京都・下鴨で66年続く「グリル生研会館」は、生研開発科学研究所という研究所ビルの1階にある人気洋食店。看板メニューはハンバーグ、海老フライ、カニクリームコロッケが色鮮やかなサラダとともに盛り付けられる「スペシャルランチ」。言うことなしの完璧なビジュアルに贅沢さを感じる、まさに“大人のためのお子様ランチ”を求めて近隣の方のみならず遠方からのリピーターも多いそう。そんな名店の魅力に迫るべく、3代目オーナーシェフの西崎裕紀さんにお話を伺いました。
思わず笑みがこぼれてしまうほどに、日々更新される美味しさ
―初代である西崎さんのおじいさんが創業されたとのことですが、お店の成り立ちについて聞かせていただけますか?
西崎裕紀さん(以下、西崎さん):「『ヤマトホテル』という満州にあった高級ホテルの調理部で支配人をしていた祖父が、帰国後にホテルやレストランを全国に事業展開するなかのひとつとして1958年に開業しました。もともとこの研究所ビルの3階と4階には当時では珍しかった外国式の宴会場と宿泊施設があって、海外のお客さまを中心に宿泊された方に朝ごはんを提供する場所でもあったんです」
―事業のひとつとしてのスタートだったんですね。当時から現在までずっと変わらないメニューはありますか?
西崎さん:「ハンバーグ、エビフライ、タンシチュー、ポーク料理、チキン料理、あとカニクリームコロッケなどの基本的なメニューは今も昔と変わらず続いています。新しく変わったことでいうと、単品メニューだったハンバーグとエビフライをワンプレートでセットにして提供するようになったのは私の代から始めたことで、今では一番人気のメニューです。最近ではそこにカニクリームコロッケをつけた『スペシャルランチ』の人気も上がってきています」
―生研会館はカニクリームコロッケが特に絶品と噂を聞きつけております。
西崎さん:「このカニクリームコロッケはよそにはないぞっていう自信がありますね。実は、私がこの店で最初に自分で作った料理がカニクリームコロッケだったんです。2代目だった父はすごくずぼらな人で、一緒に働いていた当時、カニクリームコロッケが3〜4日も品切れということがたびたびあって、楽しみにして来てくださる方もたくさんいるなかで注文をお断りすることも少なくなかったんです。何度もお断りすることがだんだんと嫌になってきて『それなら自分で作ればいい』と思って作ったのが最初。父に料理を習ったことは一度もなく、口うるさく言われると嫌だったので、組合の会合で父が外に出かけているときにまとめて作りました。これまで食べてきた記憶は確かなので、納得のいく味になったところで『これで(店に)出せるやろ』って父に食べさせたら『同じ味や』って(笑)」
―すごいです(笑)。よそにはないと感じるポイントを詳しく聞かせていただけますか?
西崎さん:「形がつぶれない限界までやわらかくなるよう追求しているところです。衣も市販のものだと少し荒くなってしまうので、より細かくしてやわらかさをダイレクトに感じてもらえるよう食パンから作っています。蟹の香りを生かすために蟹味噌を加えているのもポイントですね。試行錯誤してより美味しくしていこうと日々追求していますし、作っているときもいつもワクワクしているんです。『これ、絶対美味しいわ』って(笑)」
―厨房の中でのほほ笑ましい情景が目に浮かびます(笑)。西崎さんの代になって(2024年〜)30年目とのことですが、何年続けていても毎日同じように思われますか?
西崎さん:「昨日も『あーもう、また美味しいのできた』って思いながら作っていました。フレンチドレッシングなんかも同じように思いますね。市販のものは使わずシンプルな材料でクオリティの高いものを作りたいという気持ちがあるので、量や配分にはこだわっています。これもきっと美味しいんだろうなと思いながらいつも作っています」
気品の中に感じられる心地よさの理由
―西崎さんは生まれも育ちも下鴨とのことですが、下鴨のどんなところがお好きですか?
西崎さん:「ほどよく田舎で静かなところですね。住宅地だからというのもありますが、ここは糺の森(ただすのもり)とともにあるエリアなので比較的静かですし、森に守られているという気持ちはすごくあります。毎日森を通って出勤しているのですが、それがなくなったらそれこそ病気になってしまうんじゃないかって思うくらいです」
―ずっと下鴨で暮らしてきた中で感じる町の変化はありますか?
西崎さん:「糺の森が世界遺産に登録されてからの発展は目まぐるしいですね。昔は森の中に自由に入れて、糺の森は私の子どものころからの遊び場だったのですが、世界遺産になったことで柵がついて歩道しか入れないようになってしまったんです。遊び場がなくなった寂しさは少しありつつ、いろんな人に下鴨神社や糺の森という言葉が定着してきていることはとても嬉しく感じています」
―なじみの常連さんがいる一方で、糺の森や下鴨神社に来られる観光客の来店も多いと思うのですが、これだけ長く歴史がある中入りづらさというのを一切感じず、むしろとても入りやすい空気感を感じました。日常的にお客さんに対して心がけていることはありますか?
西崎さん:「そう言っていただけて嬉しいです。今はほとんど厨房にいるので直接的なやりとりは少ないですが、毎週来てくださる常連さんであれば残されるものやよく食べられるものをチェックして出し方を少し変えています。一方、旅行で来てくださっている方には、その時の一食ってとても大切な時間なので、その時間を楽しかった、美味しかったって思ってもらえるような良いものにしたいという使命感はすごくあります。旅先であってもそうでなくても嫌なことがあったら嫌じゃないですか。食べ物は、出来事や感情とすごく密接すると思うので、お客さんの一瞬を絶対に成功させたいと思っています」
―顔を合わせなくてもお客さんがより気持ち良い時間を過ごせるようにいろんなシーンで工夫をされているんですね。お料理が美味しいだけでなく、その想いをお客さんも感じ取っているからこそたくさんの人に愛されているんだと感じました。最後にこれからの展望をお聞かせください。
西崎さん:「私にできることは料理しかないので、自分の気持ちや体が動いている間は確実に今と同じことをやり続けたいです」
◆今回取材したお店
「グリル生研会館」
住所:京都府京都市左京区下鴨森本町15 生産開発科学研究所ビル1F
電話:075-721-2933
営業時間:昼12:00~13:30(LO)閉店14:00、
夜(予約のみ)17:00~18:30(LO)閉店19:30
定休日 水曜夜、木曜
市街へのアクセスも良好。自然・味・治安の良さのそろう出町柳エリア
京都ー大阪間をつなぐ京阪電車の終着駅であり、鞍馬や貴船など洛北エリアへ向かう叡山電車の始発駅でもある出町柳駅。改札を出るとすぐそばに高野川と賀茂川が流れ、その2つの川の合流地点である「鴨川デルタ」は市民の憩いの場として、また映画やアニメのロケ地としても親しまれています。駅から10分ほど歩けば、世界文化遺産「糺の森」や京都最古の神社でもある「下鴨神社」があり、自然豊かで治安も良く落ち着いたエリアです。京都市内からは京阪電車で約7分と中心地へのアクセスも良好。「グリル生研会館」をはじめとした街で愛される名店も数多く、生鮮食品店から映画館までつい立ち寄りたくなる店が連なる「出町枡形商店街」も近くにあります。一度住めばその暮らし心地の良さに出町柳周辺から離れられなくなるかもしれません。
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◆本記事の担当者
取材・文:福永杏 写真:上村典子