ビルが立ち並び、阪神高速の出入り口でもある阿波座。会社員が行き交うオフィス街の印象ですが、駅から木津川橋の方へ向かうとマンションなどが増え、閑静な住宅街が広がります。木津川付近の開けた場所はのどかな雰囲気もあり、駅前とはまた違った一面が。
そんな木津川沿いに、2021年に開店したのが「喫茶 水鯨」。実はこのお店、金沢にあった老舗の名物喫茶店「禁煙室」を譲り受けて始まった喫茶店なのです。内装のステンドグラスやカウンター、ソファなど、「禁煙室」の歴史が詰まったものたちが大阪へ。「喫茶 水鯨」のはじまりを、店主の山口修平さんへお聞きしました。
場所を変えても受け継がれる「禁煙室」の魅力
―金沢にあった「禁煙室」を譲り受けたということでしたが、もともと喫茶店をはじめたいという思いがあったんですか?
山口さん:「そうですね。僕は辻調理師専門学校を出た後、調理の仕事をしていたんですが、独立するなら喫茶店をしたいと前々から考えていました」
―料理店やカフェでなく、喫茶店を?
山口さん:「カフェも好きなのですが、僕の中ではカフェは少しせかせかしたイメージがあって。喫茶店は陶器のカップでコーヒーをいただきながら、ゆっくりと過ごせる場所。それにもともと古いものが好きなこともあって、昔ながらの喫茶店が好きでした。昔ながらの喫茶店って、ガラスの扉にデザインが入っていたり、カウンターに肘掛けがついていたり工夫が凝らされていて、作り手の気持ちを反映させているなと感じるんです。そういうものに魅力を感じていることが、喫茶店を残したいという思いにつながったのかもしれません。古い喫茶店は跡継ぎがいなかったり建物の耐震構造の問題で閉店してしまったり、続けることができない店がどんどん増えていますよね。絶滅していっている。だから、そういう喫茶店さんの跡を継げないかなと考えるようになったんです」
―なるほど。「禁煙室」は、もともと知っていた喫茶店だったんですか?
山口さん:「『禁煙室』は、有名な喫茶店だったので以前から知っていました。旅行で金沢に行った時に初めて足を運んだのですが、内装がすごく印象に残っていたことや、マスターやママさんが常連さんと朗らかに話す感じがとても好きだったんですね。そんな『禁煙室』が閉店するという情報を聞いて、ダメ元で直接交渉しにいこうと思ったんです」
―初めから、大阪へ移動して引き継ごうと考えていたんですか?
山口さん:「最初は金沢に移住して継ぎたいと思っていました。でも、築約120年の長屋で耐震工事が決まっていて。詳しく話をお聞きしてみると、内装などの貰い手もいなく、お金をかけて捨てる予定だということで、それだったらなんとか中身だけでも残したいと、オーナーさんに相談したしたんです」
―自分たちの店を引き継ぎたいと言われて、オーナーさんはどんな反応だったのでしょう?
山口さん:「こうやって店を引き継ぎたいという話をすると、何か裏があるのではないか?と疑われることも多いのですが、『禁煙室』の方は理解してくれて。『違う場所には行くけど、また使ってもらえたら嬉しい』と、承諾してくれました」
―なるほど。それにしても移築って、こんな風にできるものなんですね。
山口さん:「受け継ぐことが決まってから、職人さんと一緒に改めて金沢へ行って、どこまで移築できるかを相談しながら進めました。扉や壁に使っているステンドグラス、カウンターも使わせてもらっていますし、椅子も赤いランチョンマットも『禁煙室』のものです。コロナ禍にオープンしたこともあって『禁煙室』のオーナーさんはまだ招待できていないんですが、写真を見ていただいて、とても喜んでくださいました。あと、『禁煙室』を知っている方や、行ったことがあるという方が来てくださるようになって、懐かしいと言ってくださることも」
昔ながらの喫茶店の椅子は、現在布を張り替えられるような職人さんも減っており、修理や手入れが難しいそう
―金沢から場所を変えて、大阪でもそうやって当時のお客さんが来てくださるのは、素敵です。
山口さん:「嬉しいですね。でも僕らの活動はそれで終わらず、他にも閉店するお店をいろいろな形で継いでいきたいと思っています。例えば取り壊しや工事が決まっている場所は、椅子などの調度品だけ引き継げないかというお話をさせていただいたり。今のところ4軒ほどの喫茶店から、椅子やテーブル、内装の絵、焙煎機を引き継がせてもらいました」
授業参観帰りに、日々のおしゃべりに。地元の人が集う「喫茶 水鯨」
―「禁煙室」を移築したといわれる「水鯨」ですが、それだけでなくさまざまな喫茶店の歴史が詰まったお店になっているんですね。
山口さん:「アイスコーヒー用の銀色のコップはあそこ、クリームソーダのグラスはここ、というようにどんどん集まってきていますね(笑)。いま、後継者探しの活動もしていて、神戸や東京、阿波座、貝塚などで昔の喫茶店を引き継いで、新たな後継者をつなぐこともしています。最近も、新たに1件後継者をつないで、「喫茶 古月」という喫茶店を阿波座で復活させています」
―「水鯨」の場所として、なぜ阿波座を選んだのですか?
山口さん:「この物件に縁があったので。建物自体にも雰囲気があり、『禁煙室』から移動させる50年ぐらい使われていた古い調度品も合うのかなと。実は昔はこの並びに、関西最古の喫茶店があったそうです。もともと居留地があったそうですが廃れていって、どんどん人は神戸へ流れていって。今は建て替えで新しいビルやマンションが多くなってしまったんですが、大正時代には『カフェ きさらぎ』という喫茶店があって文豪が集っていたという資料も残っているんですよ」
―そんな背景がこの辺りにあったとは! 今はどんな方がいらっしゃるのでしょうか?
山口さん:「倉庫やマンションが並んでいて、静かな雰囲気ですね。小学校がすぐそこにあって、『水鯨』に家族で来てくれることもあります。授業参観の後に、ご褒美でクリームソーダみたいな(笑)」
―子ども時代にここでご褒美として「クリームソーダ」だなんて、かなり思い出に残りそうです。壁に貼ってあるお手紙のようなものはなんですか?
山口さん:「それは常連さんが書いている新聞です。知り合いにだけコピーして配っているそうなんですが、ここにも送ってくれるんですよ。『店にちゃんと貼ってますよ』と伝えてから、読者が楽しめるようにクイズなどを書いてくれるようになりました(笑)。作者は趣味で落語をやっている方で、60代の女性です。目線も独特でユニークですよね」
―この街に関わる人の顔が少し見えて、面白いです。今年で2周年ということですが、今後はどのようにしていきたいですか?
山口さん:「いろいろなお店さんの椅子などを受け継いで使っていますが、それをいずれどこかで展示できればと思っています。展示できる場所を新しくつくるのか、会場を借りて企画するのかはわかりませんが、テーブルごとに違うお店のもので構成していったらおもしろいかな?と。それぞれのテーブルに資料を置いたりノートを置いたりして、来てくだった皆さんに想いとかも書き残せたらなと。ただ座るためだけではなく、もとのお店の良さも一緒に伝えられたら。あとは後継者探しも続けてやっていきたいです。僕らの活動を見て、『自分もやりたい』と思ってくれる人が増えたら嬉しいです」
◆今回取材したお店
「喫茶 水鯨」
住所:大阪府大阪市西区川口1-4-19
電話:無し
営業時間:9:00〜17:00(LO16:30)
定休日:月・火曜
Instagram:@ kissa_suigei
「喫茶水鯨」がある阿波座駅
「喫茶水鯨」がある阿波座駅は、Osaka Metro千日前線と中央線の2路線が通り、なんばや本町、谷町四丁目、コスモスクエアなど繁華街からビジネス街までさまざまな街へ1本で出られるのが嬉しい利点。阪神高速の出入り口もあり、休日は車で遠出する人にもおすすめのエリアです。
阿波座駅はオフィス街とではありますが、少し歩けば靱公園をはじめ、公園が点在しているのも魅力。ファミリー層は休日に公園でのびのびと遊んだあと「喫茶 水鯨」で、クリームソーダを飲んだり、プリンを味わいながら、家族みんなでゆっくりと過ごすのもよさそうです。家賃平均は6.78万円ですが、間取りによっては相場が18万円台のものも。部屋数が多い物件を探したい人は、2DKが8.89万円と他の間取りよりも相場が低いので、狙い目かもしれません。
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◆本記事の担当者
取材・文:小島知世 写真:沖本明