マンション管理適正化法の改正により新たに管理計画認定制度が実施される
マンション管理適正化法は、マンション維持・管理の適正化とマンション再生の円滑化を目的として2001年に施行され、マンション管理士や管理業務主任者の法的根拠ともなっている。いわばマンション管理における“憲法”ともいうべき法律だが、それが2020年に改正され2022年4月に施行された。
主な改正点は「管理計画認定制度」の開始と「認定基準」の設定だが、同法の改正によって「長期修繕計画作成ガイドライン」「マンション修繕積立金に関するガイドライン」も改定されており、これらについても確認しておく必要がある。
「管理計画認定制度」は、マンションが住宅の多くを占めていてその必要性を強く認識している自治体において管理適正化推進計画が作成された場合(作成は任意)、その方針に沿って個々のマンション管理組合の管理者などから申請された管理計画などを審査・認定する制度だ。
法律上、国が基本方針を策定し地方公共団体が推進することになっており、管理計画を認定した地方公共団体(市区単位。町村は都道府県)は、必要に応じて助言・指導を行い、また管理組合の管理・運営が著しく不適切である場合は勧告もできるとされた。外部からの指導や勧告などの指摘が入ることで、マンション管理に対する行政の関わりをより強めようとの意図は感じられるものの、管理が良好であるマンションとは具体的にどういうものであるかが広く示されるメリットがある制度だ。ちなみ認定期間は5年で、5年ごとの更新が必要だ。
この制度を活用し認定を取得したマンションは、適正に管理されていると公に認められたことになるから、専有部分を売買する際に管理の善し悪しが参考情報として活用される可能性が高まる(既にLIFULL HOME’Sマンション管理評価が先行している)。また区分所有者の管理意識が高まる効果も期待されている。
「認定基準」については、①長期修繕計画が25年以上(新築後5年以内の場合は30年以上)かつ残存期間内に2回以上の大規模修繕工事を含むことなど修繕について4項目、②長期修繕計画に基づいて修繕積立金を設定していることなど資金計画について7項目、③総会・理事会を定期的に開催していることなど管理組合について5項目、などが定められている。
「長期修繕計画作成ガイドライン」および「マンション修繕積立金に関するガイドライン」も法改正に合わせて2021年9月に改定された。①長期修繕計画の期間:これまで25年または30年とされていた計画期間が、30年以上かつ大規模修繕工事が2回含まれる期間以上とするとされた、②修繕積立金の積立方法:段階的に増額せず、毎月の修繕積立金の額を均等にする積立方式を基本とすること(均等積立方式)、③修繕積立金の設定方法:修繕積立金は管理費と区分して経理すること、専用庭等の専用使用料及び駐車場等の使用料はこれらの管理に要する費用に充てるほか、修繕積立金として積み立てること、などが記された。
これら幾多のハードルを越えて、管理計画が良好であると認定されるマンションの管理組合は果たしてどの程度の数が想定されるのか、また制度や認定基準に実効性はどれほどあるのか、マンション管理に詳しい専門家の意見を聞く。
今回の時事解説論旨まとめ
論点:2022年4月から始まった管理計画認定制度で、認定される管理組合はどの程度の数になるか? 制度の実効性はどれほどあるのか?
伊藤氏:初年度はスロースタートとなる見込みの登録物件数も、数年後は全国で万単位の物件登録を見込んでいる。居住者にもメリットを打ち出すインセンティブなど、制度の活用も準備されつつある。
矢部氏:全国10万超を数える管理組合の行動変化を促す難易度は低くない。制度の実効性は、計画の策定ではなく計画の実行が評価されるべきである。官民が連携して、社会的共通理解を生み出す必要がある。
瀬下氏:これまでのように見た目や低い修繕積立金で売りやすくするだけでは、将来、物件価値は評価されなくなってくる。認定基準のハードルは高いが、認定に必要となる管理適正化推進計画の作成を予定する自治体も多く、機運は高まってきている。
3氏とも管理計画認定制度への期待を示す一方、低くないハードルの存在や制度運用の工夫の必要性を指摘する声もある。以下、それぞれのコメントを見ていこう。
初年度はスロースタートだが、マンション管理の価値を問われる時代へ ~ 伊藤陽平氏
良好なマンション管理について、業界団体のマンション管理業協会の高松茂理事長は「資産価値を高めることに加えて、居住価値も長年にわたって守り高めていくこと」と示している。「資産価値」とは、マンションの設備の修繕や更新を適切な規模とタイミングで実施していくことで、住み良い状態の建物を長く維持し、流通時の価値の向上を図ることだ。また、「居住価値」とは、住人にとって居心地よく暮らしやすい状態を作ることで、たとえば居住者間や周辺地域との交流を活発にする取組みに加え、防災・減災の対策などを進めて暮らしの安心や充実度を高めていくことだ。マンションの管理組合それぞれが、管理会社と契約して提供されるサービスや自主的な管理で、2つの価値の向上に努めていくことが、良好なマンション管理で目指していく姿となる。
4月1日から始まった「マンション管理計画認定制度」では、マンションの管理組合が申請して、マンションが所在する地方公共団体(市区や都道府県)が計画を認定する。管理組合の運営状況や規約作成など基本的な事項に加えて、長期修繕計画や管理組合の会計などの状況を重視した基準が示されている。特に組合会計の基準は、長期修繕計画の「修繕積立金の平均額が著しく低額でないこと」とあるものの、居住者のイメージする著しく低額とは異なる場合も多そうだ。たとえば数十戸規模のマンション(地上階数20階未満、建築延床面積5,000m2未満)で専有面積60m2の居室を想定すると、修繕積立金は最低でも月1万4,000円以上となる(ただし、金額が低い場合でも、合理的な理由を資料で示せれば認定される)。一方で、認定主体の地方公共団体が「マンション管理適正化推進計画」を作成していなければ認定を受けられないため、7月中旬時点では板橋区の1物件しか認定されていない。登録物件数は、初年度はスロースタートとなる見込みだが、数年後は全国で万単位の物件が登録している状況を見込んでいる。
管理計画認定制度に加えて、マンション管理業協会が運営する「マンション管理適正評価制度」も、マンション管理を可視化し、評価していく制度として同時に始まった。適正評価制度は、管理計画認定制度の全国共通の17項目をすべて含む30項目で評価し、点数に応じた星の数を公開する。2つの制度では、マンションを売買する際に管理を評価に組み込むことに加え、まずは状況を明らかにすることによって組合財政などの問題点も明らかにしながら、マンションの長命化に取組むことを目指している。そうした制度を利用していくことで、居住者にもメリットを打ち出そうとしている。たとえば、フラット35の金利優遇に加え、築年数を経ても良好に管理するマンションで共用部の保険料の割引や、大規模修繕費用の優遇融資などのインセンティブが将来に向けて準備されつつある。今まで以上に、マンション管理という要素が、客観的に広く価値を問われる時代へ変貌を遂げようとしている。
伊藤陽平:株式会社不動産経済研究所 通信編集部「日刊不動産経済通信」記者。1983年生まれ。早稲田大学法学部を卒業、北海道大学大学院法学研究科法律実務専攻を修了。2018年8月に入社。総合不動産会社や鉄道系、商社系、マンションなどのデベロッパー、マンション管理会社などを主に担当する
計画の実行体制と制度の社会的共通理解が重要 ~ 矢部智仁氏
矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中10万余りの組合の行動を変えるスタートライン
(一社)マンション管理業協会によれば、会員企業が受託するマンションは戸数ベースで約626万戸強、管理組合数ベースで約10.1万組合(2021年) である。国土交通省の推計マンション戸数が666万戸(2019年末)であることを踏まえれば、ほぼこの10万(委託外を入れ11万?)を超える組織の行動変化を促すことができるか?が今回のマンション管理適正化法の改正(以下改正マン管法)の主題といえる。
この10万組織の行動変化を促す難易度は決して低くない。
そもそも対象組織の絶対数が多数なこと、加えて管理組合の運営は1組合当たり住戸数50~80戸(マンション管理業協会による)という多様かつ多数の住民による主体的な共同活動であるという複雑性からも明らかである。さらに組合運営に主体的に合理的な意思決定が求められるにもかかわらず、事業(経営)経験や専門性の不足や偏在により合理的な決定が難しいという点も改正以前から指摘されている。
改正マン管法が求めるのは官・民の連携活動
今回の改正マン管法は自治体による管理適正化推進計画の策定と管理組合認定という立て付けで多数の対象(10万)への細密なリーチを進め、計画に一定の基準を示すことで専門性欠如を解消、補足する最低誘導的な視点と基準を与えるものだと考えられる。
基調記事で問われる「認定される管理組合の数」と「制度や認定基準の実効性」を考えるには、行政が認定をオープンな姿勢で行うか、管理組合が計画を実行できるか、さらに計画の確実な実行が売却時の資産価値に反映したかが周囲に見えるか、という3つの視点が必要だと考える。その意味では今回の自治体計画と管理組合の計画認定制度は官・民が連携して取組むべき制度でもある。
自治体の制度運用、管理組合の計画具体化の取組み、社会的共通理解の醸成
認定の適切な運用については行政の情報開示姿勢が問われる。
区分所有マンションはいうまでもなく私有財産であるが、認定を受ける計画やその推進体制をどのように持つかは住民(管理組合)自身の選択結果であって、制度の存在や運用によって影響されるものではないことを前提にしておくべきだと考える。
自治体サイドは認定の過程で管理組合自体がどういう提示をしているかについて、認定の有無が財産権に影響を与えるという配慮をせず情報公開を積極的に行う制度運用を進めるべきである。そうすれば制度のフォロワー的な活用をする管理組合の計画にも好影響を与えることにもつながるはずだ。
認定制度の実効性は管理計画の実行程度で測るものだと考える。その意味で管理組合内部の推進体制は重要である。
認定基準には積立資金管理や総会参加の状況といった基準もあるがそれらはあくまでも最低基準であり、制度の実効性は計画の策定を評価することではなく、計画の実行が評価されるべきだ。いくら「良好な計画」があっても安心、安全、快適な居住空間が実現していなければ市場評価に基づく資産価値は高まりようもない。計画の具体化に向け専門事業者(管理会社など)とどんな業務をどのような対価で契約するかの発注力を高める自助努力やアドバイザーの確保など、管理組合は自身の財産の価値を保全する財産管理会社であるという自覚で体制を組む必要があるだろう。
売却時の資産価値への反映については制度の存在と内容が社会的共通理解となっていることが鍵だ。認定の有無や管理計画の実施履歴とその結果が流通市場での購入検討尺度になるとの理解が進めば、管理組合の動機も高まるはずという目論見は改正の背景にも示されている通りだ。こうした社会的共通理解を生み出すにはいうまでもなく情報公開が不可欠だ。情報公開にあたってはメディアや事業者だけでなく、先ほどの自治体による認定運用のオープンかつ厳格な運用が大前提である。
二重の老いがもたらす新たな外部不経済の未然防止には残された時間は限られるが、制度が大きく活用されるか否かには官民が連携した情報開示姿勢にかかっている。
法改正によって管理不全マンションの抑制に一定の効果を期待 ~ 瀬下 義浩氏
瀬下義浩:マンション管理総研 代表。一般社団法人日本マンション管理士会連合会 会長なども務める。2010年国交省「修繕積立金に関するガイドライン検討委員会」委員、2012年・2016年度~ 東京都「耐震促進都民会議」委員等、行政委員を歴任。主な著書に『依頼が殺到するマンション管理士の仕事術』(住宅新報社)など2020年6月にマンション管理適正化法の改正があり、2022年4月1日にこの法改正による管理計画認定制度が施行された。法に規定されたのは、各地方自治体(市区、それ以外の町村は都道府県)が国土交通省に管理適正化推進計画の作成を申請した地域において、既存マンションの管理が適正な水準に達していれば、当該地方自治体が「適正管理をしている」という認定を与えるというものである。
認定基準の中には2021年9月に改正された長期修繕計画作成ガイドライン(以下、長計ガイドライン)と修繕積立金ガイドライン(以下、修積ガイドライン)を審査対象とした項目がある。国土交通省では、「通常の適正な管理をしているマンション」という水準で認定基準を定めたとのことだが、一番ハードルが高いのは、この2つのガイドライン基準だと考える。
まず長計ガイドラインにおいては、総会資料に参考として載せているだけで、長期修繕計画自体を規約で総会承認としていなかったマンションも多々存在した。また、総会承認となった長期修繕計画でも、長計ガイドラインに提示されている様式第4-1号の内容に加えて、修繕工事計画に①(19工事項目)から⑩までを網羅されていることが条件となっており、大手管理会社でも長期修繕計画を総会承認事項にする規約改正や長計システムの基本的な部分の改良が必要となっている。
また、修積ガイドラインの改正では、それまでは新築マンションだけを対象としてきた基準を、既存マンションまで含めたことにより、かなりハードルが高くなったとの意見がある。法規定とは別に新築における予備認定制度があり、販売前に売主と予定管理会社が公益財団法人マンション管理センターに申請して適合確認をもらうこの制度は、法施行から3ヶ月で100物件を超えるほどになっている。
こういった状況に加え、認定マンションの公表、新築予備認定も含む認定マンションにおいては、住宅金融支援機構フラット35の金利優遇を受けられるということも考えると、過去のような見た目や、新築で低い修繕積立金を設定して売りやすくするだけでは、近い将来、物件の価値が評価されなくなってくると考えられる。
現在、管理適正化推進計画を作成している地方自治体は多くはないが、来年度までに予定しているところは多く、かなり機運は高まってきていると判断される。
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