京都市左京区は出町柳の住宅地。入り組んだ路地に突如現れる私塾「GACCOH」は、哲学系の連続講座やイベント、絵画教室、水墨画教室を開講し、「知」を街に開く活動を続けています。
大学はもちろん、美術館や書店、ギャラリーも多く立ち並ぶ京都において、意外と見聞きしない存在の私塾。学校や学習塾との違いは一体どこ?具体的にどんなことをしているの?設立の経緯は?そんな素朴な質問を胸に、同施設を運営する太田陽博さんにお話を伺いました。出町柳駅の物件を探す
半分私的、半分公共の学びの場


—「GACCOH」でいう「私塾」とはどんな場所のことでしょうか?
太田さん:「私設の学びの場なので私塾と言っているのですが、本来的な意味での私塾とは少し違います。僕の解釈では、本来私塾はある目的のために思想や技術を教える場所です。江戸時代だと、立派な武士を育てるために儒学を教えるとか。でも『GACCOH』の活動に明確な目的はないんです。むしろ目的が曖昧な状態のまま学ぶことを通して、あとから目的や興味が生まれるような場所だと思っています」
—なんともない日常のなかに学びがあり、次の勉強の方向が見えてくるようなイメージですね。この活動を始めた経緯について教えてください。
太田さん:「実は、僕自身放っておくと何もしない性格なんです(笑)。本も全然読みません。家にいるのが好きなので、外出もせずに一日中ぼんやりネットを見て過ごしてしまいます」
—え~!?
太田さん:「そうなんです(笑)。ここは自宅と仕事場も兼ねているのですが、同じ建物に学ぶ場があれば自然と本を読んだり勉強したりするだろうなと思って。自分にとっては無理やりにでも勉強する機会であり、同時にそれを社会に開いていくという意図で始めました」
英会話教室から哲学講座へ

— 一番最初の講座は何でしたか?
太田さん:「英会話教室です。はっきりした時期は思い出せないんですけど、2012年だったかな。当時、京都造形芸術大学(現在は京都芸術大学)でキュレーションを勉強していた韓国の方が英語が堪能だったのでお願いしました」
—現在は哲学系の講座をされていますよね。英会話教室とはだいぶ距離がありますが、こうした内容になったきっかけがあったんですか?
太田さん:「2010年にここに引っ越してきて、最初はシェアハウスをしていたんです。当時の住人に哲学に詳しい人や美術に詳しい人がいて、彼ら経由で講師の先生方と知り合ったのがきっかけです」
やっぱり知りたい!知の巨人たちの思想

—これまでどんなテーマがありましたか?
太田さん:「人にフォーカスすることが多いです。ハンナ・アーレント、マルティン・ハイデガー、メルロ=ポンティ、ハンス・ヨナス。直近の講座はエマニュエル・レヴィナスについてのものでした」
—いずれも西洋哲学の巨人たちですね。
太田さん:「『名前は聞いたことあるけど詳しくは知らない』哲学者って多いよなと思って」
—高名で解説書もたくさん出ているけど、自力で挑むと挫折必須みたいな(笑)。そんな難解な思想について解説してもらえる機会なんて、学生が終わったいまだからこそ改めて気になります。
太田さん:「そうなんですよね。積極的に何かするわけではないけど興味だけは心のどこかに持ち続けてる事って多いと思うんです。忘れてたはずなのにふとした時に『やっぱり興味あるわ〜知りたいわ〜』みたいな。私もそういうことがいっぱいあって。講座のタイトルの『やっぱり知りたい!』はそこからきてます」
—大学に所属していない人にとっては人文知に触れる時間も考える時間も限られていますもんね。どんな方が講師としていらっしゃるのでしょうか。
太田さん:「京都大学がすぐ近くにあるので院生や先生をお招きして、ご自身の専門を解説してもらうことが多いです。あと、お話ししてくださった先生が次の方を紹介してくれることも多いです」
—太田さんご自身、毎回聞く立場で参加しているそうですが、特に印象深かった回はありますか?
太田さん:「百木漠さんによるハンナ・アーレント講座は印象的です」
—『全体主義の起源』『人間の条件』『エルサレムのアイヒマン』といった著作が有名なドイツ系ユダヤ人の哲学者ですね。最近では映画も公開されていました。どんな講義だったんですか?

太田さん:「アーレントの議論では『労働labor』『仕事work』『活動action』という人間の営みに関する有名な3区分があります。『労働』は『食うために働く』的な人間が生命を維持のための営み。『仕事』は家とか机とか、あと書物だったり人間の生命の有限性を超えて存続する耐久的なものをつくる営み。『活動』は対話したり議論したりといった他者とのコミュニケーションに関する営みを指しています。これまでのアーレント研究では『活動』に焦点の当たることが多かったのですが、そのときの百木さんが注目したのは『仕事』でした。ものすごく大雑把に言ってしまえば『活動』を持続させるための土台として『仕事』の重要性を話してくれたんです」
—む、難しそう……。講座を受けて考えたことはありますか?
太田さん:「これって『GACCOH』やんと思いました(笑)。『GACCOH』ではいろんな人が集い、話を聞いたり議論したり『活動』が行われています。でもそれを支えているのは物理的な空間であり、細かいところでは机や椅子でもあると。もともと大工をしていたこともあって、この建物のリノベーション、机、椅子まで自分で作ったのですが、そのときは意図していなかったものの、いまでは『仕事』的な意味を持っていたんだと考えられるようになりました。自分は次に何をすべきか、『GACCOH』を続けていく上での大事な参照先にもなっています」
大学の街を、大学のある街に

—なるほど、自分に引きつけることで話の具体度が上がりますね。6校もの大学が集まる左京区だからこその活動なのでしょうか?
太田さん:「それはあると思います。たしかに参加してくださるのは学生さんも多いです。ただ、普段の生活で、ここが大学がいくつもあって、いろんなことを学んだり研究してる人がいっぱいいる地域だと意識することってあんまりないよなとも感じています」
—おっしゃる通り、ここに流れているのは左京区の空気とはまた少し違うのかなと思いました。京都大学に代表されるような混沌とした自由な雰囲気というよりは、より整然とさっぱりした印象というか。
太田さん:「大学の街ではありますが、日常生活で大学と関わっている人はあまりいないのではないでしょうか。大学は大学で完結しているというか。なので、そこに集積している知を街のなかに散らばらせられたらいいなと思っています」
—大学の街ではなく、大学のある街にしたいと思っていらっしゃるのかと。つまり大学があることによって地域にも何かが還元されるような……。
太田さん:「そうとも言えるかもしれません。そんな狙いもあって始めたのが入り口前の本棚『ガッコー文庫』です。コロナ禍で講義も開催できず、うちに人が寄り付かなくなってしまった状況に危機感を覚えて、という理由もあるんですけど(笑)。シェアハウスの住人が置いていった蔵書や僕が買った漫画なんかを入れて、いつ返してもいいというシステムでほったらかしています。実際、子どもから大人までいろんな人が足をとめてくれて予想以上にたくさんの方に利用されていますよ」


—絵本から漫画、学術寄りの本までさまざまですね。これがきっかけになって本との距離が近くなることも想像できます。最後に、これからの「GACCOH」はどんな場所を目指しますか?
太田さん:「よりいろんな人が参加できる場所にしたいです。いろんな人が来ているようで、実は来たくても来れない人もいるのではないかと思います。例えば、哲学や思想系の講座だと先生も参加者の方も男性が多いし、さらにここが狭いということもあって、特に女性は入りづらいだろうとか。ありとあらゆる人が来られるようにするのは難しいですけど、少なくともさまざまなバリアがあるということを意識して、それを変えていかないといけないと思っています。そうしたうえで、日々のメンテナンスをしながら、これまでと同じように、僕の学びの機会が社会にも還元できるようやっていきたいです、長く続く場所にしていきたいです」
◆今回取材した施設
「GACCOH」
住所:京都府京都市左京区吉田泉殿町63−17
連絡先:gaccoh009@gmail.com
https://gaccoh.com/
独特の空気感を放つ左京区エリアのスタート地点、出町柳
出町柳駅は叡山電鉄、京阪本線ともに始発駅。修学院や一乗寺といったエリアにも、大阪方面にもアクセスはばっちり。大学の多い地域なので若者にフレンドリーな価格帯の飲食店も多い一方で、ワインや日本酒などをゆっくりと楽しむ大人のためにお店も増えています。
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