アカデミー賞のフランス人監督がリメイクして再び話題になった「カメラを止めるな」
アカデミー賞監督であるフランスのミシェル・アザナヴィシウス監督が日本の『カメラを止めるな!』(上田慎一郎監督)をリメイクした『キャメラを止めるな!』が、2022年7月15日から公開中だ。アザナヴィシウス監督、この映画に目をつけるとはなかなかいいセンスをしている。今回は、海外リメイクによって再び話題になっている本家『カメラを止めるな!』(以下、カメ止め)を取り上げる。
建築や住宅、それを設計する建築家は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。
カメ止めは、劇場長編初監督となる上田慎一郎監督(1984年生まれ)が、オーディションで選んだほぼ無名の役者たちとつくり上げたインディーズ映画だ。2018年に都内2館の公開からスタートし、映画祭の評判やSNSによる口コミでその面白さが拡散し、全国47都道府県に上映が拡大。興行収入30億円を超える大ヒットを記録した。
この映画、脚本が実によくできている。異常に長い「ワンカット撮影」という演出も斬新だ。しかし私はヒットを支えた要因として、ただならぬ「ロケ地愛」=「建築愛」を指摘したいのである。
水戸市の旧芦山浄水場の建築的魅力を余すところなく見せる
この原稿を書くにあたって、改めて映画を見返してみた。思っていたとおり、監督役の濱津隆之よりも、 ヒロインの秋山ゆずきよりも、映っている時間は舞台の「廃墟」が圧倒的に長い。
この廃墟はセットではなく、実在する。茨城県水戸市渡里町にある「旧芦山(あしやま)浄水場」だ。水戸市最初の浄水場として、1932年(昭和7年)に完成した。60年間現役で使われたが、約20年前の1993年に廃止された。
単に「映っている時間が長い」から取り上げたわけではない。
この映画、初めて見る人のために「ネタバレを書かない」ことがファンの間で暗黙のルールとなっている。なので、私も詳しいストリーリーは書かない。大きくは、廃墟を舞台とする“ゾンビもの”のコメディー映画だとだけ言っておく。
物語は浄水場の大きな吹き抜け空間から始まる。送水ポンプの機械室のようだ。中央から両側に開くように長い階段があり、天井の中心付近からは光が差して、実に絵になる。階段を上がると、屋外の雑木林に出る扉があり、この空間が地下に1層分掘り込んだ地下1階・地上2階の巨大な吹き抜けだということが分かる。
ゾンビが扉から建物内に侵入しようとする。ヒロインらは吹き抜けの1階レベルからL字につながるもう1つのポンプ機械室(仮に機械室Bとする)に逃げる。機械室Bは2層吹き抜けだ。機械室Aより天井は低いが、やはり天井の中心から光が入り、美しい。
徐々に数が増えるゾンビたちを振り払いながら、屋外に逃げる。緑の中に立つベージュ色の建物の上部には、丸窓がリズミカルに並ぶ。外に出てからも、立体的に架かる屋外階段を駆け上がったり、地下の浄水池と思われる地下道に逃げ込んだり……と、前半約30分だけで、浄水場の“建築的見どころ”をこれでもかと映す。
映画を見て、頭の中で描いた間取り図がほぼ正解
この映画を見るのは2回目なので、前半を見ながら、頭の中で建物の間取り図を描いてみた。映画の中盤で、ホワイトボードに貼った建物の間取り図がちらっと映る。私が頭の中で想像していたものと、ほぼ同じだった。資料を見ずにロケ地の間取り図が描ける映画を私はほかに知らない。
この映画は制作予算が300万円だったという。無名とはいえ十数人の役者が出演している。それだけで予算を使い切りそうだ。舞台の廃墟はゲリラ的に撮影を強硬したのか? いや、そうではない。
“カメ止め”のロケ地は「フィルムコミッション」に登録した“水戸市公認の廃墟”
芦山浄水場は1993年に廃止となったが、「みとフィルムコミッション」に登録し、映画のロケ地として使われている。いわば、“水戸市公認の廃墟”なのである。WEBサイトに料金は載っていないが、たぶんかなりリーズナブルなのだろう。
監督はインタビューでこんなことを語っている。「キャストはオーディションで選んだ12人。経験も少ないし、技術面も完璧じゃない人ばかり。だったら演技と本来の自分との境目をなくしてしまえと思って、彼らの個性そのものをあてがきにして脚本を書きました」(※朝日新聞「&M」2018年7月28日)。
「あてがき」というのは、演じる俳優が決まってから脚本を書く・書き直すことをいう。俳優の個性に合わせて脚本を書き直す監督ならば、当然、この浄水場を見てからそれを最大限に生かすべく脚本を書き直しているだろう。そうやって建物に感動しては書き直すうちに、芦山浄水場は「13人目のキャスト」を超え、「主役」の座に躍り出たのだ。
私がそんなふうに想像するのは、越屋根(こしやね)を重要な場面で複数回使っているからだ。「越屋根」というのは、屋根の頂部に採光や換気のために設けた「小さな屋根」だ。ネタバレは書かないと言っておいてなんだが、屋上の越屋根は、映画のクライマックスでも使われる。こんな脚本は、現地を見なければ絶対に書けない。
フランスのリメイク版『キャメ止め』はいかに?
ところで、フランスで一流のスタッフや俳優によってリメイクされ、今年のカンヌ国際映画祭のオープニングを飾ったという『キャメラを止めるな!』の方はどうなのか。
キャメ止めの監督は、2011年に『アーティスト』でアカデミー賞を受賞したミシェル・アザナヴィシウス。演じるのはロマン・デュリスやベレニス・ベジョといったフランスの実力派俳優たちだ。
海外のリメイク版というと、原作の断片しか残っていないものも少なくないが、本作は原作に忠実でびっくりした。アザナヴィシウス監督の上田監督に対するリスペクトがひしひしと伝わってきた。
舞台は、浄水場ではない。雑木林の中にあるショッピングセンターの廃墟のようだ。それでも、原作のシーンのほとんどが再現されており、よくこんなロケ地を探したなと感心した。
演出や脚本の良し悪しは、専門家でない私が語る立場にはない。だが、「建築愛」では日本のカメ止めが勝っていると断言する。フランスのキャメ止めは、「低予算風」に面白くできてはいるが、あれだけのキャストを揃えた時点で本当の意味での低予算ではない。「ロケ地料金の元を取ろう」というガツガツさに欠けるように感じた。見比べることで改めてわかるカメ止めのすごさ。
私がひとつ懸念しているのは、カメ止めで旧芦山浄水場が有名になり過ぎて、今後、他の日本映画で使われなくなるのではないかということである。カメ止めを見た人は、旧芦山浄水場が映ったらすぐに「あそこだ!」と思うだろう。
しかし、繰り返しているように旧芦山浄水場は「主役」級の存在だ。
「主役級の役者」にさまざまな役柄を演じさせるのが監督や制作陣の腕の見せどころであるように、若い映画制作陣には旧芦山浄水場を違うシチュエーションでどんどん使ってほしい。そして、いつか「若手監督の登竜門」といわれるようなロケ地になったらいいなと、カメ止めファンであり建築ファンである私は思うのである。
■■カメラを止めるな!
海外タイトル:ONE CUT OF THE DEAD
劇場公開:2018年6月
監督・脚本・編集:上田慎一郎
キャスト:濱津隆之、真魚、しゅはまはるみ、長屋和彰、細井学、市原洋、山﨑俊太郎、大沢真一郎、竹原芳子、浅森咲希奈、吉田美紀、合田純奈、秋山ゆずき
製作:ENBUゼミナール
96分/日本
公開日:




