2023年の着工戸数は前年比11.4%減の22万4,352戸 1959年以来の低水準
合計特殊出生率の低下とともに、新設住宅着工戸数の長期減少傾向にも歯止めが掛からない。2023年の新設着工戸数は合計81万9,623戸で、2022年の85万9,529戸から約4万戸、4.6%減少した。
うち、分譲住宅(建売住宅&分譲マンション)は24万6,299戸と3.6%の減少に留まったが、持家(注文住宅)は22万4,352戸と2022年の25万3,287戸から11.4%の大幅減となった。持家は2年連続して10%以上の大幅減を記録しており、この22万4,352戸という数字は1959年の20万4,280戸以来、実に64年ぶりの低い水準だ。
尤も、1959年当時は戦後復興期から本格的な高度成長期に差し掛かる直前で、以後持家の新設着工戸数は数年ごとに10万戸単位で急増しており、そこから60余年を経て、総人口の減少に伴って本格的な減少期に入ったという見立てもできる。
新設住宅着工戸数は、2009年にリーマン・ショックの影響で前年の109万3,519戸から27.9%減の788,410戸に急減したが、以降は金融緩和による住宅ローンの低金利化を背景に徐々に回復し、2013年には98万0,025戸と100万戸目前まで戻した後、再び減少傾向に転じて、2020年以降は80万戸台で漸減推移している。つまり2023年の着工戸数はリーマン・ショック以来の少ない数にとどまったということなのだが、2009年時点の新設着工戸数は28万4,631戸で2023年よりも26.9%、約3割も多かったから、新設の減少傾向はより深刻さを増している。
この持家の明確な減少傾向の背景にあるものは何か。
要因として先ず考えられるのは建築コストの明確な上昇だろう。コロナ明けで住宅需要が本格回復すると期待された2022年以降、円安傾向が顕著になり建築資材の多くを輸入に依存する住宅産業は、現在に至るまで建築費のコストアップを余儀なくされている。また2024年4月から適用が開始された、「働き方改革関連法」に沿った建築業および運輸業への残業時間の総量規制による人件費の高騰も、住宅価格の上昇に拍車をかける事態となっている。
特に人件費については、コロナ禍で住宅需要が一時的に減退した際に数多くの就業者や関連企業が退職・廃業したため2021年以降の需要回復に人手不足が生じて対応できず、人件費の明確な上昇が既に始まっていた。そこに折悪しく“建設業・運輸業の2024年問題”が重なり、首都圏で建設中の大規模マンションは工期が3割程度延びていて価格も上昇しているとの一部報道があるように、資材価格と人件費の上昇が住宅価格全般の高騰を招くこととなった。この図式は円安および人件費高騰の問題がすぐには解決できないことから、当面解消することはできないと考えられる。
このように注文住宅の価格高騰が着工戸数減少の一因であることは否めないのだが、価格上昇は賃貸住宅や分譲住宅でも同様に発生しているから、持家のみ大きな減少となっている理由にはならない。もちろん少子化や今後の日本の総人口が減少していくことも遠因ではあるのだが、特に持家を建てたい施主の所得推移や住宅ローン金利の今後なども大いに影響することが想定される。ちなみに大手ハウスメーカーは戸数の減少に対して単価の上昇や中古市場への積極参入などでカバーしており、業績は順調推移というから現状を予測して既に対策に着手していたことが明らかだ。
持家=注文住宅の大幅な減少にはどのような要因があるのか、また着工戸数を回復させるにはどのような手段、施策が必要と考えられるのか、一戸建住宅の市場に詳しい専門家の見解を聞く。
「生活コストが節約できるのが持ち家」をアピール ~ 松崎のり子氏
松崎のり子:消費経済ジャーナリスト。生活情報誌の副編集長として20年以上、節約・マネー記事を担当。雑誌やWebを中心に、生活者目線で記事を執筆中。著書に『定年後でもちゃっかり増えるお金術』『「3足1000円」の靴下を買う人は一生お金が貯まらない』(講談社)ほか。「消費経済リサーチルーム」https://www.ec-reporter.com/バブル時代に「土地神話」を見聞きしてきた世代としては、「所有するなら土地付き一戸建て」と長らく思い込んできたが、どうも世の常識は変わったようだ。マイホームを求める若者層の間では、一戸建ての持ち家よりマンション(特にタワマン)の方が資産価値の面で支持されている。東京なら港区や中央区に居住するステイタス感、ラウンジやジムなど豪華な共有施設、職住近接が叶う便利な立地などが物件価格を支え、たとえ中古になっても価値が落ちないだろうと考えられている。
それに引き換え、一戸建ては分が悪い。注文住宅は建築費が割高とのイメージに加え、地震を含む自然災害・防犯対策の必要、老後にはバリアフリー化のリフォームも待ち受ける。それに建物の価値自体は年々下落していく一方だ。集合住宅であれば戸数割りで軽減できるマイホーム維持コストがまるまる自分持ちとなると、「コスパが悪い」資産という認識になるらしい。
立地面でも苦労する。一定以上の居住スペースを確保したいとなれば駅近というわけにもいかず、通勤に車での送迎やバス便が必要になることも。メリットデメリットを考えると、30年以上も住宅ローンを組むなら、まずは資産価値が落ちないマンションから選択する――それが現代のワイズスペンディング=賢い支出というわけだ。
すまいの性能は健康面も左右する
また、逆風になりそうな経済情勢や制度変更も待ち構えている。上昇に転じていくであろう住宅ローン金利は言わずもがな、フラット35を利用するには新築住宅の省エネ基準が厳しくなった。認定長期優良住宅・ZEH水準省エネ住宅等ではない省エネ性能が不十分な住宅は、住宅ローン減税の対象からも外された。2025年4月に待ち受ける建築物省エネ法に沿った対応だろうが、ただでさえコスト高になりやすい注文住宅で、省エネ基準が厳しくなればその分が上振れ要因にもなろう。「割高でコスパが悪い」というイメージは払しょくできるだろうか。
とはいえ、悪いことばかりではない。持ち家は維持管理費をまるごと引き受ける代わりに、公的な助成・補助金が利用できる。自治体を中心に、省エネ住宅建築への助成、太陽光発電・蓄電池設置への補助が潤沢に用意されている。生きるために欠かせないインフラである電気・ガス使用量の削減は家計費の節約に直結するだけでなく、暑すぎない・寒すぎない住まいは健康面のメリットも大きい。
断熱性能が高い住宅は光熱費だけでなく医療費の削減に寄与するとの研究報告もある。「持ち家はコスパが悪い」から、「各種補助金が使え、生活コストも節約できる財布に優しいすまい」とのイメージを強調することで、起死回生となればいいのだが。
人口減少と家族構成の変化、大手ハウスメーカーの海外シフトが戸数減少の要因 ~ 岡本郁雄氏
岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ物価上昇の波は、建材や設備価格の上昇などにより一戸建ての建築コストにも大きく影響している。株式会社LIXILは、一部の住宅用建材・設備のメーカー希望小売価格を2024年10月に改定することを発表。住宅サッシ・玄関ドアが10%~50%程度、水栓金具が平均12%程度、タイルが平均18%程度で小さくない値上げだ。住宅金融支援機構発表のフラット35利用者調査を見ると、2023年度の注文住宅(全国)の平均所要資金は、3,863万円となっており前年度比で146万円上昇。利用者の負担は、大きく増加しており注文住宅の着工減の一因と考えられる。それ以上に、影響が大きいと思われるのが全国的な人口減少だ。
総務省発表の人口推計によれば、2024年8月1日の総人口は、1億2,385万人となっており前年同月比で59万人の減少となっており人口減少幅は、拡大している。年齢階層別人口を見ると、今後の需要が推察できる。2024年8月1日時点で40歳~44歳の人口は、764万人。45歳~49歳の人口の881万人や50歳~54歳の975万人(いわゆる団塊ジュニア世代)よりも大きく減少している。こうした中で、注文住宅の減少幅が大きい要因と思われるのは、平均家族数の減少など家族構成の変化だ。厚生労働省の推計では、1986年に3.22人だった全国の平均世帯人員は、2023年には2.23人まで減少している。
三世代同居の減少など日本社会における家族のあり方は大きく変わった。2021年国民生活基礎調査によれば、「65歳以上の者のいる世帯の世帯構造」は、1986年は三世代世帯の比率が44.8%あったのに対し、2019年は9.4%に。夫婦のみの世帯が18.2%から32.3%に、単独世帯は13.1%から28.8%に増加している。高齢者のみの世帯が増える中で、郊外の一戸建から都市部のマンションに移る動きも。注文住宅のメリットは、家族構成やライフスタイルなどに応じてカスタイマイズができること。三世代居住ならとても魅力的な商品だが、地方から大都市へ就職で子供が転居するケースも多く、二世帯住宅の需要もピーク時より大きく減少している。
今後、若い世代の人口も減少していく。2004年8月1日時点の35歳~39歳の人口は690万人、30歳~34歳の人口は637万人。その次の25歳~29歳の人口は650万人と若干増えるもののその先は、減少の一途で確定している。そうした需要減を見込んで大手ハウスメーカーは、海外事業の強化など事業ポートフォリオを変化させている。また、収益性や人出不足を考慮して注文住宅の受注を選別しつつ分譲住宅事業を強化する動きも。需要の増加が今後見込めない中では、当然の動きと思われる。
筆者も40年前は主流だった三世代同居の7人家族で、注文住宅の一戸建てで高校生まで暮らした。現在のトレンドは、夫婦どちらかの実家に往来しやすい親子近居で、同一マンションの別の部屋に暮らすというケースもある。今後の需要増が見込めるのは、小家族の高齢者が暮らしやすい平屋などの注文住宅だろう。減築や改築といった手法もあるが築年数の古い住宅は断熱性が低く高齢者とって暮らしにくい。面積や規模を抑えることで、建築費の抑制にもつながる。
2024年1月1日に発生した最大震度7の能登半島地震は、住宅の耐震性の重要性をあらためて示した。日本国内には、築年数が古く耐震性が低い住宅に暮らす高齢者も多い。耐震化の補助金などを用意している自治体もあるが古い住宅は、断熱性能などほかにも課題は大きい。高齢者が暮らす築年数の古い耐震性に課題がある住宅の建替えを支援する施策を充実させることが重要だ。
注文一戸建着工戸数回復にマインド悪化の壁 ~ 宮村昭広氏
宮村昭広:株式会社住宅産業新聞社代表取締役。1957年長崎県生まれ。大学卒業後、家電業界専門紙の新聞記者として、冷暖房や照明から水回りまで幅広く住宅設備分野を取材。さらに住宅専門誌の編集などを経て、住宅産業新聞社に。移籍後は住宅産業新聞の記者として住宅設備・建材業界、旧国土庁(現・国土交通省)や旧建設省(同)を取材し、その後取締役編集長として大手ハウスメーカーを担当。2015年から代表取締役に新設住宅着工戸数の減少は、直近の7月までに持ち家が32ヶ月連続、一戸建の分譲住宅が21ヶ月連続と依然厳しい状況にある。一戸建住宅の大手企業には、受注環境の多少持ち直しもみられるが、全般的には住宅市場の回復も低い水準にとどまっており、子育てエコホーム支援事業など補助金を活用した国の支援で、何とか保てているのが実情のようだ。
背景としては、食料品など一般物価の上昇により実質賃金が低下。住宅価格も、コロナ禍で部資材価格と労務費の上昇により、一昨年以降で複数回、価格見直しの名のもとに実質値上げが実施されたことも影響したようだ。いずれにしても、消費者の住宅取得マインドは決して高くない状況が続いている。
着工戸数自体の回復のための処方箋はみえない中で、請負の注文住宅に関する住宅事業者の選択は、量を追い続けるか単価アップで金額を維持するかの二択。うち、大手の住宅企業はおおむね後者の1棟単価を上げることで棟数の落ち込みをカバーする付加価値戦略に舵を切った。「富裕層に食い込んでいければ、数(棟数)は稼ぎにくいかもしれないが、安定した受注金額が稼げる」ということ。着工戸数の減少を金額でカバーするのが狙い。軒並み「億超え」の都心の分譲マンションが販売好調という背景もある。
住宅価格の高騰は、戸建の分譲住宅へのシフトにもつながった。以前の分譲住宅は、できる限りコストを抑えるために質の面で「安かろう悪かろう」といわれても仕方がないものだった。それは、請負の注文住宅との差別化の意味でも重要な要素だったが、最近では断熱性や耐震性の高い分譲住宅が登場し、ZEH化も含め部分的には注文住宅と遜色ないレベルに達している。
分譲住宅へのシフトが起きた背景には、営業マンだけでなく設計や工事などバックヤードの人員の手間暇も含め、コストと時間がかかる請負よりも現物を前に契約までの時間が短い分譲住宅の方が、コストが低く抑えられる事業者のメリットもある。課題は、競争が激化する中での用地取得がカギとなる。
とはいえ、一般的な物価上昇が冷え込ませた消費マインドを回復させるのは容易ではなく、特に高額商品である住宅への影響は深刻だ。部資材価格の高止まりに加え地価の下落も当面はなさそう。カンフル剤としては、物価上昇を上回る賃金の引き上げくらい。だが、その実現には景気の回復頼みという側面もあり、先行きは不透明ではある。
既存ストックの中には、冬寒く夏暑い家、地震に弱い家も多数残っている。ここまで気候変動や災害が激甚化・多発化すると、住まいの質的な向上は待ったなしだ。住宅の問題は命の問題でもある。新築・建て替えにこだわらず、部分リフォームも含め、安全で快適な住まいを求める方向へ生活者の意識が変わることを望みたい。
注文住宅は富裕層向けの提案に移行。海外富裕層の引き合い追い風に ~ 北川友理氏
注文住宅市場は部資材価格の上昇による販売価格の高騰や少子化・人口減に伴う市場の縮小と、海外の購入検討者を含む富裕層からの旺盛な需要を背景に、大手ハウスメーカーを中心に富裕層向けの提案を中心とした事業にシフトしつつある。価格面では部資材価格の高騰が著しい鉄骨系商品の値上がりが特に目立ち、10年前の坪単価との比較で2倍近い価格相場に達した商品もある。
付帯工事費も増した。さかのぼると、工場生産の強みを生かして高品質・短工期の住宅商品を一次取得層が購入できる水準の価格で供給するのがプレハブ住宅の元のビジネスモデルだったが、時代は変わった。供給規模がバブル期の水準に回復する見込みはない一方で、高所得層に向けた高付加価値の高級商品として一定の成功を収め利益をあげている。
海外富裕層からの引き合いの増加が追い風だ。円安の進行で海外富裕層が日本に実需での拠点を構える機会が増えたのが最大の要因だ。ある大手ハウスメーカーの超高級注文住宅モデルの主な顧客は華僑で、上物のみで数億円の物件を継続的に供給している。ある高級戸建て分譲事業者の顧客の例では、東京都心で1棟数億円クラスの戸建て住宅複数棟を実需で所有している華僑がいる。欧州系は日本国内のラグジュアリーホテルのコンドミニアム(分譲客室)の不足から、次の選択肢として高級注文住宅を選ぶ傾向がある様子だ。
新たな顧客層を開拓するため各社はすでに体制を構築済みか、着手に向けた検討に入りつつある。現在のところ海外の主要顧客は富裕層だが、現在の円相場が定着するか円安がさらに進むとより広範囲の海外からの引き合いが期待できる。「営業職の新卒採用は今後、英語か中国語を実用レベルで使えることが要件になるだろう」との見解も、大手ハウスメーカーの役職者複数名から個人的見方として聞いている。
縮小を続ける国内市場では販売価格を抑えて一次取得の顧客を確保していくことが大切だが、すでに注文住宅の主戦場ではなくなりつつある。大手ハウス各社はスケールメリットを生かし、まとめて仕入れて開発することで販売価格を抑えられる戸建て分譲地や、自社ストックを中心とした買取再販などの流通事業を強化して一定の成功を収めている。
北川友理:不動産業界専門紙「日刊不動産経済通信」記者。京都市出身。1987年10月生。地方新聞記者を経て、2018年に不動産経済研究所入社。以降ハウスメーカー担当
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