「港町」や「異国情緒あふれるまち」など、独特なイメージのあるまち・神戸。そんな神戸のステレオタイプなイメージは、実は一部だけで、小さな商店街や長屋の趣など、下町情緒あふれるまちの姿も、まだまだたくさん残っています。時に坂道が多く、時に山道のような、そして時には歴史が垣間見える通りを通って、歩けば歩くほど、そのまちならではの魅力に出会えるまち歩き。一見普通の住宅街でもまちを知る喜びが詰まっています。
そんな神戸の小さなまちを“勝手に”散策し、“勝手に”魅力を掘り出すまちあるきイベントが、「勝手にまち探訪」。塩屋のまちでさまざまな遊びを生む「シオヤプロジェクト」が主催しているイベントです。坂と車の入れないような小径が繰り広げられる塩屋を歩く、「勝手に高低差学会」から活動は始まり、その後舞台を塩屋の外に飛び出した「勝手にまち探訪」がスタート。「同じ道を2度通らない、一筆書きのまちあるき」をモットーに、ほぼ毎月小さなまちをみんなで7時間歩き探訪しています。
第62回のタイトルは「勝手にまち探訪 深江編」です。深い入り江の漁村だったことから名付けられた深江。大阪や三宮にも移動しやすい住宅地として若い世帯にも人気のエリアですが、江戸時代は漁業と農業で栄え、交通の要衝であったことをご存知でしょうか。大日霊女神社を起点として歴史の面影を探し求め、時にはペペロンチーノのにおいを辿るまち歩きのスタートです。
財産区、魚屋道、食品コンビナート。深江浜の地域史を巡って
深江編の案内人は、山納洋(やまのうひろし)さん。大阪ガスネットワークにエネルギー・文化研究所研究員として勤めながら、トークサロン企画「Talkin’ About」や談話室「マチソワ」などをプロデュースされています。2014年から始められたまち観察企画「Walkin’ About」では関西を中心に100ヵ所以上のまちを巡ってきたという、公私において地域を研究するプロフェッショナルです。
午前10時、阪神の深江駅には41名の参加者が集まりました。「参加者は4名だけです」と主催側から告げられる夢を見た山納さんは当日まで不安な日々を過ごしていたそうですが、こうして集まった人たちの顔を見て、安堵の表情を浮かべていました。参加者の中には、今回のために深江を3回下見した人、遠い八戸から旅の途中で参加した人、地元だから興味を持って来たという人も。
初めに訪れた場所は、大日霊女(おおひるめ)神社の境内にある「神戸深江生活文化史料館」。1950年に神戸市に編入された旧本庄村の生活文化史の資料を保存・展示するため、1981年に深江財産区によって設立されました。残念ながら史料館には足を踏み入れませんでしたが、山納さんの解説が入ります。
「深江エリアを知るうえで『財産区』というのはおもしろいテーマです。江戸時代では、村が山林や溜池を共有地として持っていました。村がより大きな行政区画である市に編入される際、共有財産を地域で引き継ぎたい村は財産区をつくる。こうした郷土資料館やだんじり祭りのような地域行事も、財産区という特別地方公共団体があることで受け継がれている例が日本全国であります。ちなみに、東灘区は全国的に見ても財産区が特に多いエリアです」
神社の外側には「魚屋道(ととやみち)」と「旧西国浜街道」の史跡がありました。魚屋道は、江戸時代に深江浜で捕れたイワシなどの魚を有馬まで運ぶために使われていた南北の道のこと。東西に走る西国浜街道は芦屋の香櫨園から三宮の生田神社辺りまでを通る道で、多くは国道43号線に取り込まれています。旧道沿いには寺社や酒造蔵が今も残り、庶民の道として使われていた名残があります。魚屋道の起点であり、ふたつの歴史的街道が交わるこの場所をスタート地点として、今回のツアーでは東西南北に移動していきます。
次の目的地に向けて、歩道橋を渡って深江浜町方面へ。深江の近くで暮らす山納さんが、特に関心があるのは国道43号線以南のエリアとのこと。国外から働きに来た人たちが多く暮らし、食料品店や飲食店、スナック、リサイクルショップなどを営んでいます。
東灘芦屋線を南に進み、深江大橋を渡った一行は深江浜町に入ります。高度経済成長期に深江浜は埋め立てられ、「神戸東部第四工区」がつくられました。それを機に漁業が衰退する一方で、発展していったのが食品製造加工業です。1990年の出入国管理法改定によって、ブラジルなど南米出身の日系人が急増。深江でも夜勤のラインを担当する外国人労働者が増えていきました。今では中国、ベトナム、ブラジル、フィリピン、韓国など多様な国籍の人々が、労働にかぎらず留学や国際結婚など様々な理由で集住しています。
台神商運前の防潮堤沿いに展開される「うわさプロジェクト」を見て立ち止まる山納さん。この先にある兵庫県立東灘高等学校とのコラボで書かれたひとつのうわさに一同は注目。
「東灘高校のこのうわさ、気になりますよね。ちょうどお昼前なので、もう少し行ったところにある東部第4工区食品コンビナートで本当にペペロンチーノのにおいがするのか確かめてみましょう」
41名の大人たちが、鼻をクンクンさせながらコンビナート地帯を闊歩していきます。麺をゆがくにおい。ポップコーンみたいなにおい。クッキーを焼いたようなにおい。工場のあちこちから漂ってくるにおいをかぎ分けていきます。「ペペロンチーノは分からんかったけど、勉強中にこんなおいしいにおいしてたら学生さんたちおなか鳴るわ」と話す参加者たちも小腹が空いてきたところでランチタイム。
深江南町〜深江本町〜森地区。まちの片隅に残る歴史の足跡
午後は深江浜町から深江南町まで戻り、神戸市道防潮堤線を東へ。次の目的地への途中に見つけたのが、深江財産区管理会によって建てられた「えびす神社跡」の石碑。
そこには深江浜の漁業史が綴られていました。毎年9月に開かれていた浜祭りでは神社や漁船が大漁旗で美しく飾られ、夜店は多くの人でにぎわったそうです。1994年に大日霊女神社にご神霊が合祀され、翌年には社殿を撤去。ここに神社があったとは感じさせない閑静な住宅街が海沿いに続きます。
次に訪れたのは「深江文化村」跡地。大正末期の1924年に誕生した、西洋建築の住宅街です。設計を担当したのは、建築家の吉村清太郎。神戸女学院大学を設計したアメリカ人建築家のウィリアム・メレル・ヴォーリズの弟子に当たる方です。13軒の洋館が広々とした芝生の庭を囲むように建てられ、ロシア革命や関東大震災から逃れてきたロシアの文化人や貿易商が移り住みました。
「阪神間モダニズム」という近代的な芸術文化や生活様式が大正から昭和初期にかけて花開いたきっかけのひとつは、まさにこの深江文化村だったといわれています。音楽家のエマヌエル・レオノーヴィチ・メッテルを慕って指揮者の朝比奈隆、作曲家の服部良一らはこの場所に通い、画家の小磯良平や詩人の竹中郁も訪れ、日本が戦時体制に入る1935年頃まで国際的な交流が続けられていたそうです。
そんな華やかな芸術の庭も、今となっては1軒の住宅を残すのみ。2023年に解体された旧古澤家住宅跡地にはガランとした空き地が広がっています。
実は、この深江文化村は私が住んでいたマンションから徒歩1分の場所にありました。小学校の通学路でもあり、うっそうと繁った植物の隙間からのぞくユニークな色と形をした家々を飽きずに眺めていた記憶があります。親にどんな場所か教えてもらっていたからか、芝生の先の洋館を訪れ、ティーパーティーに参加するという夢を幼い頃に見たこともありました。
最初に訪れた神戸深江生活文化史料館には深江文化村の史料のほか、古澤邸から譲り受けた調度品や階段の一部が展示されています。ご興味のある方はぜひ立ち寄ってみてください。
時代とともに価値あるものが消えていく現実に少しさみしさを覚えながら、参加者一同は深江本町を経由して高橋川沿いを歩き、稲荷筋へ。
JR神戸線、阪急神戸線の高架下を通って、ようやく辿り着いたのが「稲荷神社」。通称名は「森稲荷神社」。地元では「森のお稲荷さん」と呼ばれています。
合計2万歩以上の強行軍。最後の目的地にも無事着いて、山納さんも参加者のみなさんもホッとひと息。
「甲南女子大学の校舎が少し見えると思いますが、あの近くから魚屋道が登山道に入っていきます。かつて深江で生活していた人々の中には、海で魚を捕る人もいれば、山を越えて魚を運ぶ人もいました。大日霊女神社は海の神様、稲荷神社は山の神様としてお参りしていたんじゃないかな、と僕は思います。今日は魚屋道にあるふたつの神社に、みなさんと来ることができました。まちを見つめ直す豊かな時間を共有できてうれしかったです。一日お付き合いくださり、ありがとうございました」
JR甲南山手駅まで南下して、まち探訪本編はひとまず終了。阪神深江駅から帰る山納さんと半数の参加者たちは深江のさらなる魅力を探るべく、ひと休みしてから延長コースへと旅立っていくのでした。
シオプロ的!おすすめ寄り道スポット集
シオプロのまち歩きといえば、細い道や高低差に惹きよせられてついつい寄り道するスタイルがお馴染みです。いつもの自分なら通らないであろう道を積極的に歩いてみると、思わぬ絶景&珍景に出合うことができます。深江編で見つけたスポットを少しおすそわけ。
大日霊女神社から始まり、深江エリアを東西南北に練り歩いた7時間のまち探訪。かつて栄えた産業や街道が時代の流れとともにその姿を消していっても、財産区のような形で地域の歴史や生活文化を遺してきた人たちが深江にはいました。大阪や三宮方面にもアクセスしやすく、暮らしやすいエリアだというイメージはありましたが、地域史といった軸で神戸や深江を捉えることで、この土地により愛着が湧く機会となりました。気になるまちがある方は、その地域の郷土資料館や歴史博物館を訪ねてみるのもおすすめです。
〇今回の主なルート
阪神深江駅(集合場所)―神戸深江生活文化史料館・大日霊女神社―魚屋道の碑・旧西国浜街道の碑―深江大橋―台神商運株式会社前の防潮堤―神戸市中央卸売市場 東部市場―東部第4工区食品コンビナート―神戸市中央卸売市場 東部市場 食堂―MEAT & IMPORTER BOSSANOVA―深江浜 えびす神社跡―陶芸教室えびす工房―太田酒造株式会社灘酒造場・貴賓館(旧小寺源吾別邸)―深江文化村跡地―大日公園―踊り松地蔵―高橋川―ゲンズハウス―本庄町公園―稲荷神社朱鳥居―稲荷神社―森公園・森財産区森会館―ファミール東灘壱番館前の広場―阪神深江駅(解散)
静かで交通の便利な、阪神深江駅周辺で暮らす
今回の「勝手にまち探訪」の出発地点「阪神深江」駅は、阪神電気鉄道本線が通る駅。
神戸三宮駅までは約23分、高速神戸駅までは約30分で乗り換えなくアクセス可能、大阪梅田駅までも西宮駅で特急に乗り換えれば約30分と交通面がかなり便利です。周辺には神戸大があり、学生街としての側面もあります。スーパーも多くあり、買い物にも困らない静かな住宅街です。家賃平均は5.71万円。海の近い静かな街で、歴史を感じながら暮らしてみるのはいかがでしょうか。