地域おこし協力隊で過ごした3年間。リアルな暮らしと卒業後の道とは?

地域おこし協力隊で過ごした3年間。リアルな暮らしと卒業後の道とは?

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「地域おこし協力隊」という言葉を聞いたことはありますか?
私は埼玉県から三重県鳥羽市の答志島(とうしじま)に移住し、地域おこし協力隊として3年間活動しました。

今回は、地方移住を考えている人や、地域おこし協力隊に興味がある人に向けて、

・地域おこし協力隊とは?
・実際にどんな活動をしていたの?
・地域おこし協力隊になるメリットは?

など、実際のエピソードを交えながら地域おこし協力隊での毎日について紹介します。

地域おこし協力隊とは?

地域おこし協力隊とは、地方活性化のための政策の一つで、都市部から人口減少の著しい地域への移住を支援する制度や、それによって移住した人たちのことを指します。予算や全体の枠決めは総務省によるものですが、実際はそれぞれの地方自治体が地域おこし協力隊を募集し、採用します。

晴れて地域おこし協力隊となった人は実際にその地域に住み、地域の課題解決のための活動をしながら、最長3年の任期後の定住を目指していきます。その地域によって活動内容は異なるので、農家で働く人もいれば、観光協会で町のPRをしたり伝統産業の次世代の担い手として修業をしたり、特産品の六次産業化に携わったりとさまざまです。

通常の「移住」との違い

普通の移住と違うのは、最初から仕事があること。ハローワークに通ったり、仕事がないか聞きまわったりする必要がありません。 次に、多くのケースで住む場所も確保されていること。住む場所は、地域おこし協力隊と契約する市町村が用意し、家賃も支払うことになっている場合が多いです。

そして、市町村が身元を保証してくれること。地方では、知らない人が急に引越してくると不審がられてしまうこともありますが、役場が連れてきた人だとわかればそれほど警戒はされません。

私が地域おこし協力隊に応募したきっかけ

私が地方に移住しようと決めたときは、埼玉から東京の職場に毎日通勤していた頃でした。当時の生活に不満はありませんでしたが、一方で「田舎に住んだらもっと人との関わりが濃密な人生を送れるんじゃないか」という思いもありました。次第にインターネットで移住に関する記事を読んだり、移住セミナーに参加したりするように。
調べていくうちに見つけたのが、「地域おこし協力隊」です。当時ほとんど貯金がなかった私にとって、移住と同時に仕事と住む場所も用意されている地域おこし協力隊は魅力的な制度でした。

埼玉県で生まれ育った私は、海への強いあこがれを抱いていたので、「海があって温暖な地域」という理由から三重県鳥羽市の答志島を見つけました。

それまで名前も聞いたことがなかったその島。一度行ってみると、美しい海に囲まれ、人々が助け合って生活し、昔からの文化や風習が残る、とてもすてきな場所でした。この島に私が求める生活があるはずだ、と感じたのを覚えています。

地域おこし協力隊のリアル

地域おこし協力隊としての毎日

地域おこし協力隊には、それぞれに与えられたミッションがあります。私の場合は「離島の魅力発信」と「答志島の交流人口の増加」でした。答志島の魅力の発信のために、着任して1ヶ月半でブログを始めました。主なトピックは島での年中行事です。

たとえばお盆の間に生歌で行われる盆踊りや、神祭(じんさい)という祭りでの神事の墨の奪い合いなど、行事があれば必ず見に行き、島の人たちに話を聞いて、ブログに書きました。

島のお祭りを見学していたら顔に墨を塗られたところです
島のお祭りを見学していたら顔に墨を塗られたところです

どの行事にも必ず私の姿があるので、島の人たちも「来週○○があるの知ってる?」と教えてくれるようになり、逆に「あの行事っていつだったっけ?」と島の人から私が聞かれるまでに。

また、行事のことだけでなく、島の暮らしや文化なども移住者の視点で紹介しました。島の人もブログを読んでくれているのですが、「こんなところが変だと思う!」「島の人にとっては当たり前みたいだけど、私は感動しました」というような記事を書くと、それが新鮮なようで好評でした。

毎日島の中をあちこち歩き回って写真を撮ったり会話をしたり、ブログのネタを見つけるのが楽しいだけでなく、何よりも島の人たちと打ち解けられたことがうれしかったです。

特に嬉しかったのは、答志島出身で今は島外に住む人たちが、私のブログを読んで懐かしがってくれることでした。「答志島のためにありがとう」とコメントをもらうこともあり、とてもやりがいを感じました。

島女子会を開催

イベント・島女子会で島内を案内しているところ
イベント・島女子会で島内を案内しているところ

ブログでの情報発信以外にも、東京や大阪のイベントで答志島のPRを実施。島外でのイベントの多くは、移住関係のものでした。最近はいきなり移住というよりも、その地域のファンや、定期的に遊びに来て地域との関りを持つ人などを増やす、ということから取り組む地域が多くあります。私のもう一つのミッションである、「関係人口の増加」がこれにあたります。

関係人口の増加のために取り組んだ中で特に思い入れの強いものが、島の女性と島外の女性が交流する「島女子会」というイベントの開催でした。東京や大阪などの都市圏から答志島に興味を持つ参加者の女性に、1泊2日で答志島に遊びに来てもらい、島の女性自ら島の暮らしを紹介するというものです。

家業や育児に忙しい島の女性たちとスケジュールを調整したり準備をしたりするのは大変な部分もありました。ですが当日は、島在住の女性たちと一緒にする郷土料理体験や町歩きを通して、参加者の方に島の生活をリアルに感じてもらえました。

中には島の女性と頻繁に連絡を取り、何度か友人を連れて島に遊びに来てくれた方もいて、結果として関係人口の増加に成功したといえると思います。

地域おこし協力隊の魅力は?

地域おこし協力隊として移住することの最大のメリットは、地域に受け入れてもらいやすいことだと感じます。

特に私が契約していた鳥羽市では、地域で頼るべきキーマンとなる人たちを紹介してくれたり市報でも紹介してもらうなど、行事に行ったり、道端で人に話しかけたりしても「移住してきた人やね」とすぐに認識してもらえ、とても活動しやすかったです。

また、地域おこしのための活動費という予算があるので、いろいろことにチャレンジしやすいです。もし「地域に憩いの場がないのでカフェをやりたい」となれば、改装費や備品の購入費が地域おこし協力隊の活動費から出されます。

私の場合は、イベント開催にかかる費用の他に、定期船乗り場や旅館などで無料配布する地図を作成したときの印刷費、各種研修や視察の旅費などを活動費から出してもらうことができました。

※内容は自治体によります。三重県鳥羽市の地域おこし協力隊の募集状況は窓口へお問合せください。

地域おこし協力隊で大変だったこと

地域おこし協力隊になったことは私にとってよいことづくめでしたが、それでも活動内容について不安に思う時期もありました。

任期は最大で3年と決まっています。そのため3年後にどう地域に定住するか、というのは多くの地域おこし協力隊にとっての不安の種です。私もそうでした。

最初は「3年後には起業するぞ! 」という意気込みで地域おこし協力隊になりましたが、実際に何をするかはまでは決めていなかったのです。活動を続けていく中で、「地域に不足していて必要とされ、かつ自分にできること」が見つかるはずだ、と信じていました。しかし、2年目の時点でもぼんやりと「観光産業に携わりたい」と考えているだけで、卒業後のビジョンが見えず「本当にこのまま定住できるんだろうか」という不安が常にありました。

卒業後の生活について

現在は地域おこし協力隊を卒業して、本土にある体験事業社でツアーガイドとして働いています。

任期中にインターンシップとして受け入れていただいたその会社には、最初ガイドやツアー企画について学ぶために入りました。私はそのノウハウを活かし、外国人観光客向けの体験ツアーを個人事業ですることを計画していたのですが、「ツアーをつくっても生計を立てられるまでは時間がかかるだろうから、うちでも働いてスキルアップしながら自分の事業もしたらいいよ」と誘っていただいたことがきっかけで、正式に就職することに。

現在はコロナ禍の影響で自分の事業がまったく進まないため、もっぱら会社で働いていますが、いつか再び外国人観光客が訪れる日まで情熱を持って準備を続けます。

私の場合、インターンシップで行っていた会社が声をかけてくれたことと、任期中に結婚した夫の収入が安定していることから、卒業してからも無事答志島に住み続けることができました。ですが、現役の地域おこし協力隊の方や、これからなろうと思っている人には、ぜひいろいろな可能性を考慮することをおすすめします。

地域おこし協力隊を卒業してメディアに出る人は、自身で起業し成功している「スーパー地域おこし人」のような人が多いです。そのため、それを目指さないといけないというプレッシャーもあるかも知れませんが、そんなことは決してありません。地元企業に就職したり、市役所で働いたり、中小企業を継業している人などもたくさんいます。

地域おこし協力隊になるには?

地域おこし協力隊の始め方、募集の探し方

そんな地域おこし協力隊になるためには、どうすればいいのでしょうか。

前述したように、私は移住セミナーに参加し、そこで地域おこし協力隊を募集している自治体を見つけました。東京や大阪などでは、このようなセミナーが頻繁に行われています。

移住したい地域が決まっているなら、「地域おこし協力隊+自治体名」で検索してみると情報が見つかるでしょう。ハローワークに情報が載っていることもあります。自治体の移住や地域おこしの担当部署に直接問合せてみれば、より詳しい情報が得られるはずです。

特に移住先は決まっていないけど「こんなことがしてみたい」、「自分の持っているこのスキルを活かしたい」という思いがある人は、最近は大手リクルートサイトで求人をする自治体も増えているので、そういったところにアプローチしてみるのもいいでしょう。

また、「任期中にゲストハウスを作って、卒業後そこのオーナーになる」、「任期中に特産品開発をして、卒業後はその商品の販売業を行う」など、あらかじめ卒業後の進路も示した募集も増えてきています。例えば家族と一緒に移住して地域おこし協力隊になる人などは、そういった募集を探すのも手です。

地域おこし協力隊で活躍する人

地域おこし協力隊として活躍する人は、意外かもしれませんが、地域のために献身的に尽くすというよりは、自分の好きなことや楽しいと思えることをやり、それが結果的に地域のためになっている、という人が多いです。

出身地であれば、自分を犠牲にしてでも地域のために頑張るということもあるかもしれませんが、ほとんどの人は私のように縁もゆかりもない場所で活動しています。そこで「自分よりも地域のために」なんて頑張ってもなんだか嘘っぽいですし、思っていたほど地域の人も喜んでくれず辛くなってしまう可能性もあるかもしれません。
そのため、自分の興味関心やスキルを活かして行動に移せる人が地域おこし協力隊には向いていると思います。

もし地域おこし協力隊になろうと思ったなら、まずは活動する地域は必ず下見に行きましょう。できたら2回以上は行ったほうがよいと思います。自治体職員の方や地域の人に案内してもらうだけでなく、自分の足で歩いたり事前にリサーチした場所に行ってみたりして、実際に生活するイメージをしっかりとわかせてください。

離島暮らしを実現する住まいとは

賃貸はあるの? 離島の実情

私が暮らす答志島は、人口約2,000人の小さな島です。空き家はたくさんありますが、賃貸物件は数えるほどしかありません。そんな中で、私自身は市の空き家バンクに登録されていた空き家に住んでいます。

離島がみんな同じ状況というわけではなく、同じ離島でも新潟県の佐渡ヶ島、沖縄県の久米島、香川県の小豆島など、大きな島や移住者に人気の島であればインターネットで探せる賃貸物件もあります。

空き家を探せるサイトも

一般的な空き家バンクは、自治体やNPOがそれぞれ管理しています。情報量に差があったり、条件による検索ができなかったりと、物件情報へのアクセスが簡単ではなく、地域が絞れていない場合には情報収集にとても時間がかかるでしょう。

LIFULL HOME’S空き家バンクなら、全国の空き家情報が検索できます。普通の一軒家だけでなく、店舗一体型や廃校などの情報もあるので、たとえば廃校をリノベーションしゲストハウスにするというような、空き家を活用した地域おこしをしてみたい人にもおすすめです。

まとめ

地域おこし協力隊になって移住することは、普通の移住よりもずっとハードルが低く、またメリットも多いです。3年の任期を終えて卒業した私も、地域おこし協力隊になってよかったなと強く感じています。

この記事をきっかけに、移住に興味はあるけれど勇気を出せずにいる人、地域おこしに興味を持っている人が新たな可能性を見つけていただけますように。

五十嵐ちひろ

五十嵐ちひろ

三重県の離島、答志島(とうしじま)の移住者。ブログ「SU ISOLA(ス・イーゾラ)」に島の暮らしや文化、行事について移住者目線でつづっている。あるときは島の案内人、あるときはアーティスト、あるときは英語の先生。

※このページの内容は、2021年3月2日時点での情報です。掲載内容の実施に関してはご自身で最新の情報をご確認ください

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