昨年から続く円安、物価高騰…住宅市場を取り巻く環境に変化の兆しも

昨年から続く円安、物価高騰…住宅市場を取り巻く環境に変化の兆しも

ロシアのウクライナ侵攻やハマスとイスラエルの武力衝突に起因する世界的なサプライチェーンの逼迫によって、2022年に引き続きコストプッシュ型のインフレが発生した2023年。コロナの影響は終息し始め、会社員などの出勤日数が増えると同時に、人々の居住ニーズも都心回帰と思える動きが活発化し、都心では売買物件の価格だけでなく、賃料の水準も上昇してきている。

円安による影響も大きい。円安が進むことで外国から見た日本の不動産は相対的に安くなり、一部のエリアではインバウンドによる需要が高まっている。また、輸入資材や建設費用の上昇が不動産価格に上昇圧力を与えており、この2024年も継続するだろう。
さらには、これまで猶予されていた「働き方改革関連法」による時間外労働の規制が、2024年4月からは建設業界にも適用される。これにより、いわゆる、「建設業の2024年問題」による工期の長期化で工事費が上昇する可能性がある。

昨今の住宅ローン金利の動向は、固定金利と変動金利で大きく異なる。
2023年10月末に行われた日本銀行の金融政策決定会合では、「長期金利の変動幅を「±0.5%程度」を目途」としていたところを、「長期金利の上限は1.0%を目途」へ修正した。これにより、長期金利に連動する住宅ローンの固定金利は徐々に上がっている。
一方、企業に貸し出す際の最優遇貸出金利のうち短期貸出の金利である「短期プライムレート」を基準とする変動金利は、据え置きどころか、住宅ローンを扱う金融機関同士の競争が激化し、付随する保険の充実や返済期間の長期化、グループ企業等とのシナジーを利かせた戦略的な低金利化が進んでいる。
金利動向が住宅市場に与える影響は非常に大きい。2024年もその動きには注目したい。

省エネ性能ラベル例。エネルギー消費性能などが一目で分かるように表示される(出典:国土交通省HP)省エネ性能ラベル例。エネルギー消費性能などが一目で分かるように表示される(出典:国土交通省HP)

2023年に続き、高い省エネ性能を有する新築住宅(長期優良住宅、ZEH住宅)の取得支援にも注目だ。 子育て世帯・若者夫婦世帯を対象とし、長期優良住宅の場合は100万円/戸、ZEH住宅の場合は80万円/戸の補助金を交付。リフォーム市場では、国交省・経産省・環境省の3省が連携して住宅の省エネ化への支援を強化することが決まっている。

そして、2024年4月には省エネ性能表示制度が開始される。省エネ性能ラベル(画像参照)はウェブサイトやチラシほか広告で使用が可能だ。ラベルには、建物名称や評価日など基本事項に加え、エネルギー消費性能、断熱性能、住戸の場合は目安となる光熱費の金額などが網羅的に記載される。ユーザーが当該物件・建物の省エネ性能が高いのかどうかを星の数および数値によって目視で確認できるのだ。

この表示制度が開始されると、その違いがわかりやすくなり、住宅性能についてユーザーの関心が高まることが予想される。そうしてエネルギー効率の高い不動産への注目が集まることで、不動産開発者や購入者が環境への配慮を重視するようになり、これが新たな市場トレンドとなる可能性もある。

関連する法律の整備、住宅ローン金利の行方、省エネ性能表示制度の開始、省エネ化への補助金の拡充など、2024年も住まいに関するトピックは少なくない。
これらが、2024年の住宅市場にどのような影響を与えるか。市場や業界の動向に詳しい有識者に足元の状況を踏まえて2024年の注目すべき動きについて尋ねた。

賃貸住宅の建物性能格差の幕開け ~ 永井ゆかり氏

<b>永井ゆかり</b>:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、闘う編集集団「亀岡大郎取材班グループ」に入社。住宅リフォーム業界向け新聞、リサイクル業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、平成15年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスクに就任。翌年9月に編集長に就任。現在、「地主と家主」編集長を務める。全国の不動産会社、家主を中心に、建設会社、建築家、弁護士、税理士などを対象に取材活動を展開。新聞、雑誌の編集発行のかたわら、家主・地主や不動産業者向けのセミナーで多数講演。2児の母永井ゆかり:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、闘う編集集団「亀岡大郎取材班グループ」に入社。住宅リフォーム業界向け新聞、リサイクル業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、平成15年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスクに就任。翌年9月に編集長に就任。現在、「地主と家主」編集長を務める。全国の不動産会社、家主を中心に、建設会社、建築家、弁護士、税理士などを対象に取材活動を展開。新聞、雑誌の編集発行のかたわら、家主・地主や不動産業者向けのセミナーで多数講演。2児の母

収益性重視の賃貸住宅市場には、持家に比べると建物性能が低い建物が多い。賃貸住宅は入居者にとって「いつかマイホームを買うまでの仮住まい」的な立ち位置であるということと、家主にとっては建築費が多くなると利益が少なくなることが大きな理由だ。

ところが、そんな賃貸住宅市場で、2024年は大きな転機となりそうだ。その原動力となるのが、2024年の努力義務を経て、2025年からすべての新築住宅・非住宅に対して、省エネ基準への適合義務化が始まることだ。ここ近年賃貸住宅は年間30万戸強のペースで新築着工があるが、バブル期に建てられた建物も30年超えが増加し、建て替えが増えればさらに新築着工が増えることも考えられる。これにより2024年からは一気に省エネ賃貸住宅が増えるだろう。

2024年は4月から省エネ性能表示制度もスタートする。同制度は販売・賃貸事業者が建築物の省エネ性能を広告等に表示することで、消費者等が建築物を購入・賃借する際に、省エネ性能の把握や比較ができるようにする制度。スタート当初は省エネ性能ラベルを表示できるのはほんの一握りかもしれない。だが、新築の省エネ基準の適合義務化により物件募集サイトで目立ち始めていくだろう。省エネ賃貸住宅が増え始めれば、非対応の住宅と比べて快適に住めることは明白であり、入居希望者の関心も高まっていくことが予想できる。

当然、家主からすれば省エネ基準に適合することで建築コストが高くなる点が負担となる。その分賃料も上げて貸す必要があるが、高くできるかどうかが家主にとっては不安に感じるだろう。ただ、2023年の日本経済団体連合会(経団連)や日本労働組合総連合会(連合)の春闘に関する報道を見ると、大企業を中心に賃金は上がっており、2024年以降も上昇する可能性が高い。つまり、以前よりも家賃を上げて貸せる環境になりつつあるのだ。その中で、猛暑が厳しい昨今、入居者にとって光熱費の負担も重くのしかかることを考えれば、家賃が少し高くても、光熱費が抑えられる省エネ性能の高い賃貸住宅を選ばない理由はないのではないか。事実、大手ハウスメーカーの省エネ性能が高い賃貸住宅は入居率が高い。

無論、省エネ性能の高い賃貸住宅を新築できる家主ばかりではない。入居者についても高い家賃を払える人たちはけっして多数派ではない。そのため、今後新築と中古の建物の性能の格差は広がるだろう。誤解してほしくないのは、中古建物が良くないといっているわけではないことだ。リノベーションで建物は再生できるし、古いものを好む入居者も一定数おり、価値観も多様化している。価値ある中古住宅は結構あるのだ。

こうしたことを踏まえた上で、「建物性能」という点だけを切り取ってみると、2024年は賃貸住宅市場にとって大きな転機となるのではないか。

資産形成や物件選び:発想の転換が求められる時代 ~ 坂根康裕氏

<b>坂根康裕</b>:「住宅情報スタイル首都圏版」(現「SUUMO新築マンション」)「都心に住む」元編集長。不動産市況解説サイト「Fact Stock(ファクトストック)」を運営。日本不動産ジャーナリスト会議会員。著書「理想のマンションを選べない本当の理由」「住み替えやリフォームの参考にしたいマンションの間取り」坂根康裕:「住宅情報スタイル首都圏版」(現「SUUMO新築マンション」)「都心に住む」元編集長。不動産市況解説サイト「Fact Stock(ファクトストック)」を運営。日本不動産ジャーナリスト会議会員。著書「理想のマンションを選べない本当の理由」「住み替えやリフォームの参考にしたいマンションの間取り」

コロナ禍で高騰した住宅価格は、徐々に以前の水準に戻ろうとしている。売却の激減がもたらした値上がりが在庫回復を経て相場下落に転じ始めたのである。2023年の市場データで明らかになったのは、一戸建てと郊外のマンション。なかでも顕著だったのは埼玉エリアである。高止まりの都心部も、これから時間をかけて価格が下がるとみている。

その背景には、需給の緩和がある。米国の利下げが進むと円高になり、海外投資家は供給側へとポジションを移すことが考えられる。さらに日本の金利の先高観、政治的不信、マンションの相続税評価額の見直しも購入意欲を減退させる要因となるだろう。一方、オフィス不況がもたらすコンバージョンや建て替えによる住宅供給の増加は避けられない。
中古物件の修繕や管理の不備も、消費者の警戒心を高めている。一部の相場下落のニュースは資産価値の評価意欲を抑制する影響があると予想される。中国リスクも長期的には影響を及ぼし続けると思われる。成熟社会における不動産価格の動向は、一様ではなく、地域によってスピードや濃淡が異なる。それでも、「10年後のリセールバリュー」を考慮すると、全エリアで積極的な投資スタンスは難しいと言わざるを得ない。

特に注目すべきは新NISAが持つ影響である。この新しい資産形成の優遇税制の登場により、消費者の考え方がどのように変わるかが焦点となる。最大1800万円の枠をインデックス投資で使い切り、その後(最短5年で)家を購入することが将来の安定・安心につながるとの認識が広がるだろう。しかし、その考え方の普及には時間がかかるとの見解も存在する。今後、日本の政策は子育て支援を中心に据える方向性が強まると予測されるが、住宅ローンの控除も見直される可能性がある。総じて、住宅を持ちながら税制優遇を享受し続けるというアプローチは、再評価する価値がある。

マイホームの購入は、一つの不動産を選ぶ行為に他ならない。市場の動向を把握することも大切だが、最も重要なのは自分にとって最適な物件を選ぶ能力である。2000年は、95,635戸の分譲マンションが売り出された年であった。これは2022年実績の2万9,569戸を大きく上回る数だ。これらの物件が2度目の大規模修繕を迎える時期が近づいている。

建設業界の人手不足も加速する中、新築にも影響が及ぶ恐れがある。要するに、物件選びは単に最寄り駅までの距離だけではなく、建物の「品質」を深く考察する時代に突入している。2024年は、資産形成の考え方と物件の評価方法が変わるターニングポイントとなるであろう。

2024年の住宅・不動産市場を展望する ~ 矢部智仁氏

<b>矢部 智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中

実需を中心とした住宅・不動産市場に限れば、市場の動きに影響を与えている要素が「一気に変わる」ような急激な変化は予測しにくいと考える。
資材価格変動に影響を与える為替水準も様々な国際情勢を見る限り1、2年前の水準に急に戻ることも考えにくそうであり、さらに昨今の働き方改革施策に派生する建設現場の人材確保など賃金を押し上げる要素が加わり、少なくとも現状維持や低下させるような要素は乏しく、不動産供給価格の水準は微かながら上昇傾向を続けそうだ。
需要側においても購入意欲に影響を与える金利水準は実施時期や変化の程度はともかく上昇の方向は折込み済ながら大幅な上昇はないとの見立てが大勢ではないか。ここまで見れば市場が動く好材料は少なそうだが物価上昇に連なる不動産価格上昇を「あて」にした購入意欲もあり、金利の動向は小幅な影響を与えるかもしれないが、実需市場を大きく縮小させるような材料が顕在化するとは言えなさそうだ。

上記のような見立ては総論的で一般的なものではあるが、ひとつ言えることは先に挙げた要素は自社の行動を変えることで結果を変えられるような要素ではないということだ。そうした中で2024年を展望するには停滞状況の中で、どのような新しい兆しを気に留めそして期待をかけてゆくかにかかっている。

例えば省エネ性能表示のような啓発的な社会制度の変化をどう捉えるか。これまでの省エネ関連の販促では消費者の検討視点(あるいは事業者の誘導視点)は追加費用を回収できるのかという視点に偏っていたと考えるが、資源高によるエネルギー価格の高騰で暮らしの目前の負担増をいかに回避するかという視点にシフトが起こり、消費者の施工や設備購入などの追加費用受け入れ許容度をさらに高める契機となるのではないか。すなわち市場獲得の機会となると考えられるわけだが、こうした変化を捉えられるかが2024年を展望する上では重要だ。

また、都市圏での賃貸戸建てファンドの規模拡大というニュースがあった。供給事業者の視点では出口が拡大するということでもあるが、一方で消費者に「住生活の新たな選択肢」を提示する取り組みの「兆し」として注目に値する取り組みともいえる。現実問題として資産形成策における不動産信仰的な価値観が短期間で変わるとは考えにくいが、右肩上がり経済を背景に現物資産を資産形成策の中心として捉えてきた社会から、金融資産での資産形成を促すような方向に変わりつつある昨今、長期的には金融資産を蓄え「暮らしを選ぶ」という価値観が生まれ、高まってゆくことは想像可能な方向性だ。2024年を占うというテーマにふさわしいかはともかく、長期的にはこうした金融との連動、異業種との連携を自社に置き換えたらどんな取り組みができるのかを考え始める年になりそうだ。

多様な主体との連携に関する「兆し」と言えば、市場の中だけの「新しさ」だけではなく本来であれば行政機関が提供してきた行政サービスを民間が代替する機会を創造し、獲得してゆくといった動きも注視したい。昨年、大阪・大東市で注目された民間経営による市営住宅サービスの提供プロジェクトは話題を呼んだが、供給側には官民あるいは民間同士の連携により新たな商機が生まれ、需要側にとってはより良いサービスの創造が進むわけで、2024年にはこのような動きが始動するかにも期待したいところだ。

2024年、高騰し続けるマンション価格に変化はあるのか? ~ 高橋正典氏

<b>高橋 正典</b>:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など高橋 正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など

2023年の新築マンション市場は、首都圏における供給戸数が前年に引き続き3万戸を下回り、バブル崩壊以降最小の供給戸数になる可能性も出るほど少なかったようだ。これは、2000年の9万5千戸と比較しても1/3以下という水準であり、今後もそう大きな増減はないだろう。また、価格面においては3月には平均価格で1億円を超えるなど、引き続き上昇し続けた1年だった。

これらの新築供給戸数の減少は、中古マンション市場にも大きな影響を与え、国土交通省「不動産価格指数」では、2010年比で1.9倍と高い水準で推移した。さて、2024年に向けてこれらのマンション価格、特に中古マンション市場がどう推移するか?について考察していく。特筆すべき点は、首都圏中古マンション在庫件数が過去最高水準になっていることである。

コロナ前に戻ったと言われる不動産市況ではあるが、人口動態を見ても今後購入者が増えることはなく、在庫数も高水準で推移していくのではないか。もちろん、在庫数が増えるということは価格面においては下げ要因になる。しかし、この在庫物件も詳しく見ていくと、築年数の高経年化が顕著であることがわかる。つまり、築年数の経ったマンションの在庫率が高いということだ。公益財団法人 東日本不動産流通機構(レインズ)データでは、直近の新たに売りに出された中古マンションの平均築年数は29.77年と約30年なのに対し、成約している物件の平均は24.01年だ。
中古マンション市場においては、在庫が多くなること自体は、選択する側にはメリットがあるものの、人気の集中する築年数の新し目の物件に限れば、需要と供給のバランスから、高値での取引がなされているというのが実態のようだ。

さて、「2024年問題」と言われる働き方改革が4月より実施される。これは運送業やドライバーだけではなく建設業においても適用される。つまり、これまで土曜も仕事をしてくれていた職人さんも、勤務されている方などは2024年4月以降は週休二日となる。しかし、職人不足の時代にあって、労働日数が減ったからといって職人さんの給与を減らすことはできない。
結果論として、働く時間が減り、こなせる現場は減るものの、給与が変わらない、あるいは増えるということは、当然に発注者側にとってはコスト増につながり、工事代金に転嫁されることになるだろう。資材価格は落ち着いてきたものの、依然として上がり続ける設備機器の代金と相まって、2024年も建築コストの上昇は避けられない。

また、新築住宅に関する省エネ基準は「住宅ローン減税」の条件ともなるなど、供給者サイドにとってのコスト増が続く2024年以降、中古住宅市場における価格への影響は避けられず、在庫数が上昇しつつも、需要のあるエリアや価格帯、築年数においてはしばらく価格の維持・高騰が続くことになるだろう。

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