「港町」や「異国情緒あふれるまち」など、独特なイメージのあるまち・神戸。そんな神戸のステレオタイプなイメージは、実は一部だけで、小さな商店街や長屋の趣など、下町情緒あふれるまちの姿も、まだまだたくさん残っています。時に坂道が多く、時に山道のような。そして時には歴史が垣間見える通りを通って、歩けば歩くほど、そのまちならではの魅力に出会えるまち歩き。一見普通の住宅街でもまちを知る喜びが詰まっています。
そんな神戸の小さなまちを“勝手に”散策し、“勝手に”魅力を掘り出すまちあるきイベントが、「勝手にまち探訪」。塩屋のまちでさまざまな遊びを生む「シオヤプロジェクト(シオプロ)」が主催しているイベントです。
坂と車の入れないような小径が繰り広げられる塩屋を歩く、「勝手に高低差学会」から活動は始まり、その後舞台は塩屋を飛び出した「勝手にまち探訪」がスタート。「同じ道を2度通らない、一筆書きのまちあるき」をモットーに、ほぼ毎月小さなまちをみんなで7時間歩き探訪しています。
今回は第58回「勝手にまち探訪 灘編」に参加しました。灘を舞台とした「まちあるき」は12月の恒例となっており、今回で6回目を数えます。建築的にも興味深い住宅や文化施設が残り、そしてなにより「シオプロ」の大好物である高低差の激しい街並みを特徴とする同エリア。坂!坂!坂!のスパルタ回の始まりです。
町の隠れた細部を見落とさない!駅前~灘丸山公園の前半戦
午前10時、阪急六甲駅に集合して参加人数を確認すると、なんと40人越え!過去最多ではないかとのささやきが聞かれます。それもそのはず、12月恒例の灘回の案内人は、フリーペーパー「naddism」やメールマガジン「naddist」などのメディアでの発信、イベントやツアーの企画、「灘百選の会」「摩耶山再生の会」ともに事務局長を務めるなど、ここに書ききれないほどの活動をされている灘のスペシャリスト、慈憲一(うつみけんいち)さん。豊富な知識、経験によるニッチな開拓ぶりが人気を博しています。「僕は坂道でも歩くのが早いので付いてきてくださいね。遅れたらこっそり帰ってもらっても大丈夫です」と、既になかなかのスパルタ回の香りが……。ちなみに集合場所の阪急六甲駅2階部分はもともとボーリング場になる予定だったといいます。
さて、最初に向かったのは阪急神戸線の車窓からも見えるランドマーク、新六甲ビル。1966年創業で2023年1月に歴史に幕を下ろした中華の名店「六甲苑」が入居していたモダンビルです。久々に六甲に降り立った参加メンバーからは「閉店しちゃったんだね」と当時を懐かしみ、閉店を惜しむ声も聞かれました。
駅前は六甲幼稚園の敷地内に佇む和風邸宅、松泉館を眺め、本格的なまち探訪が始まりました。向かったのは篠原中町。
一見、なんの変哲もない郵便局に立ち止まりました。聞けば、「篠原銀座」として栄えていた時代、その中心となっていたのが郵便局だったとのこと。
正面から見ればとても立派な郵便局の面構え。しかし横から覗くと……。いわゆる「看板建築」でした。看板建築について調べてみると、正面と側面で異なる造りはやはり資金の問題と大きく絡んでおり、ある種の見栄とブリコラージュ的な工夫によって作り上げられたものだといえるのかもしれません。高級住宅地として知られる六甲で、こうした建物が残っていること自体に面白味を感じます。
参加者の皆さんも驚きの声と共に、正面と横から写真撮影をしていました。
次に出くわしたのは角に突き出した祠とお地蔵さん。西国街道のバイパスの名残を残すこのエリア。江戸時代末期、居留地の外国人大名とのトラブルを回避すべく、街道を迂回するように設備された「徳川道」の目印になっていたといいます。
歩みを進め、山麗線/国魂線という大通りに出ると、護国神社前というバス停に行き当たりました。実はここ、慈さんのお気に入りのバス停だとか。
不思議なのが昇って降りるだけの階段が設置されていることで、こうした一見無意味にも思える町中の設備を見ると、かつて赤瀬川原平らが発足させた「路上観察学会」の活動を思い出してしまいます。このまち歩きの最中、無意味な機能を携えた住宅に「トマソンちゃう?」などと発言されていた参加者の方もいらっしゃいました。赤瀬川的な美意識の持ち主はぜひ奮ってご参加ください。
休憩スポットの灘丸山公園を目指して歩いていると、再び川にぶつかりました。こちらは杣谷(そまたに)川です。先ほどの六甲川と同様に都賀川の分流なのですが、何とも切ない気持ちになる杭を発見。高級住宅地を流れる“貧乏川”。杭自体に神戸市の文字があるので、通称ではなさそうです。
諸説あるそうですが、水の豊富な同地にもかかわらず農作物が実らずに農家が貧乏になったため、この名前がつけられたといいます。
公園に近づくにつれて、坂が徐々に長く、急になってきました。灘の坂は南北だけでなく東西にも伸びるさまがその特徴だといいます。
円筒の側面がほぼすべて窓になっている建物を発見。美野丘小学校です。この特徴的な円形校舎は採光のための工夫で、教室は中心に教壇があり、窓際に近づくにつれて広がっていくような形をしているのだそうです。バウムクーヘンを思い浮かべるとわかりやすいでしょうか。円形校舎自体は50年代の後半に多く建てられたものの、60年代後半になると増築困難な構造が理由で新築されなくなり、老朽化などの問題で徐々に解体され、現存する建物はいまや珍しくなりました。美野丘小学校は、1956年に摩耶小学校から分離する形で新設された学校で、いまでは地域のシンボルとなっています。すれ違った小学生とは、なぞのコール&レスポンスも。
100段近くある階段を登れば、灘丸山公園に到着です。もともとは神戸製鋼所の野球場だったのだそう。ここから放たれたホームランボールが下の家の窓を割ってしまっていたことは言うまでもありません。
いよいよ難関坂にアタック!墓地に、だんじりに、盛りだくさんな後半戦
公園で昼食と自己紹介を済ませ、まち歩き後半戦がスタートです。前半戦の途中から少しずつ坂が増えてきたものの、涼しい気候もあってか、まだまだ皆さん体力が有り余っている模様。
まだまだ緩やかな登り坂の先に見えてきたのは、今回の目玉である長峰霊園。お墓が目的地になるまち歩き。なんとも罰当たりな気もしてきますが、「僕はお坊さんでもあるので安心してください」と慈さん。実際、慈さんのお寺のお墓も同地にありました。
この霊園の特徴は、協議会ごとにお墓が区分けされているところにあります。そのため、地域のご近所さんはそのままお墓のご近所さんに。
具体的な名前が彫られているので個別の写真は載せられませんが、全国展開の有名スーパーの創業者、ご当地の著名人、オリンピックアスリート、コーヒーメーカー創業者などなど、各分野の重要人物が眠っています。また、キリスト教の区画やペットのお墓、形状で言えばコーヒーカップを模した墓石など、普段はなかなか目にしないようなお墓もありました。「ここに眠るのは……」と慈さんの詳細な説明を聞きながら1時間ほど園内を探訪しましたが、超ローカルネタを許してもらえれば3時間は滞在できると豪語されていました。石に造詣の深い参加者の方が迫田さんと超ニッチな石トークを繰り広げる一幕も。
道中、「この辺りに面白いマンホールがある」と慈さん。写真のマンホールは一般的な神戸市水道局のものではなく、阪神水道のものでなかなか見かけないといいます。
また、マンホールのすぐ近くには神戸市水道局の管理する接合井(せつごうせい)がありました。神戸市の水道水は淀川の水をポンプアップし、さきほど訪れた灘丸山公園のタンクから市街地に配水される構造になっていますが、標高差が凄まじいため減圧が必要となります。そのときに活躍するのが接合井です。反対にこの標高差を活かして水力発電を行なってもいるので、生活の際には“水”にまつわる事柄に注意を払っておくと町のことをより深く知ることができるように思います。
しばらく歩くと厳島神社に到着しました。ここには灘の「だんじり祭り」で使用されるだんじりが納められており、さきほど霊園を案内してくださった迫田さんがご好意で見せてくれるというのです。迫田さんはかつての祭りの際にだんじりの上に立ったこともあるお祭り男だとか。
市内屈指の4トン半もの重量を誇るだんじりは最大20人乗ることができ、昭和7年に小屋のなかで2年間かけられて作られたそうです。
いよいよクライマックス。筆者の印象ではこのまち歩きにおいて最長にして最も過酷だった坂を登り、篠原伯母野山町を目指しますが、あまりの急勾配と距離の長さに徐々に列が後ろに伸びていきます。皆さん、12月の寒空ながら汗をかき、ジャケットを脱ぎ、水分を補給しながらなんとか慈さんに食らいついていきました。中高一貫校である六甲学院の学生さんたちは毎日この道で通学されているそうです。
そしてついに篠原伯母野山町に出ました。慈さんと同様に灘に精通した参加者の方によれば、「神戸八景」とは1932年に神戸又新日報が公募、選定した景観のことで、こちらの石碑は岡野氏というこの辺り一帯の土地を持っていた材木商によって建てられたものだそうです。この石碑で右に折れ、閑静な住宅街や階段のある公園を歩き、北側最後の目的地の大月台公園でひと休み。
大月台公園からは六甲川に沿った神戸六甲線をひたすら下ります。周囲にある団地群は都会に建造されたものとは異なり、傾斜がありながらも広々とした土地だからこそ、贅沢さと遊び心を兼ね備えていました。団地好きの方のみならず近代建築全般に興味がある方には一見の価値があるのではないでしょうか。
神戸大学のキャンパスを左手に見ながら歩き続け、『ウルトラセブン』のロケ地としても知られる「旧ホテル六甲ハウス」で本イベントは終了!
いつもながら7時間まちを歩き、ビル100階分の上り下りをした今回。生活するうえでは「疲れるから」と避けてしまいがちな坂道も、「面白そう!」とポジティブな気持ちで登れば、急勾配だからこその景色を楽しんだり、町の特性を理解することができると感じました。既に数々の映画やドラマのロケ地として使われる灘エリアですが、まだまだ知られていない建築物やお気に入りのスポットを開拓する余地に溢れています。
また、慈さんの運営するメディアをはじめ、自身の住む町の歴史や面白ネタを紹介するメディアや人に恵まれている側面も。調べてからまち探訪するもよし、自分の足で新たなネタを探すもよし。また訪れたい町のひとつとなりました。
閑静で治安のいい、阪急六甲駅周辺で暮らす
今回のまち歩きで歩いた範囲は、篠原中町、篠原本町、篠原北町、長峰台、大土平町、篠原伯母野山町、篠原台、大月台と、特に南北に広範囲でした。集合場所の阪急六甲駅を最寄りとするならば、平均家賃は5.28万円と、阪急神戸線のなかでも比較的抑え目です。
通勤特急や特急は停車しない駅ながら、西宮北口までは15分、大阪梅田までは40分ほど、どちらも乗り換えなしで行くことができます。山をすぐそばに感じる自然環境を考えれば都心へのアクセスは十分です。
参加者の方にお話を伺っても、とても閑静で治安のよい町とのことでした。県有数の進学校や有名大学などもあり、教育の面でも恵まれた場所だと言えます。
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取材・文:石川宝