2023年は“金利上昇元年” 2024年の住宅ローン金利はどう推移するのか
グラフは「店頭金利」の推移を示したもの(例)店頭金利が2.475%、優遇金利が2.1%のとき(店頭金利)−(優遇金利)=0.375%が適用金利となる
民間金融機関の住宅ローン金利推移(出典:住宅金融支援機構HP)
黒田前日銀総裁が歴代最長となる10年間の任期を全うし退任した2023年4月、後を受けた植田新総裁は、就任会見において、マイナス金利政策は銀行の収益環境を損ねること、イールドカーブ・コントロール(YCC)は市場機能を損ねること、など“大胆な金融緩和”政策の副作用、問題点に言及した。しかし、2%の物価目標を達成するために、副作用に配慮しつつ持続的な金融緩和のあり方を探りたいとも発言し、基本的には前総裁の金融緩和路線を踏襲するとの立場を表明した。
その発言は、就任数ヶ月後の7月には長期金利の1.0%までの変動容認の表明によってすぐさま覆ったが、この事実上の金利上昇容認&金融引き締め策は、実は大規模緩和の大枠を維持するためとの説明の通り、YCCの持続性を高め、かつ市場機能低下などの副作用を減じるための“柔軟化”=行き過ぎた金融緩和を正常化するための前段階の施策との見方が大勢を占めた。
この1.0%容認を受けて長期金利は11月初旬に0.959%まで上昇したが、その後は徐々に低下し、2024年初は0.6%をやや上回る水準で安定推移している。つまり、現状では市場の金利上昇圧力が高まってはおらず、その意味では金利の先高観は、少なくとも足元の推移を見る限りは皆無と言わざるを得ない。
それでも長短金利操作を前提とするYCCは、国の経済を国債依存体質に変容させ、さらにその日銀保有額が増加して、結果的に“財政ファイナンス”に陥る可能性が常に指摘されており(現状では市中からの買い入れであり財政法第5条の国債引き受けではないと解されている)、それが故の金融引き締め=長短国債金利の先高観=住宅ローン金利の上昇、というシナリオが近い将来現実になると言われ続けているわけだ。
確かに、現状の住宅ローン金利は、過去例を見ないほどの歴史的な低水準で推移しており、変動金利では0.3%を下回る住宅ローン商品もたびたび提供されているし、2023年下半期の長期金利上昇推移においても住宅ローン固定金利は2.0%を上回る商品はほぼ皆無で、これは消費税が10%の時代において“異常事態”としか言いようのない状況にある。この歴史的低金利が常態化したなかでは、過去の金利水準がこれだけ高かったのだから多少上がっても低水準のまま&心配ないという声も聞こえるが、金利がいつ上昇してもおかしくないと考えるユーザーの不安に寄り添い、その対策や処方箋を提供すべき時期にあると考えるべきだろう。
果たして2024年に住宅ローンの歴史的低水準は終わりを迎えるのか、それとも低位のまま継続するのか、万一金利が上昇し始めた場合にユーザーはどのように対処すべきなのか、住宅ローンと金利動向に詳しい有識者の見解をただす。
金利上昇局面においてマンション居住者は3つの値上げに直面する ~ 池崎健一郎氏
池崎 健一郎氏:株式会社新都市生活研究所代表取締役。都心部の大規模マンションにおいてコミュニティ形成が思うように進まない事例を目にして、マンション管理組合の棟内イベントにかかるヒト・モノ・カネを外部化し、棟内コミュニティ形成を活発化させるサービス「クラスバ」を2021年から運営。セミナー講師や寄稿など多数。「日銀が長らく続いたゼロ金利政策をついに放棄して、早ければ2024年にも金利が復活するのでは?」という新聞記事をよく読むようになった。
私は金利についての専門知識を持たないため、この是非や予想について語るのではなく「2024年に住宅ローン金利が上昇したら?」という観点から、自宅マンションの維持可能性について語ることにしよう。
マンションの維持費は大きく分けて3つに分かれる。
1:住宅ローン
2:管理費
3:修繕積立金
ゼロ金利の世界がなくなりめでたく金利がある世界に突入すると、1、2、3は時間差で上昇することになる。時間差で上昇する理由等について以下述べる。
1:住宅ローンについて
住宅金融支援機構が2023年6月に出した「住宅ローン利用者の実態調査【住宅ローン利用者調査(2023年4月調査)】」によると、2023年4月時点で、住宅ローンを利用する際に変動を利用した消費者は72.3%におよぶ。この比率は2017年第一回調査50.4%→2020年5月調査60.2%なので、多少の上下はあれど近年一貫して変動金利を利用する消費者が多かったのが事実だ。このため、金利が復活すると聞いて心穏やかに過ごせない人もいるだろう。
変動金利は都市銀行間で自主的に決めている短期プライムレート(以下、短期プラ)と連動する仕組みであるが、日銀がゼロ金利政策を解除するとなると、短期プラも同様に上昇することになり、変動金利も改定される。なお、短期プラは2009年1月より現在まで1.475%で不変である(日本銀行ホームページより)。
誤解されがちであるが、変動金利タイプの住宅ローンは、金利改定翌日から返済額が即上昇するわけではない。返済額については「5年ルール」と「125%ルール」というものがあり(※)、5年毎に返済額の改定タイミングがくるが、この期間中に借入金利の改定があっても毎月の返済額は変わることはない。また、家計収支の激変緩和ルールとして、次の改定時に125%以上の上昇はすることがないので、金利上昇→変動金利タイプの住宅ローン返済額が雪だるま式に増加→家計破綻とはならないので、安心してほしい※。
もちろん、5年ルールおよび125%ルールにより、返済しきれなかった場合は未償還の元本が積み上がっていくことになり、最終返済月にまとめて返済を求められることになる。金利が復活した局面において、いま現在の100万円と住宅ローン終了月の100万円は全く違う価値であることは強調しておきたい。もちろん上記は変動金利で住宅ローンを利用している方の話であり、全期間固定金利で借りられている方にとっては関係がない。
2:管理費について
短期的に影響を受けそうなのは管理費の方である。元々マンションの管理費というのは、あまり余裕を持って徴収されていないことがほとんどであり、コスト上昇にもっとも弱い。電気水道代、保全、清掃や警備、植栽等にかかる人件費は、金利上昇局面において特に値上がりしやすい項目である。人件費は基本的に管理委託費用に収斂されていくが、年間契約であるため、翌期以降の契約について管理会社より値上げするか、仕様を下げるかの提案がされるだろう。
マンション内の暮らしを日々を支えていく管理費が赤字では維持できないため、ほどなく管理組合総会で管理費の値上げ議案が上程されることになる。
3:修繕積立金について
より恐ろしい影響が出るのは実は修繕積立金である。マンションの修繕は多額の費用がかかるため、居住者全員で積立を行い、定期的に大規模修繕することが必要だ。毎月徴収される積立額の根拠として、「長期修繕計画」を5年に一回各マンション管理組合が作成していくことが、ガイドライン上求められている。この計画期間は、「30年間、かつ大規模修繕工事を2回含む期間」となっている。
修繕工事の見積もりは、「現在の価格」であることに注意しなくてはいけない。本来であれば、15年後、30年後という遠い未来の修繕工事費用は、金利上昇分を見ておかなくては不十分だろう。より注意深くなるのであれば、将来は建設業界の先細りが予見されるため、工事費用は高騰することが容易に予想できる。人件費と資材費の高騰により、5年前に見積もった工事費用では既に同じことができない。
しかも、金利上昇分および工事費用の高騰を見込んだ計画にするのは、なかなか決定が難しい。将来不確定な費用を、見積もり当初予定より高い金額を各戸から徴収することを議論し決議するのは、相当な決断力を理事会に強いることになる。
大規模修繕の適齢期になっても工事を先延ばしして凌ごうというマンションが続出することが予想される。借金もしくは居住者から多額の一時金を徴収しない限り修繕工事をしたくてもできない、ない袖は振れないのも事実である。
新築時の長期修繕計画よりだいぶ高騰した計画書を管理組合は作成することになり、想定よりも修繕積立金の徴収額を値上げせざるをえないのが、金利が復活した日本の姿である。
ここまで、金利上昇による経済環境の変化により、住宅ローン・管理費・修繕積立金がどのように変わるのかをお伝えした。
金利上昇を容認できる日本は、経済成長が達成され、人々の賃金が上昇する世の中でもある。世代によって捉え方は異なるとは思うが、不変の世の中ではないので、時代に合わせて動いていく必要がある。
※契約の住宅ローンによってはこのルールがない場合もあるので確認してほしい
異次元の金融緩和が縮小しマイナス金利は解除へ。GDP拡大が正常化への一歩に ~ 岡本郁雄氏
岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれアベノミクス3本の矢の一つとされる金融緩和は、流通するお金を増やしデフレマインドの払拭をはかるための策。既に金融緩和が始まってから10年を超えたが消費者物価の上昇や賃金の上昇(実質賃金はマイナスだが)、貯蓄から投資の流れなどデフレマインドが払拭されつつある。10年物日本国債の利回りは、2024年2月21日時点で0.7%を超えており直近10年間の中では、高い水準だ。
金融政策でマイナス金利を導入しているのは、先進国の中で日本のみ。賃金や景気の動向にも拠るだろうが、筆者は日本銀行が2024年中にマイナス金利を解除すると予想する。金融政策を予想する上で、注目しているのは行政サービス提供等の経費が、税収等で賄えているかどうかを示すプライマリーバランス(基礎的財政収支)の状況だ。内閣府は2024年1月に2025年度の国と地方のプライマリーバランスが成長実現ケースで1.1兆円のマイナスと試算している。2023年7月の試算より0.2兆円マイナス幅が縮小した。
令和6年度政府経済見通しの概要によれば、2023年度のGDP成長率は実質で1.6%程度、名目で5.5%程度の実績見込みとなっており、2024年度は実質で1.3%程度、名目で3.0%程度と見込んでいる。名目GDPの予想は、過去最大の615兆円だ。経済成長が持続し、支出を税収が上回れば、政策金利を引き上げやすくなる。日本の経済が今までの縮小均衡から拡大に向け変化すれば、金融政策も変化するだろう。
日本銀行調査統計局発表の2023年第3四半期の資金循環(速報)によれば、家計の金融資産残高は、2,121兆円。うち現金・預金は、1,113兆円となる。適度な金利上昇は、円高による輸入物価の圧縮や家計の利子所得の増加など企業や家計にプラスの面もある。日銀は、景気に配慮しつつ金融政策の正常化に向けさらに動くのではなかろうか。予測が難しいのが金利の上昇スピードだ。2023年12月分の消費者物価指数(全国)総合指数は、前年同月比2.6%上昇で1年前の4.0%上昇に比べ収まりつつある。インフレ対策としての急激な金利引き上げは考えにくい状況だ。ゼロ金利の解除には、もう少し時間がかかるかもしれない。
住宅ローン利用者の金利上昇リスクの大きさは、家計のバランスシートやキャッシュフローの状況によって異なる。例えば、1億円の借入があっても1億円を超える金融資産があればリスクは限りなく小さい。いっぽう手持資金が少なく返済計画にも余裕がなければ金利上昇リスクは大きい。手持ち資金と残債を確認しどうするかを判断したい。
金利が上昇し始めた場合に、変動金利から固定金利への変更も一つの選択肢だが、避けるべきは住宅ローン破綻。多くの金融機関では、金利が上昇しても5年間は返済額が変わらない5年ルールというものが設けられている。また、完済期間を延長して月々の返済額を抑えるという方法もある。急な金利上昇に備えて、余裕資金を残しておくことが大切だろう。今の返済計画に余裕があり残債額が大きすぎなければ、過度な心配は不要と考える。
24年は変動金利が若干の上昇、固定金利が低下の見通しも、まずは家計の把握から ~ 伊藤陽平氏
結論から入ると、24年の通年では変動金利型の住宅ローンを新規に貸し出す際の金利が若干上昇する可能性が高い。
一方で、固定金利型の住宅ローンは、若年層・子育て世帯への政府による優遇措置などもあり、24年を通してみると、新規貸し出しの金利が引き下がる傾向になりそうだ。日本銀行は金融政策について緩和的な姿勢を続ける方針を訴求しようとしている点をみても、新規貸し出しにおける変動金利の優位性は維持できるが、政府による若年層・子育て世帯の支援と合わせると固定金利との金利差は縮小するという見立てができると筆者は捉えている。
金融機関や住宅ローンに関するサービスを手掛ける企業への取材を重ねても、「異次元の金融緩和」とネット銀行を始めとする金融機関の増加で競争が激化した環境による低金利からは脱却するという予測が多い。とうとう0.1%台の商品すら出て、歴史的ともいえる低金利の水準からは転換するのではないだろうか。
日銀の金融政策に目を転じると、13年から長らく行われてきた「異次元の金融緩和」に続いて16年に始まった、いわゆるマイナス金利政策は、24年のどこかで出口を見つけそうだ。金融政策決定会合のスケジュールからみて、4月とみる説や7月とみる説などがあるが、これが行われても、既に住宅を購入して支払い中の変動金利型住宅ローンの利率の上昇とは直結していない。変動金利型住宅ローンでは、日本銀行による民間金融機関への貸し出しに使われる市場金利とは別の「短期プライムレート」といわれる金利との連動性が高いためだ。この短期プライムレートは横ばい傾向が長く続いているが、金融機関の間の競争が激化する中で、商品性を高めるための金利引き下げが進んできたという推移がある。
住宅ローンの仕組みから少し離れて、住宅の購入者、あるいは購入検討者が24年のうちに取りやすい対策に話を移そう。変動金利の住宅ローンで今既に支払いをしている住宅購入者について、月々返済額を見直す状況になるほど強い金利上昇があるか考えると、すぐに家計を逼迫させるほど上昇する心配はほぼ無いのではないだろうか。
大手銀行などで返済額の上昇幅(25%)や期間(5年間)の制限があることも加味すれば、たとえば個人が3000万円を借り入れている状況であれば、試算すると金利が仮に2%まで急上昇しても月々返済額の上昇は2万円台程度の上昇にとどまるとみられる。そして24年初頭の現状では、住宅ローン金利が2%も上昇するほど日本経済が強く成長する見通しは立っていないとも残念ながら考えられる。ただし、現在支払い中の住宅購入者は、最も有利な金利条件での借り換えは、この春までに済ませないと間に合わないかもしれないので、すぐに検討を始めた方がよいだろう。
続いて、新規で変動金利の住宅ローンの利用を見込んでいる住宅購入検討者は、具体的にいえば0.1%や0.2%といった範囲で、今より上昇する可能性も織り込んだ方が良い。ただそれは、相当高額な住宅でなければ、月々返済額が5万円も上昇するといった状況にはならないだろう。いずれにせよ、一朝一夕で何かが変わる状況ではないので、借り換えを検討するにしても、まずは家計の状況をしっかりと把握することから始めるべきタイミングだ。
最近では利用が1割を切るといわれる固定金利型の住宅ローンについてもみてみよう。当然のことながら、既に支払い中の住宅購入者は、月々の返済に金利状況は影響しない。借り換えを想定する場合、24年の後半にかけて良いタイミングを見計らっていく方針で良いのではないだろうか。子育て世帯の支援策なども含めて、1%を大きく切る金利になる場合は、利用する旨味も大きくなるかもしれない。新規での貸し出しを固定で受けることを考えても、金利に先高感があるときこそ、過去にも固定金利の商品が人気となったという。ライフスタイルにあった住宅を無理のない資金計画で見つけられたならば、購入を検討する良い時機になるかもしれない。
少し話題はそれるが、複数の大手金融機関に、金融政策に関する日銀の植田和男総裁の印象をヒアリングしてみたところ、「研究者出身の学者肌だと思っていたが違った」「マーケットのネガティブな反応を最小限度にとどめるタイミングを、予想していた以上に慎重に見定めている」といった回答が多かった。
日銀の大枠の思惑を探ると、金融の流れが滞るような引き締めはしたくないが、一時的な操作だったはずのマイナス金利というある種の異常事態からの脱却は図りたいという発信だと筆者は考えている。24年初頭の時点では、住宅ローンの融資額の引き締め姿勢を打ち出している金融機関はないといってよい。こういう時こそ改めて、余裕を持った視野で、無理が出ないような住宅取得に関する計画の見直しや、取得の検討を進めていくべきではないだろうか。
伊藤 陽平:株式会社不動産経済研究所 編集部門通信ユニット所属 「日刊不動産経済通信」記者。不動産仲介業に携わる企業や団体、不動産テック系の企業などを主に担当している。これまで、鉄道系・商社系などのデベロッパーに加え、マンション・デベロッパーや分譲マンション管理会社などを担当してきた
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