2022年9月法務大臣が区分所有法改正を法制審議会に諮問すると表明

区分所有法の改正で、マンションの建て替えは円滑に進むのだろうか(画像はイメージ)区分所有法の改正で、マンションの建て替えは円滑に進むのだろうか(画像はイメージ)

区分所有法は1962年に制定され、民法の特別法として“区分所有”という概念を認めた画期的な法律だ。例えば、自家用車のタイヤは父親、ハンドルとエンジンは母親、シートとドアミラーは長男の所有となっていたら利用や売却する際の権利関係の調整は困難を極めることになるが、民法はそれを避けるために“一物一権”主義を採用している。その例外が区分所有法で、一つの建築物にそれぞれ区分された所有権を認めたものだ。もし区分所有が認められていなければ、マンションは土地と同じく建物も共有、もしくは合有などの権利形態となって、売買や相続といった権利関係の移転が極めて困難になっていたことだろう。

ただし、この特殊な区分所有という概念も、マンションの建て替えについては効果を発揮することはなく、むしろ区分所有であることが建て替えの阻害要因となっているとも言える。
現在では建て替えを決議するには区分所有者の5分の4の賛成が必要となっており、先ずそれ自体が高いハードルとなっている。つまりマンションを区分所有している権利保有者の8割以上が賛成しないと決議すらできないという状況は、今後老朽化マンションが確実に増加する状況を助長するだけだから、法務大臣が区分所有法の改正について言及したというわけだ。

しかし、5分の4の賛成が必要な建て替え決議を仮に4分の3や3分の2に引き下げて決議自体を可能にしても、実際の建て替えには様々なハードルがあるため、実効性には乏しいと言わなければならない。例えば建て替えに反対の区分所有者全員が、特定の(建て替えに賛成する)区分所有者に買取請求権を行使すれば、大抵の場合その全員分の住戸を購入できないため、事実上建て替えはその段階でストップしてしまうし、そもそも反対の区分所有者が住戸から立ち退くことを承諾しなければマンションを取り壊すこともできないから、建て替え決議とは区分所有者の意思表示でしかなく、実際に建て替えるためには区分所有者全員の同意および協力が不可欠だ。

この点において、今回の改正案では、マンションの建物と敷地を一括売却したり取り壊したりする際に多数決で可能にすること、相続などで区分所有者が不明のケースは決議の分母から除外することなども検討しているとのことだから、今後の進捗が注目される。
要はマンションの建て替えを前に進めるために、反対派の意思を尊重しつつどのように同意を取り付けるかという民主主義(多数決主義)の根幹を為す作業が区分所有者に求められているのだが、今回の改正案が施行されるとマンションの建て替えは円滑に進めることができるのか、またどのような要件を組み入れれば建て替えが円滑に進められる可能性が高まるのか、有識者の見解を聞く。

今回の時事解説論旨まとめ

論点:今回の改正案が施行されるとマンションの建て替えは円滑に進めることができるのか、またどのような要件を組み入れれば建て替えが円滑に進められる可能性が高まるのか

田村氏:マンションストックの再生は福祉政策の視点で

坂根氏:区分所有とは何かを、いま一度考える機会に

矢部氏:建て替え事業の円滑化には直接寄与しないのではないか

瀬下氏:現在のマンション管理・再生に支障が出ているということ

以下、それぞれのコメントを見ていこう。

マンションストックの再生は福祉政策の視点で ~田村 修氏

<b>田村 修</b>:株式会社不動産経済研究所 取締役編集事業本部長。1960年生まれ。青森県出身。出版社勤務などを経て、1985年4月に㈱不動産経済研究所入社。日刊不動産経済通信の記者として不動産関連業界や行政を取材。総合不動産会社やマンションデベロッパー、不動産仲介会社、マンション管理会社、ハウスメーカー、大手ゼネコン、Jリート、アセットマネジメント会社、国土交通省、内閣府などを担当。2008年2月日刊不動産経済通信編集長、2015年5月取締役編集・事業企画部門統轄。2017年2月取締役編集事業本部長。2019年2月日刊不動産経済通信編集長兼任田村 修:株式会社不動産経済研究所 取締役編集事業本部長。1960年生まれ。青森県出身。出版社勤務などを経て、1985年4月に㈱不動産経済研究所入社。日刊不動産経済通信の記者として不動産関連業界や行政を取材。総合不動産会社やマンションデベロッパー、不動産仲介会社、マンション管理会社、ハウスメーカー、大手ゼネコン、Jリート、アセットマネジメント会社、国土交通省、内閣府などを担当。2008年2月日刊不動産経済通信編集長、2015年5月取締役編集・事業企画部門統轄。2017年2月取締役編集事業本部長。2019年2月日刊不動産経済通信編集長兼任

ストックとしての分譲マンションの課題は管理や修繕などの方針を決める際の合意形成が難しいことだ。今回の区分所有法改正の論点は合意形成に至るハードルを下げるための方策にある。ハードルを低くすることで管理と再生の円滑化を図ろうというのが改正の狙いだ。政府は当初、区分所有法の改正については2023年度の法制審議会への諮問を要請していたが、前倒しして審議することになった。

区分所有建物の老朽化が進んでいることと、空き住戸や所在不明の区分所有者が増えることによる管理不全マンションの増加、それらがもたらす防災上の懸念などが深刻な社会問題となっていることが背景にある。政府としてはできるだけ先手を打って問題解決の方向性を示したいという意向が強いようだ。

今回の区分所有法改正論議は分譲マンションが新しいフェーズに入ったことを象徴する動きといえる。区分所有法はもともと、新築の分譲マンションの供給を増やしていくための法律だ。供給側に立った制度であり、建物が完成して区分所有者に引き渡されてからの状況はあまり考慮されていない。何事も区分所有者間の合意形成がなければ進まないため、管理や修繕、建て替えのしやすさを想定した制度にはなっていない。

分譲マンションのストックが全国で655万戸を超え、国民全体の約1割がマンションに住むようになった。大都市圏のマンション居住比率はもっと高く、都市の住まい形態はマンションが主体になりつつある。分譲マンションに関する政策はこれまでの新築物件の供給促進から、ストックの適正な維持・管理、建て替えを含めた再生へと軸足が移った。しかし、現行の区分所有法というツールでは対応が難しいことから改正に向けた検討に至った。

建て替えを含めたマンションの再生には相応のコストを要する。対象となるのは耐震性などに問題のある老朽化が進んだマンションだ。築年数が古いマンションは居住者が高齢化しているケースが多い。年金収入だけに頼っている区分所有者が多いマンションでは、再生のためのコスト負担は厳しい。法改正によって合意形成の仕組みが緩和されても、コストを負担できなければ再生や建て替えは進みにくい。

国土交通省の推計では、築40年を過ぎた高経年マンションは現在81.4万戸あり、10年後に現在の2.4倍の約198万戸、20年後には4.5倍の約367万戸に増加する。マンション管理業界では、「マンションの築40年問題」と言われている。築古マンションの悪循環を断つためには、区分所有法の改正だけでは十分ではない。分譲マンションを区分所有者による個人の財産から、社会インフラとしての公共財的な資産に位置づけて、税制や補助金などの政策支援を厚くしていくことが求められる。新築の供給促進は経済政策として進められてきたが、ストックの再生は福祉政策として展開していく必要がある。

区分所有とは何かを、いま一度考える機会に ~坂根 康裕氏

<b>坂根康裕</b>:「住宅情報スタイル首都圏版」(現「SUUMO新築マンション」)「都心に住む」元編集長。不動産市況解説サイト「Fact Stock(ファクトストック)」を運営。日本不動産ジャーナリスト会議会員。著書「理想のマンションを選べない本当の理由」「住み替えやリフォームの参考にしたいマンションの間取り」坂根康裕:「住宅情報スタイル首都圏版」(現「SUUMO新築マンション」)「都心に住む」元編集長。不動産市況解説サイト「Fact Stock(ファクトストック)」を運営。日本不動産ジャーナリスト会議会員。著書「理想のマンションを選べない本当の理由」「住み替えやリフォームの参考にしたいマンションの間取り」

「同潤会代官山アパートメント」が超高層を中心とする複合施設「代官山アドレス」に建て替えられたのが2000年である。当時はデフレの真っただ中だったが、今思えば市場で最も注目される「駅前再開発タワー」の先駆けとなったプロジェクトだと位置づけることができよう。
また、築76年で解体された「同潤会青山アパートメント」が「表参道ヒルズ」に生まれ変わったときは、周辺の地価上昇さえも話題になった。いずれも都市機能の活性化に寄与し、見る者に「建て替えには夢がある」とさえ思わせる好例だ。

しかし、これらの華々しい実績から「好立地で既存建物より床が増えるなら、その分を分譲して工事費に充てることができる。要はマンションの建て替えとは容積率が余っているかどうかに尽きるのでは」と勘違いする向きもあるかもしれない。確かに、それは重要な要件に違いないのだろうが、本質は「いかなる状況であれ、区分所有者の合意形成が図れるかどうか」だ。
「同潤会青山アパートメント」の例でいえば、建て替えの議論がスタートしたのは完成後41年の時点(1968年)というから、その取り組みが形になるまで35年を要したことになる。同じ同潤会でも「江戸川同潤会アパートメント」に至っては、従前の専有面積に対して建て替え後のそれ(還元率)が60%にも満たなかったというから、再生にかける区分所有者の思いがすべて、と言っていい。

では、建て替え決議の多数決要件変更案(5分の4から4分の3に)は、その効果を期待できるのか。マンション建て替え実績の多いデベロッパーによれば、実際に決議を取れると「9割に近い賛成か、逆に半数程度か。8割の攻防はあまり多くないイメージだ」(旭化成不動産レジデンス マンション建替え研究所長 重水丈人氏)とのこと。影響があるとすれば、「1票当たりの比率が高い小規模マンション」(三菱地所レジデンス 建替事業部長 石原和彦氏)だという。何よりも、両氏が声をそろえるのは「今般の改正を機に、建替えへの思いを後押しする気運が生まれることを期待したい」ということだ。

さらに、今後老朽化マンションの建て替えを進めるために、必要と思われる施策についても聞いてみた。石原氏は「借家権が消滅しても、占有状態を即時解消できない点が課題として残る」、さらに「既存不適格建物への規制緩和を期待したい」とも。重水氏も「容積緩和を受けられたとしても、日影規制などで実現が難しいケースもある」と、実務上制度を活用しきれない場面が少なくないことを指摘する。

今回寄稿にあたって、あらためて気づかされたことは「区分所有とは何かを考える機会が必要では?」ということである。
つい最近「バルコニーは自分の自由に使えない」だの「管理規約でリフォームが制限される」だの、そもそも基本的な分譲マンションのルールを知らない?と思わざるを得ないような不満を聞く機会があった。区分所有の特性をほとんど理解せずに購入し暮らしている人が想像以上に多い気がする。制度の認知徹底が広がること自体が、マンション建て替え問題の長期的な解決策につながっていくのではないだろうか。

建て替え事業の円滑化には直接寄与しないのではないか ~矢部 智仁氏

<b>矢部 智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中

今回の区分所有法改正によって建て替え事業の着手、進行が円滑に進むとは考えにくい。一般的に事業を進めるには「意思決定」、決定方針の具体化のための「体制や実行計画」策定、そして「計画の実行」という段階があるが、マンション建て替え「事業」を進めるにあたってもそれは同様である。とすると区分所有法の改正があったとしてもそれは「意思決定」の要件(多数決基準)の改定にすぎず、体制や実行計画、計画の実行に直接的な影響を及ぼさないものと考えるのが妥当だろう。

マンション建て替えのハードルとされている主な課題としては、今回の改正の背景にある区分所有者(住民)の合意が要件基準に達しないという課題、また仮に要件を満たしそう(合意形成ができそう)であっても実施に必要な資金捻出が困難な場合があるといった課題が挙げられる。
繰り返しになるが、今回の改正で合意形成に関わる基準が変わり1つ目の課題をクリアできても、2つ目の課題である建て替え方針の実行にあたって必要な資金のハードルを解消する効果を持つとはいえず、結局住民の動機を変えるほどの刺激は持たない。単純な理屈であるが、このようなことから法改正が円滑化に直接的に寄与することはないと考える。


区分所有法改正で「意思決定」を進めやすくするだけでは事業は進まないという見方を示したが、ではそれに反して建て替えを進めるにはどんなアイデアがあるのか。

一つのアイデアとして「現状の関係や構成をそのまま再生する」思考から一旦離れる、という考えはどうだろうか。つまり建て替え事業ではなく敷地売却(マンションの建て替え等の円滑化に関する法律による除却認定条件を満たした場合に限られるが)をしたうえで、現居住者のうち同じ場所での居住を希望する世帯だけを、新たな開発建物に優先的に移す方法を考えるといった考えである。
これは基調記事の問いでもある「反対派の意思を尊重しつつどのように同意を取り付けるか」という点でも合理的な手順となるのではないかと考える。

また、反対派や積極的賛成ができない世帯には費用面の課題だけでなく、現在の暮らしの連続性の確保を訴える場合もあるはずで、特に高齢世帯ではその割合が増しそうだ。それに対しては、例えば高齢化によって合意形成が進まない場合に借り上げ型の社会住宅の準備などが一つのアイデアではないか。除却後の再開発物件の中に、あるいは元の住居周辺の住まいを地域自治体が借り上げ、社会住宅を確保して住み替えを促す。その後、例えば再開発物件内の住宅であれば社会住宅として役割を終えたのちに売却し、再開発事業者に損が出ないようにすることも検討可能だろう。このアイデアは高齢による入居拒否問題への対処にもなるため高齢者の退去を可能にする効果もある。

少し各論がすぎてしまったがそれはそれとして、建て替え案件が進展するか否かについて現実には、容積率緩和による余剰床に対する地域の居住需要があり再開発後の収益が見込まれることが大前提である。将来の社会構造の変化に加え足元での資材価格高騰など経済環境の不透明さもあり、建て替え事業が実現できるケースは今後ますます限られてくる可能性もある。マンション建て替えは、一定の役割を終えようとしている(終わらそうとしている)建物を、単に元のとおりの用途や機能として再生する「だけ」では解決できない問題であると認識することが肝心だろう。

現在のマンション管理・再生に支障が出ているということ ~瀬下 義浩氏

<b>瀬下義浩:</b>一般社団法人日本マンション管理士会連合会 会長。マンション管理総研 代表なども務める。2022年国交省「マンション政策研究会」委員、2022年マンション管理業協会 管理適正評価運営委員会 オブザーバーを歴任。2020年からはマンション管理センター評議委員を務める。主な著書に『依頼が殺到するマンション管理士の仕事術』(住宅新報社)など瀬下義浩:一般社団法人日本マンション管理士会連合会 会長。マンション管理総研 代表なども務める。2022年国交省「マンション政策研究会」委員、2022年マンション管理業協会 管理適正評価運営委員会 オブザーバーを歴任。2020年からはマンション管理センター評議委員を務める。主な著書に『依頼が殺到するマンション管理士の仕事術』(住宅新報社)など

2022年9月13日に葉梨法務大臣による「区分所有法制の見直しに関する法制審議会への諮問について」の記者発表があった。内容については、法務省民事局より「区分所有法の見直し」という資料が公表されている。また、この区分所有法改正検討については、そのほかの課題事項も含めて国土交通省において10月から研究会を立ち上げることとなっている。

内容は大きく、①区分所有建物の管理の円滑化を図る方策、②区分所有建物の再生の円滑化を図る方策、の2つとなる。

業界的に話題となっているのは、②の中で記載されている「建替えを円滑化するための仕組み」における建て替えの決議の多数決要件の緩和と建て替えがされた場合の賃借権等の消滅だ。

①については、本質的なマンション管理における重要な事項として、4つの仕組みの検討が書かれており、この中に「集会の決議一般を円滑化するための仕組み」で、所在不明区分所有者を決議の分母から外すという仕組みがある。確かに現実の管理組合総会では賃貸に出している、もしくは空部屋において区分所有者に連絡がつかないケースがあるので、この仕組みが法制化すれば、総会運営はある程度速やかになる可能性はある。特にワンルームなどが大半、もしくは全部を占める投資物件のマンションは顕著に影響するだろう。ただ、問題は所在不明区分所有者という定義を明確にしないと後で不明者と判断された区分所有者からクレームが入る可能性があるので、ここがポイントだと考える。

そのほかに、出席者だけを分母として多数決による決議を可能とするという仕組みがあるが、これは実際の出席者のほか、標準管理規約に規定されているとおり議決権行使書・委任状も出席者に含めての総出席者だけを分母とし、それ以外の区分所有者を分母から外しての多数決とする仕組みだ。管理規約の改正も議決権数および組合員数の4分の3以上の賛成が必要であるため、現実的には前述の投資型マンションなどでは非常に有効と考えられる。ただし、これも未提出区分所有者から総会案内が届いてないなどのクレームがつく可能性は排除できないので、明確に基準を定める必要がある。

いずれにせよこういった議論が挙がってくるということは、現在のマンション管理あるいはマンション再生に支障が出ているということにほかならないので、このような改革は進めていかなければならないことと考える。

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