2024年度からタワーマンション相続税評価額は現行4割から6割へと引き上げられる公算

今回の改正により、節税目的でのマンション購入に影響は出るのだろうか。専門家に意見を聞いた今回の改正により、節税目的でのマンション購入に影響は出るのだろうか。専門家に意見を聞いた

2022年末に決まった2023年度の税制改正大綱には、マンションの相続税評価について特に項目が設けられ「相続税におけるマンションの評価方法については、相続税法の時価主義の下、市場価格との乖離の実態を踏まえ、適正化を検討する」と明記された。これは市場価格との乖離が特に大きいとされるタワーマンション(の高層階住戸)を中心に評価を見直し、早急に検討するとの方針が打ち出されたことになる。

2023年1月末以降に順次開催されている国税庁の有識者会議では、現状の確認とともに課税ルールに関する新たな方針として、①築年数や階数などに基づいて評価額と実勢価格の乖離率を算出 ②乖離率が約1.67倍以上となる場合は従来の評価額に乖離率を乗じてさらに0.6倍する ことで評価額を引き上げる案が諮問された。乖離率の約1.67倍の根拠は、一戸建ての平均乖離率の1.66倍と同様の水準に揃えて、住宅購入時に相続課税の違いによる住居選択へのバイアスとなることを避けるためだ。

この方針に沿って、1964年に定められた財産評価基本通達を年内に改正し(この通達は相続税法ほか関係法令の改正に伴い都度改正される)、2024年1月1日から適用される公算が高まっている。

また、この財産評価基本通達には「この通達の定めによつて評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と記載されており、この「著しく不適当」と国税当局が認識したケースについては適正な節税を逸脱した行為=租税回避行為として追徴課税され、それを不服として裁判を起こすということがこれまで繰り返されてきた。ただし、租税回避行為とされた例は多くはなく、国税庁の資料によれば2012年から2021年の10年間で9件に留まっている。それでも法律に則って適正に処理・納税したと主張する原告側とは当然折り合わないから、国税不服審判所から最高裁まで最大4回の法的判断を得るまでの争いとなることはほぼ確実だ。この間に費やす経済的、精神的、物理的な負荷は極めて大きく、被告となる国税庁も多大な労力が必要となるため、“不毛な争い”を避けるためにも予め明確なタワーマンションなどへの課税方針を規定しておけば、国税庁にとっても納税者にとっても(納得感があるかどうかは別として)明確な線引きができることになる。

これまで評価額と市場価格との乖離を利用し、専ら富裕層は相続税対策が可能でも、一般所得者層はその余地すらないという“不公平感”を是正する目的はある程度果たせそうだが、一方で固定資産税についても僅かな修正に留まっており、また築年数の古い低層の高額マンション(ヴィンテージマンション)や1棟単位で相続するケースについては、今回のルール改正の対象外となるなど課題感も依然残る。

現金で保有する相続財産よりも節税効果は高いが、今回の改正で節税目的でのマンション購入は下火になるのか、資産運用&形成に詳しい専門家の見解を問う。

基準が明示されたとの受け止めが多いのではないか ~ 矢部智仁氏

<b>矢部 智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中

今回の評価見直しに関する方針は、市場評価と相続税課税評価のギャップが一定以上に大きいものについてはそのギャップを一定幅(6割程度)に抑えるという趣旨の方針であるが、そもそも相続税法上の時価主義を徹底して「ギャップそのものを容認しない」というほどの内容でないこと、また、そもそもマンション資産を含む不動産資産の相続税評価には軽減措置などで他の現物資産(金や美術品等)や金融資産の課税評価に比べ相続税対策の手法として有力な選択肢となりやすい面がある。そのような点を踏まえれば、今回の方針によってマンション資産保有による相続税節税の動機がにわかに大きく低下することはないのではないかと考える。

また、以前の時事解説で、2022年4月19日最高裁判決で国税当局の追徴課税を適法と認定した件に対する私の見解として「相続税・贈与税に関わる審査請求案件の実情から見て(将来世代へのより多くの財産承継の目的に)過剰に偏った判断と行動に対する牽制という意味が大きく、将来の現物資産保有による相続税対策の選択肢として急激な変化をもたらすようなものではない」と示した。

今回の方針に対する見方も、課税評価水準をあらかじめ具体的に明示することで、大きな資産を保有している家族に対して市場評価と相続税課税評価のギャップを「過剰に利用した判断と行動」を自重する効果を発揮しながら、同時に将来に向けて合理的な資産構成を考えやすくなる機会と捉えた方がいいのではないかと考える。

一部の下落の可能性も需給次第~ 高橋正典氏

<b>高橋 正典</b>:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など高橋 正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など

2022年4月、相続税の課税に関する最高裁判決が下され、納税者が敗訴しタワーマンション節税が通用しなくなるのではないか? と騒がれた。しかし、訴訟となった事案自体が特異であることもあり、市場への影響は限定的との見方が多かった。

その理由の一つが、相続税の対象たる不動産の評価規定が「著しく不当」という曖昧な表現に留まり明確にされなかったこと挙げられる。しかし、その後の国税庁における有識者の議論を踏まえて、今回課税ルールの方針が明確となったことは、納税者の不安感を払拭するとともに公平性の観点においても評価に値すると言えるだろう。

さて、6月下旬の報道によって明らかになったこの改正は、8月20日「居住用の区分所有財産の評価について」の法令解釈通達(案)へのパブコメも締め切られ、2024年1月からの適用を見据えるが、今回の改正によって節税目的でのマンション購入はどうなるのか?そして売買市場にどう影響を及ぼすのかについて、直近のタワーマンション市場の動きから考察してみたいと思う。

日本のタワーマンションの半数以上が乱立する東京23区の中でも最も多いのが港区と江東区だ。さらに港区では2023年以降完成を迎えるタワーマンションがダントツで多く、最もストックの多いエリアと言えるだろう。例えばその港区における報道以降の2ヶ月間における中古マンション分譲価格においては、販売開始から90日以上経過した物件での値下げが目立ってきている。同じ期間であってもタワーマンションストックが港区ほどではない品川区においては、あまり値下げの兆候が見られないことから、競合物件の多いエリアほど報道並びに本改正を踏まえた前倒しの動きが出始めたとみることもできる。

これまでも、2015年の相続税の基礎控除額の引き下げ、さらには2017年度改正では、タワーマンションの階層別補正率が適用され、中間階から1階上がるごとに0.26%上がるなど、マンション売買市場にも大きな影響を与える法改正が行われたが、それでも価格の下落もなく安定した上昇基調だった。

しかし、今回の法改正はそれらに比べると影響を及ぼす可能性はあると考える。超富裕層は今後不安定な国内不動産を対象とした相続税対策よりも、海外へ視線を変えていくことも予想され、一定のトレンドの下降は起きると思われる。

ただし、それでも不動産購入は現金保有に比べて有利な節税対策であることに変わりはなく、過度な節税を目的としない正当な方法での需要は安定して続いていくだろう。
6月下旬の報道を受けて、マンションデベロッパーの株価は軒並み下落した。しかし、その後は値を戻し直近では年初来高値を更新する会社も出てきた。
これらを踏まえると、供給過剰感の否めないエリアを筆頭にある程度の価格調整は起きると思われるが、それは純粋な需要と供給の問題であり、本改正の影響という点においては限定的ではないだろうか。

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