日本の土地の価値と建物価値
戦後の日本は、高度経済成長・列島改造・国土開発を伴う都市化の進展・三度にわたる不動産バブルとバブル崩壊を経て、「失われた10年」と揶揄された長期的な経済停滞を経験した。現在、土地の価格は下落の一途をたどり、2000年に入ってからは一部の地域では価格の下げ止まりまたは好転したところもあるものの、国全体のマクロ的な意味では依然として下落基調にある。
さらに近未来に目を移せば、日本は有史上どの先進主要国も経験したことのない速度で進む人口減少と高齢化をむかえ、土地価格のマクロ的なトレンドは一層マイナス方向へと働き、四半世紀後には半分または三分の一までに下落してしまうのではないか、という予測まで出されている。空き家は増殖し続け、民間のシンクタンクの調査では、今後10年ほどで空き家は日本の住宅ストック全体の約四分の一まで増加することも予想されている。
建物価値に目を移せば、1969年からの建物部分に対する建物投資総額との比較によると、現在の評価額との間で約500兆円も毀損してしまっていることに大きな注目がされ始めている。(国民経済計算 SNA: System of National Account)
この建物価値に関する実態は、今後の住宅市場のあり方を考えていく上で様々な示唆を与える。
国民の資産として形成されていない建物価値
最も重要な論点は、住宅建設産業に投入された資金が国民の資産として形成されていないということであろう。マクロ経済上で見たときの建物の劣化が大きいことを意味しているが、この劣化には大きく次の3つの要素が存在する。
①建物そのものの物理的劣化
②建物の技術進歩のなかで発生する経済的劣化
③建物が取り壊しされることにより寿命が消滅することによる劣化
(Diewert and Shimizu(2014), Diewert, Fox and Shimizu(2014))
なかでも国民経済計算においては、③の取り壊しに伴い投資された建物が消滅することによる劣化が大きく影響する。だが、取り壊しによる資産の消滅は次の意味で注意深く見ておく必要がある。
まず日本が過去この推計期間において、高い経済成長を達成するために生産性の向上が優先され、列島改造・国土開発などに伴う都市の機能更新速度が早かったことである。加えて不動産バブル期には投機的な取引が横行し、本来の不動産価値とは関係ない取引や建物投資が行われたこと。バブル崩壊後にはバブル期に本来の利用とは関係ない形で建物開発が進められたことから、その本来の建物価値を修復のために再投資が行われ、新しい建物利用へと転換されていったということを覚えておかなければならない。
この期間、寿命を全うしない多くの建物が壊されていった。これは住宅政策や都市政策だけの責任ではなく、住宅投資を景気対策の道具として利用してきたマクロ経済政策の失敗による問題が、国民経済計算上での“建物資産の毀損”といった形で統計的に現れているのである。
寿命を迎えていないのに市場から淘汰されてしまう住宅資産の問題
さらに問題を深刻化させたのは、都市更新による建物の滅失を見越し、短命さを前提とした建物が多く建設されたことである。そのため欠陥住宅まではいかなくても、品質の悪い住宅が供給されてしまった。このような形で、建物寿命が短命化してしまったことも否定できないであろう。
しかし、この問題は「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」(2009年(平成21年)6月4日施行)に代表されるように、良質の住宅が社会に供給されるようになってきたことから、時間の経過と共に解決の方向へと向かっている。
では現在、どのような社会的な課題が残っているのであろうか。
先に述べたように、人口減少・高齢化に伴う社会全体のダウンサイジングが進む中では、都市の更新エネルギーは大きく衰退する。よって、寿命を迎える前に取り壊しがされていくような住宅は減少するであろう。むしろ寿命を迎えたにもかかわらず社会に放置されてしまうような「放置住宅」や「空き家」が増加してしまうことになる。
このことは国民経済計算上、建物価値の劣化を小さくするように作用するが、社会にとっては建物価値の劣化といった問題だけでなく、社会全体に負の外部性をもたらすことになるため、一層大きな社会課題へと発展する可能性が高い。
様々な先行研究に基づく整理をしてくると、「寿命を迎えていないのに市場から淘汰されてしまう住宅資産が相対的にも絶対的にも大きくなっていく可能性が高い」という問題への対応が政策的に求められていると考えてよいのではないか。また、適切な措置が講じられないことで、寿命をむかえていない住宅資産が毀損してしまう問題の対応が、より一層重要になってくるのではないかと考える。
中古流通市場の活性化で社会資源として再生する
これらの問題を回避していくための有効な手段として、中古住宅市場・リノベーション市場を活性化させていくことが挙げられる。
寿命を迎えていないにも関わらず、社会的に有効に活用されていない住宅に関しては、それを必要としている消費者とマッチングさせることで資源として再生されなければならない。
これは中古流通市場の活性化によって対応できる部分も多い。社会的な資源として活用できるにもかかわらずその利用価値を失ってしまう住宅に対しては、リノベーションを施すことで、社会資源として再生していくことが必要となる。
土地資産のメルトダウン、建物価値の劣化といった予測は、現行の社会経済制度を維持されることを前提に予想されたものである。このような近未来に予想されている社会課題は、中古住宅市場の活性化、リノベーション市場の活性化を通じて、回避できる可能性が高い。つまり不動産取引を含む社会経済制度の抜本的な改革をすすめるとともに、住宅仲介産業が新しい産業へと発展していくことが求められているのである。
次回以降、どのような改革と産業への発展が必要と考えるかを私見を交えて整理してみたい。
※住宅新産業研究会 提言:「透明で中立的な不動産流通市場の条件~情報流通整備と新産業の重要性」
公開日:



