二宮金次郎の教えを現代に生かす
皆さんは二宮金次郎こと二宮尊徳翁は、何をした人かご存じだろうか。二宮尊徳翁は江戸時代後期の農政家・思想家である。
二宮金次郎といえば、薪を担ぎながら時間を惜しんで勉学に励んだ人というイメージが強いのだが、比較的裕福な農家に生まれ、幼い頃は教育にも恵まれた環境で育ったそうだ。しかし川の氾濫で家の田畑が荒廃し家は没落。過労により両親は亡くなり、兄弟はばらばらに親戚の家に預けられた。若くして働くことになった金次郎だったが、労働しながらもわずかな時間も無駄にせず勉強に励んだ。地道な努力を重ね、金次郎は田畑を少しずつ買い戻し、24歳までに一家を再興したという。
大人になった尊徳翁は、自分の体験をもとに、諸藩ならびにおよそ600以上もの村を復興。生涯を世の中のためにささげ、多くの農村や藩を貧困から救ったのだ。
こうした二宮尊徳翁の思想や方法論は、「報徳」と呼ばれて後世に受け継がれた。報徳とは、人やモノそのものに備わっている長所や取り柄、価値や可能性などを”徳”として、その徳をうまく使って社会に役立てお返しをすることをいい、経済と道徳の融和を訴え、私利私欲に走るのではなく社会に貢献すれば、いずれ自らに還元されると説いたものを「報徳思想」という。この報徳思想を実践するのが「報徳仕法」だ。
この考え方には、渋沢栄一や松下幸之助、豊田佐吉など、多くの実業家や経営者が感銘を受けている。
二宮尊徳翁の教えをもとに神社が行うまちづくり
二宮尊徳翁生誕の地、神奈川県小田原市。
東海道新幹線の停車駅でもある小田原駅から徒歩約10分の場所に位置するのが、小田原市のシンボルとも言える「小田原城」だ。そんな小田原城内に鎮座するのが、二宮尊徳翁をご祭神として祀る『報徳二宮神社』である。
同神社は以前より、二宮尊徳翁の報徳思想・報徳仕法をお手本に、まちづくり推譲事業を行っている。
2010年から実践しているのが「小田原柑橘倶楽部」。地元の農家と商工事業者をつなげ、小田原で採れる柑橘類を地域内で6次産業化する取組みで、人・もの・お金を地域に循環させる持続可能なまちづくりを目指し活動しているという。
そしてまちづくり推譲事業の第2弾が、今回取材した観光活性化と地域コニュニティの拠点となる「箱根口ガレージ」だ。
なぜ神社がまちづくり事業を行うのか、どんな思いで運営しているのかなど、報徳二宮神社 宮司の草山明久さんにお話を聞いた。
3世代が集う地域コミュニティ拠点「箱根口ガレージ」
小田原市もほかの地方都市同様、人口減少や少子高齢化が加速している。これからの時代を生きていくためには、この課題に向き合っていくことは必要不可欠だが、ただ交流人口を増やせばいいというわけではないという。
「人間関係が希薄化していると感じる現代において、地域コミュニティの形成も重要です。尊徳翁は『荒地は荒地の力で』つまり”地域の資源を生かしてこそ地域を立て直せる”と説いています。かつて尊徳翁が実践した報徳的な精神を基盤に、今こそ分度を引き直し、みんなで助け合いながら心豊かな社会づくりができたら……。物質的には豊かになったかもしれませんが、何をもって幸せかという価値観を、今一度考える時がきているのではないでしょうか」と草山さんは話す。
そんな思いから誕生したのが「箱根口ガレージ」だ。
同施設にはカフェやパティスリー、お花屋さんが入っているのだが、よくある複合施設とは少し違った特徴を持つ。施設内の営利活動は、原則夕方までとし、それ以降は、地域の交流の場としてスペースを提供しているという。
「昔はひとつ屋根の下で3世代が暮らすのが当たり前で、日常生活を送りながら知らず知らずのうちに教わることも多かったと思います。核家族が増えた今、学校だけでは学びきれない知恵や文化、暮らしのしきたりを伝承することがなかなか難しくなっている。各家庭ではできなくても、地域で育んでいけたらいいのではないかと思うんです。夕方以降の時間は、子どもも大人もシニアの方も、誰もがここへ来たい時に来て、みんなで時間を共有する楽しさを味わってほしいですね」と草山さん。
カフェは夜になると「地域食堂」となる。現在はコロナ禍の影響で月に2~3回ほどの実施となっているが、今後は開催日時も増やしていく予定だという。
同施設の地域食堂は、無償で食事を提供するいわゆる”子ども食堂”とは異なり、子どもたちの情操教育や自立を促すことが目的のため、食事は廉価だが有償で提供。利用は会員制で、近隣住民であれば、子どもに限らず誰でも利用できる。
「夕方になるとさまざまな世代の方たちがここに集まり、宿題をしたり遊んだりお喋りをしたり、思い思いに過ごします。その後みんなでいただきますをして、みんなで片付ける。特に子どもたちには、みんなで過ごす時間の楽しさや、みんなで食べることの美味しさを感じてほしいですね。そうしたなかでこの土地ならではの旬や文化、地産地消などの大切さも学んでほしいと思っています」と草山さんは語る。
子どもの孤食は心身発達にかかわる重要な問題だからこそ、3世代が集い交流する「箱根口ガレージ」は、子どもの未来、ひいては地域の未来の大きな力になるだろう。
多角的に地域に関わるコミュニティ拠点に
箱根口ガレージでの取組みは地域食堂だけではない。カフェの奥にあるのは「ランドリースペース」だ。洗濯機と乾燥機が設置されていて、会員であれば無料で自由に利用できるという。
「洗濯や乾燥をしている待ち時間は、カフェで読書をしたりお子さんと路面電車で遊んだりできたら、家事も少し楽しくなりますよね」と草山さん。地域密着だからこそできるうれしいサービスだ。
「ゆくゆくは畑で何かを育てたり、焚き火をして焼いもを焼いたりするのも面白いですよね。ひとりでは大変だけれど、みんなでやればできることも多いということを、この場所で知ってほしいですし、どんどん活用していただきたいです」。
アイデア次第でいろいろなことができそうだ。今後の箱根口ガレージの発展が楽しみである。
子どものころから楽しく商いについて学ぶ「こども経済教室」
かつて小田原を走っていた路面電車は、その後長崎で運行。現役を引退し廃車となろうとしていた車両が多くの人たちの尽力により里帰りした。現在は自由に見学することが可能で、電車の中でこども経済教室が行われることもあるという報徳二宮神社まちづくり推譲事業は、人・もの・お金が地域に循環する持続的発展が可能な社会を目指している。
神社に併設された報徳会館では、以前より小学生を対象とした「こども経済教室」を行っているのだが、定期的に箱根口ガレージでも開催しているそうだ。
こども経済教室では、どうやったらお金が稼げるのか、そのお金をどう使いどう生かすかを学ぶという。商いについて学ぶことで、自分の生まれ育った小田原に愛着を持ち、地元で働きたいと考える人が増えるかもしれないという意図もあるという。
草山さんはこう話す。「報徳二宮神社まちづくり推譲事業は、二宮尊徳翁が江戸時代に実践した報徳思想・報徳仕法に則り、この小田原で今まで以上に人・もの・お金が循環し、持続的発展を遂げられるよう次世代に継承していきたいと考え行うものです。経済的なものと道徳的なものを両立しながら街づくりをする、それは今後の社会においてさらに必要となるでしょう。ただ楽しくやらないと意味がない。『箱根口ガレージ』では、ひとつひとつじっくりと行い、育て、広げていきたいと思っています」。
そしてこう続ける。「もともと神社はいろいろな人が集まる地域のコミュニティのような場所です。神社のように箱根口ガレージもみんなの心の拠り所となる場所へと発展していきたいですね。もちろん観光客の方にもこのエリアの素晴らしさを知ってほしい。観光活性化と3世代が集う地域コミュニティの形成を目指すSDGs推進事業として、報徳の精神を根底にしながら心豊かなまちづくりの一助となれればと思います」。
全国の小学校に二宮金次郎像が設置されているのは、勤勉の象徴ということだけではないのかもしれないと、草山さんの話を聞きながら筆者は思った。草山さんがおっしゃった「何をもって幸せかという価値観」を、地域の人たちは箱根口ガレージで考えることができるのではないだろうか。
取材協力:箱根口ガレージ 報徳広場
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