「公共のホール=ハコモノ」にあらず、大阪府茨木市の「おにクル」が話題

バブル崩壊から20年間ほどだろうか、地方都市に公共建築ができると必ずといっていいほど「ハコモノ」と批判された。さまざまな公共建築があるなかでも、特にやり玉にあげられがちなのが、ホールや劇場だった。何しろホールや劇場は、投資額が大きい割に、イベントがないときにはタダの箱だ。

2020年代の今もホールにはそうした批判がつきまとう。
が、近年、大きく変化していることも確かだ。今でも「公共のホール=ハコモノ」と反射的に思ってしまう人には、ぜひ大阪府茨木市にできた「おにクル」のことを知ってほしい。
利用開始から4ケ月ほどでまだ成否を語る段階ではないが、「公共建築はこんなに変わったのか」という点では共感していただけると思う。

西側にある茨木市役所から見下ろす(写真:宮沢洋)西側にある茨木市役所から見下ろす(写真:宮沢洋)
西側にある茨木市役所から見下ろす(写真:宮沢洋)南側外観(写真:宮沢洋)
開館116日で60万人突破。単純計算で1日約5200人。まだ劇場のこけら落とし前なのに…(写真:宮沢洋)開館116日で60万人突破。単純計算で1日約5200人。まだ劇場のこけら落とし前なのに…(写真:宮沢洋)

施設があるのは、茨木市の中心市街地。JR茨木駅と阪急茨木市駅を東西につなぐ道路(約1.2㎞)の真ん中辺りで、市役所をはじめとする行政施設が集まっている場所だ。2023年11月26日にオープンした。

大ホール(ゴウダホール)のみこれまで使われていなかったが、2024年4月21日、こけら落とし公演「日本センチュリー交響楽団 特別演奏会」が開催された。これをもって施設全体のグランドオープンと位置付けている。

実は、筆者はオープンから2週間目にこの施設に行ってみた。その時点ですでに来館者数が10万人を超えていた。その後はどうだろうと、グランドオープンを間近に控えた4月上旬に行ってみると、60万人を超えていた。その人気ぶりはオープン直後の一過的なものではなかったようだ。

設計は伊東豊雄氏、「怖い鬼さんも来たくなる」楽しさ

伊東豊雄氏。2023年9月に撮影(写真:宮沢洋)伊東豊雄氏。2023年9月に撮影(写真:宮沢洋)

「おにクル」は公募で決まった愛称で、正確にいうと「茨木市文化・子育て複合施設 おにクル」だ。愛称「おにクル」の命名者はなんと6歳。茨木市内の様々な場所で目にする鬼のキャラクター「いばらき童子」を見て、「怖い鬼さんですら楽しそうで来たくなっちゃうところ」という意味を込めたそう。確かに、そんな施設なので、ぴったりの名前だ。

設計・施工は2020年に公募で選ばれた竹中工務店・伊東豊雄建築設計事務所JVが担当した。建築家の伊東豊雄氏は1941年生まれで、今年83歳。“建築界のノーベル賞”ともいわれるプリツカー賞を受賞している大御所だ。「八代市立博物館」や「せんだいメディアテーク」といった美的な建築で知られるが、近年は公共建築の敷居を下げ、「みんなの家」としての公共建築を実現することに力を注いでいる。

この施設も完成前から注目されており、以前、当サイトでも完成前のリポートが掲載されていた(こちらの記事→茨木市の複合施設「おにクル」が2023年秋に完成予定。ホールや子ども支援センター、図書館と広場がつながりあう)。

地上7階建て、延べ面積約2万m2。外部仕上げはほぼコンクリート打ち放しで、スラブ(床板)と柱を強調したデザインだ。ただ、それほど強い主張はなく、何も知らずに来たら、市役所の分庁舎かなと思うかもしれない。

伊東豊雄氏。2023年9月に撮影(写真:宮沢洋)北側には芝生の広場が広がる(写真:宮沢洋)

吸い込まれるような上昇感の「縦の道」

だが、中に足を一歩踏み入れると、「おおっ」と声が出る。

真ん中にどーんと円形の吹き抜けがあり、7フロア全体がワンルームに近い。吹き抜けに架かるエスカレーターは並行・折り返しではなく交差している。パリのシャルル・ド・ゴール空港を積層したような感じで、吸い込まれるような上昇感。この吹き抜けは「縦の道」と名付けられた。

吸い込まれるような上昇感の「縦の道」
吸い込まれるような上昇感の「縦の道」1階。左手に上階に向かうエスカレーターが見える(写真:宮沢洋)

中にはこんな機能が入っている。

<1階>
エントランス広場・オープンギャラリー・大屋根広場
きたしんホール
クッキングラボ ことこと
屋内こども広場 まちなかの森 もっくる
カフェ「ティ・コ・ラッテ Terrace」

<中2階>
共創推進課事務室
おにクルオフィス
一時保育室

<2階>
こども支援センター
子育てフリースペース わっくる
おはなしのいえ
えほんひろば
多目的室 C1・C2

<3階>
ゴウダホール(大ホール) 舞台・楽屋
リハーサル室
多目的室 M1・M2
多目的室 D
音楽スタジオ1・2
音響 映像制作室・録音室

<4階>
ゴウダホール 1階席
ゴウダホール ホワイエ

<5階>
おにクルぶっくぱーく(図書館)
ゴウダホール 2階席

<6階>
おにクルぶっくぱーく(図書館)

<7階>
市民活動センター きゃぱす
コワーキングスペース
市民交流スペース
きたしんプラネタリウム
屋上広場
交流ホワイエ
会議室1・2・3・4
和室

吸い込まれるような上昇感の「縦の道」フロア構成の案内図(写真:宮沢洋)

複合のカギは”図書館の解体”

大きく言うと、大ホール(ゴウダホール)と図書館と子育て支援施設の複合施設だ。

各機能間の複合ぶり、ボーダレスぶりがすごい。ひとつには、同一フロア内の仕切り壁が少ない。利用者を見ても、何のために来た人なのか判別できない。テラスにも自由に出られる。

ただ、それだけならば最近の複合施設では珍しくない。この施設のカギは、図書館の機能が各階に分散されていることだ。

エスカレーターのまわりにも本(写真:宮沢洋)エスカレーターのまわりにも本(写真:宮沢洋)
エスカレーターのまわりにも本(写真:宮沢洋)各階に本が分散されている。家具のデザインを担当したのは、昨年12月に亡くなった藤森泰司氏

図書館のメインは5〜6階だが、2階は子ども向け、3階はアート系、7階は宇宙、という具合に、各フロアに関係する本を「縦の道」の近くに置いている。本を読みに来た人が実際の活動に触れる、あるいはその逆もあるだろう。

「縦の道」の視覚的インパクトは、「一体この先は何があるのだろう」と、利用者を上まで引き上げるポンプの役割を果たす。

エスカレーターのまわりにも本(写真:宮沢洋)「縦の道」を見上げる(写真:宮沢洋)
エスカレーターのまわりにも本(写真:宮沢洋)「縦の道」の最上部はトップライト(写真:宮沢洋)

時差オープンは狙い? ホールなしが“日常”として浸透

冒頭に書いたように、公共ホールは「ハコモノ」の代表に挙げられがちなプロジェクトだ。そのこけら落とし公演は、自治体の首長や関係者にとって一世一代の晴れ舞台であり、ゆえにその建築にとって“最も輝く時”(すなわち、その後は下るのみ)になりがちだ。

ところが、この施設は、目玉の大ホールがこけら落としとなる半年前に、他の施設が先行オープンした。それは、この施設に実にマッチしたスタートだった。利用者も運営側も、劇場を使っていない状態をベースにこの施設を見るようになったからだ。

大ホール内(写真:宮沢洋)大ホール内(写真:宮沢洋)
大ホール内(写真:宮沢洋)大ホールのホワイエは、公演時だけカーテンで仕切られてホワイエとなる。通常時はフリースペース。カーテンのデザインは安東陽子氏(写真:宮沢洋)

おにクルは大ホールも魅力的だが、もはや大ホールでイベントがあろうがなかろうが、それ以外の施設で十分な魅力を発信している。大ホールと他施設の時差オープンがそういう狙いのもとに計画されたのだとしたら、なかなかに高度なシナリオだ。

そんなことも含めて、ぜひ現地を見てほしい。むしろ、何のイベントもない日に、人々がどう使っているかを見る方が価値がある。今の日本の先端を行く公共建築であることは間違いない。

■概要データ
施設名:茨木市文化・子育て複合施設 おにクル
所在地:大阪府茨木市駅前三丁目9番45号
建築面積:4,328.83m2
延床面積:19,715.22m2
芝生広場面積:3,913.6m2
構造:鉄骨コンクリート造(一部鉄骨造)
階数:地上7階
高さ:42.78m
設計:竹中工務店・伊東豊雄建築設計事務所共同体
施工:竹中工務店

大ホール内(写真:宮沢洋)図書館のメインフロアである5階(写真:宮沢洋)

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