2025年4月から大手住宅メーカーおよびマンションデベロッパーに設置義務

東京都のEV充電器設置義務化条例を受け、有識者に意見を聞いた東京都のEV充電器設置義務化条例を受け、有識者に意見を聞いた

2022年12月、新築建築物にEV(電気自動車)充電設備の設置を義務づける改正環境確保条例が東京都議会で可決・成立した。EV充電設備の設置義務化は全国初、2年間の周知期間を経て2025年4月に施行されることが決まった。新築マンションには2025年度以降駐車台数の2割以上の充電設備の設置が義務付けられる。

併せて、東京都は2023年度から既存マンション向けの補助上限81万円を2倍超の171万円に引き上げ、設置のための調査費も補助対象に追加する予定だ(急速充電&超急速充電設備は別途)。この補助金制度と条例を普及促進策の柱として、2030年時点には都内のマンションに設置済みのEV充電器を6万基に増やすとしている。東京都は「ゼロエミッション東京」の実現に向け、2030年までに都内の新車販売の50%をゼロエミッション車(ZEV)とする目標を掲げるが、設置済みの充電器は21年度末でわずか393基に留まっており、それを一気に152倍にする計画だが、マンション住民の合意形成には困難も予想される。

マンションのEV充電器設置への補助金は、既に横浜市や千葉市が導入しており、2023年度には神奈川県と千葉県でも創設されるから、首都圏でも急速にEVの普及に向けての施策が進むこととなる。特に現状ではEVを所有するマンション住民は少数であるため、充電設備の設置が進んでいない状況を改善するための契機となるか注目される。

この改正条例は、太陽光パネル設置義務化条例と同様、住宅の特定供給事業者が対象で、一般消費者=購入者は直接の対象とはならない。特定供給事業者とは都内で年間供給延床面積が合計2万平米以上のハウスメーカーやマンション・デベロッパーで、特定供給事業者向けには「建築物環境報告書制度」が新設され、都の基準に適合したEV充電設備・断熱・省エネ性能、再エネ設備(太陽光パネル)の設置が義務付けられる。

併せて、延床面積が2,000平米以上の大規模建物の建築主には、従来の「建築物環境計画書制度」の強化・拡充によってEV充電設備の義務付け・誘導を行い、専用駐車場と共用駐車場に分けて基準が設けられる予定だ(2,000平米未満の中小規模建物は充電設備の整備義務と誘導基準が設けられる)。これに加えて、足元のEV普及状況や普及の後押しのための実装整備基準と、将来の整備負担を軽減するための配管等整備基準を設定し、第三者による充電サービス一体の整備手法についても導入可能な整備基準を設けることになっており、EV充電設備の設置義務化に伴う特定供給事業者側のコスト負担は、資材価格高騰の折でもあり、そのまま分譲価格に転嫁できるかがポイントだ。

このように地球環境の維持・保全のために導入されるエネルギー関連施策だが、これらは常にコストの問題と密接に関係している。性能に優れた住宅も温暖化ガスを排出しないEVも、高コストであるが故に導入・購入に踏み切れないケースは多数あり、それがための補助金制度とも言えるのだが、マンション住民の合意形成も含めて東京都の目論見通りにEV充電設備の設置は現状の152倍目標を達成できるのだろうか、またコスト負担(=受益者負担)の問題はマンション購入者にハードルとなるのだろうか、住宅政策に詳しい有識者の意見を聞く。

既存住宅のEV充電器導入は、EV(電気自動車)の普及がもっと進んでから 本格化するのはまだ先 ~岡本郁雄氏

<b>岡本 郁雄</b>:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ

2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言した。地球規模の課題となっている気候変動問題の解決に向け環境負荷の低減が世界的に図られているが、その一つの軸となっているのが二酸化炭素を排出しないEV(電気自動車)の普及だ。2022年は、EV(電気自動車)の販売台数が世界的に伸びた。

日本も同様で、2022年のEV(電気自動車)販売台数は、5万8813台と前年の2.7倍に。自動車メーカーが新たに軽EV(電気自動車)を投入し、輸入車以外の選択肢が増えたことに加え、政府や自治体による補助金もEV販売を押し上げた。

しかし、EV(電気自動車)比率1.7%の販売シェアが示すように日本におけるEV(電気自動車)普及度は低いと言わざるを得ない。東急不動産が分譲した「ブランズ上目黒諏訪山」(分譲済み)では、自走式平置き駐車場にEV充電器を首都圏で初めて全19区画に設置。しかし、契約時点でEV(電気自動車)の利用者はゼロだった。同社では、平置き駐車場に関しては、EV(電気自動車)の普及を見据えEV充電器導入を進めていくとのことだが、当面は利用者が少ない状況が続くだろう。

東京都では2025年以降は、新築マンションについては、賃貸住宅を含め平置き駐車場5台以上に対し、1基のEV充電器の設置が義務づけられる。しかし、機械式駐車場には付置義務がなく5で割った台数で小数点以下切り捨てのため台数が4台以下の平置き駐車場には、付置義務がない。もともと駐車場台数の少ないワンルームマンションなどは、設置されないケースもあるだろう。設置コストによる新築マンション価格への影響だが、既にマンション価格は上昇しており販売への影響は軽微だろう。

既存住宅については、都市再生機構が管理する「ひばりが丘パークヒルズ」においてEV充電器を2023年1月に試験的に設置するなど一部で導入の動きは見られるものの東京都の掲げる目標に対しては、鈍いのが現状だ。補助金が拡充されたとはいえ、EV(電気自動車)の普及度が低い今の状況では、既存マンションのインセンティブが働きにくい。既存住宅へのEV充電器の設置は、当面は漸次的にならざるを得ない。

いっぽうで、トヨタ自動車は、2030年に世界で350万台のEV(電気自動車)を販売すると発表している。2030年は、東京都が都内の新車販売の50%をゼロエミッション車(ZEV)とする目標を掲げる年でもある。EV(電気自動車)の普及とEV充電器の設置拡充は、ニワトリと卵との関係でもありEV(電気自動車)の普及が進めば、既存マンションでもEV充電器の設置の機運が高まることが予想される。補助金などの施策も重要だが、EV(電気自動車)の販売動向が既存住宅のEV充電器導入に影響する。既存マンションへの普及が本格的に進むのは、まだ時間を要するのではなかろうか。

「ゼロエミ東京」補助金で実現か? 都の大盤振る舞いに危惧 ~松崎のり子氏

<b>松崎のり子</b>:消費経済ジャーナリスト。生活情報誌の副編集長として20年以上、節約・マネー記事を担当。雑誌やWebを中心に、生活者目線で記事を執筆中。著書に『定年後でもちゃっかり増えるお金術』『「3足1000円」の靴下を買う人は一生お金が貯まらない』(講談社)ほか。「消費経済リサーチルーム」https://www.ec-reporter.com/松崎のり子:消費経済ジャーナリスト。生活情報誌の副編集長として20年以上、節約・マネー記事を担当。雑誌やWebを中心に、生活者目線で記事を執筆中。著書に『定年後でもちゃっかり増えるお金術』『「3足1000円」の靴下を買う人は一生お金が貯まらない』(講談社)ほか。「消費経済リサーチルーム」https://www.ec-reporter.com/

改正となった環境確保条例の正確な名称は「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」となる。筆者も都民であり、まさに自分や家族が対象になっているわけだが、すっきり響かない点もある。東京都は2050年CO₂排出実質ゼロ目標に向け、2030年までの行動が極めて重要として、次々と施策を打っている。住宅関連面では、建物の省エネ性能を高めること、太陽光発電設備の設置、そしてEV充電設備整備などだが、どれも住宅価格自体の押し上げ要因になる。マイホーム取得を考える子育て世代から、東京は住宅価格が高すぎると敬遠されては、せっかくの都民が流出してしまう。

環境問題のような模糊とした課題の解決は、号令だけではなかなか難しい。個人宅への太陽光発電の推進は、電気の自家使用という節電・節約メリットがあるため、コスト上乗せ負担があっても納得されやすいだろう。しかし、電気自動車に関してはどうか。東京都は2030年には都内で販売される新車の半数をゼロエミッション・ビークル(EVなど走行時に二酸化炭素等の排気ガスを出さない自動車)に置き換えることを目指している。後押しとなる購入費用の補助も強化した。とりわけ太陽光発電設備を導入している個人への補助額は大きい。このように、自宅に太陽光発電システムを設置し、発電した電力を蓄電する目的でEVに買い替えようというのは自然だ。しかし、発電設備を持たない都民がこの電気代高騰の折にわざわざEVを選択する経済的メリットが思い当たらない。今回のEV充電設備整備の義務化もまさに同じで、自家発電の恩恵がないマンションの住人がその整備費や管理コストに納得するかは疑問だ。

そもそも夏冬ピーク時の電力供給不足という状況は解決されたのか。一方では節電を呼びかけ、一方ではEV化を押し進めるのは、どうにもちぐはぐに感じる。“都民の健康と安全を確保する”のなら、自助努力頼みではないエネルギー対策もぜひ知りたいところだ。

別の視点から気になることもある。充電設備導入に対する補助を上乗せしたというが、他にも高断熱・省エネ性能の高い「東京ゼロエミ住宅」新築に対し最大210万円(一戸建て・令和4年度)を助成、太陽光発電システムおよび蓄電池導入への補助金も拡充している。さらに、省エネ性能の高い家電への買い替えに付与してきた「東京ゼロエミポイント」の事業を延長、令和5年度からはポイント数も上乗せされ、エアコンの買い替えで最大2万3000円相当もつけるとか。まさに「ゼロエミッション東京」補助金の大盤振る舞いだ。もし、EV 充電設備の設置目標が予定通り達成できないとなれば、さらなる補助額アップに出るのではないか。これだけの補助金を躊躇なく出せるほど東京都財政は豊かなのだろうか?  温暖化を食い止めるために環境に配慮し、再生可能エネルギーを広げていく方向に異論はないが、一都民として過度のバラマキにならないように望む。

EVと充電器市場に強い追い風が吹き、成功事例も ~北川友理氏

東京都はEV充電設備の設置の義務化で、設置台数を現状の152倍にする方向だ。実現するには、電気自動車(EV)とEV充電インフラの普及が両輪で進まなければならない。具体的にはEV商品が充実して販売台数が増えること、国の手厚い補助金、新築・既存住宅へのEV充電器設置台数の増加の3点が必要だ。EVが普及している欧州などは3点すべてを満たしている。長らく停滞してきた国内市場だが今、すべてに追い風が吹いて急速な普及が進んでいる。152倍という数字は一見現実味がないように見えるが、昨今の動向を見ると不可能ではないだろう。

22年の国内のEV販売台数は21年比2.7倍の6万台弱に急増した。このうち輸入車の販売台数は1.7倍の1万4,300台超。乗用車全体に占めるEV車の割合も0.59%から1%超に増えた。国産EVでは値ごろな価格帯の日産サクラが販売を牽引し、トヨタ自動車などほかの国内大手も開発やサプライチェーン増強への巨額投資を次々と発表した。EV充電器の設置では、国際ベンチャーのテラモーターズが既存住宅向けの無料設置事業「テラチャージ」で22年度から国内市場に参入。当初は1,000台の成約を初年度目標としていたが、予想を遥かに超える約3,000台を成約した。新築マンションへの導入でも中堅デベロッパーなどとの業務提携が相次ぎ、今後の竣工物件に次々と導入される見通しだ。

課題となるのは設置費用だ。価格の相場は新築住宅に設置する場合、EV充電器本体価格と設置工事で約30万円だ。既存住宅への設置では電線を新たに引く必要があるため追加で50万円ほどかかる。しかし、本体価格と設置工事費は約7割を国の補助金で賄える。東京都では国とは別に都の補助金も使える。昨年は国の補助金が途中で尽きたが、年度の途中で補正予算がついた。今後も手厚い補助が続く見通しだ。テラモーターズもEV充電器を無料で設置した後に所有者に代わって国への補助金申請を代行し、補助金を同社で得ることで採算を合わせる。労力と時間がかかる申請業務を代行してもらえることは、所有者や開発事業者にとっても大きなプラスだ。同社のEV充電器は国産の自社製品で高品質ながら値段は相場の半額以下に抑えられる。そのため本体価格が相場より安く、補助金で採算が取れるのが強みだ。補助金ありきの市場が形成されている不安定さはあるものの、同社のようなビジネスモデルの成功例が出たことは、設置台数増加の後押しにもなる。

普及に向けた条件は整っている。今後、さらに普及を後押しする要素があるとすれば、EV充電器の設置が建物の付加価値として認知されることだ。例えば賃貸住宅の賃料の上昇に貢献する、中古住宅の価格査定でプラスに働くなどだ。不動産市場はすでに環境性能が重視される時代に入っている。ZEHやBELSなどの環境認証は建物の付加価値として定着している。EVの環境性能がより高く評価される時代が来る可能性がある。

北川友理:不動産業界専門紙「日刊不動産経済通信」記者。京都市出身。1987年10月生。地方新聞記者を経て、2018年に不動産経済研究所入社。以降ハウスメーカー担当

社会インフラであるEV充電設備の整備は公的不動産活用から ~矢部 智仁氏

<b>矢部 智仁</b>:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中

EV普及促進のための社会インフラである充電設備の設置箇所として私有財産である個人住宅(マンション)を対象として強調する今回の施策は、さまざまな打ち手の一部ではあるのだろうが施策の目玉として強調するほどの成果インパクトは生じないのではないか。

車を使う場所・機会や使い方から考えれば、まずもって想定すべき対象は、置き場所である住宅ではなく車を使う場所であり機会を提供する道路だと考えられる。また、道路にはパーキングチケットスペースや民間施設としてコインパーキングも点在しているが、それらの施設にはすでに通電・通信インフラが整備されており、既存インフラの活用という観点でも新たな施設整備を伴う施策以上に効率的かつ効果的に「環境政策」、「EV普及」、「EV普及の基盤整備」を推進できる可能性が高いと考える。

受益者は誰なのかが曖昧では進まない

ご承知の通り駐車場スペースを含むマンション敷地は区分所有者の共有財産だが、設置義務化による共有財産上の施設附置は、充電器施設の受益者は誰なのか、整備に加え維持管理にかかる負担は実体的な受益者にだけ応分なのか、といった点が曖昧なまま設備が設置されている状態だ。あらかじめ設置されていることでEV車ユーザーが電源に困らない物件であることが販売上の「売り」になるほどEV車が普及していない現段階では、購入検討者にとって附置が魅力的に映らないばかりか、そもそもなぜ付いているのかに納得することも難しいのではないかと感じる。マンション購入者にとって魅力的な付加価値とはならないだろう。

EVが普及すれば充電器整備が売りになるのが先か、充電器整備が進むことでEVが普及するのが先か、鶏と卵の議論にも見えるが、冒頭にも書いたが環境整備の不十分がEV車の普及を遅らせていると考えるのであればまずは公的不動産の活用(道路でのステーション整備など)を優先する方が規模的なインパクトも出しやすいだろう。

マンションを設備拡充の起点とするための視点

今回の施策が支持されるには、という視点で考えれば、住宅に充電器設備が整備されることで生じるメリットの明示とそれに対する理解が広まることが必要だろう。

例えば充電ステーションが敷地の外に開かれていることで管理費収入項目の一つとして管理組合の財産活用になるとか、EVシェアカーと一体的に整備されることで車を所有しない世帯の生活利便性が向上(これとて利用世帯だけが費用負担すればよいという意見にも繋がりかねないが)したり、カーシェアを近隣住民に利用開放することで財産活用になったり、太陽光発電などの電源施設と一体整備によってマンション住民の非常用電源機能を兼ねる、といったアイデアが考えられる。EV車の電源という基本機能以外に、マンションにどのような機能を付加できるかも制度に対する理解と施設普及を左右するのではないか。

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