unicef(国際連合児童基金、以下ユニセフ)の「子どもの幸福度ランキング」でこれまで3回(2007年、2013年、2020年)首位となったオランダは、今や「世界一子どもが幸せな国」という イメージが定着しつつあります。
調査は先進38ヶ国の子どもたちの「精神的幸福度」「身体的健康」、そして生きるために必要な学力などの「スキル」を測ったもので、オランダは3つの項目全てで上位にランクイン。中でも精神的幸福度が非常に高い点が注目されています。
最近では“子どもに良い環境を与えたい”と日本からオランダに移住してくる若い家族も増えています。 オランダの子どもたちは、どのような環境で育ち、彼らの幸福度はなぜ高いのでしょうか? オランダ在住約18年、2人の子どもを育てている私が、「世界一子どもが幸せな国」のオランダ流教育をご紹介します。
宿題ゼロ! 子どもらしい小学生時代
宿題と試験勉強はなし
「5、4、3、2、1…楽しいバカンスを!」
息子の通う小学校では、夏休みに入る前、みんなで校庭に集まって校長先生と一緒にカウントダウンをするのが恒例です。6週間の夏休みの宿題はゼロ。サッカークラブやピアノレッスンなどの習い事も全部お休みです。
水泳の「夏休み集中コース」や各種キャンプなどに参加する子もいますが、それも夏休みの一部のみで、ほとんどの日は思いっきり自由な時間を楽しむのです。夏休みに全教科宿題が出ていた私の日本での子ども時代を振り返ると、こんなに開放されたお休みを楽しめるのがうらやましい限りです。
夏休みだけではありません。普段の日も小学生はほとんど宿題なし。 放課後たっぷりある時間は、友達と遊んだり、趣味の習い事やスポーツクラブに行ったり、自分の好きなことをして過ごします。定期的な学力測定テストはありますが、それも「読み」、「書き」、「計算」といった基本的なものだけで、試験勉強はやりません。
そして、理科や社会は教科として分けて教えていない学校も多いのです。
一体どのように学んでいるのでしょうか?
国語・算数・テーマ教育
息子の通うモンテッソーリ式(イタリア人医師・教育家のマリア・モンテッソーリ氏により考案された教育法)の小学校では、理科や社会は「コスミック教育」として、図画工作や道徳などとも一緒にして、「テーマ」ごとに教えています。オランダではモンテッソーリ式に限らず、さまざまな公立校でこのような方法が取り入れられているのです。
確かに、理科や社会などは「世界を知る」というくくりで考えれば、分ける必要はありません。例えば、「世界の動物」というテーマには、地理的要素も生物的要素も含まれており、作業の中で図画工作も取り入れられています。私にとっては目からウロコの考え方でした。
こうした授業は、友達とグループになって共同作業(チームワーク)をしたり、近所の森や博物館などで行われるケースも多く、テストとは関係のない学習をのんびりと楽しんでいます。
時間割は自分で決める
オランダでは、毎日の時間割を子どもたち自らが決める小学校も多数存在します。息子の小学校でも、1週間にやらなければならない課題は決められているのですが、それを何曜日の何時にやるかは、毎週月曜日の朝に自分で組み立てます。
1クラスに30人弱の生徒がいるのに、みんなバラバラの時間割でどうやっているのか? 初めはとても不思議でしたが、基本的に自習の形になっていて、分からないことがあれば個別に先生に質問し、指導を受けるという方法なのです。新しいことを習うときは、先生が黒板ならぬ電子ボードを前に、ほんの10~15分ぐらい一斉授業を行います。
1人の先生が大勢の生徒を個別に指導するのは結構大変だと思いますが、1クラス内に2~3学年が一緒に勉強する学校も多く、上級生が下級生に教えてあげるのもよく見られる光景です。
このように、オランダの小学校生活は実にのんびりしたもので、宿題や試験といった、いわゆる「お勉強」は、中学から本格的に始まります。それでも、15歳のオランダ人の学力は他国に劣るものではありません。ユニセフの2020年のレポートでは、読解力と数学の学力、そして社会的スキルを合わせた「スキル」の項目で、オランダは調査対象38ヶ国中3位でした。
ちなみに日本は27位。小学校時代からガリガリとドリルや宿題をやらせることの意味を考えさせられる結果です。
多様性の中で「自分らしさ」を追求
勉強よりも大切なこと
「お勉強」よりも小学校で重視されているのは、友達や社会との関係の中で「自分を大切にしつつ、他者を尊重すること」を学ぶことです。オランダの学校には、多様性が溢れていて、自然に「自分と他人は違う」ということを学んでいます。
例えば年齢。既にご紹介したように、小学校のクラス内で複数の学年が一緒に勉強しているケースが多いほか、学力によっては「飛び級」や「留年」もよくあることなので、同じクラス内でも2~3歳の年齢差は普通に存在します。また、校外でも趣味を同じくする子どもたちが年齢の垣根なく集まって活動しており、日本よりも年齢差を超えた付き合いがよく見られます。
国籍や人種、文化的バックグラウンドが全く違う人たちが混在するのも、移民を多く受け入れている国ゆえの醍醐味です。私の息子のクラスメイトにもトルコ人、中国人、英国人、イタリア人、オーストラリア人、インド人などがいます。
また、性的マイノリティへの理解も進んでいます。両親が同性でパパが2人だったり、ママが2人だったり、子ども自身が「LGBTQ(性的マイノリティの総称)」のケースも見られます。私の周りでも、男子として生まれたものの、6歳ぐらいから名前を変えて、女子として生きている子もいます。
家族で1人でもベジタリアンを貫く
多様性は食生活にも及びます。
次男の学校キャンプでのことです。私は保護者としてクラスに付き添い、昼と夜の食事を作るお手伝いをしました。お昼のメニューはホットドッグでしたが、クラス内にはベジタリアンの子が3人、イスラム教徒の子が1人、グルテンを摂取しない子が1人います。
そのため、ベジタリアンの子にはジャムとピーナツバター、イスラム教徒の子には「ハラル(イスラムの教えで許されている)」のソーセージ、「グルテンフリー」の子どもには、パンの代わりに「ライスワッフル」(米を使ったワッフル)を用意しました。多様性を尊重するためには、少数派にもきちんと対応しなければなりません。
ベジタリアンに関しては、自ら選んでいる子どもがほとんどで、両親は肉や魚を食べるのに、子どもだけがベジタリアンという家庭も珍しくありません。
私のオランダ人の姪っ子もその1人。彼女は11歳のときに養豚場を見学し、1日に2万匹のブタが殺されていることを知ってからベジタリアンに転向しました。それ以来、家族で1人、それを貫いています。家族もそれに協力して、姪の食事だけ別の料理を用意したりしています。子どもであっても信条を尊重するのがオランダ式なのです。
生まれる前から子ども部屋
このように子どもであっても「1人の人間」として尊重されるオランダで、子ども部屋は必須です。両親は子どもが生まれる前から部屋を用意し、ベビーベッドや洋服ダンスを買いそろえます。赤ちゃんは生まれた直後から、自分の部屋で決まった時間に寝るようにしつけられます。
そして、大きくなると、部屋を自分でアレンジします。男の子はサッカーゴールが描かれた壁紙を使ったり、女の子は自分の好きな色で部屋のカラーを統一したり。18歳以降、両親の家を出て1人暮らしや友人との共同生活を始めるまで、「自分の城」を自分で作るのです。「自分らしさ」の追求は、自宅生活からも始まっているのです。
12歳で分かれるコース、進路は自分でカスタマイズ
「大学進学」か、「職業訓練」か
自由で楽しい小学生時代を過ごすオランダの子どもたちも、最終学年になると全国共通試験を受けます。この試験の結果とそれまでの成績を踏まえて、その後の進路がいったん決まります。
オランダでは8年間(基本的に4~12歳)の小学校教育の後、中学・高校が一体となった「中等教育」に進みますが、レベルによって4・5・6年と長さが違います。
4年コースは職業訓練コース。卒業後は職業に直結する専門学校に進み、配管工、自動車整備工、介護士、調理師など、いわゆる「手に職系」の職業に就く人が多いコースです。
一方、5・6年コースは「大学進学コース」。オランダではマネジメントや理学療法など高度に実践的なことを学ぶ「実務専門大学」と、よりアカデミックな「研究大学」に分かれていて、5年コースは実務専門大学、6年コースは研究大学に進めるコースとなっています。
日本の大学の学士は、実務専門大学のレベルに相当します。研究大学は日本では大学院に相当するようなレベルで、ここを卒業できるのはほんの一握り。あくまでも「勉強が得意・好き」という人たちが進むところで、みんながそこを目指すべきだという考えはありません。また、4年コースに進む子どもたちも決して「敗者」とは見なされません。あくまでも能力や興味に合った進路選択が尊重されているのです。
欧州でも珍しい、フレキシブルな進路選択
小学校卒業時点でいったん「職業訓練コース」か「大学進学コース」のどちらかを選ぶことについては、オランダ国内でも「早すぎるのではないか」という議論があります。しかし、 そこで進路が固定されるわけではなく、後からコースを変更することも可能です。ただし、コースを高いレベルに変える際にはそれなりの成績が必要だったり、移った先のコースで1年間余計に在籍しなければならない、などの条件が付きます 。
中等教育を終えた後も、専門学校から大学に進学したり、逆に大学を辞めて専門学校で実践を学ぶケースも。このように「職業コース」と「大学コース」を比較的自由に行き来できるのは、欧州でも珍しいのだそうです。
エラスムス大学で幸福のための社会環境について研究しているルート・フェーンホーフェン教授は、「自分で自分の人生を決められること」が人が幸福感を感じるために大切だと指摘しています。時間が掛かっても 自分の進路をカスタマイズできることは、オランダの子どもたちを幸せにしている一因ではないかと思います。
幸せな子どもは幸せな大人から
大人がハッピーになる子育て環境
もう1つ、オランダで子育てする中で実感したのは“ 大人が子育てを楽しんでいる”ことです。
住宅街など至るところにある公園では、大人用のカフェが併設されているところが多く見られます。大人は公園で遊ぶ子どもを見守りながら、「ママ友・パパ友」と一緒にゆっくりコーヒーを飲んでいます。
街中のカフェやレストランでも子どもが遊べるコーナーを設置していたり、ぬり絵やテーブルゲームを用意しているところが多く、子連れで気軽に外出・外食ができる環境です。
子どもに対する社会の目も優しい。ベビーカーで電車やバスに乗るときには、誰かがサッと手を差し伸べて助けてくれるし、カフェや街角で会う人びとは子どもに優しく微笑んだり、声をかけてくれたり。日本から来た若いママは、この状況に心から感動していました。
私自身も、オランダに来て子どもがいなかった当初は、静かすぎる環境に「なんて退屈なところだろう!」と思っていたのですが、子どもが生まれてからの方が、生活が楽しいと感じられるようになりました。子どもに優しい環境は、大人も幸せにしてくれるのです。
ワークシェアリングでバランスのとれた生活
両親のワーキングスタイルも子育てを容易にしています。オランダでは1980年代の不況と失業増加を受け、パートタイム労働で仕事を分け合う「ワークシェアリング」を導入。パートタイム職員であっても、休暇や社会保障などの面で、正社員と変わらない法的ステータスを得ています。
このため、オランダでは女性だけでなく、次第に男性もパートタイマーとなり、仕事・家事・子育てを半分ずつ分担するカップルが増えました。
もちろん、パートタイマーになると給料は減りますが、子どもとの時間を過ごすことや「ワークライフバランス」を重視している人が多いのです。そんな大人の時間と心の余裕が子どもの幸せに影響を及ぼしているのは、容易に想像できることです。幸せな子どもたちは、幸せな大人のもとで育つのです。
日本でも働き方や教育制度を一気にオランダ式に変える 、というわけにはいきませんが、世間の目に惑わされることなく、子どもに合った進路を選択させたり、子どもと過ごす時間のあり方を見直したりと、家庭レベルでもできることはあるはずです。そして何よりも、大人が気負わずに子育てを楽しむことが大切。公園の近くなど、子育てしやすい住環境を選んだり、夫婦で家事分担がしやすい住まいを探してみてはいかがでしょうか。
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トップ画像提供:© Naoko Yamamoto