2020年春の金融商品取引法改正により証券がデジタル化可能に

新たな資金調達の試みとして注目される「デジタル証券」新たな資金調達の試みとして注目される「デジタル証券」

改ざんすることが極めて困難な上にシステムダウンも起きず、取引記録もすべて残すことが可能な自律分散システムのことを“ブロックチェーン”と呼ぶが、このブロックチェーン技術を活用して取引の安全がほぼ確保されたことで可能となったのが、証券のデジタル化だ。2020年5月に施行された改正金融商品取引法では「電子記録移転権利」と規定される(トークンの電子発行なども含む)。他にもこの改正では仮想通貨(暗号資産)が金融商品と規定され、デジタル化された金融商品の流通に対応する改正が施されている。

この改正によって有価証券を電子的に発行することが可能になったため、2021年以降、デジタル証券の発行が徐々に活性化し始めている。デジタル証券を発行して行う資金調達はセキュリティー・トークン・オファリング(STO)と呼ばれ、投資家はデジタル証券をメールやその他の手法で簡単に受け取ることができるようになった。新規上場(IPO)や不動産クラウド・ファンディングなどと比較しても、手間がかからず発行基準も高くない割に調達できる資金が多額であることが大きなメリットとされる。また24時間いつでも取引が可能で、発行・管理・決済などにかかる時間とコストが削減できるため、資産管理会社や証券会社の業務効率が高まり、証券を購入する投資家にとっても小口(少額)から投資が可能で、資金を分散投資する側面からもメリットが高い。また、信託受益権化されているため運用会社が倒産しても不動産が差し押さえられることはない。ただし、売買するためのデジタル証券市場というものが確立しておらず、基本的には証券会社に売却する方法しかないため、現時点ではJ-REITと比較すると流動性は低いといえる。

2021年に、ケネディクスが野村證券とSBI証券と組んで東京都内のマンションのデジタル証券を発行したことは不動産開発の新たな資金調達の試みとして注目され、最近ではホテルや旅館などにもその対象が拡大し始めていることから、デジタル証券に対する認知や関心も今後高まっていくことが期待される。

まだ端緒についたばかりの不動産デジタル証券化だが、その活用方法は今後多岐にわたる可能性があり、発行のしやすさや決済の簡便さなど活用に関するハードルも低いことから、事業参入する不動産会社が増えることが想定される。さらには住宅ローンの証券化などにも効果的だという声もある。
今後の不動産市場、金融・投資市場にどのような影響があるのか、またデジタル証券普及に関しての課題は何か、証券化に詳しい有識者の見解を聞く。

今回の時事解説論旨まとめ

論点:不動産のデジタル証券化は、今後の不動産市場、金融・投資市場にどのような影響があるか? デジタル証券普及の課題は何か?

菅田氏:デジタル証券化により投資ロットが低いアセットも投資の対象に

吉田氏:不動産証券化市場の成長への貢献が期待されるも、セカンダリーマーケットの確立と市場に関する情報提供・発信が今後の課題

清水氏:不動産投資のさらなる民主化に期待。投資家を保護できる社会制度の構築も必要

以下、それぞれのコメントを見ていこう。

デジタル証券化により投資ロットが低いアセットも投資の対象に ~ 菅田 修氏

<b>菅田 修</b>:(株)三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。主に、賃貸マンションの賃料予測を中心とした住宅市場全般や、各プロパティタイプの期待利回り予測等の不動産投資市場に加え、「不動産としてのデータセンター」をキーワードにニューアセットへの投資動向についても精力的に調査・分析を行っている菅田 修:(株)三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。主に、賃貸マンションの賃料予測を中心とした住宅市場全般や、各プロパティタイプの期待利回り予測等の不動産投資市場に加え、「不動産としてのデータセンター」をキーワードにニューアセットへの投資動向についても精力的に調査・分析を行っている

2020年の春より国民生活に大きな影響を与えているコロナ禍も、ようやく薄れていくことが期待できるような社会情勢になりつつある。外国人観光客の受け入れも2022年10月からコロナ禍前に近い状態まで緩和となり、これまで厳しい時期が続いていた観光産業にとっても一筋の光が見えている。コロナ禍前の訪日観光客数に戻るにはまだまだ時間がかかりそうだが、一進一退を繰り返しながら、以前の賑わいを取り戻すことが期待される。

経済環境が徐々に正常化するにつれ、投資可能な物件が増えてくることも期待される。今回のテーマにある不動産デジタル証券化は、これまで投資対象になりにくかった物件が投資対象になり得ることができるかが最大の焦点になると考える。

不動産証券化の代表格であるJ-REITに目を向けると、住宅で投資対象になっているのは、賃貸マンションがほとんどであり、一定程度の投資ロット(物件価格)でないと運用効率が落ちるため、物件価格が高くない不動産は投資対象になりにくいのが現状である。そういう観点で考えると、投資ロット(物件価格)の小さな賃貸マンションが不動産デジタル証券化を活用することで投資対象になることが期待される。これは地方の賃貸マンションも投資の対象になり得る可能性が生じているともいえ、不動産デジタル証券化が地方創生に結びつけば、その社会的意義は大きい。

また、東京23区のアパート世帯数は大阪市の賃貸マンション世帯数と同水準であるが、建物の耐用年数がRC造と比べると短いことが一因となり、アパートはこれまでファンド投資の対象になりにくかった。出口戦略を描いた上でアパートが投資の対象になり得るのであれば、不動産デジタル証券化は投資機会の拡大に寄与するだろう。社会問題化している空き家についても、有効活用される物件であれば、投資ロット(物件価格)が低くても不動産デジタル証券化を活用することで投資対象となり得ることが期待される。

この他にも、純粋にキャッシュフローの安定性に投資するスタイルから、ESGやSDGsなどの社会的意義をはじめとする「意義」を大事にした投資スタイルのファンドも出てきている。現状では、こういったファンドの多くがクラウドファンディングとして運用されているが、不動産デジタル証券を通じて、不動産のソフト面に着目したファンド組成が見込めることは意義深い。

不動産のソフト面に着目した事例として、ミュージックセキュリティーズが組成しているSDGsカフェファンド(ニューヨークで人気のあるTHINK COFFEEの日本一号店の開業資金を集めるファンド)の3号ファンド(THINK COFFEE初出店ファンド2)が現在、募集中である。2022年中の開業を目指して準備が本格化しており、神田錦町のビル再生プロジェクト「神田SDGsコネクション」の1~2階にSDGsカフェが入居する計画である。当該ファンドはカフェ開業の事業性に対しての投資であるが、SDGsに配慮したテナントが入居するビル全体に投資するファンドの組成も今後、期待される。このような社会的意義に共感した投資のスタイルの拡大という形で、不動産デジタル証券化が投資スタイルの多様化をもたらすことにつながれば、その社会的意義は大きい。

不動産証券化市場の成長への貢献が期待されるも、セカンダリーマーケットの確立と市場に関する情報提供・発信が今後の課題 ~ 吉田 資氏

<b>吉田 資</b>:ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員。三井住友トラスト基礎研究所を経て、2018年よりニッセイ基礎研究所で調査・研究業務に従事。専門分野は、不動産市場、投資分析など吉田 資:ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員。三井住友トラスト基礎研究所を経て、2018年よりニッセイ基礎研究所で調査・研究業務に従事。専門分野は、不動産市場、投資分析など

ニッセイ基礎研究所と価値総合研究所の調査によれば、日本における「収益不動産(事業者や個人に物件を賃貸することで、賃料収入を獲得できる不動産)」の資産規模(2022年調査時点)は約275.5兆円となり、前回調査比で+3.2兆円(+1.2%)となった。日本の収益不動産規模は、新型コロナウイルス感染拡大後も、拡大が継続している。

一方、J-REITの資産総額は約24.8兆円(2022年3月時点)、不動産私募ファンドの市場規模は24.1兆円(2021年12月時点)で、既に証券化された不動産の市場規模は約48.9兆円である。この数値によれば、「収益不動産(275.5兆円)」のうち、既に証券化されている不動産は約18%と限られており、不動産証券化市場の拡大余地はまだ十分にあると考えられる。

2020年5月の金融商品取引法改正に伴いデジタル証券の発行が可能になったことで、費用対効果の観点から、J‐REIT等のファンドへの組み入れが困難であった小規模不動産も投資商品化することが可能になった。また、これまでは大口投資が必要であった大規模不動産への投資も小口投資が可能になった。デジタル証券が浸透すれば、投資家層の裾野は拡大し、立地やプロパティタイプ等の投資対象は多様化するだろう。デジタル証券は、まだ拡大余地が大きい不動産証券化市場の更なる発展に貢献することが期待される。

また、デジタル証券と企業価値の関係性に関する先行研究では、デジタル証券による資金調達は、企業の最適資本構成に影響を与えるだけでなく、当該資金調達に伴うキャッシュフロー増加効果あるいは資金調達コスト低減効果を通じ、企業価値を向上させる可能性があると指摘されている。不動産マーケットにおいても、デジタル証券による資金調達は、運用対象の不動産の価値向上に寄与することが期待できよう。

ところで、三井住友トラスト基礎研究所「不動産投資に関する調査 2021年」によれば、「不動産投資に必要な条件」として、「一定の流動性の確保・向上」との回答が最も多かった。デジタル証券市場の成長には、安定したセカンダリーマーケットの確立により、一定の流動性を確保することが必須となると思われる。

また、デジタル証券による不動産投資商品は、J-REITや私募REITと比較して、投資対象タイプおよびエリアが多岐にわたることが想定される。一方、個人投資家を中心に投資家の裾野が大きく広がると考えられる。投資者がリスクを十分に理解した上で投資判断を行えるように、運用者等が不動産市場に関する情報提供・発信を積極的に行うことが今まで以上に重要になるだろう。

不動産投資のさらなる民主化に期待。投資家を保護できる社会制度の構築も必要 ~ 清水 千弘氏

<b>清水千弘:</b>一橋大学ソーシャル・データサイエンス教育研究推進センター 教授。1967年岐阜県大垣市に生まれる。東京工業大学理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。専門は、指数理論・不動産経済学。麗澤大学教授、日本大学教授等を経て現職。麗澤大学国際高等研究機構副機構長・学長補佐を兼務する清水千弘:一橋大学ソーシャル・データサイエンス教育研究推進センター 教授。1967年岐阜県大垣市に生まれる。東京工業大学理工学研究科博士課程中退。東京大学博士(環境学)。専門は、指数理論・不動産経済学。麗澤大学教授、日本大学教授等を経て現職。麗澤大学国際高等研究機構副機構長・学長補佐を兼務する

2001年の上場リート市場の誕生が不動産投資市場元年とすれば、わが国に不動産投資市場が誕生して20年以上が過ぎたことになる。その上場リート市場は25兆円の規模までに拡大し、私募リートも含めれば、50兆円にも迫ろうとしている。さらに近年においては、年金基金や郵貯などの機関化された資金の不動産投資も本格化してきた。このような不動産投資市場の構築には、20世紀後半から多くの先人たちの強い想いと並々ならぬエネルギーが投下され、そこに多くの参加者を加えながら、一つの産業として成長してきた。そして、20世紀の黎明期に描いた不動産投資市場の理想的な姿へと、ゆっくりではあったが進化し、近づいてきたと言ってもいいであろう。

20世紀の黎明期に描いた不動産投資市場の理想的な姿とは、どのようなものであったのか、不動産投資市場は、これからも成長余力はあるのか、今後、どのような方向へと向かうべきなのであろうか。

1990年の不動産バブル崩壊後において、不動産市場は混迷を極めた。そのような中で、不動産市場または不動産投資市場とは、どのように成長していくべきかということが、官民を挙げて議論がされた。株は株屋と呼ばれ、不動産は不動産屋と呼ばれ、社会的なステイタスも必ずしも高いものではなかった。何か怪しい市場というレッテルが貼られていたのである。

そのような中で不動産投資市場が果たした最も大きな貢献は、不動産市場の民主化である。20世紀までの不動産投資市場は、ごく限られた一部の大きな資本を持つ企業と不動産事業者だけしか投資ができないような市場であった。しかし、証券化という技術が登場し、不動産投資のリスク細分化を可能とすることで、そして、上場市場を誕生させることで、家計をも含む多くの参加者を不動産投資市場の中に取り入れることを可能としてきた。個人投資家を不動産投資市場に参入させるために、市場の透明化を進めるとともに、投資から発生するリスクを管理していく技術も大きく進化していった。そのような中で、不動産市場そのものの効率化も大きく進化していったものと考える。さらに、家計に対しては、従来は、資産形成において預金・株式投資・国債などの債券投資しかなかったところに、不動産投資のリスクを組み入れやすくすることで、リスク分散効果が働きやすくなったことも評価されるべき点である。

しかし、残された課題も少なくない。上場リート市場の投資家層は、広い裾野への拡大が期待されたが、実際には、一部の投資家層に限定されてしまっている。具体的には、多くのシェアの投資家は、年齢の高い、投資経験が豊富な富裕層といった性格が強い。不動産は、本来は長期投資にふさわしい資産であり、その分散効果という性質を考えれば、本来であれば若年層からの積み立てがよい。しかし、現在の商品性では、株式と投資としての性格が強く、一口当たりの金額も大きいことから、そのような投資資金の受け皿にはなりにくい。リートを組み込んだ投資信託などの金融商品もあるが、レバレッジが強くかかっているために、一層エクイティとしての性格が強くなり、本来の不動産の投資の魅力を低下させてしまっている。また、現在のミレニアム世代には、単純な投資収益や分散効果だけでは、大きな投資のドライバーになるとも考えづらい。

そのようななかで、新しいテクノロジーを活用することで、管理コストを低下させて一層の民主化を進めることが可能となる可能性が見えてきた。一つの例としては、STO(Security Token Offering)の活用である。STOとは、ブロックチェーン上で発行されたトークンを用いた資金調達方法のことを指し、スマートコントラクトの技術を組み込むことで、証券の小口化と配当の支払いの自動化を通じてコストを大きく引き下げることを可能とした。そのため、不動産の所有権の分割コストの低下を通じて、多くのすそ野を巻き込むことができるような投資可能なサイズへと小口化をすることができる。

一方で、小口化を一層進め投資家層を拡大していくためには、一層の投資家を保護することが出来るような社会制度の構築も進めないといけない。わかりやすい不動産の投資リスクがわかる情報生産と開示である。現在の情報は過剰なほど生産されているが、一般投資家にとっては、理解をするためには高度な知識を必要とする。その意味では、情報は生産しているが、開示しているということにはならない。

今後、一層、不動産投資市場の民主化が進むことを期待したい。

公開日: