オンラインセミナー「未来を築く住宅ビジネス!2024年開始の省エネ性能表示制度と高性能賃貸経営の成功戦略を学ぶ」より
2024年4月から、住宅の省エネ性能表示制度が開始される。これを機に、これまでは性能面ではほとんど顧みられることのなかった賃貸住宅の性能向上に向けた議論が始まっている。
制度開始を控えた24年2月5日、LIFULL HOME'S主催のオンラインイベント「未来を築く住宅ビジネス!2024年開始の省エネ性能表示制度と高性能賃貸経営の成功戦略を学ぶオンラインセミナー」が開催された。
(セミナー動画は記事の一番下にある「関連記事」から視聴可能)
筆者自身、高性能賃貸住宅の取材を重ねる中で、賃貸住宅の性能向上が社会を変える可能性を肌で感じ取ってきた。本記事ではセミナーの中で、筆者が特に印象に残った部分を中心に内容を紹介しつつ、賃貸住宅の高性能化に取り組む価値についてお伝えしたい。
第一部:省エネ性能表示がもたらすもの
LIFULL HOME'S総合研究所の中山登志朗副所長と、新建新聞社の三浦祐成代表が登壇した第一部では、住宅性能表示の詳細と、ユーザーや賃貸事業者に与える影響について話し合われた。
2024年4月から省エネ性能表示制度が開始される。表示対象には、売買だけでなく賃貸も含まれる。新築については 「努力義務」、中古は「推奨」という扱いだが、新築については努力を怠った事業者名が公表されるため、近いうちに義務化に近い形になる可能性がある。
省エネ性能表示ラベルは、家マークで示される7段階の断熱等級と、星マークで示される6段階の一次エネルギー消費量で表示される。いずれもマークの数が多い方が高性能ということになる。目安光熱費の表示もポイントで、断熱性能が高いとどれくらい得になるかが可視化される。このラベルが普及すれば、ユーザーの性能についての意識が高まることは確実だ。
中山さんは、こうした制度変更により、今後の住宅市場では、省エネ性能の低い住宅は売りにくくなると言う。ただ、賃貸住宅についてはまだ関心が高まっているわけではない。大手の建設事業者の中には、物件の差別化のために活用しようとの声もあるが、賃貸の場合は大家の意向が重要だ。物件の性能が低ければむしろ表示しない方向に動く可能性も否定できないという。
最大の懸念はコストで、賃料に跳ね返れば普及が進まない。中山さんは、賃貸住宅の断熱改修に使える補助金を活用することで、コストをかけずに住宅の質を高めていくことができれば普及するだろうと述べた。
三浦さんは、新建ハウジングが行った省エネ性能表示制度についてのアンケートの結果を紹介した。住宅取得者及び取得予定者を対象にしたこのアンケートでは、一般的なイメージとは異なり、30代40代の若い人たちが比較的、制度の内容を理解していた。
三浦さんは「事業者にとって、高性能賃貸はレッドでもブルーでもない、 レインボーオーシャン(=見える人には見える市場)」であると言う。実は潜在的にはニーズが高いが、まだ手に入れる方法が社会に知られていない市場という意味である。
第二部:明らかになった高性能賃貸へのニーズ
東京大学大学院の前真之准教授と日本エネルギーパス協会の今泉太爾代表が登壇した第二部では、今泉さんの会社が建てた高性能賃貸住宅の実例を紹介しながら、ユーザーのニーズや、作り手のメリットなどが話し合われた。
印象的だったのは、今泉さんが手掛け23年春に竣工した浦安の超高性能賃貸「ソーラーレジデンス今川」である。断熱性能は最高等級の7(UA値0.2)、全6戸で使用するおよそ90%のエネルギーを、太陽光発電と蓄電池でまかなう。今泉さんは、「30年後には当たり前になる未来のスタンダード」と表現する。
ユニークなのは、光熱費が賃料に含まれていることで、月間電気代が260kWhまでは無料であることだ。このような仕組みは欧州では見られるが、日本ではかなり珍しい。今泉さんは、高性能化の恩恵をオーナーも自分ごとにできるように考えた結果、この仕組みになったという。
この物件ができるまで、高性能賃貸は浦安に一軒もなく、関係者からはニーズがないことを心配されたが、注文住宅を手掛けてきた今泉さんはニーズがあると確信していた。実際、募集を始めると約1ヶ月で満室となった。
これまでは市場に商品がなく、ユーザーが選択したくてもできなかっただけで、ニーズは確かにあったのである。高性能な賃貸住宅は総数自体がまだ少ないものの、今回の制度改正で断熱等級が明示されるようになれば、注目度はより高まるはずだ。
前准教授からは、既存賃貸住宅の断熱改修についての報告があった。23年に公営住宅の最上階の1部屋に内窓を設置したところ、朝の冷え込みが2度以上改善し、暖房費も3割削減されたという。内窓をつけるだけで住環境を大幅に改善できると示した。現在はさらに東京の住宅供給公社と共同で、6住戸を借りて研究を続けている。
ドイツでは、金銭的な理由から断熱改修ができない人たちに対して、国が支援して集合住宅の断熱改修を積極的に行っている。前准教授は、日本でもそのような取り組みを進めるべきだと述べた。
「住み心地」と 「空室率」の関係
ここからは、セミナーを受けての筆者のコメントである。結論から言えば、高性能賃貸の普及は時代の必然である。現状ではいくつかの課題はあるものの、ユーザーを中心に社会的なニーズは高く、制度的にも今後は高性能にすることが評価される仕組みになっていく。事業者は、高性能賃貸にいち早く取り組むことが、ビジネスとしての安定性の確保につながる。
逆に、質の悪い賃貸をそのままにしておくことで、物件の社会的評価は下がる一方だ。人口が減少していく日本社会で、性能の悪い賃貸はユーザーから選ばれなくなり、近い将来に「座礁資産」(価値が大幅に失われること)になる。そうならないうちに、新築はもちろん既存の物件も、できるだけ早い段階で断熱改修を行うなどの対策が必要だ。
その理由を、「住み心地」「空室率」「魅力」「炭素」という4つのポイントで説明したい。断熱等級6以上の高性能住宅には、圧倒的な「住み心地」の良さがある。筆者自身、約7年前に断熱等級2相当の木造賃貸アパートから、断熱等級7の高性能住宅に住み替えた。暑さ寒さはもちろん、湿気や音の静かさ、空気質の向上なども相まって、クオリティオブライフが格段に上がった。一度住んでしまえば、二度と元の暮らしには戻りたくないと感じるほどだ。
従来の賃貸住宅では、暑さや寒さ、湿気や騒音などが不満の上位にランキングされてきた。場合によってはそれが退去の理由になることもあった。しかし、高性能賃貸ではそれらの不満がすべて高いレベルで解消される。筆者は複数の入居者に話を聞いてきたが、その全員が住んだ後にその性能の差に驚き、もう出て行きたくないと考えていた。
それが、異常な「空室率」の低さにつながっている。賃貸経営の最大のリスクは空室である。ところが高性能賃貸では空室が出にくい。筆者がこれまでに取材した高性能賃貸は全国で10棟ほどだが、いずれも募集を始めるとすぐに満室となり、退去者は極めて少ない。
卒業や仕事の都合など、住居とは関係のない理由で退去する場合も、すぐに次の住まい手が見つかっている。キャンセル待ちが出ているケースや、住み心地が良いからと退去前に同僚を紹介したケースまである。今泉さんが説明したように、これまで選択肢が与えられていなかっただけで、ユーザーのニーズは確実にあったのである。
そうした資産的な価値を考慮すれば、初期投資が多少高くなったとしても、実質的な利回りは決して悪くはならない。むしろ長期的な事業性は、高性能にした方が安定する。
また、試行錯誤して建てる1棟目より2棟目以降の方が安く建てられるため、初期費用の上昇分を抑えることができる。2棟目を建てたばかりの今泉さんも同様だったという。こうして知見が積み上がっていけば、初期コストの課題もある程度も解消される。
もちろん、国や自治体からの補助も重要である。現在でも、賃貸の断熱改修に使える補助金はあるが、新築も含めて普及のための継続的な補助をさらに検討すべきだろう。鳥取県では、高性能賃貸を普及するために1戸あたり10万円から50万円の補助金を出している。
入居者は家賃が多少高くても、光熱費が安くなるのでトータルで支払う額は変わらない。事業者も補助額を入れれば得をする。このような仕組みが全国でも導入されれば、事業者の初期投資のリスクはかなり軽減できる。
やらないことがリスク要因に
筆者が考える普及への最大の課題は、これまで世の中に性能の良い建物がなかったことで、高性能住宅の「魅力」のわかる人が限られていることだ。特に賃貸については、そのような選択肢が知られていない。違いがわからなければ、いくら説明されても家賃の差を埋めるほどの魅力は感じないだろう。
そのため、高性能賃貸を建てた会社の多くは、性能面だけに頼らずデザインや間取りなどを工夫して、入居者が集まるようにしている。
もちろん、物件の性能の差は内覧の際に体験することは可能なので、販売担当者の工夫のしがいはある。特に夏や冬など、気温差の激しい時期は効果的で、他の物件との違いが顕著にわかる。省エネ性能ラベルは、そうした性能を裏付ける後押しとして活用できるだろう。
最後のキーワードは「脱炭素」だ。国内外で、脱炭素を求める動きは加速している。住宅分野でも例外ではない。欧米の大きな方向性としては、CO2を多く排出する産業、企業には厳しい視線が注がれ、融資がされにくくなってきている。セミナーで今泉さんが指摘するように、こうした流れは今後の日本社会にも確実に影響してくる。
金融機関に対しても、貸付先のCO2排出量の削減が求められる。そうなれば、性能の悪い賃貸を抱える事業者は融資を受けにくくなるだろう。脱炭素の面でも、賃貸物件の高性能化をめざす方が、国や金融機関からの支援を得やすくなることは間違いない。そして、どうせやらなければならないのなら、早めに取り組んだ方が先行者利益を得やすくなる。
住宅に比べて利害関係者の多い賃貸住宅では、これまでは質の向上が難しい課題となってきた。しかし、賃貸住宅を高性能化することが、ユーザーや賃貸経営者はもちろん、金融機関や建築事業者など複数の関係者にメリットをもたらすことがわかってきた。そしてむしろ、それをやらないことがリスク要因になることも見えてきた。
今後はステークホルダーが協力しあっていかに高性能賃貸を増やせるか努力することが、多くの関係者、ひいては社会全体のメリットにつながるのではないだろうか。(セミナー動画は「関連記事」から視聴可能)
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