専門家の評論では削られがちなもの。それは建築家の“愛”

振り返ってみると、名作といわれる住宅をずいぶん見てきた。実際に訪れると、どれも素晴らしい。期待を裏切らない。しかし、建築家や研究者が褒めていたポイントとは違うところで心を動かされている自分に気づく。

専門家が「建築史」の視点で書く評論文では削られがちなものがある。それは、建築家がその家に込めた“愛”だ。それに触れずに書かれた評論は、建築家が住み手の生活をまるで考えていないかのような印象を与える。本連載では、「建築史上のポイント」と「建築家の愛」の両面から名住宅を解剖していきたい。

近代化(明治)以降の国内の住宅を概ね古い順に紹介していく。が、初回は“世界の座標軸”として、フランスの「サヴォア邸」を取り上げたい。

サヴォア邸の玄関側(北側)外観(写真:宮沢洋)サヴォア邸の玄関側(北側)外観(写真:宮沢洋)

サヴォア邸の定番フレーズは「近代建築五原則の実現」

モダニズム建築をけん引したフランスの建築家、ル・コルビュジエ(1887~1965年)の設計により1931年、パリ郊外のポワシーに完成した。完成した1931年は、日本でいうと昭和6年だ。この住宅を、「20世紀の最高傑作」と言う人も多い。100年近く前にできた家を褒めすぎでは?と思うかもしれないが、行ってみると、確かにそう言われるのが分かる。

専門家がこの住宅を取り上げるときのお決まりのフレーズはこれだ。「コルビュジエが提唱した『近代建築五原則』を理想的な形で実現している」──。

確かに「近代建築五原則」を分かりやすく実現しているけれど…(イラスト:宮沢洋)確かに「近代建築五原則」を分かりやすく実現しているけれど…(イラスト:宮沢洋)

近代建築五原則というのは「ピロティ」「自由な平面」「自由な立面」「水平連続窓」「屋上庭園」の5つを指す。コルビュジエが五原則を提唱したのは1927年。実際には、1926年の「クック邸」で初めて実現したとされる。それなのに、なぜサヴォア邸が有名かというと、クック邸は両隣の家に挟まれており、5つの要素が分かりづらい。対して、サヴォア邸は広い敷地に独立して立ち、5要素が認識しやすい。

依頼主はサヴォア夫妻。夫のピエール・サヴォワはフランス人で、保険会社の経営者。保守派が多かった当時のフランスでは珍しく、現代的な感覚の人だった。夫妻がコルビュジエに送った注文書にはこう書かれていたという。「美しい敷地、豊かな森、草地のただ中に何にも邪魔されることなく建つオブジェ」──。コルビュジエは何にも邪魔されることなく五原則を実践できたわけだ。

2階から3階に連続する屋上庭園は傑作!

しかし、実際に訪れて心を動かされるのは、「五原則すべてが実践されているから」ではない。そんなことは知らずとも感動する。

五原則の中でいうと、「屋上庭園」の素晴らしさが突出している。図面をぼーっと見ていると見過ごしてしまうのだが、屋上庭園はいわゆる屋上(地上3階レベル)だけでなく、2階にもある。居室によってコの字に囲まれた中庭状のテラスだ。このテラスが実に気持ちがよいのだ。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

南側のラウンジと大判のガラスで仕切られ、内と外が一体化して見える。東側を見ると、横長の開口(ガラスなし)によって、外の緑が帯のように切りとられ、室内へと続く。西側にはゆったり折り返すスロープがあり、3階屋上へ導く。テラスを異なる方向、高さから楽しむ仕掛けだ。ここだけで何時間でも見ていられる。

(イラスト:宮沢洋)3階に上る屋外スロープから2階のテラスを見下ろす(写真:宮沢洋)

サヴォア夫妻や使用人の生活を考えた間取りや換気窓

間取りは、「自由な平面」という言葉から想像するほど前衛的なものではない。水平連続窓を強調したいならば、大きな部屋をドーンと設ければよいところだが、室内は意外に小さな部屋に分かれている。子ども部屋もあれば、客間もあるし、使用人の部屋も複数ある。それぞれに収納スペースもある。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

1階にある運転手の部屋の位置も意外だった。1階は「ピロティ」がコンセプトなので、大半が中心部に寄っている。だが、運転手の部屋は2階の南側壁面とそろっている。だから南側の外観は宙に浮いたように見えない。これは、その部屋の快適性を重視したからだろう。

前衛的といえば、2階の真ん中に浴室があること。隣の主寝室とはカーテンで仕切られているだけ。トップライトから光が入り、気持ちはいいが、「これは室内が湿気るだろうな」と心配になる。そう思ってトップライトを見上げると、上から鎖が垂れ下がっていて、開閉式の小窓につながっていた。浴室以外のトップライトにも、換気用の小窓がついている。気が利くな、コルビュジエ(雨仕舞は悪そうだけど…)。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

名前は知られていても、実作では苦労人だったコルビュジエ

先進的な発言で若き日から注目されていたコルビュジエだが、実は苦労人だ。この住宅以前には、高層ビルが建ち並ぶ都市提案などで保守的なフランス人から猛批判を浴びていた。サヴォア夫妻から設計依頼があった時点で40歳過ぎ。「オブジェ」という要望ではあっても、「彼には頼まない方がいい」と噂が立つような実験住宅をつくるわけにはいかなかった。自分にすべてを任せてくれた夫妻のために、純粋に心地よい家を設計したのだろう。

完成時、コルビュジエ44歳。屋上の圧倒的な開放感と、意外に細やかな配慮が心を打つ名住宅である。

リビングからテラスを見る。正面の大判ガラスが開閉することにもびっくり(写真:宮沢洋)リビングからテラスを見る。正面の大判ガラスが開閉することにもびっくり(写真:宮沢洋)

■概要データ
サヴォア邸(Villa Savoye)
所在地:フランス・ポワシー(82,rue de Villiers,78300,Poissy)
設計:ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ
階数:地下1階・地上2階
構造:鉄筋コンクリート造
延べ面積:約500m2
竣工:1931年

■参考文献
大成建設ギャルリー・タイセイWEBサイト https://www.galerie-taisei.jp/
メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンドWEBサイト
https://www.mmm-ginza.org/museum/serialize/backnumber/1101/museum.html

公開日: