松江市が独自で制定する「松江市登録歴史的建造物」制度
出雲大社を代表とする古代文化の郷である「出雲」、鉱山の世界遺跡・石見銀山のある「石見」、希少な動植物や鉱物資源が豊富な日本海に囲まれた離島「隠岐」......。島根県は大きく3つの地域から成り立っている。遺跡群や出雲神話にちなんだ伝統的な祭礼など、特色のある文化財が残されているのも、その場所を訪れる魅力のひとつだろう。
松江市は、この出雲地域に含まれている。現存する天守のうちで唯一の正統天守とも言われる松江城や、宮島の管絃祭、大阪天満の天神祭と並び日本三大船神事のひとつである伝統行事「ホーランエンヤ」など、神秘的な雰囲気を感じさせる他県にはない魅力的な祭事がある。
「松江市には古代出雲の繁栄を物語る豊富な遺跡群や、神々を祀る神社があり、出雲神話に因んだ祭礼が伝統的に行われています。これらの文化財は、まちづくりを進めていく上でも重要な地域資源です。伝統産業、食文化や古くからの伝承など文化財をとりまく周辺環境も、すべて守るべき文化財の一部だと私たちは考えています」と島根県松江市 文化スポーツ部 文化財課 歴史まちづくり係の作野達彦さんは話す。
近年過疎化と少子高齢化が進み、文化財の担い手や後継者不足が際立っている。空き家や老朽化による取り壊しへの対策のひとつとして、松江市では独自の制度として、2016年7月に歴史的建造物の登録制度を設けた。
「まちにとって重要な建物を松江市独自で指定して、修繕補助を行うというものです。『松江市登録歴史的建造物』に登録されると松江市と所有者で10年間の保全契約が結ばれます。契約期間中には、外観保全及び耐力上必要な主要構造部(柱・梁・基礎等)に関する修繕や改修にかかる工事費の一部が助成されます。現在松江市登録歴史的建造物の数は、松江市内で17軒。文化財に指定されているものも含めて、これらの貴重な歴史的建造物を保全継承し、歴史的なまちづくりに活かしていくためにどう活用していけばいいかを考えています」と作野さん。
登録歴史的建造物を公開しながら、地域の魅力に触れるイベント「美保関セキノイチ」
神社仏閣など歴史的価値の高い建造物やその周辺市街地では、季節の節目節目で神話にちなんだ祭礼が伝統的に行われ、地域固有の情緒やたたずまいを醸成している。これは「歴史的風致」と定義されている。松江市では、この歴史的風致のある環境を後世に継承するために、建造物の保存・活用や伝統工芸の継承・育成に向けた取組みを進めようとする、「松江市歴史的風致維持向上計画(松江市歴史まちづくり計画)」が策定されている。
重点区域とされているエリアは、5つ。近世松江の風情を醸し出す松江城を中心とした「旧城下町エリア」、国譲り神話に因んだ祭礼やみなと文化の残る「美保関エリア」、出雲国分寺跡国府跡のある「国府跡周辺エリア」、近世山陰道沿線に形成された宿場町の様子を残す「宍道エリア」、佐陀神能を取り巻く良好な環境がある「鹿島エリア」だ。
この「美保関エリア」で、2023年6月10日〜11日に、歴史的建造物の一斉公開イベント「美保関セキノイチ」が開催された。松江市の東端に位置する美保関は、歴史的建造物が集積するまち。大正・明治には北前船が停泊するための船宿が連なる宿場町としての歴史があり、えびすさんの総本社「美保神社(重要文化財)」の門前町であることでもよく知られている。
行政、地域、神社など、多数の関係者と共につくりあげた
「今回のような登録歴史的建造物の一斉公開イベントは、2回目です。初回は2021年3月20日に、重点区域エリアである『旧城下町エリア』で行いました。建築家による歴史的建造物をめぐるまちあるきと、登録歴史的建造物のひとつを開放した飲食と物販のマーケット『久の家BASE - 一日限りの隠れ家-』という2本立てでした。コロナ禍にもかかわらず、想定以上に賑わったこともあり、イベントへの手応えがありました」と作野さん。
今回は、前夜祭と本祭に分かれた2日間の開催。前回同様に、歴史的建造物をめぐるまちあるきと登録歴史的建造物内で飲食と物販のマーケットが楽しめる「美保関BASE」が企画された。さらに、海運で栄えた美保関を象徴する美保関灯台の限定公開、青石畳通りのライトアップや伝統的な神事「諸手船神事」で行われるホーライエッチャ踊りなど、登録歴史的建造物だけでなく、そのまちで営まれてきた文化や地域資源にも触れることができる機会となった。
松江市文化財課、美保関観光協会美保関支所、地域の方、美保神社など、役割の異なる面々が関わり合いながらつくりあげたというのは大きな特徴だろう。目指したのは、普段訪れる機会のない方にも、地域そのものが生み出す魅力を体験してもらえる2日間にすることだ。
企画準備は、2023年2月にスタート。2週間に1度ほどのミーティングを経てきたという。「関わる方それぞれに異なる想いがあり、関わる人が多い分、どう実現させるか、誰が主導するかに試行錯誤しました。地元を含め、松江市内の出店者を中心に出店企画をするセキノイチエリアと外部の出店者が行う美保関BASEエリアは、それぞれ担当者を分けました。地域の方とも何度もミーティングを重ねる中で、お互いの「やりたいこと」を共有し、協働してすすめていくことができました。イベント全体をまとめすぎずに、それぞれが得意のテリトリーでできることをしていくことが、同時多発的に催しが重なり合う、今回のイベントらしさにつながったのではないかと考えています」と作野さん。
一棟宿を利用したマーケット「美保関BASE」で、体験する
まちあるき企画以外で歴史的建造物が開かれたのが、「美保関BASE」だ。飲食と物販のマーケットは、地元で創業300年を迎える旅館「福間館」が運営する宿泊体験施設を利用して行われた。橋津屋、へるんの小窓、福間館離れ、濱延舎という4棟は、船宿を改修した古民家一棟貸しの宿。これらは、美保関に根ざして旅館業を営んできた福間館の代表取締役が、まちの風致を守るために、空き家になった旅館を一棟ずつ時間をかけて買い増していった建物だ。
「まちに一時滞在していただくための宿です。今回のようにリフレッシュのための宿泊利用や週末の間借り店舗として活用いただければと考えています。神社とまちの人が密接に暮らし、これだけ昔の面影が残ったまちは少ないと思います。このまちに魅力を感じてもらい、気に入った人が滞在するためのひとつの拠点になれば嬉しい」と福間旅館 専務取締役の福間治さんは話す。
20の出店者は島根県内からだけでなく東京からも集まった。施設は、カレー、スイーツ、書店、古道具店、ギャラリー展示など幅広いジャンルに活用され、出店者も普段ゆっくり滞在することのない美保関の風景と商売を通した人との交流を楽しんでいた。
「自分たちだけの発想でやるとうまく次につながらないので、多くの人の知恵を借りて、思いもよらない場づかいの発想を受け入れていきたいです。僕たちは建物の提供をしているだけ。実際に歴史のある建物の空間を使い、それをいいなと思う方が増えてほしいですし、その状況に対峙した地元の方にも自分たちのまちのポテンシャルを再発見してもらえる機会になれば嬉しいです」と福間さん。
地元の人の再発見も促す地域づくりにつながる
イベントのスタッフは松江市内在住者が多く、話を聞いてみると、美保神社や美保関灯台などスポットを回るだけでなく、まちに長く滞在することで好印象を持ったというコメントが多かった。スタッフがまずこのまちのファンになったに違いない。身近な同志を増やしていくことも重要になりそうだ。
松江市のすすめる歴史まちづくり計画は、2029年まで実施される。先述した5つの重点区域を中心に文化財の整備・補修事業、歴史調査研究事業、伝統美観保存区域への補助金付与などを行っていく。
「美保関セキノイチは、良好な歴史的風致を維持して向上するための活動の一つでした。今後もこのように、一般の方に歴史的な建物との接点をつくり、まちの歴史を感じてもらう企画を続けていきたいです。そして歴史的な建物が地域づくりの核として活用される事例を一つひとつ作っていきたいです」と作野さん。
建物はまちを構成するひとつの要素だ。歴史や伝統的な祭礼が、“その地域らしさ”を残している。まちの文化維持は、地域住民の意欲と協力がなければ成し得ないだろう。周りから関心を寄せることばかりではなく、双方向に地域の魅力を再発見しあう機会を増やすことが、その土地らしい地域づくりにつながるのかもしれない。



















