コミュニティが生まれやすく、協業によって新たな事業も展開しうるイノベーティブな場として、昨今、シェアオフィスに注目が集まっています。しかし白須寛規さんと山口陽登さんの二人の建築家が代表を務める谷町六丁目の「上町荘」はかなり趣が異なるようです。その理由を伺うと、実は谷町六丁目というエリア、ひいては大阪の特徴が色濃く反映されているからかもしれないとのこと。
手に余る大きな物件を借りることに始まり、アジト的空間から徐々に街へと開かれてきた「上町荘」の10年間についてお聞きしました。大阪府の物件を探す
「思いのほか広い」から始まった上町荘


―お二人とも建築家としてそれぞれ事務所を持ちつつ、上町荘の共同代表も務めています。そもそもの出会いはどこだったのでしょうか?
白須さん:「出会いは大学です。同じく建築を学んでいて、学年的に僕が先輩、山口が後輩という関係性でした」
山口さん:「学生時代の年の差が意味するところって大きいじゃないですか。だから当時白須くんはちゃんと先輩役をやってくれていたし、僕も後輩役をやっていたんですよ」
白須さん:「でも特別何かを一緒にやるような間柄ではなかったですね。僕は卒業して就職したあと割と早い段階で独立して、その間も彼は企業のなかで設計をしていました。彼が独立するタイミングでどこかを拠点にして場所をシェアする形でやれないかと誘われたのが今につながるきっかけになっています」
―山口さんからお声がけしたんですね。
山口さん:「独立に際して場所を借りるのに、自分だけの懐事情だと限界があるけど何人か集まればある程度余裕のあるスペースを借りられるだろうと。そこで、白須くんともう一人の友人に声をかけました。卒業して10年もたてば先輩も後輩もないよなって(笑)。最初に候補としていた本町のペントハウスは色々あって借りることができなかったのですが、二人で自転車に乗って3ヶ月ほど探し回った末、ここと出合いました。ほんとは一軒家くらいの100から150平米あれば十分だと思っていたんですけど、ここは300平米。借りてから気づいたんですよ(笑)」
―借りてからだったんですね(笑)。
白須さん:「実際、最初は100分の1くらいのスペースしか使えていなくて、余っている分をどうしようかと悩んでいたところ、友人が声をかけてくれてイベントで使ってくれるようになりました。2013年のある日、プレゼンの大会で使ってもらったのですが、せっかくだしということでそれを機にシェアという形を始めることにしたんです」
―最初からシェアというビジョンがあったわけではなかったと。
白須さん:「外に開きたいなとはぼんやり考えていましたが、具体的ではなかったです。その意味では友人がきっかけをくれたから始まったといえるかもしれません。そこから窓に張ってあったベニヤ板を剥がして外から見えるようにもしました。現在は2階と3階がシェアスペースです」
イノベーションもコラボレーションも目的ではない。頑張らないシェアの形

―どんな方が入居されるのでしょう?
白須さん:「初対面の方もいるので一応面談のような形でお話しするのですが、職種というよりも『きっとこの場所を好きになってくれるんだろうな』という方に借りてもらっています。ルールがほとんどないと言ってもよいくらいなので、この場所をどうよくしていくかを自分で考えてくれる方ですね」
―具体的にその際にはどんなことをお話しされるのですか?
白須さん:「僕らの本業は設計事務所なので、どうしてもシェアオフィスの管理、運営は片手間になってしまいます。だからしっかりしたシェアオフィスを望まれるようであればきっとトラブルになるので、然るべき別の場所に行くべきですと、ちゃんと伝えています(笑)」

山口さん:「仲間をつくろうとしている空気感ですね。サービスをする/受けるの関係ではなく、一緒にここをよりよく使える関係でいたい。この感覚を感じ取ってもらえると自然と自治的な空気が生まれます。だから既存の言葉でいえばシェアオフィスには違いないのですが、ビジネスではなく、むしろもっとサロンとしてのまとまりに近いと感じています」
―入居者さん同士で協業するといった展開もありますか?
山口さん:「僕も白須くんも、ホームページはここに入っているエンジニアに作ってもらったし、不動産関係の入居者から設計をお願いしてもらったこともあります。でもちまたでよく聞く『コラボレーションして新たなビジネスが立ち上がる』ような意識ではまったくないですし、交流イベントをセッティングするようなこともありません。僕らも含めて誰もそんなこと求めていないんですよ(笑)」
白須さん:「たしかにイノベーティブではないですね。つながりがない人もいれば、バスケだけ一緒にやる人、飲みに行ったら長い時間話してしまう人など、それぞれ無理をしない関係で過ごしています」
建築界隈の面白い場所の系譜

―ホームページPには1階がレンタルスペース、2階と3階がシェアオフィスと書かれていましたが、現在1階はショップでしょうか?
山口さん:「ちょうど1年ほど前からショップとして動いています。今思えば1階はこの10年間名前が変わり続けていますね。最初は僕らの事務所スペース、次は『ホール』という名で僕らが作業場として利用するほか、いろんな人がイベント的にも使えるスペース、現在は友人のビンテージショップです」
―最初は事務所、次に「ホール」、現在がショップと、変遷があるんですね。イベントはどんなことをやられていたのですか?
山口さん:「建築関係のイベント、トークが主でした。僕自身も『Tied』という建築とデザインのレクチャーシリーズを主宰して、藤村龍至さんなど、たくさんの方をゲストとしてお招きしました。白須くんも『Shirasu Night』というトークイベントのパーソナリティを務めていました」
白須さん:「あとは東日本大震災の写真展もやったし、関西の有名な建築のトークイベント『アーキフォーラム』の会場として使われたこともあります」
―建築が軸にあるイメージですね。
山口さん:「そうですね。北加賀屋でdot architectsさんがやっている『コーポ北加賀屋』は僕らにとってちょっと上のお兄さんという感じで、少なからず影響を受けています。建築まわりでトークなどの企画が立ち上がったときは『コーポ北加賀屋』と並んで会場としてよく検討してもらっているんですよ」
―建築でいうとなんとなく「界隈」というかそれぞれのコミュニティがあるように思いますが、それでいうと具体的にどんな組織と距離が近いですか?
山口さん:「おっしゃるとおり『界隈』はあります。でもその一方で緩いコミュニティがどこまでもズルズルと広がっている面もあって、僕らはどちらかというとそういう関係性のなかにいると思っています。だからこそ建築まわりの催しの会場として広く声をかけてもらえるんじゃないかな」


―10年の活動のなかでその見られ方に変化はありましたか?
山口さん:「建築の人たちが集まりやすい場所というのは一貫しています。10年間で僕らも落ち着いてきたのですが、始めた当初は『々』の野崎将太さんが今そうであるように『白須と山口でやっている上町荘で何か面白いことをやっている』という見られ方だったと思います」
白須さん:「僕らが『コーポ北加賀屋』に影響を受けたように、例えばOSTR(オストラ)がここを経験して『施工地区』というプロジェクトをやっていたりと面白い場所の系譜があるかもしれないですね」
山口さん:「どこかが建築の世界での『広場』的なスペースを設けて、その盛り上がりを受け継いでいく感じなんでしょうね」
“中途半端”だけど香り高い?

―そういったイベントの会場としても流動的に使っていた「ホール」からある種固定的なショップへと変わったきっかけがあれば教えてください。
山口さん:「形態が変わったとはいえ、今でもいつ企画がきても良いように1階の什器はすべて動かせる仕様になっています。この10年間は通りの角に面した一番良いところをさまざまな使い方ができるように保存しておこうという考えでした。ですが、これまではちょっとアジトっぽい雰囲気だったので、もう少しいろんな人が入って来られるような機能をつけようと思ったんです」

―ショップになったことで建築界隈の方だけでなく、街行く人も入って来られるようになったということですね。
山口さん:「そうですね。それに伴って、入口の大きなドアは初めて僕ら主導で設置しました」
―そのほかの要素はほとんど設計されていらっしゃらない?
白須さん:「してないですし、実はこの骨格自体ほぼ触っていないです。手すりや机などはイベント時に子どもが来たら危ないから作っておこう、展示に必要だから設置しようと、その都度整備したものです。だから上町荘の始まりからそうであるように大きなビジョンがあって、それを実現していくということがまったくないんです(笑)」
山口さん:「僕らの考えに合わせて作っていくのではなく、ここを使う人が僕らを動かして勝手に生まれたといいますか。10年たったのにまだ手をつけていない空間もあります。でも、この谷六というエリアでこういう場所をつくれているのは奇跡的だと思います」
―どうしてでしょうか?
山口さん:「地価が高いからです。はっきり言って普通だったらすぐに取り壊されるような建物ですよ」
―そうなんですね!かなり抽象的な質問になってしまうのですが、ここ谷六エリアはどんな街なのでしょうか。どこか捉えづらい印象があります。

白須さん:「お洒落って見たらお洒落(笑)」
山口さん:「でも汚い狭小住宅の路地と捉えることもできるし……」
白須さん:「高齢者の町とも、寺ばっかりとも言える」

山口さん:「そういう中途半端さが居心地のよさにも繋がっていて、同じことは上町荘にも言えると思います。東京だとよくも悪くも街のカラーがはっきりしていますよね。でも大阪は戦後の成り立ちからして焼け野原からの応急処置でできた側面もあるからこそ入れ替わり続けられるし、何かに染まっているようで染まっていない。住んでいる人もそれぞれ自由に街を楽しんでいます。特に谷六は地価が高いので再開発の対象になるんだけど、大阪には全部開発するほどのお金はないんです。だから残るところもあれば、変わってタワマンが建つようなところもある。そんな中途半端さが気に入っていたりしますね」
白須さん:「似たようなことですが、谷六とか空堀って言ったときに何かしらのイメージってありますよね。それはブランディングとして打ち出している側面もあると思いますが、上町荘にいると、そういったイメージと実際にそこにいる面白い人の間にはズレがあると感じます。でもうちも含めて“空気感”としか言いようのないもの発信することは難しいんです。だからこそ僕は“におい”を探すようになりました」

―においというと?
白須さん:「言葉にするのは難しいのですが『お、ここは……』みたいな(笑)。例えばお店がやっていることもただ流行に合わせているだけだったら違うし、なにか意図があれば“におい”を感じます」
―谷六エリアでにおいを感じた場所はありますか?
白須さん:「商店街も面白いですが、ちょっと外れたところもおすすめです。昔からある金物屋さんからは良い“におい”がしますよ」
―たいへん興味深いお話をありがとうございました。最後に、今後の展望を教えてください。
山口さん:「具体的にはないです(笑)。でもご近所で何かやりたい人がいたときに、上町荘は最適な場所だと思うんですよ。僕らは別の収入源を持っているからこそ上町荘でビジネスをしようとは思っていませんし、いろんな人が入って来ていろんなことをやってほしいです」
―さっきの話でいうところの“におい”を感じた方が自由に使って面白いことができる場所ということですもんね。
白須さん:「それが理想ですね」
◆今回取材した施設
「上町荘」
住所:大阪市中央区上本町西4丁目1-68
電話:06-7506-9340
メール:uemachisou@gmail.com
HP:https://uemachisou.com
今回お話を伺った白須さん、山口さんが代表を務めるシェアオフィス「上町荘」はOsaka Metro谷町線、長堀鶴見緑地線の谷町六丁目駅から徒歩7分ほど。このエリアはお寺あり、公園あり、商店街あり、洗練された個人商店ありで、暮らしやすさは抜群。人気のエリアでありながら決して高飛車ではない雰囲気が魅力です。なんでもあるがゆえに捉えづらい一面もありますが、白須さんが教えてくれたように“におい”を頼りにお気に入りのスポットを見つけるのも楽しそうですね。
平均家賃は7.01万円とややお高め。コミュニティ意識が強いとの声もありますが、山口さん曰く「ベタベタしていそうで実はしていない」んだとか。家族からクリエイターまで幅広い層におすすめです。
取材・文:石川宝 写真:三宅愛子
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