2023年度の税制改正によって65年ぶりに相続税および贈与税の制度が変更される
当然のことながら、親や祖父母から子や孫に資産継承するためには、「贈与」あるいは「相続」という手続きを経る必要がある。2022年度までは、贈与税も相続時精算課税も非課税枠や控除制度の利用について別途手続きが必要で、資産継承の障害になっているとたびたび指摘がなされていたが、今回の税制改正大綱で見直され、2023年4月から贈与税の「暦年課税」と「相続時精算課税」の制度が改正されることとなった。
①相続税に加算する生前贈与の期間を7年に延長:より計画的に早い段階での資産継承を促進することを目的として、これまで相続開始前3年間の贈与を生前贈与として相続税加算の対象としていたものを、7年に延長することにより、いわゆる“駆け込み贈与”を抑制する制度を導入した。
②相続時精算課税制度の簡略化:これまで相続時精算課税制度の適用を受けるには「相続時精算課税選択届出書」の届出が必要で、贈与を受けるごとに確定申告しなければならなかったが、年間110万円までの贈与であれば確定申告が不要になる。
※ 上記2点の改正は、2024年1月1日以降の贈与・相続によって取得された資産にかかる贈与税および相続税に適用される。
また、親や祖父母からの資産および資金贈与についても原則として贈与税の対象だが、これまで教育資金(上限1,500万円)、結婚・子育て資金(同1,000万円)、そして住宅購入資金(2023年は省エネ住宅1,000万円/一般住宅500万円に縮小)についてはおのおの非課税枠が設けられている。
それが、令和5年度 税制改正大綱では教育資金および結婚・子育て資金については延長が明記されたものの、住宅購入資金について何ら記載がなく、2023年末に協議される2024年度の税制改正大綱で再度(業界団体などからの)要望が通らない限り、住宅購入目的での贈与税非課税枠は2023年12月31日をもって終了する公算が高まった。
※ この改正は2023年4月1日以後に贈与される資金から適用される。
加えて、今回の税制改正大綱にはいわゆる“タワーマンション節税”について言及されており、具体的な内容は記されていないものの、市場価格と相続税評価額の乖離について相続税法の時価主義を前提に適正化を検討するとされていることから、2024年度以降の相続税制の変更はほぼ確実と見られる。
このように、2023年以降の住宅流通(主に購入)に、“相続”および“贈与”という住宅購入資金や住宅という資産の継承に関わる制度の変更が大きく関わってくる可能性が高まっている。これらの制度変更によって、特に富裕層の住宅売買などにどのような変化が起きると予測されるのか、資産継承や不動産投資に詳しい専門家にその影響や程度について見解を聞く。
贈与計画の早期化と活用が進む ~高橋正典氏
高橋 正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など2022年12月に発表された「令和5年度税制改正大綱」では、かねてから言われていた相続税と贈与税の一体化を進める大きな変化が盛り込まれた。
ここでは、細かい税額の比較計算等は割愛するが、ポイントは「暦年贈与」と「相続時精算課税制度」の選択をどう考えるかということ、そして、「贈与開始時期」の早期化が促されることだと考える。
特に、年間110万円まで非課税で贈与できる「暦年贈与」については、現行では相続開始から過去3年以内の贈与分は相続財産に持ち戻され、相続財産に加算されているが、この期間が7年前までを対象とすることになるため、贈与者の立場からすれば相続が発生する可能性のある年齢よりももっと前からの早めの準備を考えることになるだろう。
そして、もう一方の「相続時精算課税制度」に関しては、例えば2022年の確定申告状況を見ると、4万4千人が申告を行ったが、それでも先の「暦年贈与」の申告者48万8千人の10分の1足らずだった。しかし、今後はより利用者が増えることが予想される改正が盛り込まれている。それが、「暦年贈与」同様の年間110万円の基礎控除が設けられたことだ。
これにより、相続発生直前の贈与でも相続財産には加算されず、計算上「暦年課税」よりも有利になる場合が多くなる。相続財産の金額にもよるものの、今後は相続が発生する可能性の低い若い年齢の段階から「暦年贈与」を開始し、「相続時精算課税制度」の対象となる60歳以上を超えてくる段階で移行するといった組み合わせも生まれるだろう。
さらに今回の「相続時精算課税制度」における年間110万円の非課税贈与が可能となったことにより、例えば祖父母それぞれから、或いは祖父と父それぞれからという2人の贈与者から「相続時精算課税制度」と「暦年贈与」を組み合わせることで年間220万円の非課税贈与が可能となることは、大きなメリットとなるのではないだろうか。
他方、省エネ基準や耐震基準を満たすなどの住宅の取得や、増改築に際しての最大1,000万円までの贈与を非課税にする「住宅取得等資金の贈与」の期間延長は盛り込まれなかったため、このままいくと2023年の12月31日をもって終わることとなる。昨今の電気代高騰による「断熱」「省エネ」気運の高まりから増えている改築工事も対象となっていることから、利用者も増えると予想されていただけに、できることなら延長をしてほしかった制度でもある。
以上、これらの改正は2024年1月1日以降の贈与等が対象となることから、2023年中は「暦年贈与」や「住宅取得等資金の贈与」の駆け込みが発生する可能性がある。そして、贈与開始の早期化など更なる計画的な贈与活用が進むことは間違いなく、住宅業界においてはある種の追い風も期待される。それと同時に、業界においては相続や贈与に対する知識の向上が求められる時代に入っていくともいえるだろう。
住宅に関わる税制が少子化にも影響を与える可能性をもっと考慮すべき ~菅田修氏
菅田 修:(株)三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。主に、賃貸マンションの賃料予測を中心とした住宅市場全般や、各プロパティタイプの期待利回り予測等の不動産投資市場に加え、「不動産としてのデータセンター」をキーワードにニューアセットへの投資動向についても精力的に調査・分析を行っている2020年の春より国民生活に暗い影を落としてきたコロナ禍も、街中で外国人観光客を目にする機会が増え、またスポーツ観戦で声出しが解禁されるなど、徐々にその影響が薄らいでいるように感じられる。日常生活を取り戻しつつある人が増えてきた中、急速な円安の進行などに伴い、食料品やエネルギー価格を中心に値上げラッシュが生じており、余裕のない日々を過ごしている人も多くいるだろう。
このような環境下で、2022年12月20日に日本銀行が長期金利の許容変動幅修正を含む金融政策の見直しを決めたり、2023年4月に任期満了を迎える日銀総裁の後任が指名されたりと、金利に影響を与える動向に注目が集まっている。現時点では、金利変動が住宅市場に与える懸念は限定的と捉える意見が多いが、住宅価格が上昇を続ける中でも住宅が売れている大きな要因が低金利環境であることから、今後の金利動向には注視が必要といえる。
物価や金利などが生活に直接的な影響を与えることが懸念される中、住宅に関する税制が優遇縮小の方向となることは一部の需要者に対して住宅購入力を低下させることになる。2月1日付の日経新聞に掲載された「住宅高騰、増やせぬ子ども 面積も狭く心理冷やす」という記事などで、居住面積の縮小は少子化の一因になり得る点が指摘されている。足元では分譲マンションの購入単価が上昇している一方で、住宅に関わる税制改正や物価高など住宅購入力の低下につながるような動きがいくつも生じているため、購入できる住居は分譲マンションを中心に小さくなる傾向にある。では、郊外に住居を構えることで問題を解決できるかというと、そういうわけにもいかない側面がある。
その理由として、今の高価格帯となっている住宅の需要を下支えしているのが共働き世帯である点が挙げられる。以前の住宅購入はシングルインカム(主に世帯主の収入)で考えられる傾向にあったが、今は世帯年収で購入可能額を決めることが一般化しつつあるのだろう。そうなると、夫婦ともに通勤時間が長くなる郊外の住宅購入は、テレワークが普及したとはいえ許容されにくい。結果的に、住居面積の縮小を選択せざるを得ない状況となり、それが少子化の一因となることが懸念される。
低金利環境であることを契機に住宅ローン減税幅は年単位で既に縮小されていること、税制改正で住宅取得等資金に関する贈与税の枠がなくなることは、一部の需要者にしか直接的な影響はないかもしれない。しかし、現役世代がインフレ(食料品や電気代などの生活コストの上昇)下にあっても、消費などに余力を持てるような支援のチャネルを増やしていくことこそが、これからの政策には必要不可欠なのではないだろうか。それが回りまわって、少子化対策にもつなががっていくことも期待される。住宅政策の転換、税制の改正によって、優しさにあふれた社会へとつながることを願ってやまない。
資産移転時期の自由度確保により、ライフスタイル等の変化に応じた住宅取得を下支え ~ 吉田資氏
不動産流通経営協会「不動産流通業に関する消費者動向調査(2022年度)」によれば、首都圏の住宅購入世帯のうち、「親からの贈与」を受けた割合は14%であり、新築住宅の購入世帯に限定すると20%に達している。また、贈与額に関して、「1,000 万円超」との回答が36%を占めた。国土交通省「不動産価格指数」によれば、関東地方のマンション価格は前年比+12%上昇、戸建住宅価格は前年比+6%となり上昇が続いている。住宅価格が高騰するなか、「親からの贈与」の状況が住宅購入における意思決定に与える影響は小さくないと思われる。
国土交通省「令和3年度住宅市場動向調査」によれば、一次取得者における自己資金比率(平均)は、「分譲マンション」で29%、「分譲戸建住宅」では19%にとどまっている。これまでの低金利を背景に、多額のローンを借り入れて、住宅を購入する世帯は多い。しかし、住宅金融支援機構のフラット35の金利(借入期間21年以上35年以下)は、2022年1月の1.29%から2023年2月の1.88%へ上昇している。2022年12月に日銀は「イールドカーブコントロール」の許容幅を従来の±0.25%から±0.50%へ拡大し、10年国債利回りの上昇を容認した。そして、2023年4月からは植田新総裁のもと、金融政策の見直しに着手することが想定される。こうした状況下で、住宅ローン金利の上昇傾向は継続するとの見方が強まっている。多額の借入を行うことが難しくなるなか、住宅購入の意思決定において「親からの贈与(資産移転)」の重要性は高まっている。
2023年度の税制改正は、「令和4年度税制改正大綱」で示された「相続税と贈与税をより一体的に捉えて課税する観点」で「資産移転時期の選択に中立的な税制の構築」を目的として行われた。親からの資産移転時期の自由度が増したことで、消費者のライフスタイルやライフステージの変化に応じて、住宅を取得できる環境が整えられつつある。
一方、「直系尊属の住宅取得等資金に係る贈与税の非課税制度」は、2023年末をもって終了する公算が高まった。前述の不動産流通経営協会によれば、上記の非課税制度を利用することで、当初の予定よりも、立地や広さ、仕様がよりよい住宅を取得することができたと実感している住宅購入者は多い。こうした状況を鑑みると、住宅市場において、移転する資産額が大きい富裕層を軸に、制度終了を見据えた「駆け込み(先食い)需要」が発生することも考えられる。高価格帯のマーケットを中心に、その動向を注視する必要があるだろう。
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