これまで地価水準&住宅価格が安価だった地方圏への影響が拡大する傾向に
日経平均が初の4万円台を付けた2024年3月時点で、急激な株高を牽引するのはハイテク関連株および不動産関連株とされる。
もちろん背景には円安の進行とCPIの上昇がある。株価も名目値であり、CPI(消費者物価指数)が1982年以来41年ぶりの水準まで上昇すれば、株価も連動して34年ぶりに史上最高値を更新することは半ば当然のことと言える。もっとも、この状態が継続するには円安が持続的であることが必要で、エネルギー、食糧、資材&素材ほか、その圧倒的多数を輸入に頼る日本においては、円安が継続することでCPIも上昇し続け、株価を結果的に押し上げることになる。
もちろん、住宅・不動産業界も円安・株高の影響を強く受けており、資材価格の高騰によるコストプッシュ型の新築住宅の価格上昇は止まる状況にないが、一方で株価の上昇はマンション・デベロッパーやハウス・メーカーの資金調達力が高まることで収益性を高め、ストック・オプションを導入している多くの不動産関連企業では就業者のモチベーションが高まるという環境も生み出している。
新築住宅の価格上昇は企業努力では吸収・対応できない要因とのコンセンサスが醸成されているため、これもこれまでのところ企業業績を悪化させるまでのものとはなっていないし、何より金融緩和政策の継続で超低金利での住宅ローン借り入れが可能だから、物件価格の上昇も毎月の返済額にすればごくわずかな上昇にとどまっていることも不動産会社にとっては追い風だ。また、株高によって資金が地方圏にも還流し、例えば熊本では台湾TSMCの半導体工場誘致によって多額のマネー、ヒト、モノが集積することでバブルとも言われるほどの不動産市場の活況をもたらしている。
また、この株高によって多くの利益を得た投資家が、利益確定のため今後売りを増やすことも想定されるが、その利益が向かう先は多くの場合、資産性および価格がともに高い都心周辺のマンション、もしくは貴金属などの“現物資産”となる。投資マネーの流入先としても付け替え先としても不動産は受け皿たり得ることから、住宅・不動産価格、特に汎用性の高い市街地中心部および地方圏の政令市・中核市の中心エリアでは、今後も住宅価格は下がるどころか上がり続ける可能性すらあると言える。
ただし、日銀が“異次元の金融緩和”を終了し、円安の是正および適正な金利のある社会を目途として金融引き締めに向かうことになれば、今後のシナリオはさらに二転三転する可能性も秘めている。
この日経平均の大きな節目とも言える4万円台到達という状況は、住宅・不動産市場にどのような影響を与えるのか、もしくは大きな影響はないのか、不動産・金融市場双方に知見を持つ専門家の見解を聞く。
株価上昇は特に高額マンション市場に追い風 ~ 田村修氏
田村 修:株式会社不動産経済研究所 代表取締役社長。1960年生まれ。青森県出身。出版社勤務などを経て、1985年4月に㈱不動産経済研究所入社。日刊不動産経済通信の記者として不動産関連業界や行政を取材。総合不動産会社やマンションデベロッパー、不動産仲介会社、マンション管理会社、ハウスメーカー、大手ゼネコン、Jリート、アセットマネジメント会社、国土交通省、内閣府などを担当。2008年2月日刊不動産経済通信編集長、2015年5月取締役編集・事業企画部門統轄。2017年2月取締役編集事業本部長。2023年4月代表取締役社長。日刊不動産経済通信編集長兼任株価の上昇は発行体である企業の資金調達環境をよくする。株式を保有している企業や個人は含み益が増加する。売却すれば譲渡益を含めた資金が手元に入るため、新たな投資に対して積極的になれる。潤沢になった資金のうち、一定量は収益不動産への投資や住宅の購入などに向かうことが想定される。株価が上昇することは住宅・不動産市場にとってポジティブな影響を与えることになるのは間違いない。
今回の株価上昇によって不動産株も大きく上がっており、不動産各社の新たな投資・開発意欲は高まりそうだ。ただ、都心部をはじめとする国内の開発適地では、用地価格が高水準にあり、建築費が大幅に上昇しているため、新築物件の開発に対してどこまで積極的に踏み込めるかは未知数だ。エリアの選定や開発規模、価格や賃料の設定が大きな鍵を握っている。国内よりむしろ海外での不動産投資がますます活発になる可能性が高い。金利の大幅な上昇によって不動産市場が調整局面にある欧米での物件取得や開発がさらに進むことが考えられる。すでに進出している東南アジアをはじめ、注目度が高いインドでのマンション分譲やオフィス・物流開発などが一段と進展するのではないか。
国内の住宅市場は都心部の高額帯が好調であるが、株価の上昇が新築、中古を問わず高額物件の購入にさらに拍車をかけそうだ。株価が高くなると高額マンションの売れ行きが好調になるという相関関係はもともとあった。34年ぶりに最高値を更新した株価は今の好調な都心高額マンションの市場を後押しし、さらなる価格上昇につながる可能性が高い。高額マンション市場を主に牽引しているのはパワーカップルを含めた富裕層と投資家層であるから、株価の上昇で需要が増加し、購入意欲を促進することになる。東京都心だけではなく、地方の大都市中心部への波及も加速させそうだ。
実体経済を上向かせる影響も期待される。企業の設備投資への意欲が高まれば、現在低調なオフィス市場にも好材料だ。人材の確保や定着のために働きやすいオフィスを模索する各社が拡張移転をはじめ、積極的にオフィスへのコストを掛けるようになることで、オフィス市場が活性化する。オフィスの空室率は現在、上昇が一服し小康状態にあるが、2025年以降に大量供給を控えているため、マーケット全体は重苦しい。マクロ経済はインフレ局面にあるものの、オフィス賃料を上げられる状況にないのが現状だ。株価の上昇によって、オフィス環境への積極的な投資というテナント側の需要の高まりが起きれば、不動産市況全体が活気づく。
経済環境に変化の兆しが生じている環境下では、需要がついてこられるかどうかが鍵を握る ~ 菅田修氏
菅田 修:(株)三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。主に、賃貸マンションの賃料予測を中心とした住宅市場全般や、各プロパティタイプの期待利回り予測等の不動産投資市場に加え、「不動産としてのデータセンター」をキーワードにニューアセットへの投資動向についても精力的に調査・分析を行っている昨年からの急速な円安の流れを受け、2024年に入ってからより一層の株高となり、日経平均株価は過去最高値を更新し4万円の水準を突破したことは記憶に新しい。首都圏の分譲マンション市場に目を向けると、2023年の平均価格は前年比28.8%上昇の8,101万円と3年連続で過去最高を更新した。その中でも、東京23区の平均価格(2023年)は前年比39.4%上昇の1億1,483万円となり、急激に平均価格が上昇している。
基調記事にあるように、急激な株高は利益確定売りを誘発し、資産家が一時的にキャッシュリッチになることが想定される。そうなると、違う財への投資につながり、結果として不動産への資金流入を後押しする可能性が指摘され、こういった資金の一部が東京23区を中心とした高額の分譲マンション購入にもつながっているものと想定される。
東京23区を中心に分譲マンションの平均価格が一気に押し上げられたのは、1億円以上の比率が前年より7.1%上昇したことによる影響が大きい。しかし、1億円以上比率は大きく上昇した2023年でも15%程度で、価格高騰が指摘される首都圏の分譲マンション市場は今も約半数が6,000万円未満であり、実需向けが供給の中心である状況に変わりはない。
そもそも、不動産価格が上昇していった背景はどういったものだったのか?アベノミクス以降、超低金利時代に突入したことで、債券投資だけでは利回りが確保できず、ボラティリティの大きい株式や低利回りの債券に代わる新たな投資対象としてオルタナティブ投資の必要性が拡大していった。これは世界的な流れでもあり、オルタナティブ投資が拡大する中で、キャッシュフローが想定しやすい不動産に資金流入圧力が高まった。
その結果、流動性リスクプレミアムが圧縮されるなどの影響を受けキャップレート(還元利回り)が低下していき、不動産価格は高騰した状態で推移している。分譲マンション価格についても、住宅ローン金利が低下していったことで所得が大きく改善しない中でも、従前よりも高い物件購入が可能となった。こういった背景を考慮すると、不動産価格には株高よりも低金利が大きな影響を与えていたと言える。
直近までの不動産価格高騰の局面でも、実需による住宅購入やインカムゲインを目的とした不動産投資が中心であることから、今後も需要が想定通りに確保できるどうかが重要となる。その中で、本稿を執筆している2024年3月19日に日本銀行はマイナス金利の解除を発表し、長らく低位安定してきた日本の金利にも変化の兆しが生じている。また、株価は企業業績を反映した指標でもあり、オフィスの賃料負担力や従業員の給与などにも関連する指標と言える。
足元の株高を一つの契機として、金利や物価の上昇分以上に企業業績や個人所得が改善していければ、不動産関連の需要が良好な状況を維持できるだろう。今後の経済政策が持続的で安定的な経済成長につながり、不動産市場にもポジティブな影響を与えることが期待される。
日経平均株価の上昇がさらなる不動産三極化の進行を加速させる ~ 長嶋修氏
長嶋 修:日本ホームインスペクターズ協会 理事長、さくら事務所会長(創業者)。不動産デベロッパーの支店長を経て、業界初の個人向け不動産コンサルティング会社である、株式会社さくら事務所を設立。現会長。国土交通省、経済産業省などの委員を歴任。NHKドラマ「正直不動産」の監修を一部担当。『2030年の不動産』(日本経済新聞出版)他、著書・メディア出演多数日経平均が4万円を突破したことで「都心・駅前・駅近・大規模・タワー」といったワードに代表される新築・中古マンション価格はもう一段高となる可能性が高い。ただしこうしたマンションは全体の15パーセントほどであり、これに当てはまらないものほどその連動性は薄れる。結局はこの10年ほど続いてきた不動産市場の三極化がますます進行することになるだろう。
2012年12月の民主党から自民党への政権交代以降、紆余曲折はありながらも日経平均株価は大きく回復してきた。それとほぼ同様の軌道を描くように東京都心7区(中央・千代田・港・新宿・渋谷・目黒・品川区)や市郊外の駅前・駅近(おおむね徒歩7分以内)のマンション成約平米単価が上昇。都心から離れるほど、駅から離れるほどにその連関は薄れ、例えばバス便など立地に難のあるもの、築古で持続可能性に難のあるものほど蚊帳の外に置かれ、それらの大半は株価の影響を受けないどころか、取引すらままならない状況が続いてきた。この状況は人口・世帯数減少のピークを迎える2050年くらいまで続くはずだ。
不動産の価値は1にも2にも3にも「立地」である。昨今は圧倒的に共働き世帯が多く、通勤は2人分、自動車保有比率も年々下落し、より「都心に近く」「会社に近く」といった生活利便性を求める傾向が顕著となって久しい。富裕層や国内外投資家も物色するのは好立地物件に限られる。
とはいえ好立地マンション価格はこの10年でずいぶんと上昇、東京23区では新築・中古ともに1億円を超える事態となっている。そのような状況の中、2020年のコロナ禍における緊急事態宣言明け以降、在宅勤務(リモートワーク)を経験した向きが、住まいの見直しの観点から、上昇し続け、割高感のあるマンションを嫌い一戸建て市場にも流れ、新築・中古ともに一定の上昇を見せたが、2022年後半にはそうした需要も一巡し、在庫増加も目立った。今年度末(2024年3月末)の決算期を迎えるにあたり値引き販売も目立った。
日銀がゼロ金利政策を解除したが、この程度の政策変更で住宅ローンに与える影響は軽微であり、仮に一定程度住宅ローン金利が上昇してもその影響を受けるのは立地に難のあるもの。好立地マンションほど「世帯収入の高い実需層」「現金買いの富裕層」「国内外投資家」に支えられ、昨今の、株価はもちろん、ゴールドや仮想通貨も過去最高値を更新する「資産全面高」のトレンドの中でもう一段上がる可能性があるとみる。
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