見過ごされてきたマンションの省エネ性能
マンションの性能向上は、一戸建て住宅以上に後回しにされてきた。住む人にとってはすでに仕様が決まっている物件から選ぶので、目には見えない省エネ性能については、事前に説明されることも、検討する機会もなかった。
そうしたマンション業界の常識を変えるために2020年に完成したのが、今回紹介する高性能マンション「MEGUROHAUS」である。そして、この小さな物件をモデルに、マンションの高性能化に向けた議論が活発化してきている。
目黒駅近くのコーポラティブマンション
JR目黒駅から徒歩7分の一等地に、小ぶりながら異彩を放つマンションがある。今回の舞台、MEGUROHAUSだ。坂にそびえ建つ、グレーと白の外観とシンプルなデザインは、ドイツ在住の建築家・金田真聡さん(4ds Int. GmbH代表)が設計したものだ。
金田さんは言う。「ドイツで設計してきた高性能な建築物を日本に持ってきたら、どれくらい快適で省エネになるか試したかったんです」
地下1階、地上6階の7階建てで、住戸は合計で9戸という贅沢な作りだ。断熱性能はUA値0.46、気密性能はC値0.5と、都内のマンションとしては格段な高性能を実現した。各住戸には特徴がある。基本的には左右に1戸ずつが並ぶが、縦に2層を取って上下階がつながる住戸もあれば、左右がつながる住戸もある。特殊な作りになった理由は、このマンションが入居希望者と建築士とでつくるコーポラティブハウスだからだ。
入居者にとっては一戸建ての注文住宅のように、生活スタイルに合わせて設計できるメリットがあり、ドイツをはじめ欧州では普及している。一方、多くの要望を取り入れることでコストがアップし、設計の手間がかかるため、日本では珍しい存在だ。MEGUROHAUSでは、マンションで省エネ性能を売りにしてもユーザーへの訴求力が弱いという理由から、半自由設計という魅力が追加された。
性能向上の4つの工夫
性能については、主に4つの柱からなっている。まず、鉄筋コンクリート造の躯体には150ミリの外断熱材を張り付けた。ドイツでは、断熱性能のためだけでなく、長寿命化を図るためにコンクリートのビルを外断熱するのが当たり前だ。工場で製造された高品質なコンクリート技術も併用し、躯体は300年近く持つという。
2点目は窓の断熱だ。都心に位置するこのエリアでは、防火規制が厳しい。また、耐久性なども加味して、外と接する窓は断熱性の低いアルミサッシ(Low-E複層ガラス)にせざるを得なかった(建設計画当時)。
その弱点をカバーし、さらに防音効果を高めるため、ほぼすべての窓に樹脂製の内窓(Low-E複層ガラス、アルゴンガス入り)を採用した。トータルでガラスは4枚となる。それにより、窓の性能を示すU値は、一般的なアルミサッシ(複層ガラス)のマンションが約4程度であるのに対して、MEGUROHAUSでは1.69を実現している。
3点目は、窓の遮熱性能だ。夏の直射日光を遮るには、窓の外で遮熱することが効率的だ。そのため、南面の窓にはドイツで一般的に普及している外付けブラインドを設置した。この遮熱対策によりオーバヒートを防止することが可能となり、南面に大きな窓を採用することができた。そのため、冬の日射取得も有利になった。
日本では外付けブラインドのコストが高く、すべての窓に設置できない。そこで、その他の窓には、外窓と内窓の間に中間ブラインドを採用した。遮熱効果は外付けより落ちるものの、室内ブラインドよりは効果が大きい。何よりコストは大幅に下がり、外と接していないので汚れることもない。この方法は、内窓をつけたマンションの遮熱対策としては、極めて簡便で有効となる。
ポイントの4点目は換気である。一般的なマンションの換気は第三種換気で、温度調整がされていない生の外気が24時間流入し続けるため、温湿度の影響を受けやすくなる。MEGUROHAUSでは、各住戸にダクトレスの熱交換換気(第一種)を採用。新鮮な空気を維持しながら、効率的な温熱環境を両立している。
以上のような工夫により、温湿度の安定、騒音の防止、健康的な住環境でありながら、省エネルギーな暮らしを実現できるようになっている。さらに、マンションの大きな課題である躯体や外装の劣化を防ぎ、長寿命化を図ることで、購入者の資産価値を長期にわたり高く保つことが可能だ。
データが実証する省エネ性能
性能の高さは、完成後のデータで証明済みだ。一般的なマンションと比較して、7月から9月の3ヶ月間の日射取得量は8割以上削減、また冷房負荷も6割以上削減できた。暖房や換気も含めた年間の一次エネルギー消費量の比較でも、MEGUROHAUSは58%の削減を達成している。室温モニタリングでは、夏季も冬季も、外気温が激しく変動しても、室温は一定の温度を保ち続けた。使用した空調機器は、エアコン一台のみである。
筆者が驚いたのは、年間を通して冷暖房をいっさい入れていない共用部のエレベーターホールですら、暑くも寒くもならないことだった。建物全体が外断熱されているので、外気や日射の影響を受けにくくなっていることがよくわかる。
MEGUROHAUSを建てた金田さんは、「ドイツの建築物理学に根差した建物が、日本の環境でも効果的であることを実証できた」と手応えを語る。「ドイツの建築物理学は、1960年代から確立してきた省エネの基本です。暑い国でも寒い国でも、基本的な熱の移動は同じ。その熱を冬はしっかりと逃さず、夏は遮熱することで建物を快適にできるのです」
長く続く快適性と資産価値
住人の方に、住み心地を伺った。奈良に自宅がある桑島隼也さんは、週3日ほど東京に出張で来る際、MEGUROHAUSに宿泊している。区分所有しているのは、2層に分かれたメゾネットタイプの住戸だ。筆者が案内してもらうと、窓からは線路が見え、近くを電車が頻繁に通っていた。それでも、断熱により防音効果がもたらされることで、音はまったく気にならない。桑島さんによれば、外からの音だけでなく、集合住宅の不満となりやすい上下階など他の居室からの音も聞こえないと言う。「以前は出張の際にホテルに宿泊していましたが、こちらの方が段違いに快適なので、デスクワークは進み、夜もぐっすり眠れます」
入居費については、同等のマンションの住戸よりも初期投資は15%ほど高い。しかし、光熱費の削減分が大きいため、電気代の高騰が続けば10年ほどで投資分を回収し、その後はプラスに転じる。桑島さんは、「快適な上に経済的にも得なので、絶対にこちらの方が良いですね」と言う。建物を長く使えば使うほど、経済的なメリットは大きくなる。そして、最低でも100年以上使い続けることを前提に設計された耐久性のある作りが、資産価値の維持を可能にしている。
高性能ビル普及のための組織を設立
いま、ビル業界ではゼロエネルギービル(ZEB)やゼッチ・マンション(ZEH-M)が話題になっているが、MEGUROHAUSとは何が違うのか。例えば ZEH-M Readyの基準は、断熱材なども含めた建物全体の外皮の基準(強化外皮基準)を満たし、建物全体で省エネ率を20%削減するというものだ(再エネを含めた場合の省エネ率は50%以上75%未満)。また、再エネを含み正味100%以上のエネルギー削減が必要なZEH-M 基準でも、再エネを含まない省エネ率は20%でいいことになる。
金田さんによれば、日本では元々の基準が低いので、窓がアルミサッシの複層ガラス(Low-E)でも、内断熱を少し厚くした程度でZEH-M Ready基準をクリアできてしまう。もちろん今までの建物よりは温熱環境は良くなるが、欧州の基準には到底及ばない。何より、鉄筋コンクリートの建物で外断熱をしなければ、長寿命化や結露の防止が期待できない。その意味からも、外断熱を施したMEGUROHAUSは貴重な存在と言える。
どうすれば、MEGUROHAUSのような高性能マンションを日本で増やすことができるのか。金田さんは3つのポイントを挙げる。1点目は、認知である。そもそもマンション購入層が、高性能という選択肢があることを知らない。また、性能の違いを体感したことのある人が圧倒的に少ないため、その価値がわからない。
2点目は、ビジネスモデルがないことだ。これは1点目と深く関連する。買う人のニーズが顕在化しなければ、作り手、売り手もビジネスにしにくい。せっかく高性能な建物を作っても、儲かる仕組みにならなければ普及しない。
最後の3点目は、国や金融機関の制度上、性能が高く長寿命の建物が不動産価値につながりにくいことだ。長寿命で資産価値が長く保てる建物は、購入者はもちろん、国や自治体にとっても地域の価値を上げるなど、メリットになる。それが評価される社会的な仕組みが日本にはまだ存在しない。
金田さんは言う。「ドイツをはじめ欧州では、政府が積極的に政策をつくり、補助金を投入し、普及活動を進めてきました。すべての建築物のエネルギー消費量の表示を義務化し、レベルが高い建物ほど評価されます。それによりすべてのステークホルダーにとって、メリットを得られる仕組みができているのです」
金田さんは、高性能なマンションやビルの普及をめざし、2024年3月に業界内のネットワーク組織「U100 initiative」を設立した。U100のUは「Under」で、建物の性能を上げて、空調熱負荷を1m2あたり年間100W以下に抑えることを目標としている。その基準にこだわることが、ZEBの達成や居住者の快適な暮らしに結びつくのだという。すでに大手建設会社や建材メーカーなど、8社から約30名が参加し、研修会や情報交換が行われている。
これまでは、大企業の中でもっと性能の良いビルを建てたいと思う人がいても、一戸建て住宅に比べステークホルダーが多いこの業界で、変化を起こすことは難題だった。U100 initiativeの設立を呼びかけた金田さんが驚いたことは、その反響の大きさだった。「参加者からは、この情報を使ってほしいとか、自社の研究所を見学してほしいといった、普段は絶対に他社には見せないような提案も積極的に出てきています。個別の企業だけで良くしていくには限界があることを、企業内の方も自覚されているのだと感じました」
これからはマンションやオフィスビルの建築についても、総合的な持続可能性を考えてつくるのが当たり前の時代になる。MEGUROHAUSをモデルとした新しいマンション建築のあり方の模索は、すでに始まっている。
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