「港町」や「異国情緒あふれるまち」など、独特なイメージのあるまち・神戸。そんな神戸のステレオタイプなイメージは、実は一部だけで、小さな商店街や長屋の趣など、下町情緒あふれるまちの姿も、まだまだたくさん残っています。時に坂道が多く、時に山道のような。そして時には歴史が垣間見える通りを歩けば歩くほど、そのまちならではの魅力に出合えるまち歩き。一見普通の住宅街でもまちを知る喜びが詰まっています。
そんな神戸の小さなまちを“勝手に”散策し、“勝手に”魅力を掘り出すまちあるきイベントが、「勝手にまち探訪」。塩屋のまちでさまざまな遊びを生む「シオヤプロジェクト」が主催しているイベントです。坂と車の入れないような小径が繰り広げられる塩屋を歩く、「勝手に高低差学会」から活動は始まり、その後舞台を塩屋の外に飛び出した「勝手にまち探訪」がスタート。「同じ道を2度通らない、一筆書きのまちあるき」をモットーに、ほぼ毎月小さなまちをみんなで7時間歩き探訪しています。
記念すべき60回目のタイトルは「勝手にまち探訪 山本通編」。北野町の南に位置する「山本通」は「異人館通り」とも呼ばれる神戸市中央区の通りの名称であり、諏訪山の裾野に広がる地区の名前でもあります。実はこの地が、明治から大正時代にかけて神戸黎明期の歴史の舞台だったことはあまり知られていません。東の1丁目から西の5丁目まで、山本通エリアを路地裏まで味わいつくした案内人の偏愛にあふれたまち歩きを、大きく3つのポイントでご紹介します。
ダイナミックな都心整備が生んだユニークな街景色
今回の案内人は、まち探訪のレギュラーガイドともいえる野口志乃さん。この企画では「諏訪山町・再度筋町編」「北野町編」に続いて3回目の登場です。普段のお仕事は建築設計やまちづくり。神戸で30年以上暮らし、伐採の危機から町の大木を守るために北野町に自宅を建ててしまったという逸話の持ち主です。
集合場所のサンキタ広場に集まった参加者は23名。7時間という未知のまち歩きにたじろぐ初参加者もいれば、朝飯前とばかりに別のエリアでまち歩きを済ませてきた強者も。最近神戸に移住してきた方もいて、年齢層もさまざまです。広場を出発し、「フラワーロードなんて見飽きましたよね」と野口さんは迷うことなく細い路地へ。新神戸方面へ北上する一行。「職業=神戸」の肩書きに嘘偽りのないマニアックなツアーの始まりです。
いや待て。山本通を歩くはずが、なぜ私たちは新神戸駅へ向かうのか。そんな困惑の色を隠せないビギナーたちをベテラン勢が引っ張る形で歩を進め、「加納町歩道橋」へ。野口さんが変則的なルートを選んだ理由は、神戸特有の地形やインフラ整備によって生まれたまちの魅力を体感してもらうためでした。
この歩道橋は加納町3丁目の交差点に対して斜めに架かっています。南北に通るフラワーロードには旧生田川が流れていて、氾濫を防ぐために明治時代初期に加納宗七という人が主導して流路を付け替える工事を行いました。流路の関係で斜めに付けざるをえず、地盤が弱いせいもあってか揺れやすくなっているとか。行きたい方向とズレるからか、観光客の方々が橋の上で戸惑っているのを野口さんはよく見かけるそう。ちなみに「加納町」というこの地区の名称は加納宗七にちなんで付けられています。
さらに北上して、新神戸ロープウェー歩道橋からANAクラウンプラザホテル神戸の脇を通過。「新神戸駅周辺は何度も来たことがあるけど、こんな道は初めて知った!」と参加者は興奮。歩いた先には山麓バイパスのトンネルが目前にあり、看板には「バスのりば」の文字が。しかし、肝心のバス停が見当たりません。「こっち、こっち」と野口さんが先導していきます。
探していたバス停「新神戸駅前」を塀の反対側に発見。トンネルに吸い込まれていく車を眺めながら階段を上がると、新神戸駅はすぐそこです。
「普通のまち歩きでは決して歩かない場所ですが、神戸市による土木インフラの痕跡が色濃く残っていて私はとても好きなエリアです。山麓から海岸線の方まで南北2.5kmという狭い土地の中で、山麓バイパスや新神戸トンネルを通したり、新幹線の駅やロープウェイを設けたり、観光を盛り上げるためだけではなくて都心インフラをいかに必死に整備してきたかがよく分かります」
少ない平地を活用するために洪水を止め、山にトンネルを掘り、新幹線を通し、多少強引でもここにバス停を設けた先人たちのダイナミックな偉業を肌で感じる一行でした。神戸布引ロープウェイや北野クラブソラといった有名なスポットはもちろん素通りして、ロープウェイ下を流れる桜谷川へ寄り道。
野口さんが手にしているのはゼンリンの住宅地図。この場所には中国や台湾の人の住宅が数軒あり、お寺もあったそうです。今はもう建物の外塀が残る程度で、当時の様子はうかがい知れません。野口さんはこうした地図上で見つけた生活の痕跡をたどっては、その人たちが今どこでどう生きているかと思いを馳せているそう。
出発からそろそろ1時間半ほど。思い出したかのようにシオプロの森本アリさんが「今日のエリアってどこでしたっけ?」と尋ね、「山本通です。なかなか目的地に行かない。いつもの私のスタイルです!」と野口さん。建築家・ランドスケープアーキテクトという職業ならではの鳥瞰的な目線というべきか、外堀を埋めるように山本通へ近づいていきます。
歴史の影に名脇役あり。いよいよ山本通へ
北野町へ向かう道すがら小雨に降られながらも、午後0時22分、ついに探訪のメインとなる「山本通」に入りました! 東の1丁目から西の5丁目へ横移動をしながら、野口さんが「どうしても皆さんを連れていきたい」とお昼休みに話していた目的地へ向かいます。
山本通1丁目はこの不動坂より西側に広がっています。北野町・山本通エリアは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、明治中期から昭和初期にかけて多く建てられた洋風建築物が残る地区。その後はインドやトルコ、ユダヤ系商人、華僑の方々も移住してきました。宗教寺院も建てられていて、現在も多種多様な人種・国籍の人々が暮らしていることが、まちを歩くだけで感じられます。
例えば、山本通1丁目の「神戸ハリストス正教会(生神女就寝聖堂)」は日本正教会の聖堂。ロシア革命で亡命してきたロシア人が建設し、神戸大空襲で焼失したものの、神戸のチョコレートメーカー「コスモポリタン」(2006年廃業)を営んでいたヴァレンティン・フョードロヴィチ・モロゾフさんらの尽力で現在の聖堂が建てられました。
こちらは山本通3丁目から見た「神戸ムスリムモスク」です。1935年に建てられた日本最古のモスクで、空襲や震災にも耐え抜いたイスラム教の寺院。ただし、野口さんからは「男性は1階で女性は2階のみ見学可で、髪をスカーフで覆うなど服装にも注意が必要です」とお話がありましたので、見学される方は事前にホームページをご確認ください。
こちらは山本通3丁目の裏道に佇む、「旧チルン邸」ほか1920年代あたりに建てられたロシア人の住居が並ぶエリア。山本通3丁目を東西に走る東亜筋線の北側にあります。それぞれの国の人々が狭い斜面地を開拓しながら、居心地がいい生活の住処をどうにか見つけていたことが想像されます。
さらに西の山本通4丁目へ向かうと思いきや、野口さんは北へ。その先にあるのは「追谷墓園」でした。「私たちに何を見せたいんやろ…?」とつぶやきながら参加者たちは上へ上へと上っていきます。修行のように続く階段。上着を脱いで案内人を追いかけます。
辿り着いた先にあったのは、関戸由義(せきど よしつぐ)のお墓でした。野口さんが愛を込めて「関戸のよっちゃん」と呼ぶ関戸由義は福井藩の元藩士。明治期に国際貿易都市・神戸の礎を築いたとされる人物です。幕末の混乱に乗じて買い叩いた書画や骨董をサンフランシスコで売りさばき、その資金で銃などを仕入れて帰国後に諸侯へ売り込んで富を得たそう。私塾を経営した後に兵庫県、そして当時の神戸町に勤めました。
午前中に訪れた旧生田川跡の道路幅について加納宗七に進言したり、栄町通・中山手通・下山手通・三宮城ヶ口筋・諏訪山筋・再度筋を建設したりと、渡米時に得た道路を基本とする都市づくりの知識はいかんなく発揮されました。神戸の方々に存在した墓所を統合して「城ヶ口墓地」という近代的な共同墓地を新設したのも関戸由義です。その後、大正14年に追谷墓園へと移転され、神戸の代表的な墓地に関戸由義の墓も移されました。
「神戸の近代化、まちづくりに必要なことをあらゆる手でやりきった関戸さんがいたからこそ、今の山本通・諏訪山・北野町のまちがあるんじゃないかと思うんです。彼は晩年に一家が離散して、手元の資金も使い果たして隠居したときに、諏訪山のどこかに“関戸町”という名前くらい残せばよかったなと話したエピソードが残っています。決して表街道に出るのをよしとしない仕事の仕方が私と似ていて、この人のことが大好きでしょうがないんです。皆さんが期待した山本通ではないかもしれませんが、私が好きな散歩コースでもあるのでみなさんをお連れしました。私も職業=神戸で生きてきたから、ここに入れてもらえたら本望です」
そう語った野口さんは参加者たちと一緒に、歴史の影で神戸のまちを支えた人物に手を合わせていました。
シオプロ的!おすすめ寄り道スポット集
シオプロのまち歩きといえば、細い道や高低差に引き寄せられてついつい寄り道するスタイルがおなじみです。加納町の路地に潜んだ面白い景色。表通りも裏通りも豊かな山本通・北野町界隈。いつもの自分なら通らないであろう道を積極的に歩いてみると、思わぬ絶景&珍景に出合うことができます。
山本通を歩き尽くした案内人による極上のまち歩き、いかがだったでしょうか。ひと口に山本通といっても、東から西へ、北から南へと歩いてみると、1丁目から5丁目までまちの雰囲気もエリアごとに違っているように感じました。この地域に興味を持たれた方は、明治、大正、昭和とここで暮らしてきた多種多様な人々と同じように、ぜひまちを巡って住み心地のいい場所を見つけてみてくださいね。
〇今回の主なルート
サンキタ広場(集合場所)―加納町歩道橋―新神戸ロープウェー歩道橋―バスのりば「新神戸駅前」―桜谷川―北野三本松広場―山本通東公園(山本通1丁目)―人道支援の地「神戸ユダヤ共同体」(神戸ジューコム)跡地―神戸ハリストス正教会・神戸聖母就寝聖堂―一宮神社―北野坂(山本通2丁目)―北野坂にしむら珈琲店裏手の木―カトリック神戸中央教会―異人館クラブパート3―神戸ムスリムモスク―旧チルン邸(山本通3丁目)―深道閣トンネル―追谷墓園―諏訪神社鳥居前―おやつ屋 かもめ―再度橋(ふたたびばし)―maison38(國本助産院 別館)(山本通5丁目)―山本通4丁目の路地―つばきや前(解散)
今回の街歩きの舞台、神戸・山本通
今回のまち歩きは、神戸・山本通。三宮から山手に歩き異人館通りの目と鼻の先に広がるエリアです。JR三ノ宮駅・阪急の三宮駅前から徒歩、またはバスで訪れることができます。
幹線道路沿いにあるお店と通りを1本入るだけで様変わりする人通りと店のムードは一見の価値ありです。そんな三ノ宮から山本通周辺の家賃や評判はというと、平均家賃がワンルームで6.76万円。「交通の利便が非常に良く、商業施設や繁華街、観光地もあり、人も多すぎず一人暮らしとして住みやすい」という意見や、「交通の便もよく、そこそこ都会で自然もあり、とにかく便利」といった意見がLIFULL HOME'S「まちむすび」には寄せられています。
山本通エリア、三宮駅の賃貸物件を探す
取材・文:柿本康治