。
その層にとっては、汚くて古い内装の物件を自らの手でリフォームするのはイメージしにくいが、既に綺麗になっている物件であれば新築物件と並行して検討に値する対象となっており、しかも価格も安いという賢明な選択になっているのだろう。
「綺麗な中古住宅」の選択は、第三極ではなく、既に主流の選択となっているのかもしれない。
不動産価格の継続的な上昇を背景に成長。今後は一戸建てリノベーションのニーズも ~ 島原万丈氏
LIFULL HOME'S総研所長 島原 万丈 1989年株式会社リクルート入社。2005年より リクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社LIFULLでLIFULL HOME’S総研所長に就任。他に一般社団法人リノベーション住宅推進協議会設立発起人、国交省「中古住宅・リフォームトータルプラン」検討委員など▼リノベーション済み買取再販住宅市場の歴史
まず、日本の住宅市場における買取再販リノベーション済み住宅の歴史を簡単に振り返ることから話を始めよう。
日本初の買取再販モデルの本格的なリノベーション済みマンションは、バブル崩壊から数年経っても不動産市場は一向に回復の兆しさえ見えていなかった1998年、大阪の株式会社アートアンドクラフトによって供給された「クラフトアパートメントvol.1北区同心町」である。続いて、東京で創業された株式会社ブルースタジオが2001年に、海外の投資マネーによって買い取り・リノベーションされた再販物件「DA(Design Apartment)シリーズ」をインターネット・オークションという常識破りの手法で販売した。その後すぐに2社は請負モデルのワンストップサービスに軸足を移していくが、2003年に株式会社インテリックスが「リノヴェックスマンション」という商標でリノベーション済みマンションの買取再販事業を拡大させ、同社が牽引する形で、2000年代半ば頃、つまりバブル崩壊後に低めで安定していた不動産市場を舞台に、宅建業者による買取再販マンションを手がけるビジネスが広がっていった。
ところがこの流れはリーマン・ショックで大きくつまずくことになる。金融機関からの借り入れで物件を仕入れてリノベーション投資を行う買取再販モデルでは、市況が悪化し販売までの期間が伸びれば資金の回転が一気に悪化し、その間に不動産価格が下向けばバランスシートに含み損を抱えることになる。リーマン・ショックのタイミングで、多くの事業者が在庫の損切りをして買取再販市場から撤退し、経営破綻した事業者も少なくなかった。
▼買取再販住宅市場の成長の背景
利益率の低い買取再販事業は資金の回転数が生命線で、不動産市況が不安定な局面に対して大きな脆弱性を持ったビジネスである。逆に言えば、不動産市況が好調で不動産価格の継続的な上昇が見込める局面では、資金的にリスクの低いビジネスモデルでもある。これが現在の買取再販のリノベーション済みマンション躍進の背景にある。だから、現在の買取再販市場の急成長のスタート地点は、アベノミクスの大幅な金融緩和による超低金利とマンション価格が上昇を始めた2013〜2014年ごろに重なる。
リーマン・ショックから立ち直りつつあった新築マンションの供給が消費税増税の駆け込み需要で2013年にピークを迎えた後、2014年からはほぼ一貫して供給数を絞りつつ価格が高騰していく流れのなかで、新築市場からこぼれ落ちた格好で消費者のニーズはリノベーション済みマンションへ流れることになる。その裏側では、不動産価格の高騰で用地の取得が難しくなった中堅以下のマンションデベロッパーや、大手の寡占化が進む中古マンション流通市場からはじき出された中小の宅建業者が、買取再販のリノベーション事業へ活路を見出すという流れがあった。
従来、買取再販マンションの主流は、新築マンションには予算的に手が届かない層をターゲットとして、そのままの中古マンションよりやや高いくらいの価格帯で供給されてきた。ところがこの数年(体感値として2018年くらいから)は、10年前であれば普通に新築マンションを買えていた世帯が新たな顧客層として現れ、買取再販にも高品質な物件が求められるようになった。同時にその頃から大手デベロッパーなども本格的に買取再販事業を展開するようになり、消費者ニーズの高度化に応えていった。その先鞭をつけたのは、株式会社リビタが2013年から始めた「R100 tokyo」シリーズである。「R100 tokyo」は、ステルス値上げとも言われる新築マンションの面積の圧縮と仕様の劣化に対して、1億超という再販マンションではあり得なかった高価格帯ながら、100平米以上の既存マンションに高級なデザインと設備仕様を挿入する提案で人気を博した。
このように、需要と供給の事情・思惑が一致する形で、買取再販モデルのリノベーション済みマンション市場が伸びてきたのがこの10年である。
▼今後の買取再販住宅市場
さて、買取再販事業の今後はどうか、大掴みで今後の市場を見通してみよう。
まず大前提として、金融緩和政策は当面続く見込みであり、建設工事費の高騰も収束の目処がない状態なので、大きな流れとして、需給の両面から新築から中古へのシフトは鮮明になり、リノベーション済み買取再販住宅はますます存在感を高めると考えて間違いない。ただし、首都圏の中古マンションの買取再販事業はすでに過当競争状態になっていて、2024年に入ってから在庫が積み上がり、一部では価格調整が入っていると聞く。間違いなく、買取再販マンション市場は差別化戦略が必要なモードに突入している。
従来、宅建業者が供給するリノベーション済みマンションは、“なんちゃってリノベーション”と揶揄されることもあるほど、デザインも設備仕様も工事品質も凡庸な安物が幅をきかせる価格勝負の市場だった。しかし、仕入れ値や工事費の高騰は最終的な販売価格を押し上げ、消費者の感覚で言っても「安いからこれでいい」という妥協ができるゾーンではもはやなくなっている。また2025年からは新築住宅には省エネ基準への適合が義務化され、ほどなくZEHレベルが標準となることは確実である。当然、消費者の省エネ性能への要求は買取再販マンションにも向けられる。従って、性能面でもデザイン面でもこれまでよりも高いレベルの提案性のあるリノベーションでなければ、ただでさえ高くない事業の利益率は価格競争でさらに悪化することになるはずだ。消費者の立場からすれば、価格競争を煽り値引きを引き出すチャンスと同時に、新築に引けを取らない、ことによると新築を上回る品質の中古マンションを(それなりの価格で)手に入れるチャンスも開かれていくだろう。
一方、中古一戸建てのリノベーションに関しては、コロナ禍あたりから新築一戸建ての価格も上昇局面に入ったなかで消費者のニーズが高まっているものの、供給はほとんど増えていない状態が続いている。現状では、パワービルダーやローコストビルダーとの価格競合や建物の劣化に対するリスクを嫌って一戸建てリノベーションを敬遠する事業者がほとんどだが、大きなブルーオーシャンが広がっていることに間違いはない。LIFULL HOME’S総研『STOCK & RENOVATION 2024』の調査では、今後3年以内に住宅購入を検討している層が希望する住宅タイプ(複数回答)は、10年前の調査時点からの比較で最も伸びが大きいのがリノベーション済み中古一戸建てで、その割合は約25%と建売一戸建ての28%に肩を並べるほどになっている。勇気を持ってこの市場に挑戦する事業者のなかから、次の5〜10年の勝者が生まれると予言しておく。
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