二地域居住促進のための改正法が2024年5月成立
都市と地方などに複数の生活拠点を持つ“二地域居住”を促進する制度創設を骨子とした「改正広域的地域活性化基盤整備法」が可決成立した。各市町村が二地域居住促進計画を作成すれば、二地域居住者の住まいや職場環境を整える際に国の支援が得られるという仕組みで、2024年中に公布予定、公布から6ヶ月以内に施行することになっている。
移動人口の転出超過が続く地方圏への新たな人の流れを創出することが主な目的で、市町村は空き家の改修、シェアハウスやテレワーク用の共同オフィスの立ち上げなどの環境整備を行い、特に子育て世帯への誘致につなげる狙いがある。
併せて、地方圏居住のための環境整備の計画(=特定居住支援計画)自体を官民連携で作る協議会(=特定居住促進協議会)も設立可能とし、二地域居住支援活動を行うNPO法人や民間企業を“特定居住支援法人”に指定することもできるとしている。これにより、空き家情報や仕事情報、イベント情報などを提供する事業のハードルを下げることができるとされる。
なお、マルチハビテーションを意味する表現としては“二拠点居住”が一般に使われるが、ここでは法に倣って“二地域居住”と表記する。
改正法の趣旨に沿うと、地域活性化の基盤を組成するためには、活性化を担う人材の確保が欠かせないのだが、少子化・高齢化が進み2045年以降は総人口自体が減少し始める我が国において、全地域・全自治体の定住人口を増やすことは不可能だ。そこで、都市圏に居住する住民に地方圏にも生活拠点を持ってもらうことで“関係人口”を増やしてその役割を担ってもらおうという狙いがある。
また、国交省の説明によれば、二地域居住によってゆとりある生活が生まれ、雇用主である企業からすると、働き方改革や福利厚生、新規ビジネスの展開につながる可能性がある。同時に受け入れ側も人材不足の解消やコミュニティの活性化に繋がるだけでなく、自治体としても遊休農地の解消や地域に仕事が生まれるといった経済効果も期待できるとの青写真を描いている。
つまり、都市圏住民は二地域居住によって単に地方圏に生活拠点を設けるだけでなく(それでは観光や遊休活用に過ぎない)、そこで仕事や趣味を活かして地域住民・企業とも積極的に関わり、地域活性化の担い手として大いに活躍してほしいということなのだが、移住であれば積極的に地域にコミットしようとするだろうし、地域も移住者を“新たな仲間”として受け入れる努力も配慮も期待される。しかし、二地域居住者には都市圏での生活(こちらが主の生活拠点)があるのであり、改正法による計画策定や協議会組成、支援法人指定などの制度が効果を発揮し続けるのか、疑問が残る。
改正法の施行を機に、二地域居住による関係人口の増加を背景とした地域活性化策は奏功するのか、また実を挙げるためには具体的にどのような施策や考え方が必要なのか、実践者や自治体担当者、地方居住に詳しい有識者に意見を聞く。
市町村計画における「アウトカム」の明示が鍵になる ~ 矢部 智仁氏
矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中背景の確認と施策の方向性
広域的地域活性化基盤整備法の第1章第1条(目的)には「人口構造の変化、経済社会生活圏の広域化、国際化の進展等の経済社会情勢の変化に伴い、全国各地域において広域にわたる活発な人の往来又は物資の流通を通じた地域の活性化(以下「広域的地域活性化」という。)を図ることが重要となっていることにかんがみ、広域的地域活性化のための基盤整備を推進するため、国土交通大臣が策定する基本方針について定めるとともに、都道府県が作成する広域的地域活性化基盤整備計画に基づく民間拠点施設整備事業計画の認定及び拠点施設関連基盤施設整備事業その他の事業又は事務の実施に要する経費に充てるための交付金の交付等の措置を講じ、もって地域社会の自立的な発展並びに国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」と記されている。
今回の改正ポイントは、広域的地域活性化基盤整備計画を策定した都道府県内では市町村計画を策定することができ、計画を具体に進める際の官民連携(特定居住支援法人の指定や特定居住促進協議会の組織化を可能にする)の枠組みを示したことだ。2005年施行の地域再生法、2014年施行のまち・ひと・しごと創生法を軸とした地方創生に資する「機会の創出」「経済基盤の強化」「生活環境の整備」を具体的に補完する内容の一つともいえ、地域できちんと取り組めば基盤整備に必要な資金をバックアップしますよという中央政府の方針が示されている。
より現場に即した市町村という単位で地方創生に資する施策を具体化するという方針については全く反対するものではないが、改正による仕事の進め方を構造的に見れば、つまり今回の法改正が導く成果が期待通りに生じるか、については市町村計画の内容や精度に依存するという点で注意が必要だ。
市町村計画策定において重視すべきもの
関係人口の増加を背景とした地域活性化策は奏功するのか、具体的にどのような施策や考え方が必要なのかという問いへの回答は、市町村による主体的かつ地域の独自性を踏まえた「アウトカムの明示」だと考える。
一般的に、インプットとは時間や役務、費用といた資源の投下であり、アウトプットとはインプットにより出力されるモノやサービス、アウトカムとはアウトプットの品質や程度によって生じる状況変化でありすなわち成果とされる。
これを今回の改正の重点ポイントに置き換えれば、市町村が策定した計画に従い特定居住支援法人や特定居住促進協議会による取り組み(役務や費用の投下)を進め、取り組みの出力として住まいやワークスペースの整備が進み、整備された基盤が活かされ市町村にヒト・モノ・カネの流れに変化を生じさせる、という構造になる。とすれば、計画者が地域社会に起こしたい(期待したい)変化というゴールにとり必要かつ適切な拠点整備が進まなければ、仮に投下したなりに拠点整備が進んだとしても地域内の状況は変わらないという残念な結果をもたらしかねない。「誰のため、何のため、どんな状況を創出したいのか」というゴールが取り組みを始める前に適切に設定されなければ、無駄な取り組みになりかねないということだ。
適切な価値連鎖の理解と設定が望まれるKPIとKGI
今回の法改正に伴う「法改正の概要」を読んで気になる点は、示されたKPIもインプット量(例えば特定居住促進計画の作成数や支援法人の指定数が掲げられている)を示したにすぎないと見える点だ。法人指定や計画策定において民間側から提案をする機会もありそうだと読めるが、仮に行政がそうした提案を受け取る上でも、その前に「我がまちをどのようなまちにしたいか」というゴールを明確に示した上で受け取るべきだと考える。逆に言えば、ゴールやその価値基準抜きでは民間からの提案の良し悪しや要不要の判断もできずそもそも提案を受け取れないはずだ。
「基盤がないから移動してこない」「基盤があれば人や仕事が来てくれる」という課題設定とその解消が今回改正のターゲットとなっているが、関係人口や仕事拠点を増やすための基盤整備は必要条件だが十分条件ではないと思う。
十分条件を満たすには、まずは市町村が「我がまちを楽しみたい、我がまちの人脈や歴史背景を活かしたいという人や仕事にとって好まれる将来像」というゴールを示し、それに従って適切な中身や場所、数量を備えた拠点整備を進めるという価値連鎖の視点が必要だと考える。
理想のライフスタイルを求める二地域居住の可能性と課題 ~ 小沢理市郎氏
小沢理市郎氏:会津若松市出身。東京都立大学建築学科卒業後、都市計画コンサルタント、金融系シンクタンクを経て現職。建築・不動産・金融を切り口として、都市・住宅・不動産政策、不動産マーケットリサーチ、低未利用不動産再生を切り口としたまちづくりに従事する。合同会社鍬型研究所代表、一般社団法人タガヤス代表理事、株式会社地域デザインラボさいたまシニアアドバイザー、公益財団法人未来工学研究所研究参与。著書に、「安心の設計」中央公論新社(読売新聞社会保障部編集)(共著)、「空き家問題対策がよくわかる本」経済法令研究会(共著)、「地域創生と未来志向型官民連携」DBJBOOKs(共著)。
15年以上も前のことだろうか、田舎暮らしや二地域居住という暮らし方が注目され、その実態を把握して、施策反映を行うための調査を国土交通省からの委託により行ったことがあった。
二地域居住物件などを多く仲介する地域の不動産会社にヒアリングした後、二地域居住をしている方を紹介していただき、実際にお宅に訪問してヒアリングを積み重ねていた。
当時は、リタイアもしくはリタイア間近の方が多かったが、様々な物語があった。
都市部から家族と一緒に移り住む予定だったが、奥様と娘さんは結局は元の住まいにとどまり、お父さんだけが移り住み、結果的に二地域居住になったケースや、ゆっくり果樹菜園を楽しみたいと庭の広い一軒家に住まうようになったリタイア後のご夫婦などだ。
現在では、現役世代、若者にも広がり、先日は埼玉県と岐阜県での二地域居住を行っている現役の経営者と知り合ったばかりだ。
属性の多様性は広がったが、共通していることは「自分が理想とするライフスタイルを実現させたい」ということである。もちろん、「理想とするライフスタイル」にも多様性があるわけである。
このような人たちは、一般的な住み替えとは発意が異なるため、当然ながら一般的住み替えとは求める条件や環境も異なり、それに伴い求める情報も異なってくる。
一般的には、地域情報を行政のホームページや観光協会、田舎暮らし支援系のサイトなどから得て、物件情報は不動産情報ポータルサイトや空き家バンクから得ようとする。
しかし問題は、それらの探索先において、二地域居住をしようとしている人たちに刺さる情報が提供されているか、ということである。
そのような問題意識のもと、一般社団法人タガヤスでは、国内一都三県、米国、英国を対象に、空き家を探す上で求める情報は何かについてアンケート調査を実施した。詳しくはリンクをご参照いただきたいのだが、一言で言えば、一般的な住み替えと同様の重要事項は求めているが、それ以外に「四季を通してどのようなライフスタイルが実現できるか」に関する情報を求めているのだ。
一方、視点を施策投入を行う地方自治体に向けてみよう。今回、冒頭の解説文にある通り、国交省により法改正が行われたが、実際に施策を投入するのは基礎自治体である。
様々な改正メニューにより、二地域居住者を呼び込むための施策が打ちやすくなった。そして、「働き方改革や福利厚生、新規ビジネスの展開につながる可能性があり、同時に受け入れ側も人材不足の解消やコミュニティの活性化につながるだけでなく、自治体としても遊休農地の解消や地域に仕事が生まれるといった経済効果も期待できるとの青写真を描いている」などの効果が期待されている。
これは施策を投入する側が期待する効果であり、二地域居住者はこの効果を高めようという発意を持っているわけではない。
二地域居住を推し進める施策を打つということ、また他の例では空き家対策を行うということ、これらの対策をうつということは、あくまでも手段であって目的ではない。
自治体が考えるべき目的とは、二地域居住を進めることによって、このまちを、この地域をどんなまちに育てていきたいか、であり、二地域居住または空き家対策とはその手段に過ぎない。
どんなまちに育てていきたいかのビジョンがあれば、どんな人たちに来てもらい、どんな暮らし方をしてもらいたいかのイメージを描くことができて、必然的に発信すべき情報も明確になってくる。
まとめると、二地域居住をしたくとも、その物件や地域でどのようなライフスタイルが実現できるのかの情報を取得するのが容易ではない。それは、施策自体を目的化してしまい、施策を投入することによって実現したいまちの姿が描かれていないため、発信すべき情報がクリアになっていないから、ということだ。
もちろん、実現したまちの姿とは二地域居住の推進だけで実現できるわけではなく、様々な施策がその目的に集約されることによって実現される。その際、二地域居住の推進という施策が、との目的達成においてどのような役割を担うのかの位置づけを明確にすることである。そうすれば、自ずと、呼び込みたいターゲット層やそのターゲットに伝えたい情報がクリアになるはずだ。
地域の魅力と住民視点で考える移住支援の可能性 ~ 松本武洋氏
地域にとっては、計画策定における地域の意識や意見の把握が成否を握る鍵となる。
従来のUターンやIターンと同様に、都会から来る人々に、地域はどのようなメリットを提供できるか、逆に外から交流人口が来ることについて、どのようなメリットが我が街にあるのかという点を、役所目線だけでなく、住民目線、地域目線で十分に検討すべきである。
「特定居住支援法人」のモデルとなった北海道の下川町は、鉱山の町としての歴史など、オープンな土地柄が特徴であり、地域の受け入れ態勢も教育から移住支援まで、官民ともに非常に手厚い。
他方、下川町は札幌からでも交通機関で4時間程度を要し、決して交通利便性の高い地域ではない。もちろん、二地域居住や移住では重要な要素ではあるが、少なくとも交通利便性だけが都市部の住民の選択の重要な要件ではないことが分かる。
仮にまだ実績のない地域が「人口が減っているから」「空き家が多いから」というだけの理由で今回の施策に役所や役場だけが上滑りで取り組み、受け入れと広報の制度や体制を整えたとしても、地域にその土壌がなければ、一時的に人が来たとしてもその多くは去っていくだろう。
もともと余所(よそ)者を歓迎する地域であればよいが、地域がこれまでどおりの地域の習慣や人付き合いを変えてでも新たにこの政策に取り組む機運がない、つまり覚悟がないのであれば、カネと労力の無駄になるということだ。政府の予算が使えるからと、すべての自治体が飛びつく必要はない。移住や二地域居住をしたい人は地域に溶け込む努力が必要だが、逆に、地方創生の成功事例で新たな居住者に「郷に入れば郷に従え」を強制している地域はない。
一方で、地域の機運はあるものの、具体的な取り組みが分からないという自治体にとっては、今回の法改正は財源付きで成功事例に効率的に学ぶことができる、チャンスといえる。
私は広島と埼玉の二地域居住を3年余り実践しているが、地方での暮らしは首都圏とは感覚がまったく違う。特に埼玉で生まれ育った家族にとり、言葉の問題、交通機関の遅延や運休など、経験してみて驚くことが多かったようだ。子どもが高校受験を控えていたため、他地域からの転入者にとり、受験が不利にならない枠組みがあることも決め手になった。
広島の場合、自然や食の魅力、神楽をはじめとする中国地方の文化など魅力もあらためて大きいと感じている。
広島の拠点はいずれ手じまいする予定だが、広島にはこれからも家族全員が通うことになるだろう。
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