「港町」や「異国情緒あふれるまち」など、独特なイメージのあるまち・神戸。そんな神戸のステレオタイプなイメージは、実は一部だけで、小さな商店街や長屋の趣など、下町らしい姿も、まだまだたくさん残っています。時に坂道が多く、時に山道のような。そして時には歴史が垣間見える通りを通って、歩けば歩くほど、そのまちならではの魅力に出会えるまち歩き。一見普通の住宅街でもまちを知る喜びが詰まっています。

そんな神戸の小さなまちを“勝手に”散策し、“勝手に”魅力を掘り出すまちあるきイベントが、「勝手にまち探訪」。塩屋のまちでさまざまな遊びを生む「シオヤプロジェクト」が主催しているイベントです。坂と車の入れないような小径が繰り広げられる塩屋を歩く、「勝手に高低差学会」から活動は始まり、その後舞台を塩屋の外に飛び出した「勝手にまち探訪」がスタート。「同じ道を2度通らない、一筆書きのまちあるき」をモットーに、ほぼ毎月小さなまちをみんなで7時間歩き探訪しています。

今回は「西岡本編」をレポート。エリアとしては阪急神戸線より北側を中心に、東西は阪急岡本駅から住吉川までを移動します。明治以降、大阪のベッドタウンとして発展していった東灘区の山麓部は、眺望のよさと自然が近く閑静な住環境で人気の地域です。200段の石段を上り、アート鑑賞をして、歴史ミステリーを追いかける、盛りだくさんなまち歩きの始まりはじまり。神戸市の物件を探す

西岡本編の案内人は、「城が山・王居殿編」も担当した北岡直子さん。シオヤプロジェクト(シオプロ)の森本アリさんいわく、普段は神戸市内で「まちづくりコーディネーター」と呼ばれるようなお仕事をしています。

「町内会などで、地域の皆さんが実現したいことをサポートする仕事をしています。主体はまちの方々で、私がいなくても成立するようにしていて。今日のまち歩きは、皆さんからおもしろいスポットを教えてもらいながらできたらいいなと思っています。そのほうがみんなで話しやすいでしょ? しゃべりたそうな人いっぱいやからね!」

JR摂津本山駅に集まった、23名の参加者たちにやさしく声をかける北岡さん。事前に調べたまちの資料を取り出して、ウズウズしている参加者もいます。城跡に詳しい人、ロケ地巡りをしている人、絵葉書マニア。個性豊かな常連さんも、初参加のメンバーも、会話を楽しみながら岡本エリアを歩き始めます。

へボソ塚へ寄り道

「へボソ塚、すぐそこやから見に行きません?」

山手幹線を渡って北へ向かう途中、シオプロ・森本アリさんが早速の寄り道宣言。「早すぎるわ~」と笑いながらも付いていく一行。

駐車場の脇にポツンとあった「ヘボソ塚古墳跡碑」。かつてこの石碑の南側に3世紀後半から4世紀初め頃に作られた前方後円墳がありましたが、現在は並び立つ住宅によって古墳の全容はうかがい知れません。説明看板を読むと、「岡本のオサバに立てるヘボソ塚布織る人は岡本にあり」という古い里歌があるものの、へボソの意味は今も分かっていないそうです。

岡本の昔の字名には「マンパイ」「サイノ神」「ハゲ山」などめずらしい名前があるらしい。参加者同士でそんな豆知識を交換しつつ天上川を北上し、甲南大学の通学路を学生さんたちと歩きながら次の目的地を目指します。

個性に寄り添うまち御影石の産地だった

遠くに見えるマンションを指差して「30年前まであの岡本ハウスに住んでいて。青の柱のところやったような…」と懐かしむ参加者がいました。岡本の山麓エリアには味のある個人住宅や集合住宅が多く点在していて、まちが一人ひとりの個性に寄り添っているようです。

また、神戸市東部の山麓住宅地では、随所で立派な石垣や石塀が見られます。古くから御影石(花崗岩)の産地であったことも関係していますが、神戸市都市局が石積みの保全を要素として景観ガイドラインを作成するなど、風格あるまちの基礎が受け継がれています。

直方体の切石(きりいし)を布積み(横目地が水平に一直線となる積み方)している。既存の石垣を残し、上にさらに別の石積みをしている住宅も多い

自然のままの野面石(のづらいし)を崩れ積み(大ぶりな石を自然な形で崩れたようにする積み方)している。門柱は乱積みと呼ばれる積み方

玉石(たまいし)の谷積みや切石の布積みなど、石の形態や積み方を複数組み合わせているところも

この地域の石積みの位置と種類をまとめたマップを作成する人がいるほどですので、石積みオンリーのまち歩きも成立してしまうエリアではないでしょうか。

素盞嗚(すさのお)神社へ

ゆるやかな坂を上って、先ほど指差していた岡本ハウスそばの「素盞嗚(すさのお)神社」の鳥居に到着します。息を切らしながら200段ほどの石段をクリア。緑生い茂る参道を抜けた先に待っていたのはさらに急勾配な階段。「みんな、自分のペースでー!」と北岡さんからも檄が飛びます。

救いの迂回路を行く人も。37歳の私もこちらのルートをおすすめします

素盞嗚神社は自然豊かな参道も歩いていて気持ちがよく、地域住民の方々の運動不足を解消してくれるスポットになっているそう。主祭神である素盞嗚尊にご挨拶して、ジェットコースターのような帰り道をおそるおそる行く皆さん。

今度は鳥居近くから岡本8丁目の東へ移動します。路地をジグザグと味わいながら、天上川を越えて本山北町6丁目にある「OAG Art Center Kobe」へ。

ドイツ語圏の方々が多く住んだ岡本

この建物は、公益社団法人オーアーゲー・ドイツ東洋文化研究協会(OAG)が所有する文化施設です。OAGは、日本を中心とした東アジアの国々をドイツ語圏の国々に紹介することを主な目的に、1873(明治6)年に在日ドイツ人の集まりを母体として東京で設立されました。

昼食休憩をはさんで館内に入ると、アーティスト・建築家など多岐にわたる活動をしている坂口恭平さんの展覧会「everyday」が開催されていて、美術家でOAGアートディレクターの稲垣智子さんに施設に関してお話を伺うことができました。

「聞いた話によると、岡本はドイツ語圏の方々が昔は多く住んでいたそうです。貿易商をされていたドイツの方が所有するこの辺りの土地をOAGに寄付して、ドイツ銀行の役員だった当時の会長が大阪の著名な建築家に依頼して文化会館として建てました。ですが、ドイツ語圏の方が土地からだんだんと離れていって管理する人もいなくなり、10年以上使われていませんでした。私の友人がOAGのメンバーだったこともあって神戸にこんなに素晴らしい会館があることを知り、使わないのはもったいないと協会に粘り強く交渉して使えるようになりました」

2023年11月、OAG Art Center Kobeはアーティストが共同で運営する展示スペースとして再開し、現在は展覧会やアートイベント、絵画教室などを行っています。ドイツと交流のあった土地の歴史を知り、岡本にますます興味が湧く私たち。

「お話が聞けてよかったです。この流れで僕らは『ヘルマン邸』跡地に行くんですよ」

稲垣さんの隣に立ってお話を聞いていたシオプロ・森本アリさんが意味深なキーワードを残して、まち歩きは後半へ。

後半のまち歩きの舞台は「西岡本」。一行は甲南大学岡本キャンパスの西側へ。西岡本は1~7丁目まであり、東は魚崎本山線辺り、西は住吉川、南はJR神戸線、北は十文字山の麓までのエリアです。

ヘルマン邸のあった地は「ヘルマンハイツ」と呼ばれる住宅街に

西岡本に、ヘルマン邸。待ってましたとばかりに予習組が先導する形でぐいぐいと進んでいきます。西岡本7丁目に入った辺りで、参加者が持参した資料をいくつか見せてもらいました。

こちらが噂の「ヘルマン邸」。1904(明治37)年、ドイツの電気通信会社であるシーメンス社の極東支配人、ヴィクトル・ヘルマンさんが住吉川東岸の山を買取り、城のような大邸宅を建てました。設計者は神戸の北野町にある風見鶏の館と同じドイツ人の設計者だそう。

こちらはなんと、別の参加者のお父さんが1967(昭和42)年に描いたというヘルマン邸。ヘルマン一家が去った後、1945(昭和20)年には空襲で被害を受け、スパイが住むお化け屋敷と呼ばれるほど荒廃し、1969(昭和44)年頃には宅地造成によって屋敷は完全に取り壊されました。そして、屋敷跡地につくられたエリアが「ヘルマンハイツ」と呼ばれる高級住宅街です。どこからどこまでがヘルマン邸跡地なのか、推理しながら歩く参加者たち。

電信柱にある街区表示版に「ヘルマン」の文字が

西岡本コミュニティバス「ヘルマンバス」のバス停。地域住民のために、市が補助金を出す形で2023(令和5)年に本格運行が始まりました。乗車定員は6名で、30分毎の運行。JR摂津本山駅辺りやスーパーのいかり岡本店前も通っています。

そして、ヘルマンハイツ自治会の掲示板を発見。ケータイでも調べて「ヘルマンハイツ」が西岡本7丁目一帯を指すのだと一同納得。後日、この辺りの物件資料を見てみると「ヘルマンハイツ自治会規約有」と備考欄に明記されており、地域の住環境がしっかりと守られていることが分かりました。

心地いい住吉川河川敷を下る

ヘルマン問題も解決してホッとした一同は公園で休憩したり、大阪湾を望む眺望を満喫したり。西岡本7丁目を後にした参加者たちは、住吉川の河川敷を歩いてJR住吉駅方面へ下っていきます。

辺りは夕暮れどき。ジョギングをする人や犬と散歩をする人もいて、のどかな時間が流れていました。ガタンゴトンと阪急電車が走り、心地いい風が頬をなでていきます。

トータル6時間40分、10kmの行程を経て解散場所に到着。参加者と同じ目線で楽しむ、安心感のあるまち歩きでした。北岡さんも参加者の皆さんも疲れを感じさせない笑顔でアフタートークをしながら、それぞれの帰路に着きました。

シオプロのまち歩きといえば、細い道や高低差、絶景と珍景に惹きよせられてついつい寄り道するスタイルがお馴染み。閑静な住宅街に存在するユニークなスポットをご紹介します。

岡本6丁目と7丁目の間を流れる小川に、2本の短い橋が架かっています。写真の左は「下二又橋」、右は「上二又橋」と名前が記されていました。この距離で2本に分けた理由を推理する皆さん

頼りない車両通行防止柵。最後の力を振り絞ってまで役目を果たそうとする姿、泣けてきます

空き地に残された郵便ポスト。南京錠はかかったままでした。今も郵便物は届くのでしょうか

塞がれた出入り口と排水口。「これは完全にトマソンですね。いや、ダブルトマソンですね」とシオプロ・小山さん。トマソンとは、不動産に付着して美しく保存されている無用の長物のこと。現代美術家の赤瀬川原平さんが提唱した「超芸術トマソン」を勝手にまち探訪メンバーは略してそう呼ぶ

西岡本4丁目にある「野寄の大石」。住宅街を歩いていると突如現れる巨大な花崗岩。区役所が立てた説明看板によると、高さは2.1mで周囲は14m。100万年〜数10万年の間に侵食されてできた穴が多く見られるとのこと。昔はこの辺りが海辺で貝類による侵食の跡なのか、巨石がどこかから転がってきたのか、謎だそう

岡本公園(岡本梅林)の近くにある立派な住宅の裏手に長いベンチが設けられていて、全員で記念撮影。梅の開花シーズンに来られた方々にもおすすめの休憩&撮影スポットです

岡本・西岡本の山手は明治から昭和期にかけて大阪の富商や海外の貿易商が開拓した土地とあってか、斜面地を活かして建てられたさまざまな様式の歴史的建築物が今も残っていました。背景となる山並みと連なるように多くの住宅には自然物でつくられた石垣や生垣があり、路地の景観も多彩。眺望や南北に流れる川もあいまって、まちの中で建物と自然が調和していました。美しい神戸の山と海を感じたい人にもおすすめのまち歩きコースです。

〇今回の主なルート

JR摂津本山駅(集合場所)―ヘボソ塚古墳跡碑―素盞嗚神社―OAG Art Center Kobe―岡本公園(岡本梅林)―ヘルマンバス バス停―ヘルマンハイツ(西岡本7丁目)―十文字山中公園―住吉川 上流~下流(解散)

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