JRおおさか東線と近鉄奈良線の2路線が交差する東大阪市の河内永和駅。2008年におおさか東線の駅が開業し、新大阪駅へ乗り換えなしで行き来できる便利な場所になりました。駅から徒歩約3分のところにある『大衆中遊華食堂 八戒』は、中華とスパイスが融合する『#Osamu式』カレーが人気の中華料理店です。カレーフリークを魅了する唯一無二のスパイスカレーを作るのは、約半世紀にわたり中華の世界で腕を振るうオーナーシェフの末広收さん。これまでの人生を振り返ってもらいながら、『#Osamu式』が誕生した背景に迫ります。
10代で中華の世界へ入り20歳で独立
―收さんが中華の世界に入ったのはおいくつの時ですか?
末広收さん(以下:收さん):「中学を卒業してすぐなので15歳のときです。高校受験に失敗して、これからどうしようかと思っていたときに、知人が声をかけてくれて中華料理店で働くことになりました。飽き性なのですぐに辞めると思っていたら、毎日料理をするのが楽しくて! 気づいたら半世紀近くこの世界でやっています(笑)」
―中華との運命を感じるエピソードですね! 何年くらい修業されたんですか?
收さん:「そこのお店で5年くらい修業をして、20歳のときに独立しました」
―20歳で独立! めちゃくちゃ早いですね!
收さん:「修業をしていたお店とはぜんぜん関係ない方だったんですけど、物件を買ってほしいと声をかけてもらったんです。その方も20歳で独立していろんな事業を展開するバイタリティのある方だったので、その大将への憧れもありました。物件はボロボロだったんですけど、好奇心の方が上回ってとりあえず始めてみようという感じでした」
―最初からお店はうまくいっていたんですか?
收さん:「料理のことは学んだけれど、経営のことはぜんぜんやってこなかったので、お金の管理が大変でしたね。失敗もたくさんありましたが、自分でお店をやるのは楽しくて、振り返ると20歳から自分でやってよかったと思います。その後、間借りでやったりもしながら、(東大阪)の上小阪で20年ほどお店をやって、2021年11月に河内永和に移転しました」
―上小阪から河内永和に移転した理由は?
收さん:「店舗が入っていたマンションが取り壊しになったんです。上小阪は住宅街だったので、移転をするのが決まったときは東京へ行くことも頭をよぎりました。でも、周りの人から河内永和はホテルができるなどいい噂を聞いていたので、駅近の物件を見つけたときは直感でここだと思いましたね」
『#Osamu式』カレーの起点は15歳の少年が出合った『伽奈泥庵』のスパイスカレー
―收さんがカレーを作ることになったきっかけは?
收さん:「閉店してしまったんですけど、大阪・谷町8丁目に『伽奈泥庵』というスパイスカレーのお店があったんです。そこにチャイという飲み物があると聞きつけて行ってみると、料理もするけれど、音楽や芸術にも精通している店主が作るカレーの世界はなんておしゃれなんだろうと!お客さんもみんなおしゃれなんですよね。カルチャーショックだったのが、お店の床が土間みたいになっていて、飲食店でもこういうことができるんだなって感動しました」
―『伽奈泥庵』と言えば、関西スパイスカレーのルーツと言われるお店ですよね。それが何歳の時ですか?
收さん:「15か16歳のときだったと思います。亡くなられた『伽奈泥庵』の店主・山田泥庵さんと出会って、その後ネパールに移住されたので何年か経ってから再会。山田さんが自宅でお店を始めるようになってから深く付き合うようになりました。そこでクミンやターメリックなどスパイスのことを教えてもらいましたね。味というよりは料理の感性を見せていただいた感じです」
―山田さんとの出会いが、中華にスパイスを取り入れるきっかけになったんですね。
收さん:「そうですね。無理やり中華にスパイスを取り入れるのではなく、麻婆豆腐とカレーがうまいこと噛み合ったのが功を奏しました。スパイスカレーは油と塩が味のベースにあって、そこにスパイスを加えていくのですが、僕の場合、基本は中華なので、ベースにスープを使いながらスパイスを足していくという感じです。試行錯誤を重ねて、『#Osamu式』カレーが完成したのが10年くらい前になります」
―中華がベースだからスパイスの奥に旨みやコクが生まれるんですね。
收さん:「たくさん失敗もしながら、経験を積む中でスパイスの配合がわかってきて中華と融合できました。日本の食卓にはない組み合わせがここまでお客さんに受け入れていただけるようになったのは、シビカラブームも大きかったと思います」
カレー偏愛家も太鼓判! 『情熱大陸』出演で住宅街に大行列
―『八戒』さんは上小阪にお店がある頃からカレーが人気だったと思うのですが、ブレイクしたのはいつ頃でしたでしょう?
收さん:「一番影響が大きかったのは『情熱大陸』に出たことですね。東京からカレーおじさんとして知られる縫田曉言(ぬいだあきのり)さんがわざわざ食べに来てくれたことがあったんです。1ヶ月くらい経ったある日、『情熱大陸』の番組スタッフから電話がかかってきて、『SPICY CURRY 魯珈(ろか)』の齋藤さんを密着するのだけれど、齋藤さんが世界で一番『八戒』のカレーを食べたいと言っているから行っていいですかと。聞けばお二人は友だちで、齋藤さんが縫田さんにおすすめのお店を聞いたところ、『八戒』へ行っておいでと言ってくれたみたいで。実際に来られて放送されると、次の日から住宅街に大行列ができました。他県からも来られる方がいたり、あれは本当にすごかったです」
―『情熱大陸』の影響力もすごいですが、数々のカレーを食べてきた縫田さんに選ばれることもすごいです! 『#Osamu式』カレーの主軸になっているのは「四川麻婆豆腐カリィ」ですか?
收さん:「そうですね。TVで紹介してもらうときは『四川麻婆豆腐カリィ』が多いです。TVに出るとご年配の方も並んでくれるので、事前にシビれる辛さだと説明するんですが、お出しするとやっぱりシビカラは刺激的すぎるみたいで。ご年配の方にも楽しんでいただけるカレーも今後は考えていきたいですね」
―確かに、シビれる辛さは食べ慣れていないですよね。もう一つの定番カレー、ラムカリィを作ることになったのはどうしてですか?
收さん:「奥さんの実家が北海道なので、北海道へ行かないと食べられないレベルのラムを直送で送ってもらえるというのが、ラムカレーを作ろうと思ったきっかけです。カレーに使うのがもったいないくらいの肉なので、夜はジンギスカンもやっています」
―ラムライスも移転する前からあるメニューなんですか?
收さん:「そうですね。ガッツリ自慢のラムを食べてほしいという思いから作ったメニューです」
―どういう味付けなんですか?
收さん:「僕は塩分高めが好きな世代なんですけど、今のニーズに合わせて甘辛い感じにしています。チェーン店に牛丼を食べに行っても、昔に比べて甘めになっているなって感じるんですよね。チェーン店は万人に好まれる味を研究されているので、勉強もかねて定期的に食べに行くようにしています。それを知った上で、どうやって個性を出せるかというのも大事だと思うので」
―人気店になっても日々勉強なんですね! 收さんは料理をする上で何が一番大事だと思いますか?
收さん:「感性ですね。技術とか習ったことを忠実にやるとか色々あるけれど、やっぱり感性だと思います。自分で言うのもなんですが、感性があるほうだと思うんです。でも、最近の若い子の感性はすごいですね! 負けているなって感じるときもあります」
―若い料理人の方と接点があるんですね!
收さん:「大阪の阿倍野に『堕楽暮(だらくれ)』というお店があるんですけど、そこでカレーを作っている堕天使かっきーや、京都の『ビリヤニ専門店 INDIA GATE』の山縣くんと付き合いがあります。彼らの料理はすごいですね!何を作っているのかわからないような素材の組み合わせをするのに、食べたらすごく美味しい!年を重ねると感性はだんだん薄れていくので、いろんな人との出会いが刺激になっています」
―若い子からも柔軟に吸収しようとする收さんの姿勢に脱帽です。最後に、今後の目標を教えてください。
收さん:「人を増やしたり、2軒目を出すとかはないかな。規模は小さくなるけれど、料理の質をもっと高めたいと思っているので、メニューは絞って、料理のレベルを上げていきたいです」
◆今回取材したお店
「大衆中遊華食堂 八戒」
住所:大阪府東大阪市長栄寺6-11
電話:06-6781-8807
営業時間:12:00〜14:00頃、18:00〜21:00頃 ※売り切れ次第終了
定休日:月・火曜日
今回紹介した「大衆中遊華食堂 八戒」の最寄り駅である河内永和駅は、東大阪市の西部に位置し、JRおおさか東線と近鉄奈良線の両路線利用可能なアクセスの良さが魅力。新大阪まで乗り換えなしで22分、大阪駅へは27分、特急や急行が停まる近鉄布施駅がお隣なので歩いて行くこともでき、通勤や通学に便利です。大型商業施設などはありませんが、スーパー、コンビなどお買い物スポットが多数あり、駅の高架下にある商店街を中心に飲食店が充実しているので外食にも困りません。
1Kの平均家賃相場は4.45万円と、利便性を確保しながら家賃を抑えられるので一人暮らしや子育てにもってこい。「大衆中遊華食堂 八戒」のような感度の高いお店が身近にある暮らしは、日々の暮らしのスパイスになるはずです。
◆本記事の担当者
取材・文:西川有紀 写真:石橋充(BRIO)