国交省は“コロナ前への回復傾向が顕著”との判断
コロナ禍に突入してから3回目の公示地価が発表され、概要としては2年連続して全用途平均が上昇し、上昇率も拡大したとのことで、まずは日本経済のファンダメンタルズとしての地価が安定推移していることを示す結果となった。
東京圏(首都圏とは異なる)では、住宅地の上昇率が昨年の0.4%から2.1%へと拡大、大阪圏、名古屋圏も同様に上昇率が拡大した結果、三大都市圏平均も昨年の0.5%から1.7%へと拡大している。なかでも地方四市と言われる札幌市、仙台市、広島市、福岡市では平均の上昇率が8.6%を記録し、都市圏以外にも地価上昇が波及していることが浮き彫りになった。特に札幌市は北海道新幹線延伸および新球場建設などに伴って札幌駅周辺での再開発が加速し、上昇率が13.2%と高い数値を記録している。ただし、地方圏に目を向けると約半数の22県で住宅地価が下落しており、利用価値の違いから全面的・全国的な回復傾向が示されたとは言い難い状況でもある。
コロナ禍で地価がV字回復した要因としては、依然として継続する住宅ローンの超低金利、住宅ローン減税など住宅購入補助の充実、テレワークの定着による都市圏以外での居住ニーズの顕在化などが挙げられており、都市圏を中心に住宅市場を取り巻く環境は堅調との見方ができる。
公示地価は発表資料で強調されている通り、「令和5年1月1日時点の価格を調査した結果、1年間の地価動向」であって足元および今後の地価動向を示すものではなく(もちろん参考にはなる)、遅行指標として捉えるべきものであるから、ここまではコロナ禍でも順調な地価の回復が見られたということになる。
足元では、日銀総裁の交代を契機とする長期金利の先高観、および中古住宅価格の頭打ち感があり、またこれまでの長短金利操作による“異次元緩和”がどのタイミングで解除されるのかといったことに市場の関心が移っていることもあって、インフレ対策としての金融引き締めが行われる可能性について言及され始めている。しかし、海外では急激な金融引き締めの結果、アメリカで地銀が破綻、またクレディ・スイスの経営不安に伴うAT1債の無価値化(完全償却)などが相次ぎ発生し、世界的に金融不安をあおることとなって、これまで堅調だった日本への投資も減退し始めている。国内不動産の投資利回りと長期金利との乖離は依然大きいが、コロナ禍で一時的に大きな打撃を受けた国内住宅市場は、金融緩和策の継続によって急回復したと言っても過言ではないから、地価および住宅価格が下落に転じる要素が増えつつあることも事実だ。
果たして、ここまで順調に見える地価および住宅価格の回復基調は、今後も安定的に継続する可能性が高いのか、それとも予断を許さない状況にあるのか、有識者の見立てを聞く。
調整局面入りが近いとの懸念が高まる。金融政策の行方を注視 ~ 吉田資氏
「令和5年地価公示」において、全用途平均・住宅地・商業地のいずれも2年連続で上昇し、上昇率が拡大した。また、国土交通省「令和4年第4四半期地価LOOK レポート」によれば、主要都市の高度利用地等における地価動向は、3年ぶりに、すべての調査地区において上昇又は横ばいとなり、下落地区がゼロとなった。今後も経済活動の本格再開や不動産開発の進展などを背景に、堅調な土地需要が期待されている。
ところで、ニッセイ基礎研究所が不動産分野の実務家・専門家を対象に今年1月に実施した「不動産市況アンケート(第19回)」にて、「不動産投資市場の現在の景況感」についての質問に、プラスの回答(「良い」と「やや良い」の合計)が約6割、「平常・普通」が約3割、マイナスの回答(「悪い」と「やや悪い」の合計)が約1割となった。前回調査(2022年初)から大きな変化はなく、プラスの回答が半数以上を占める結果となった。
一方、「6ヶ月後の景況見通し」についての質問では、「変わらない」との回答が約5割、「悪化」との回答(「悪くなる」と「やや悪くなる」の合計)が約4割、「好転」との回答(「良くなる」と「やや良くなる」の合計)が約1割を占めた。「悪化」が「好転」を大きく上回り、悲観的な見方が強まった。
「不動産投資市場への影響が懸念されるリスク」について質問したところ、「国内金利」(67%)との回答(複数回答)が最も多く、次いで、「建築コスト」(40%)、「国内景気」(39%)、「欧米経済」(33%)との回答が多かった。また、「東京の不動産価格のピーク時期」について尋ねた質問では、「2023年」(43%)との回答が最も多く、次いで「2022年あるいは現時点(既に価格はピーク)」(39%)との回答が多かった。
今後について、日米中央銀行の金融政策や国内外の景気・インフレ動向など先行き不透明感が強いなか、不動産価格は2023年までにピークアウトするとの回答が大多数を占める結果となった。
また、日経不動産マーケット情報の集計によれば、2022年の不動産取引額は、前年比▲12%減少の約3.5兆円となった。通常、不動産取引は、「①価格上昇(利回り低下)/取引額増加」→「②価格上昇/取引額減少」→「③価格下落(利回り上昇)/取引額減少」→「④価格下落/取引額増加」と、サイクルを描くとされる。昨年(2022年)は「②価格上昇/取引額減少」の局面に移行したと考えられる。
日銀は、2022年12月に「イールドカーブコントロール」の許容幅を従来の±0.25%から±0.50%へ拡大し、10年国債利回りの上昇を容認した。そして、現在、植田新総裁のもとで、金融政策がどうなるか世間の注目が集まっている。仮に金融政策が大きく見直された場合、「③価格下落(利回り上昇)/取引額減少」の局面へ移行する可能性がある。
地価動向は、調整局面が近づいていると考えられ、金融政策の行方等と併せて十分注視する必要があるだろう。
不動産市場の健全性を疑うべき状況にはない ~ 吉野薫氏
一般財団法人日本不動産研究所 吉野薫:
日系大手シンクタンクのリサーチ・コンサルティング部門を経て、一般財団法人日本不動産研究所にて現職。現在、国内外のマクロ経済と不動産市場の動向に関する調査研究を担当するとともに、大妻女子大学にて非常勤講師を務めている。著書に「これだけは知っておきたい『経済』の基本と常識」(フォレスト出版)等がある。今回の地価公示を通じて、コロナ禍に起因する市況の停滞感がほぼ完全に払拭されことが確かめられた。さらには地価上昇の裾野が拡大していることも印象的である。全国の標準地に占める上昇地点の割合は、住宅地で56.3%、商業地で59.9%となり、いずれも32年ぶりの高さとなった。
こうした地価動向が観察される背景には、経済合理性に基づいた不動産実需があるものと解される。一般に資産バブルは市場参加者が資産価格の上昇(キャピタルゲインの獲得)を過度に期待するときに生じるが、現在の日本においてそのような状況とはなっていない。投資用不動産市場では将来のキャッシュフローの見立てに基づいて取引価格が形成されている。一般の住宅市場においても、多くの家計は住宅ローンの返済原資となる将来の所得と、住宅の購入から得られる効用とを比較考量しつつ、住宅の購入の意思決定を行っている。
金融情勢の先行きは地価を巡る最大のリスク要因である。諸外国における金融引き締め、さらには昨今の米欧金融機関の経営不安などは、グローバルにみれば不動産市況を下押しする要因と意識されている。それでも日本においては、地価の大幅な下落が差し迫っていると警戒するには当たらない。これまでの経験則に従えば、不動産市況の急速な悪化は、不動産に対する投融資の目詰まりに随伴する。不動産取引市場においても不動産ファイナンス市場においても、プレイヤーの厚みや深さはこれまで以上に増しており、たとえ国内の金融環境に変化があったとしても、買い手や貸し手が枯渇するような状況には陥らないだろう。したがって不動産市場の価格形成機能を損ねるような激烈な市況の悪化にも至らず、不動産価格の調整は穏当なものにとどまるものと期待される。
中長期的に見れば日本の人口が急速に減少する中、不動産に対する需要全般も縮退する可能性が高い。しかしそれは全国一律に不動産価格を押し下げる方向に作用するのではない。地価分布の二極化の進行や物件ごとの優勝劣敗として顕在化する。さらに人口の高齢化は金融環境の安定性を阻害する要因ともなりえる。経済全体での貯蓄率が低下すれば、金融機関の預貸率の上昇などの経路を通じて、不動産を巡る金融環境が逼迫しやすい構造を招きかねない。不動産市場が今後も健全に機能するためには、「コンパクト・プラス・ネットワーク」による都市機能の維持、対日不動産投資の促進に資する市場環境の整備、財政健全化を通じた日本円への信認確保などの重要性がより一層高まることになるだろう。
住宅地価の上下動分布に濃淡 人口減少で変わる都市の形 ~ 平松健一郎氏
平松 健一郎:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は25年続けているジョギングと、世界の僻地を巡るバックパック旅行東京や大阪など大都市圏で新築マンションの価格上昇が続いている。土地代と建築費の高止まりで開発コストが膨らみ、不動産各社は価格転嫁の余地がある都心一帯に開発の軸足を移す。割安な郊外に目線を移す買い手も多く、地価上昇が周辺都市に波及する。一方、米欧の景況悪化やインフレ、日銀の政策転換など経済の雲行きが変わり、需給両側が開発と購入を保留。郊外を中心に販売が滞る物件も目立ってきた。東京を除く道府県で人口減少が本格化し、住宅市場は岐路に立つ。地価の上下動分布には人と投資が集まる魅力の大小が反映され、濃淡がより鮮明になる。
国土交通省が公表した1月1日時点の地価公示で三大都市圏の住宅地は2年連続で上昇した。コロナ禍の沈静化で繁華街の人出が増え、店舗や集合住宅などがある商業地も東京、名古屋で2年続けて上がり、大阪も3年ぶりに上昇に転じた。大阪ではIRの計画が国に認められ、開業準備で地域経済に活気が出そうだ。
地方では札幌や福岡など四市の地価が上向く。札幌に近い北広島市は「新球場効果」で地価上昇率が全国首位に。ただ高いのは「上昇率」で、同市の土地単価は坪13万円と札幌の5分の1だ。外資の半導体工場が進出した熊本の菊陽町などと同様、地価が安い場所に大型施設が現れ上振れした。他方、全国の市街地でホテル開発が再始動し、住宅事業者との競合で土地代が急騰する場面も出てきた。ある財閥系デベロッパーは「土地所有者との相対取引に持ち込めるかが勝負だ」と気を引き締める。
都市圏では複合開発や鉄道延伸などのイベントが地価上昇を支える。東京都内には2030年代初頭まで再開発の計画があり、都心と湾岸を結ぶ地下鉄の延伸構想も動く。都心周りの住宅需要も現段階で底堅い。「晴海フラッグ」のタワー棟は4月時点で登録件数が1万件を超え、JR浜松町駅直結の「ワールドタワーレジデンス」も「坪単価は1,150万円だが1期1次の倍率は5倍近い」(三菱地所レジデンス)という。都心物件の購買層が厚みを増す一方、郊外や地方の物件には販売が鈍る事例も目立つ。大阪でも安全策をとる事業者が都心重視の姿勢を強め、中心地に坪500万円超の案件が増えた。だが「さらに価格が上がれば様子見の向きが増える」(大手仲介)との見方がある。日銀が4月12日に公表した「生活意識に関するアンケート調査」では物価が1年前よりも「かなり上がった」と感じる割合が62.8%と過去最高になった。金利の先高観と物価上昇で住宅の実需に陰りがある。一部の一等地を除き、住宅価格は天井が近い雰囲気だ。
超低金利環境下で多くの投資資金が流入し、マンション市場の好況と地価の上昇が続いてきたが、金融環境の潮目が変わり始めている。人口も減る日本では従来のような成長路線を描けない。地価は魅力に乏しい地方都市から下降線をたどる。そのため各社が都心志向を強めながら事業の多角化を図っている。ただすべての地区が等しく沈下することはない。観光や居住、投資を促す大胆な工夫と意欲、政治力の有無で地域の命運は変わる。今は投資の手を休める外資勢も「米国の利上げがやめば不安要素がなくなる」(ブラックストーン系列)と対日投資の時機を待つ。働き方と暮らし方の価値観が多様化し、一見特徴のない小都市が浮かび上がる目も出てきた。郷土の魅力を見つめ、都市を再構築する試みが各地で始まっている。
住宅市場の先行きを見据える上で金利動向だけでなく、所得動向にも留意が必要な局面に ~ 菅田修氏
菅田 修:(株)三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。主に、賃貸マンションの賃料予測を中心とした住宅市場全般や、各プロパティタイプの期待利回り予測等の不動産投資市場に加え、「不動産としてのデータセンター」をキーワードにニューアセットへの投資動向についても精力的に調査・分析を行っている日常生活に大きな影響を与えたコロナ禍も約3年の時を経て、ようやく日常を取り戻しつつある。このような中、WBC日本代表の活躍は記憶に新しい。多くの方がテレビ等で観戦したと思うが、熱気のこもった試合と共に米国等のスタジアム観戦状況などを垣間見る機会となり、コロナ禍への対応が国によって異なることを実感した方も多いのではないだろうか。また、MVPを獲得した大谷翔平選手の活躍は、多くの国民に “二刀流”という言葉を改めて認識させる機会となった。
コロナ禍がもたらした変化としては、リモートワークの進展、郊外や地方への関心拡大など住環境にも影響を与える要素がいくつもあった。副業や二拠点生活など、個々人の中でも“二刀流”にチャレンジする方が増える契機ともなった。空き家が社会問題化する中で、一世帯が複数の住居を活用することで、これまで機会が少なかった地域に活路が見いだされることは、住宅の需要増加につながる動きとして期待される。
住宅価格に目を向けると、首都圏を中心に分譲マンション価格が足元でも高値圏で推移している。建築費や用地価格が高止まりしており、今のところ下落に転じることは期待しにくい。また、一戸建て住宅についても、地域によっては小規模住宅の供給を規制する動きが出始めており、単価が変わらなくても住戸面積の拡大に伴って価格が上昇する可能性が生じている。
住宅価格が高騰している局面においても、低金利環境が下支え要因となり、平均的な物件を平均的な所得の人が買う場合の買いやすさに大きな変化は生じていない。しかし、購入できる住戸面積は縮小傾向にあり、購入者が望む広さを確保することが難しくなっている。2023年3月に本サイトに寄稿した拙筆(「住宅に関わる税制が少子化にも影響を与える可能性をもっと考慮すべき」https://www.homes.co.jp/cont/press/opinion/opinion_00322/)でも指摘したが、居住面積の縮小は少子化の一因になり得る。2023年春の国会でも少子化対策と関連付けて子育て世代の住環境の改善が論点になったように、供給サイドにとっても足元の価格上昇は素直に喜べない局面なのではないだろうか。
物価が上昇している中では、低金利だけでは住宅需要がついてきにくく、現役世代の安定的な所得上昇が必要不可欠である。これまでは価格と金利の関係性によって、住宅市場の受給バランスが取れていた(売れ行き悪化につながらずに済んだ)が、これからは価格と所得の関係性においてバランスが取れる必要がある。その後に、適切な金融政策によって金利環境が正常化していくことが望ましいプロセスと考える。住宅価格を押し下げる要因に乏しく、住宅価格は高値圏での推移が今後も継続する可能性が高いだろう。こういった環境下においても、子育てがしやすい住環境が確保でき、日本経済ひいては社会全体が健全に成長していくことを願ってやまない。
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