野田阪神駅を降りて少し歩くと、駅前のにぎやかさから一変し、下町感が残る穏やかな住宅街が現れます。変化が大事とはよく耳にするものの、変わらずあり続けるということは相当に難しいことではないでしょうか。
今回の記事では、この街で63年、いかに街の風景が変わろうと今も昔も変わらない安心感で街の人たちに愛され続けている焼肉店にスポットを当て、話を聞いてみました。
ひいおばあちゃんからおばあちゃんへ、おばあちゃんから孫へと続く味とつながり
―今年で創業63年、親子3代でお店を続けられているとお聞きしました。
徳山聖士さん(以下、徳山さん):「僕のばあちゃんがこのお店を始めて、おかんが2代目、そして孫の僕で3代目になります。とはいえ、おかんはまだまだ現役で今もお店に立っています」
―ご家族みなさんご出身も野田なんでしょうか?
徳山さん:「僕は滋賀生まれで、小学4年生のときに野田に引越してきたんです。三国でひいおばあちゃんが焼肉屋をやっていて、ばあちゃんがそれを引き継ごうと物件を探していたときに縁があったのがこの場所でした」
―たまたまよい場所に巡り合ったことがきっかけだったんですね。
徳山さん:「当初はカウンター8席分のスペースしかなくて、ガスも引けなかったので炭焼きスタイルで始まったのが今も変わらず続いています。2016年くらいまでは、ばあちゃんがカウンターに立って切り盛りしていて、テーブル席は隣の土地が空いた後に新しく増築したんです」
―3代目の徳山さんがお店を継いで何年目になるんですか?
徳山さん:「2024年で10年目になります。28歳くらいの時にお店をやりたいってことを伝えて、他の焼肉店に2年間修業に行きました。その間にソムリエの資格を取って、本格的にお店で働き始めたのはその後です」
―昔からの味や雰囲気を守りながらもワインがあるということが印象的です。ワインが飲める焼肉店は珍しくはないですが、近隣に愛される焼肉店の装いをしたまま、ソムリエがワインを選んでいるというバランス感がとても素敵だなと感じていました。
徳山さん:「たまたまですよ。僕、実はお酒は全然飲まないんですが、修業先のマスターがソムリエの資格を持っていて、『取ったらどう?』って勧めてくれたんです。今もお酒は飲むとしてもテイスティングくらいですね」
―お酒を飲まないのにソムリエの資格を持っているということで、とてつもない努力を感じます。
徳山さん:「技術も飲食経験もなかったので、店を継ぐと決めたときにソムリエの資格を取って、昔から来ているお客さんたちを納得させたかったんです。あと、ずっとお店を続けてきたばあちゃんにも納得してもらいたかった」
100人に評価されなくてもいい。この場所にあることを大切にする
―おばあさんからお店について言われて心に残っていることはありますか?
徳山さん:「ばあちゃんから何か言われたことは、10年やってきたなかで一度もないんです。ただそれなりにミスもしてきたので、その時々で『ばあちゃんが守ってきたものを崩してしまった』という気持ちになりました。
これまでどうやってきたか本人にあえて聞かなくても、この店のあちこちにばあちゃんがやってきたことが染み付いていて、お客さんの空気感や店の雰囲気なんかで教わらなくとも感じることがたくさんありますし、店をやっているとばあちゃんがやってきたことのシンプルな凄さがわかったりもします。だから、自分の目で見てきたことをこの先もつなげていきたいと思うんです」
―おばあさんが仕事をされていた風景はいかがでしたか?
徳山さん:「僕が小さい頃はお客さんによく怒ってましたね(笑)。今でも過去に怒られたことがあるってお客さんからよく言われます。肉の焼き方が悪かったり新聞見ながら焼いてるとかで怒られるみたいなんで、お客さんも居心地悪かったと思いますよ(笑)」
―実は、みなさんおばあさんに怒られに来ていたのでは?
徳山さん:「もしかしたらそうかもしれないですね。そういった方ももう高齢になってきているんですが、そのお子さんたちが今も店に来てくれたりしています。そのあたりもばあちゃんはさすがだなと感じますね」
―お店を継いで10年、1つの区切りを迎えたなかで改めて感じることはありますか?
徳山さん:「ばあちゃんがこれまでやってきたお客さんとの付き合い方や価格設定を維持していくのはすごく困難だと思います。多分このやり方は正解じゃないけれど、僕はこのまま続けていきたいと思っているんです。同じ商品でも他の店と比べて、それ以上の価値があるものを出している自信はもちろんあります。けどこのお店で儲けたいとかは一切思ってなくて、100人に評価されなくてもいいから、この場所にあるっていうことを大切にしたい。でもそんなお店は軒並み潰れていっているじゃないですか。なんか寂しいですよね」
―駅の再開発が進んだり、高層マンションができたりと街を新しくしようという動きも、より一層強くなってきていますもんね。そんな中でも、変わらず長くあり続けて欲しいなと思います。
名物はテールラーメンだけにあらず。押さえておきたい裏名物
―子ども時代からお店を見てきた3代目ならではのおすすめメニューを教えてください。
徳山さん:「ばあちゃん秘伝の漬けダレですね。他の焼肉屋にはない味だと思います。漬けダレって甘い味が割と主流なんですが、うちのは醤油がしっかりと効いていて、タレだけで何杯でもご飯食べられてしまうくらいおいしいんです。あとは、ワインを出すようになって部位を増やしました。シャトーブリアンやラムチョップなんかをワインと合わせて、カルビ、ロース、豚バラ、ホルモンとか、ザ・焼肉店なラインナップだけじゃない楽しみ方もしてもらえるようにしています」
―メニューに珍しいハチノス刺しがあるのも気になりました。酢味噌につけて食べるんですね。
徳山さん:「おいしいですよ。茹でて刺し身風に出しています。酢味噌含めここにあるタレやソース、キムチは全部手作りしているんです」
―名物のテールラーメン誕生には、『焼肉 海老州』らしいエピソードがあるとお聞きしました?
徳山さん:「テールスープ自体は50年ほどやっていたんですが、ラーメンはお客さんが袋麺を持ってきて、『これ入れてくれ』って言ったのがスタートだったんです。その1ヶ月後くらいに朝日放送のテレビ番組『今ちゃんの「実は...」』に取り上げられて、たちまち名物メニューになりました。だからいまだにそのお客さんからはマージンくれって言われます(笑)」
―常連さんとの関わりのなかで生まれたメニューだったんですね。
徳山さん:「なかには魚持ってきて七輪で焼く人もいるんですよ。うち焼肉店やのに(笑)」
―焼肉じゃなくてもこのお店に立ち寄りたいという、常連さんのお店への強い気持ちを感じるエピソードですね。
徳山さん:「常連さんはメニューにあるものをほぼ食べないですからね。それが気分転換になってこっちも楽しいですし、何よりすごく助けられています」
―近隣の方ととても良いお付き合いをされていることがすごく伝わります。最後にこれからについてお聞かせいただけますか?
徳山さん:「とりあえずは現状維持。なにも求めない。ばあちゃんの代からそれでやってきたんで。あとは漬けダレをもっと沢山の方に食べてもらえるようにしたいです。うちの漬けダレは、炒め物はもちろん、何に使ってもすごくおいしくて万能なんです。お肉はどこでも食べられますけど、タレはその店でしか味わえないですから。そのよさをもっと伝えていけるよう計画しているところです」
野田阪神ではじめる、都会と下町のいいとこ取りな暮らし
今回ご紹介した「焼肉 海老州」が位置する野田阪神は、JR東西線、阪神線、Osaka Metro千日前線の3路線が通り、梅田やミナミ、また神戸までも電車で1本というアクセスのよさが魅力。そして生活に必要なものは何でもそろうという利便性の高さは、3代目が太鼓判を押すほどです。
にぎやかな駅から少し離れればゆっくりとした時間が流れ、住み心地にもこだわりたい方にもぴったりです。平均家賃は6.8万円。古きよきが今も大切に引き継がれるこの街では、自分だけの心落ち着く店との出会いがありそうです。