アメリカではインフレ対策、日本ではデフレ対策に政策金利が活用されている

2022年初の為替相場は、コロナ禍でのリスク選好の円売りに米政策金利の利上げ観測に伴うドル買いが重なり、1ドル116円台に円安ドル高が進んだ。その後インフレ率の想定外の上昇による利上げ観測が高まったことでアメリカの金利が上昇し、円安は収束した。
このようにアメリカの政策金利動向は為替相場にも直接影響を与え、テーパリング(量的緩和策による資産買い入れを段階的に減らす措置)開始前から、為替相場に影響するほどの関心事となっている。

アメリカのテーパリングは2022年6月から3月に前倒して開始されることになっており、FRBによる利上げもドットチャートによると年内に既に3回予定されていることになるから、政策金利の利上げはインフレ対策として完全に既定路線となっている。アメリカの2021年11月の消費者物価指数は6.8%という高い上昇率を示しており、これが政策金利の利上げ前倒しに大きく影響したものと考えられる。また、イングランド銀行も12月中旬に0.25%の利上げ実施を決定しているから、コロナ禍でのインフレ対策は市場経済を下支えする上では選択の余地なく実際される状況にある。

翻って日本では、日銀の金融政策決定会合において大規模緩和方針が維持・継続されるだけでなく、2022年2月14日には金利0.25%で無制限に買い入れる国債の”指値オペ”を実施して、ゼロ金利&低金利政策維持を明確に打ち出した。
アメリカとイギリスでは利上げの方針(テーパリング準備中のユーロ圏ではまだ利上げする状況にないとECB総裁が発言している)が打ち出されているのに対し、”指値オペ”の実施によって金利を低位に誘導して資金を借りやすくすることで経済を支えてきた日本の金融政策の違いを鮮明にしたともいえる。

仮に、アメリカが利上げを実施すると日米の金利差は拡大することになるから、ドル買い円売りが進み、円安による輸入コストが膨らんで企業収益や消費者物価の値上げという意図せぬインフレが発生する可能性が出てくるから、金利を上げるためには緩やかなインフレと賃金上昇という経済拡大期へのシナリオが必須だ。岸田政権の掲げる「成長と分配」はその端緒についたばかりで、コロナ禍で伸び悩む企業収益を考慮すれば賃金上昇には現実感が希薄で、日本では政策金利を引き上げる可能性はほぼ皆無というシナリオが想定される。

もし、アメリカに追随して政策金利を引き上げることになれば、短期プライムレート(PR:クレジットスコアの高い企業に貸付ける1年未満の融資金利)も上昇することになるが、変動金利型の住宅ローンはこの短期PRに連動しており、住宅ローン金利もやや上昇する可能性が高い(固定金利は長期金利と連動)。つまり、政策金利の利上げは住宅ローン金利の上昇を招き、国内経済を下支えする住宅市場に大きな影響を与えることになる。

果たして、アメリカの政策金利の利上げ開始は、日本の金融市場に、もしくは住宅市場に影響があるのか否か、財政事情に詳しいアナリストの市場予測を確認する。

アメリカの政策⾦利の利上げ開始は、日本にどう影響するのだろうかアメリカの政策⾦利の利上げ開始は、日本にどう影響するのだろうか

日本の住宅ローン金利に少なからず影響すると考えるのが妥当だが ~ 岡本郁雄氏

<b>岡本 郁雄</b>:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ

2022年3月度の住宅ローン金利は、長期金利の上昇もありフラット35など固定金利型を中心に多くの金融機関で引き上げられた。
2022年3月に予定されているアメリカの政策金利の利上げは、為替レートや輸入物価、株価などの景気動向への影響は避けられず、日本の住宅ローン金利に少なからず影響すると考えるのが妥当だろう。しかしその程度は、今の時点では限定的と思われる。

日本銀行の金融政策は、2013年1月に掲げた「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率2%としている。総務省発表の2020年基準消費者物価指数(東京都区部 2022年(令和4年)3月分(中旬速報値))は、101.1で総合指数が前年比1.3%の上昇。生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数は99.8となっており前年同月比は、0.4%の下落。日本銀行が掲げる消費者物価の前年比上昇率2%にはまだ及ばない状況だ。日本銀行が金融政策を改めない限りは、住宅ローン金利が大きく上昇することは考えにくいだろう。

また、家計や企業に蓄積された豊富な金融資産も低金利を後押しする。日本銀行発表の2021年第4四半期の資金循環統計(速報値)によれば、2021年12月末時点の家計の金融資産は、2,023兆円で初めて2,000兆円を超えた。そのうち現金・預金は1,092兆円と54%に。コロナ禍前の2019年12月末時点の家計の金融資産が1,890兆円だから133兆円も増えたことになる。家計に加え法人でも、長期にわたって資金余剰が続いている。

これには、構造的な要因がある。金融資産の多くは高齢者が保有しており、老後に備えた安全性の観点から現金・預金の比率がどうしても高くなる。また、人口減少が進む中で企業の投資は国内に向きにくく結果的に内部留保が積み上がっている。こうした現金・預金は資金需給の面で、低金利を支えることにつながっている。

しかし、低金利が将来ずっと約束されているわけではない。リーマンショック時のように、ウクライナ情勢など何らかの要因で株価などの金融資産が毀損すれば金利上昇圧力が高まるかもしれない。また、日米金利差拡大による円安が大きく進めば、日本銀行の金融政策へ影響を及ぼす可能性もある。

国債の発行額は年々増えており、将来的な金利上昇リスクは高まっている。資金循環統計によれば、2021年12月末時点の海外(投資家)の日本国債保有額は、175兆円で全体の14.3%を占める。2010年3月末の日本国債保有額は46.9兆円、保有比率5.6%と比べると総額も比率も大きく上昇している。日本国債の資産としての魅力が低下し売りが増えれば金利は上昇する。その点は、認識しておくべきだろう。

日米金利差の想定以上の拡大は懸念材料 ~ 菅田修氏

<b>菅田 修</b>:(株)三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。主に、賃貸マンションの賃料予測を中心とした住宅市場全般や、各プロパティタイプの期待利回り予測等の不動産投資市場に加え、「不動産としてのデータセンター」をキーワードにニューアセットへの投資動向についても精力的に調査・分析を行っている菅田 修:(株)三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。主に、賃貸マンションの賃料予測を中心とした住宅市場全般や、各プロパティタイプの期待利回り予測等の不動産投資市場に加え、「不動産としてのデータセンター」をキーワードにニューアセットへの投資動向についても精力的に調査・分析を行っている

2021年夏に一年遅れの東京五輪が開催されてから約半年、北京で冬季五輪が開催され日本は過去最多のメダルを獲得する活躍を見せたことは記憶に新しい。国際社会がパラリンピックへと関心を向け始めている最中、足元ではロシアのウクライナ侵攻という戦禍に見舞われている。

戦禍の影響については非常にセンシティブなため、本項でのコメントは差し控えたいが、コロナ禍に伴う物流網の混乱やエネルギー価格の上昇など日本国内においてさまざまなインフレ圧力がかかっている局面に拍車をかける一因になり得る点のみ、あらかじめ指摘させていただく。

今回のテーマである米国の政策金利の利上げがもたらす日本の金利への影響については、既に織り込まれており、想定外の上昇につながりにくいと見る向きが多い。そのため、住宅ローン金利の上昇要因にはなりにくいだろう。ただし、マーケットが既に織り込んでいる事態であるからといって、リスク要因になり得ないというわけではない。日銀は可能な限り金利が上昇しないよう対応することはメインシナリオといえるが、米国の政策金利の利上げ幅や回数、日米金利差が想定以上に拡大してしまうことは懸念材料といえる。

教科書的な解釈では、日米金利差が拡大すると為替が円安に振れ、インフレ懸念が高まる。金利単独で見れば変化の兆しは乏しいといえるのだろうが、結果的に日本のインフレ傾向が強まれば、米国の政策金利の利上げ同様、日本も出口戦略を検討するタイミングを迎えるだろう。その際に重要となるのは、所得と住宅価格の動向である。

岸田政権発足後、新しい資本主義の御旗のもと、所得上昇を企業に求めている報道をよく目にする。インフレ自体が悪いことではないものの、所得の上昇が伴わないインフレは生活が厳しくなる要因となり、現状として余裕の乏しい家庭にとっては生活維持に苦慮する事態となってしまう。
また、純粋に円安に振れるということは輸入材の調達コストが上昇するということであり、住宅価格のさらなる上昇につながりかねない。

ガソリン価格の高騰が日本の出口戦略の直接的な要因となっていないように、既に高騰している住宅価格がより一層高くなる(インフレになる)ことが直接的に日本の金利上昇につながるとは考えにくいだろう。しかし、日米金利差が拡大を続け、かつインフレが国民生活に暗い陰を落とすようなことがあれば、この金利差拡大を無視できなくなり、金利差の縮小、つまりは日本の政策金利を押し上げる必要に迫られる可能性がある。
そうなると、住宅ローン金利の上昇が懸念される。もちろん、これは現状のメインシナリオではないものの、物価、日米金利差、所得などのバランスに注目して見ておく必要がある局面を迎えている。

価格と購入マインドへの影響を懸念。変化に即した対応が求められる局面に ~ 吉田資氏

<b>吉田 資</b>:ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員。三井住友トラスト基礎研究所を経て、2018年よりニッセイ基礎研究所で調査・研究業務に従事。専門分野は、不動産市場、投資分析など吉田 資:ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員。三井住友トラスト基礎研究所を経て、2018年よりニッセイ基礎研究所で調査・研究業務に従事。専門分野は、不動産市場、投資分析など

新型コロナウイルス感染拡大後、国内経済は一進一退の動きとなっている一方、住宅価格は上昇し続けている。不動産経済研究所によれば、2021年の首都圏の分譲マンション平均価格は6,260万円となり、平成バブル期のピーク時(1990年=6,123万円)を上回り、過去最高水準を更新した。

住宅価格が高止まりしている要因の1つとして、建築コストの高騰が挙げられる。
建設資材価格は、アメリカの住宅建設需要増等に影響され、世界的に建設資材の需給が逼迫したことに伴い、高騰している。建設物価調査会「建設資材価格指数」によれば、「全国(建築・土木総合)」の指数(2022年2月)は、前年比+23%の上昇となった。

また、国土交通省「建設労働需給調査」によれば、建設業の労働需給を示す「建設技能労働者過不足率」は、「プラス」(人手不足)で推移し続けている。建設業就業者は、1997年をピークに減少しており、ピーク時の7割程度の水準となった。
一方、建設業就業者のうち、若年層(30歳未満)の占める割合は12%にとどまり(全産業平均は17%)、建築業は、他の産業と比較して若年層が少なく高齢化が進んでいる。建設業ではこうした構造的な人手不足の状況が継続している。

このように建設資材の価格高騰や、構造的な人手不足の影響を受け、建築コストは上昇傾向で推移している。
過去の米国金利利上げの際、為替にはドル高円安の傾向が見られた。仮に、今後の米国金利利上げにより円安傾向が進んだ場合、輸入に頼る部分も多い建設資材の価格はさらに上昇する懸念がある。燃料費の上昇に相まって、建築コストの高騰は継続し、住宅価格の押し上げ要因になると見込まれる。

ところで、国土交通省「住宅市場動向調査」によれば、分譲住宅購入における自己資金比率(三大都市圏)は、2015年度の35.1%から2020年度の29.7%に低下している。
住宅価格が高騰する中、これまでの低金利を背景に、多額のローンを借り入れて、住宅を購入するケースは増えている。「民間金融機関借入金の金利タイプ」については、「変動金利」との回答が76.8%を占めた。「変動金利」は「短期プライムレート」に連動し、「短期プライムレート」は日本銀行の政策金利により決まる。そのため、米国金利利上げの影響を受けて、「変動金利」が短期的に大幅に上昇する懸念は小さいだろう。ただし、2022年2月に新発10年物国債利回りが6年ぶりに心理的な節目となる0.2%台に上昇するなど、変調の兆しも見られる。

野村不動産ソリューションズの調査によれば、住宅が今買い時かどうかを判断する材料として、住宅ローンの水準を挙げる人は多い。住宅ローンの先行きが不透明になる中、購入マインドの低下が懸念され、デベロッパーは変化に即した販売戦略の策定が求められるだろう。また、住宅購入希望者は、今まで以上に、住宅ローンの選択を含めた資金計画を入念に検討した上で、購入を判断する必要性が増していると思われる。

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