「銭湯を日本から消さない」をモットーに、日本全国の銭湯を継業し次世代へとつなげていく活動をはじめ、これまでになかった新しい発信でカルチャー方面からも銭湯業界を盛り上げている「ゆとなみ社」。
今回は神戸湊川エリア、東山商店街のほど近くで営業する「湊河湯」を取材しました。充実の浴室設備や行き届いたお手入れによる清潔感はもちろん、気持ちよさそうに“湊河ウェーブ”をえがく仕切りの壁、ターンテーブルから流れる音楽、「ゆとなみ社」では初めてとなる立ち飲みカウンターなど、番頭の松田悠さんの店づくりが光ります。
そんな軽やかな取り組みは地域にどう受け入れられているのでしょうか。話を聞くと、湊川エリアに暮らす人々の広い心が透けて見えてきました。
お客さんとの距離が近い仕事を求めて
―2023年の8月に復活されたということで、遅ればせながらおめでとうございます。松田さんはもともと音楽業界にもいらしたとか。
松田さん:「学生時代から軽音サークルでバンドを組んでライブをしたり、好きなアーティストのライブを観に行くことが大好きで、卒業後は音楽業界でアイドルのマネージャーを経験しました。その後は商業施設の展覧会の担当として勤務していた時期もあります」
―銭湯経営とはだいぶ価値観の違う業界のような気がします。
松田さん:「たしかにそうですね。実際、前職のどちらも売れる/売れないというビジネス的な尺度が強い業界で、もちろん楽しく働けていた時期も長くありましたが、一方でどこか感覚がおかしくなっていくように感じることもありました。人から離れて、お金やメディアと近づいていくような」
―なるほど。そこで銭湯業界を選ばれたのはなぜですか?
松田さん:「学生時代に初めて湊河湯に入ったときから、ぼんやりと『将来はこういうところで働きたいな』と思っていたんです。晴れた日の昼過ぎだったのですが、露天風呂にとてもきれいに日が差し込んでいました。でも当時は、銭湯経営は家族でするものというイメージがあったので別の仕事に就きました。後々、銭湯グッズを販売する展覧会を担当したことをきっかけにゆとなみ社の取り組みを知り、銭湯をやりたいと思ったときのことを思い出して転職しました」
―たしかに銭湯経営の在り方は外からだとなかなか見えづらいですが、そこを社会に対してオープンにしつつ、新しい取り組みをされているのがゆとなみ社さんですもんね。
松田さん:「面接で『湊河湯を継ぎたい』と言って入社して、しばらく京都の『サウナの梅湯』や大阪『みやの湯』で現場のことを少しずつ覚えていきました」
松田さん:「私は趣味が多くて、新しいモノやコトにアンテナを強く張ってしまう性分なのですが、その一方で昔からあるものを残したいという気持ちも強くあります。商店街のなかのお豆腐屋さんや銭湯がそうです。ひとりでできることは限られていますが、湊河湯を残すことがゆとなみ社の掲げる『銭湯を日本から消さない』というモットーにつながるなと」
―松田さんが入社されるタイミングで、すでに継業の話が出ていたということですか?
松田さん:「いえ、私が言っていただけで(笑)。でもほんとにずっと湊河湯のことは気にしていて、ご高齢の方が営まれていたこともあって、2週間お休みなんてことがちょこちょこあることは知っていました。再開されるたびに入りに行っていたのですが、あるとき半年休むと。その後、また開けられたのですが10日ほどでまたお休みに入ってしまいました。大変な状況にあるだろうことは想像できたので、代表の湊三次郎に伝え、すぐにふたりで直談判しに行ったんですよ」
―そこではどんなやり取りがあったのでしょう。
松田さん:「最初は挨拶をしてから、パンフレットを置いて、連絡先を伝えた程度です。というのも、業務のほとんどを担っていたご主人が危篤状態にあって、お母さんがとても先のことを考えられるような状況にありませんでした。その後、1ヶ月ほどしてから息子さんから電話が来て、ご主人が亡くなられたと。銭湯は残したいけど継ぐ人がいないから、また話を聞きたいと言ってくださいました」
先代からの声なき指示とは?
―継業されるにあたって変えたところがあったら教えてください。
松田さん:「番台式からフロント式にしたのは大きな変化ですね。それに伴ってしきりとなる白壁を設置したのですが、湊川にちなんで“湊河ウェーブ”という形状にこだわりました。施工チームやスタッフと話し合った結果ですが、実は話す前から全員が同じようなことを考えていたのがおもしろいですよね」
―施工はいま方々で話題のチーム「々」(のま)が担当されていますね。仕事のプロセスも含めておもしろい方々ですよね。
松田さん:「毎日言い合ったり、泣きながらやっていました(笑)」
―立ち飲みのカウンターも最高ですね。どのような理由から設置されたのですか?
松田さん:「まず私がお酒大好きというのが一番です(笑)。あと兵庫県の公衆浴場にはお酒を飲めてご飯も食べられるところがけっこう多いので、それだったらうちでもやっていいかなって。ゆとなみ社では初めて(食品衛生法に基づく)営業許可を取って始めました」
―銭湯施設内での飲食は兵庫の文化のひとつなんですね。
松田さん:「あとはなにより地域との接点を作りたかったというのもあります。メインでお出ししている地ビール“湊ビール”は新開地のおじさんがひとりで作っていて、美味しいのはもちろん、『湊』の字にご縁を感じたので置かせてもらうことに(笑)。あとおつまみとして商店街のお惣菜を出しているのは、商店街の閉店が16時と早いのでそれ以降でも食べてほしいという考えからです」
―お酒というと、どうしても大人向けのイメージがありますが、お子さんも来られますか?
松田さん:「商店街の果物でシロップを作って、サワーでもノンアルコールのスカッシュでも出しています。スカッシュは子どもたちがたくさん立ち飲みしてくれて嬉しい限りです」
―そういった新たな取り組みとは反対に、先代から受け継いでいる部分はありますか?
松田さん:「実は先ほど話した事情もあって、旦那さんとはほとんど直接コミュニケーションを取れていないんですよ。継業前に通っていた時代に番台であいさつを交わした程度です。でもロッカーや靴箱の鍵がひとつも欠けずに残っていたり、店内が常に清潔に保たれていたり、言葉こそ交わしていなくとも几帳面で丁寧な仕事ぶりが伝わってきました。そこは私たちも大事にしていきたいと考えています」
―手入れされた銭湯の様子から先代の美意識を垣間見たということですね。
松田さん:「そうですね。あと釜などの裏の仕事は自己流でやられていたみたいで、私たちが見ても何が何だかわからなかったんです(笑)。手探りでやっているなかで『いまここに○○があったらな』と思って周りを見てみると、ちゃんと手に届く範囲に必要なものが置かれていたりして、そんなところからも考えを感じることができました。とにかくすごくこの銭湯のことを愛していらしたんだなというのは至るところで感じます。亡くなる間際まで『湊河湯が心配や』と言っていたそうです」
銭湯は「小さな町」
―当時から地域で愛されていたのだろうと想像します。
松田さん:「そうだと思います。ただ、こんなに良い立地にあるのに、ご近所の方以外からはほとんど知られていなかったんですよ」
―そうなんですね。2階には露天風呂もスチームサウナもあってかなり充実しているのに意外です。
松田さん:「営業時間が短かったというのもあって、もともとは一日40人くらいの来客数でした。いまは13時から23時の営業時間で、早い時間はご近所のおじいちゃん、おばあちゃん、夜の時間帯にSNS等で知ってくれた若いお客さんなど、さまざまな方に来ていただいています。特に最近増えてきたなと感じているのは、ご近所の若い家族ですね。全体としては一日平均で160か170人くらいかな」
―そういったお客さんの層に合わせた動きはありますか?
松田さん:「お子さん連れが増えてきたので週末の薬湯(露天風呂)をパインアメやラムネ仕様にしたり、おもちゃを置いたりしています。あとは、他の店舗でもやっていることではありますが、イベント的にお子さんに番台を体験してもらう『子ども番台』もやりました。お母さんたちに喜んでもらえますね」
―家族で来ても楽しく時間を過ごせそうですね。また「子ども番台」をはじめ、定期的にイベントを企画されています。
松田さん:「私が音楽大好きというのもあってライブイベントはよく企画します。印象的だったのは、いい風呂の日(11月26日)がちょうど定休日だったのでバンドと漫才師をお呼びしたことですね。男湯でバンドが演奏してくれたのですが、2階部分のスチームサウナにドラムを置いて(笑)。女湯のほうは、階段のうえにマイクを立てて漫才をしてもらいました」
―すごく楽しそう! でも昔ながらの商店街のある立地で、こうした若い空気感は受け入れられているのでしょうか?
松田さん:「そのあたりは地域の方々がものすごく寛容なんですよ。心に余裕があって。ゆとなみ社の銭湯はお客さんも込みで本当にどこも素晴らしいと思っていますが、とりわけうちのお客さんの良さというか県民性の部分は特徴と言ってもよいんじゃないかな」
―以前、京都の北大路にある「鴨川湯」さんを取材した際に、お客さんの寛容性を土地柄と絡めてお話ししてくださったことを思い出しました。
松田さん:「町の話でいうと、阪神淡路大震災を経験したことが大きいと思っています。地震で町の様子が一変して、そこから建て直してきた歴史があるじゃないですか。だからこそ変わることに寛容だし、新しいものの中に良い部分を見つけようという習慣があると思います」
―興味深いお話をありがとうございます。最後に、松田さんにとって湊河湯がどんな場所か教えてください。
松田さん:「生涯を終える場所です。ずっとここの番頭としてやっていこうと思って継ぎましたし、そのつもりでこれからもやっていきます。子どもも、お年寄りも、病気や障害がある方も、誰もが『ここが居場所やな』と安らげる“小さな町”であることが銭湯の一番よい姿だと思っているので、今以上に理想に近づけるよう頑張っていきます」
◆今回取材した銭湯
「湊河湯」
住所:兵庫県神戸市兵庫区東山町2丁目3-5
電話:070-3352-2680
営業時間:13:00~23:00
定休日:火曜
Instagram:@minatogawayu
HP:https://yutonamisha.com
みんなが「住みたい」という町 神戸・湊川
今回取材した「湊河湯」は神戸電鉄神戸高速線、有馬線の湊川駅から徒歩5分ほどのところに立地します。このエリアのランドマークはなんといっても商店街。取材時にも通りに活気があり、多くの方が利用されている様子が印象的でした。
実際に湊河湯のほど近くに暮らす松田さんは、商店街の存在に加え、人とのつながりが豊かな点、だからといって人間関係の苦しさとは無縁な点、三宮や大阪梅田までのアクセスが良好な点を住みやすさとして挙げてくださいました。ヘルプで他店舗からやってくる「ゆとなみ社」のスタッフさんも口を揃えて「ここに住みたい」とおっしゃるそうです。神戸らしく山も海も近く、さらに商店街まで。
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取材・文:石川宝 写真:和田悠馬