京都は京阪本線「三条」駅から徒歩5分、新麩屋町通に置かれた看板を目印に左に折れ、隙間を縫うような細い路地を進んで見えてくるのが、ワインショップ「仔鹿」です。室原卓弥さん、沙采(さあや)さんご夫妻が2017年にオープンした同店には、家で飲むワインが丁寧なキャプションと共に並び、地域住民が食卓の相棒を探しにやってきます。「ちょうどいい」という形容があまりにも似合うワインショップはどんな考えのもとで営まれているのか、卓弥さん、沙采さんにお話を伺いました。三条駅の物件を探す

ドアは最近緑に塗りなおしたとのこと。店構えも仰々しくなく、フラッと寄るのにピッタリ

——「仔鹿」さんは2017年に開店し、生活者にとってちょうどいい、家で日常的に飲むことを想定したワインを販売されていますね。まずは開店以前のことを教えてください。

卓弥さん:「それぞれ、東京にある別のワイン輸入会社に勤めていて、主に、問屋、ワインショップ、飲食店に販売していました」

——同じ職場というわけではなかったのですね。それぞれの会社で扱っているワインのテイストにも違いはありましたか?

卓弥さん:「毛色は違いました。僕のいた会社はスーパーやコンビニなどの量販メインのところが売り先で、彼女の方はもっと高級志向だったかな。同業他社だけど競合はしない感じです」

沙采さん:「そうだね。私のほうは百貨店やちょっと値の張るレストランと取引していました」

——お二人とも大学を卒業されてすぐにワイン業界に入られたのですか?

沙采さん:「そうですね。私は学生のときからワインバーや百貨店のワイン売り場でアルバイトをしていて、そのときにもうソムリエなどの資格を取っていたのでワイン商社に勤めようと決めていました」

卓弥さん:「対して、僕はもともと特別にワインが好きだったわけではなくて、当時は学生らしいただ酔っ払うだけの飲み方をしていました(笑)。 大学では文学を専攻していたのですが、一方で飲食も好きで、そのふたつに共通することを考えたときに、途中までは理論化できるけどある程度から先は受け手の感性次第という側面があるなと思いました。人によって受け取り方が違うからこそ生まれるモヤモヤが好きだったんです。だから就職活動は食品関係、音楽関係を中心にエントリーし、内定をくれたのがワイン商社だったのでこの道に進みました」

細い路地の先に見えてくる木の看板がお店の目印

卓弥さん:「ワイン業界は小さく、新入社員自体が少ないので、同じ年代の人とは大体顔見知りになります。そうして彼女と知り合って、なんとなく一緒に飲んでいたんだよね」

——お二人とも東京で約3年間働いたのちに「仔鹿」さんの開店に至ったと伺いました。ここ、京都三条エリアで始められたのはなぜでしょう?

沙采さん:「私は出身も東京ですが、向こうで商売をするという考えはもともとありませんでした。ワインのはやりすたりのサイクルもとても早いので」

卓弥さん:「別の地方じゃなかったのは、僕が学生時代を京都で過ごしたことが大きいです。個人店も多いし、自分のペースやスケールを大事にして商売をやっている人たちの姿を当時から見てきたので『なんとかなるのでは?』という安心感がありました」

沙采さん:「この物件は、物件探しがてら左京区のお店を見て回っているときに、当時お隣にあったギャラリー兼植物屋さんが『いま横が空いてるよ』と教えてくれたんです(笑)」

卓弥さん:「東京以外の場所でという判断をした時点で一歩隠れた立地が良いとは決めていたのですが、まさかここまで引っ込むとは(笑)」

——同じくワインを扱う商売とはいえ輸入会社とは勝手が違うのではと想像しますが、ワインショップを始めたのにはどんな考えがあったのでしょう?

卓弥さん:「輸入会社だと問屋を挟んでいるから飲んだ人のリアクションが見えないじゃないですか。それで段々と面白くなくなりました。結局、売れた本数や売上げといった数字の話ばかりになってしまう。でも僕は数字がすごく苦手で、どう捉えていいのかがわからなかった(笑)。 だから飲んでくれたお客さんの反応が直接返ってくるような形態としてワインショップを始めました」

沙采さん:「でもワイン界隈のたまり場にはしたくなかったんですよね」

——というと?

卓弥さん:「ワインを好きな方の中には、その1本のボトルの希少価値を大切にしている方も多くいらっしゃいます。そういった方に向けてワインを売る際、普段は使わないような言葉遣いが求められる側面があるんです。もちろんそういった世界観もあっていいんですよ。でも僕らは価値よりも味について、いつもの言葉で話したいという考えがあったんです」

一本ずつにつけられたメモ書きを読んで回るだけでも楽しい

——なるほど。 たしかにお二人のワインについての文章や発話は言葉遣いが日常的というか、スッと入ってきます。

卓弥さん:「商社にいたときはソムリエ言葉を使ったほうが理解されるし、喜ばれていました。一方で僕らが一緒にやっていきたいと思っているお客さんには馴染みがなくてびっくりさせてしまうだろうと、自然に変わっていきました」

——いまのお話にあった「一緒にやっていきたいお客さん」とはどんな方を想定していますか?

卓弥さん:「日頃の家で作る料理と合わせるような普段使いのワインを見に来てくださる方です」

卓弥さん:「だからこそ高級志向のものではなく、普段飲んで美味しいワインを中心にしたいという考えは最初から変わらずあります。『このビンテージは良いよね』より『餃子と合わせて飲んだらすぐになくなっちゃった』といった会話のほうに嬉しさと面白さを感じるんです。実際に来てくださるのも、ワインにすごく詳しいわけではないんだけれど『これ好きだったから今回も買います』とか『いつものとは違うワインを試したい気分なんだけどおすすめありますか?』とか『今日のおかずはこれなんだけど合うやつありますか?』くらいの感じの方が多くて、イメージ通りです」

沙采さん:「前は明らかに私たちより年上の40代くらいのお客さんが多かったのですが、最近は20代の若い方も『ワインに興味が出てきた』と来てくれるようになりました」

——そういった若いお客さんと同じく最近ワインを飲み始めたという立場で伺いますが、正直、今は好みの味がわからないので先に予算を伝えて選んでもらいがちです。ワイン屋さんに対して丸投げしすぎかなと思ったりもするのですが……。

卓弥さん:「全然大丈夫ですよ。日常的にワインを楽しみたいお客さんにとって一番大事なのはいくらくらいで飲みたいかということだと思っています。むしろ予算を先に伝えてもらうのが一番良いかもしれません。そうすると僕らもお勧めするワインを絞れるし、そもそも自分の好みなんていろいろ飲んでみないとわからないじゃないですか。だからまずはお店に投げてみて、予算内でいろいろ試してみるというのが好みを知るうえでも第一歩になると思います」

——それでいうと価格に対してかなり意識的な印象です。

卓弥さん:「価格帯はとても意識していて、2,000円前後という目線はオープンしたときから一貫しています」

——普段使いにぴったりの価格帯ですよね。

卓弥さん:「それもありますし、なにより2,000円前後の価格帯のワインに僕らの選び甲斐があるんですよ」

左に写っているのはポルトガル産の微発泡白「ヴィーニョ・ヴェルデ」。「いろいろ飲んでここに戻ってくるお客さんが多いです」とのこと。暑い季節はビール代わりに冷蔵庫に常備必須。1,100円(税込)

卓弥さん:「値段がある程度味を保証してくれる側面があるので、1万円のワインがマズイということはほぼあり得ません。逆に500円や800円で美味しいワインもありますが、その値段で輸出するという目的があって作られたものなので、僕らが求めている味とは少し違うところです」

——なるほど。

卓弥さん:「そこで1,000円台後半から2,000円台くらいを見てみると、輸出を意識しながらも、一方で農作物として信念を持って作られた、産地にとって馴染み深い味のワインが出てきます。それらを僕らが選り分けて、楽しくスパッと飲み切ったり、ゆっくり味の変化を楽しんだり、普段の家庭の食事と合うように提案しています」

自費出版本『美味しさの傾き』と『キッチンドランカーの本』。2冊ともに「仔鹿」さんの味や料理に対する考え方がとても表われている

不定期イベント「キッチンドランカーの会」はオオノ食材店(大阪)の大野紫都香さんと共に食事とワインの味にゆっくり向き合う会。最近では沙采さんの「こじかバー」がご近所の絵本屋にてひっそりとスタート

——高い価格が保証する味とは異なる、「仔鹿」さんだからこその説得力があるのだと感じました。その一方でワインそのものにも増して、飲み手を主役に立てていらっしゃる印象です。

卓弥さん:「生産地の自然環境や作り手の想いを飲み手が読み解いて評価する価値観にちょっと疑問がありました。能動的に飲んでいるはずなのに、作り手の込めた謎を読み解けるかが問題になってしまっているなと思って」

——客観的な正解を探り当てるのではなく、文学でいえば読み手、ワインでいえば飲み手の主観が尊重されたほうが面白いと。

卓弥さん:「はい、じゃあその代表格は何だろうと考えたとき、僕の中では飲兵衛だったんですよ。『いろいろ言われているけど、自分は好きだからこれを飲んでいる』と良くも悪くも主体性を捨てない人たち。楽しく飲んでくださっているお客さんを見て、そういった態度を大切にしていきたいなと改めて感じています」

——たいへん興味深いお話をありがとうございました。ワインはもとより、知識に頼らない飲食の楽しみ方が見つかった気がします。最後に今後の展望を教えてください。

卓弥さん:「昨今の円安や輸入コストの増大で価格帯を維持することが難しくなってきていますが、そのなかでもいままで通りのクオリティを維持できるよう、しっかり選んで、普段使いの美味しいワインをお届けできるよう頑張っていきたいです」

◆今回取材したお店

「仔鹿」

住所:京都府京都市左京区大菊町134-7

電話:090-6798-1427

営業時間:13:00~21:00

定休日:火曜

HP:https://kojika.storeinfo.jp

Instagram:@kojika.poipoi

今回取材した「仔鹿」さんは京阪本線「三条」駅が最寄り駅。京都の都市的な観光エリアにもほど近い一方、「仔鹿」さんの立地のように一歩路地に入れば実に閑静な空気が流れます。交通面では、伏見稲荷大社や石清水八幡宮をはじめとした観光スポットへのアクセス、また大阪方面への通勤など、京阪本線が便利です。室原さんご夫妻は周囲の個人店同士の強制のない、緩いコミュニティが過ごしやすいと語ってくれました。また食事面では「京都は普通に売っているお野菜が美味しい」とのこと。八百屋さんで野菜を買いそろえ、自宅でゆっくり楽しむのも良いですね。もちろん「仔鹿」さんでワインの購入も忘れずに。

平均家賃は5.75万円。左京区には大学が多いこともあり、比較的お手頃な一人暮らし用の物件が豊富です。

取材・文:石川宝 写真:和田悠馬

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