干し肉とは、牛肉・鶏・豚などの肉をスライスして味付けし、燻製または干した昔ながらの保存食です。岡山県津山市の郷土料理でもあります。
干し肉というと、想像しやすいのはビーフジャーキーでしょうか。鶏肉や豚肉、鹿肉などのジビエも干し肉の材料に使われ、どれも干すことで凝縮された肉の旨味が病みつきになります。自家製だと、好きな味に仕上げられるところがメリットです。
私は20年以上料理人をやっており、今は居酒屋の料理長として、自分たちのお店を経営しています。これまでの修業先や今のお店でも、たびたび干し肉を作ってきました。干し肉は一度作って、冷凍保存すると長く保ちますし、少し炙るだけでおいしく食べられます。
今回は、さまざまな干し肉を作ってきた私が、手軽にできる干し肉の作り方と、おいしく食べるアレンジレシピをご紹介します。
干し肉とは?
まずは、干し肉とは何か、作れる肉の種類や起源についてご説明します。
干し肉とはどのような料理?
干し肉とは、食肉を薄く切って調味してそのまま干すか、燻製してから干した保存食です。アメリカでは、ビーフジャーキーとしてお馴染みで、その他の国でも保存食としての干し肉文化があります。
日本では岡山県津山市の郷土料理となっているほか、アイヌ民族の伝統料理や遺跡などに残る古代料理にも干し肉があります。
干し肉の種類
干し肉は世界各国にあります。牛肉を使ったジャーキーのほか、生ハムのように豚肉で作られたものや、鹿肉やトナカイなどのジビエを使った干し肉も作られています。
※世界の干し肉料理の例
・中国…肉乾(牛、豚、鶏がある)
・モンゴル…ボルツ(家畜の干し肉をさいたもの)
・南アフリカ…ビルトン(乾燥生肉、牛肉、ダチョウなど多種)
・イタリア…プレザオラ(生ハム)
・スペイン…セシーナ(牛肉の生ハム)
・北欧…クイヴァリハ(トナカイの干し肉)
・アメリカ…ジャーキー
干し肉の起源
人類は狩猟採集生活を続けていく中で、狩った獣肉を調理したり加工したりして食べることを覚えました。古代から肉は人間にとって貴重な食物だったため、塩付けや調味をしてから乾燥させて保存し、大事に食べる習慣が広まりました。
例えば、ビーフジャーキーは古代インカ帝国の部族がリャマの肉を燻製したり干したりして食べていたものが、南米から北米に伝わったものだといわれています。
日本でも縄文時代は狩猟採集生活でしたが、弥生時代の農耕発展とともに、家畜としての動物飼育がはじまりました。飛鳥時代になると、神事に干し肉やなますにした肉を使う習慣ができたことが分かっています。このように、日本は太古から肉食や干し肉の食文化がありましたが、仏教の伝来によって信仰が広がると、肉食が禁じられるようになりました。これが肉食忌避感につながります。
江戸時代になると、干し鹿肉が病の回復にいいとされ、神社で許しを請うて食べたという記録があります。地方で獲られた肉を中央に届けるときには、干し肉にして運ばれていました。江戸時代にも肉食は禁じられていましたが、近江国彦根藩と美作国津山藩では”養生食”として特別に肉食が認められていました。
明治以降は肉食が徐々に広まり、庶民も牛肉を食べるようになりましたが、ビーフジャーキーが食べられるようになったのは戦後になってからです。長い年月をかけておいしい食べ方や保存方法が追求されてきた結果、現代まで多様な干し肉文化が残っています。
干し肉作りのきっかけと体験談
ここからは、私が実際に干し肉を作ったときの体験談をお話しします。干し肉を作るようになったきっかけから順を追ってご紹介していきますので、ぜひお読みください。
干し肉作りのきっかけ
干し肉作りはもともと修業先のお店で作っていたものを自分でも作るようになったのがきっかけでした。保存食というよりは、肉料理のバリエーションを増やすためです。
イタリア料理店で働いていたときは、シェフが自家製のセシーナ(牛肉の生ハム)やビーフジャーキー、豚肉でパンツェッタ(塩漬け生ベーコン)などを作っていました。それらを作る楽しみに魅せられた私は、自分でも試行錯誤しながら作り始めたのです。
和食のお店に転職してからは、おつまみとして干し肉を作ることが多くなりました。豚肉の山椒塩漬けを干したり、鶏のささみを風干しにしたり、鹿肉のジャーキーを作ったり。作るのが意外と簡単なのに、市販のものと違って好みの味に仕上げられる面白さから、たまに作るようになりました。
干し肉作りの体験談
私が干し肉を作るときは、調味料に漬けてそのまま干すか、燻製にしてから干して、軽く炙っています。
今回は牛肉で干し肉を作ろうと、いろいろな方法を試しました。調味料は、ハーブ塩・ソミュール液・しょうゆ味の和風タレ・和風タレにスパイスを混ぜたもの・焼肉のタレなどです。漬け込み時間の問題か、焼肉のタレは少々しょっぱくなりました。牛肉を仕込んだときに残ったソミュール液と和風タレがあったので、豚肉や鶏肉、ささみなども漬けておき、同様に干して保存食にしました。
わが家は国道沿いのマンションのため、ベランダで干すと排気ガスが気になります。しかし、冷蔵庫のみだとなかなか表面が乾かないため、仕上げをマンション裏の階段や台所の棚、レンジフードの下にかけ風干しをしました。
好みの問題にはなりますが、牛肉はカチカチに干しすぎると固くて炙っても焦げやすいので、少ししっとり感を残した方がいいと思います。燻製すると部屋の臭いが気になりますが、燻製の風味は肉に深みを足してくれます。
燻製の場合は、燻煙器内が高温になるので、燻製しながら火を入れることが可能です。そのまますぐ食べても、さらに干して時間をおいてから食べてもおいしかったです。
自家製干し肉の作り方とアレンジレシピ
ここからは、私が実際に作って確かめた自家製干し肉の作り方をご紹介します。
干し肉作りに必要な道具
まずは干し肉を作る前に、必要な道具を準備しましょう。
〈干し肉作りに必要な道具〉
・ボウル
・包丁
・まな板
・計量カップ、スプーン
・はかり
・キッチンペーパー
・ビニール袋か保存容器
・食品用吸水シート(可能なら)
・バット、網付きバット
・ビニール手袋
・消毒用アルコール(キッチン用)
・燻製器(フライパン、フライパンに入る足付き網、フライパンと同径のボウルでも可)
・アルミホイル
・スモークチップ
・干物用ネット(可能であれば)
・グリル器かオープントースターなど
干し肉作りの材料
今回は、塩味と和風しょうゆ味の牛肉の干し肉レシピをご紹介します。必要な材料は、以下のとおりです。
●牛肉 300g (脂の少ない、赤身肉モモやヒレなど)
●塩味の調味液(ソミュール液)
・水 1カップ
・塩 8g
・はちみつ 小さじ1
・酒 大さじ2
・しょうゆ 小さじ1
・ローリエ 1枚
・玉ねぎスライス 1/8個分
・ニンニクスライス 1かけ分
・黒胡椒(粒) 5粒
●和風しょうゆ味の調味液
・酒 大さじ2
・みりん 大さじ2
・しょうゆ 大さじ2
・水 大さじ2
ここに焼肉用のミックススパイスと粗挽きブラックペッパー、ハーブミックスなどを足すことで、お好みのアレンジも楽しめます。
基本的な自家製干し肉の作り方レシピ
ここからは、基本的な自家製干し肉の作り方をご紹介していきます。
(1)調味液の準備:塩味の調味液または和風しょうゆ味の調味液を小鍋に入れ、一煮立ちさせたら冷まします。
(2)材料をスライスする:牛肉を2~3ミリ程度の厚さにスライスします。
(3)調味液に牛肉を漬け込む:調味液とスライスした牛肉をビニール袋や保存容器に入れて揉み込み、冷蔵庫で一晩おきます。
(4)汁気を切る:キッチンペーパーで汁気を取り、少し焼いて味見をします。しょっぱすぎた場合は、水で洗ってタレを落とし、水気をよく取りましょう。
(5)干す:食品用吸水シートに挟んで、冷蔵庫で一晩おきます。吸水シートがなければ、バットに網を乗せて広げて、ラップをせずに冷蔵庫の冷気の当たるところに置きます。
(6)燻製する(好みで):一晩干した牛肉を、軽く燻製にするのもおすすめです。燻製器、もしくはアルミホイルを敷いたフライパンにスモークチップを入れ、火にかけます。煙が出たらスモークチップに当たらないように網を乗せて、牛肉スライスを広げ、蓋をして5分燻製にしましょう。粗熱が取れたら、お好みの硬さに干して仕上げます。
(7)干して仕上げる:2~3時間ごとにひっくり返しながら、冷蔵庫、もしくは風通しのいい冷暗所に置いて干します。昼は外に置いても問題ありませんが、夜には冷蔵庫に入れましょう。2日~5日くらいで仕上げます。
※燻製しないで仕上げる場合、(5)のあとで(7)の工程を行いましょう。
(8)食べる時にさっと炙る:バーベキューグリルや網焼き、オーブントースターなどで焼いて、火を通してからいただきます。
干し肉を作るときの注意点
干し肉作りで注意したいポイントは、以下の5つです。
・使う器具は清潔に
・完成したら冷蔵庫か冷凍庫で保存する
・生食を避ける
・干す場所と干す時期(季節や気温)に注意する
・臭いや状態に注意する
それぞれ詳しく解説します。
使う器具は清潔に
干し肉に雑菌がつくと腐敗の原因になります。使う器具は水気をきれいに拭き、キッチン消毒用アルコールで消毒し、ビニール手袋を着用して食材に触りましょう。
完成したら冷蔵庫か冷凍庫で保存する
自家製干し肉は、菌の付着を防ぐため常温保存はせず、冷蔵庫か冷凍庫に入れておきましょう。保存用密封袋に入れ、冷蔵庫に入れておけば2週間、冷凍庫なら2ヶ月程度もちます。
生食を避ける
肉の生食は絶対にやめましょう。干し肉も干しただけでは、水分が飛んでいても生のままなので、滅菌や殺菌はできていません。
市販品は専用の工場で、徹底した品質管理のもとで作られているため、常温保存でき、そのまま食べられます。自家製の干し肉は、市販品のように完全に殺菌したりするのは難しいので、生食や保存状態には十分に注意してください。
干す場所と時期に注意する
高温多湿や直射日光の当たるような場所は避け、風通しのいい乾燥したところで、天気のいい日に干しましょう。天候が怪しかったら、冷蔵庫内や涼しい室内で干します。
直射日光が当たるところは高温になりやすく、肉が乾燥する前に雑菌が繁殖したり、腐敗が進行しやすくなります。同様に、高温多湿のところも雑菌が繁殖しやすくなります。なぜなら、生肉の中にそもそも存在している菌や、空気中の雑菌など、食中毒を起こす菌は20℃から50℃くらいの温度で活性化しやすいからです。特に37℃付近が最も危険な温度帯といわれています。
また、湿度70%以上になると細菌が増殖しやすくなるため、例えば食品加工場では、食中毒対策として、床を濡らさない、水を付けない、湿度を上げないことを徹底されています。
ですから、干し肉を作るには、高温多湿になりがちな夏場は避け、気温は冷涼で、空気もある程度乾燥した、秋から冬に作るのがおすすめです。
臭いや状態に注意する
熟成ではなく腐敗の場合、変な臭いやヌルヌルベタベタした手触りの違いが発生します。そのときは無理して食べず、潔く捨てましょう。
干し肉のおいしいアレンジレシピ
オーブンを使う干し肉
「何日も待てない」「早く食べたい」という方のために、オーブンレンジを使った干し肉レシピもご紹介します。
(1)調味液に一晩付けます。
(2)吸水シートなどに3〜4時間挟んで、余分な水分を取ります。
(3)100℃に温めたオーブンで5分加熱、取り出して裏返し、また5分加熱します。
(4)焼き加減を見て、足りないようならそのまま余熱で火を通しましょう。
鶏ささみで作る干し肉
牛の干し肉を作るときに余った和風しょうゆ味の調味液を使って、日本酒に合う鶏ささみの干し肉を作れます。
(1)筋を取ったささみ5本を調味液50ccに1晩漬けます。(冷蔵庫)
(2)調味液をきり、食材用脱水シートに挟み、1日脱水します。(冷蔵庫)
(3)好きな加減に干します。(半日~1日・風干しもしくは天日干し)
(4)お好みで七味や山椒をかけ、炙って食べます。
豚バラで作る干し肉
牛の干し肉で余った塩味の調味液で、豚バラ肉の干し肉も作れます。
(1)豚バラ肉ブロック150gを8枚にスライスします。
(2)塩味の調味液約50ccに一晩漬けます。
(3)汁気を切り、食品用吸水シートに挟んで、脱水します。(2日)
(4)軽く半日くらい干し、両面炙って食べます。
自家製干し肉を作るならこんな住まいがおすすめ!
「料理を作りたい」「自炊をきちんとしたい」と思ったときに、自宅の設備は大変重要です。ここからは、保存食を作りたくなるような、おすすめの住まいを紹介します。
バルコニーのある住まいで雨の日も安心して天日干し
保存食作りに目覚めると、干す場所や環境にもこだわりたくなります。屋根付きのバルコニーであれば、カラッと晴れた冬の日などに天日干しできますし、不意の雨でも心配ありません。
広々としたスペースのあるルーフバルコニーなら、保存食を干しても邪魔になりません。干し肉だけではなく、魚の一夜干しや梅干しなど、他の保存食も作れるので自炊が楽しくなるでしょう。
庭付きの住まいなら天日干しも燻製もできる
個人的に、干し肉は燻製した方がおいしいと思うのですが、「室内での燻製は臭いが気になる」という方も多いでしょう。
お庭のある家なら、燻製しても家の中に臭いがこもらず、広げて天日干しすることもできます。完成した干し肉を、庭でバーベキューをしながら炙って食べたり、七輪を出して晩酌したりするのも楽しそうです。
自家製干し肉にチャレンジしてみませんか?
今回は、自家製干し肉の作り方についてご紹介しました。調味液に漬けてお好みで燻製したらあとは干すだけなので、簡単に旨味の詰まった保存食ができます。平日に仕込んでおいて、週末の飲み会やバーベキュー、キャンプなどに持ち寄ると喜ばれること請け合いです。
また、干し肉が冷蔵庫や冷凍庫にあれば、手軽な晩酌のおつまみにもなります。ぜひこの記事を参考に、干し肉作りに挑戦してみてください。