開港の歴史を今に伝えながら、近代的な都市へと発展を続ける街、横浜。人々を引きつけてやまない魅力のひとつは横浜がアートの街であることです。
今回は、約60年にわたり横浜のアートムーブメントを醸成してきた「横浜市民ギャラリー」を紹介します。知れば知るほどワクワクする奥深い横浜市民ギャラリーの活動を探っていきましょう。
- 桜木町の丘にたたずむ横浜市民ギャラリー
- いつでもアートと出会える横浜市民ギャラリー
- 【観せる】 展示室はアート活動をする横浜市民の発表の場
- 【観る】 収蔵する1,300点から選りすぐりのアートを紹介
- 【観る】 現代アートの展覧会は自分と対話する機会
- 【観せる】応募作品は全て展示!横浜の子なら誰でも参加できる展覧会
- 【関わる】来場者との交流を深める横浜の市民ボランティア
- アートで人の心を育む横浜市民ギャラリー
- 【学ぶ】 アートに没頭する時間が子どもたちの自立心を培う
- 【学ぶ】 大人にも横浜市民ギャラリーならではの"アートの学び"を
- 横浜市民ギャラリーから街へ!アートの力で地域にチカラを
- 【広がる】 横浜を代表する文化施設が連携する「まいらん」
- 【広がる】 桜木町エリアから横浜市全域へと広がるアートの力
桜木町の丘にたたずむ横浜市民ギャラリー
JR京浜東北線・横浜線と横浜市営地下鉄が乗り入れる桜木町駅を降り、みなとみらい21地区とは反対方面に向かうといくつもの坂道があります。その1つ「紅葉坂」を上がり、左手に分かれた坂道を登り切ると「横浜市民ギャラリー」が現れます。結構な坂道ですが、展覧会が開催されているときは、桜木町駅から1時間に3本程度、小型シャトルバスが運行しているので、シニアやお子さん連れにも安心です。
ベージュ色のタイル貼りの柔らかな印象の建物ですが、エントランス付近には重厚なブロック状の構造物が見えます。モチーフは海運で使われるコンテナ。国際港・横浜を象徴しつつ、このギャラリーにたくさんの人とアートが集まり、世界に発信する「港のような展示場」を志すコンセプトが表現されています。建物は地上4階、地下1階の5フロア。地下1階から地上3階までの4フロアが展示室で、4階にはアトリエがあります。
今回は「観せる」「観る」「学ぶ」「関わる」「広がる」といったポイントから横浜市民ギャラリーの魅力を解き明かしていきたいと思います。
いつでもアートと出会える横浜市民ギャラリー
【観せる】 展示室はアート活動をする横浜市民の発表の場
横浜市民ギャラリーはその名の通り「市民ギャラリー」なので展示室の貸し出しを行っており、市民や学生の団体による展覧会が開催されています。気軽に入館して、自由に作品を鑑賞できます。
取材時には、横浜を中心に活動する「桟敷東石日月書道会」( https://www.jitsugetsushodokai.com )が全フロアを使い、年に一度の定期展覧会を開催していました。
長年、横浜市民ギャラリーでこの展覧会を開いてきた会長の桟敷東石さんはこう語ってくれました。
「とても使いやすい展示施設です。まず、展示スペースがとても広い。私たちの書道会は約1,000人の会員がいますが、これだけの広さがあれば参加する全会員の作品を展示できます。4フロアあるので、フロアや部屋ごとに年代やジャンルで分けています。地下のフロアは天井が高いので、高さ2m以上の作品も余裕をもって展示できます。桜木町駅からシャトルバスが出ているので便利ですね」。
他の利用団体の方からは「展示室の壁がきれいに維持され、気持ちよく展示ができる貴重なギャラリー」との声も。年間を通じて展示室の利用が途切れないのは使い勝手の良さに理由があるようです。
【観る】 収蔵する1,300点から選りすぐりのアートを紹介
横浜市民ギャラリーでは、展示室の貸し出しに加えて、自主事業による展覧会を行っています。
まず、「横浜市民ギャラリーコレクション展」です。実は、横浜市民ギャラリーでは約1,300点にも及ぶプロのアーティストたちの美術作品を収蔵しているのです。市民ギャラリーなのに、「なぜ、コレクション?」という疑問に答えてくれるのは、横浜市民ギャラリーの森井健太郎館長です。
「横浜市民ギャラリーは、当時の横浜市長、飛鳥田一雄氏の『市民にアートを!』という強い信念のもと、1964年に桜木町の旧中区役所の建物に設立されました。横浜市初の公設文化施設であり、市民のアートを展示する場であるとともに、かつては美術館としての役割も担ってきたのです」
横浜市民ギャラリーはその後、1974年に関内エリアへと移転。2014年に現在の建物に移ってからも、収蔵作品を保管しつつ、年に1回、コレクションの展覧会を開催してきました。
2023年は「描きたい風景」のタイトルのもと、約2週間にわたり2フロアで53点の絵画作品などが公開されました。
「市民ギャラリーですから、コレクション展も分かりやすさ、親しみやすさを心がけています。コロナ禍で旅行に行けない時期が続きました。『描きたい風景』というテーマには、アーティストたちが描いた風景画を鑑賞して、旅に出かけた気分を味わってほしいという学芸員の思いが込められています」。
コレクションの収蔵開始から半世紀以上が経ち、一部の作品は修復が必要です。横浜市民ギャラリーではクラウドファンディングで費用を募り、「描きたい風景」展では修復を終えた絵画作品も公開されました。
【観る】 現代アートの展覧会は自分と対話する機会
横浜市民ギャラリーが主催する2つ目の展覧会は「新・今日の作家展」です。現代のアーティストによる展覧会であり、前身である「今日の作家展」は横浜市民ギャラリーが設立された1964年にスタートしました。
2022年は「世界をとりとめる」をテーマに3人のアーティストの作品を展示。森井館長は、現代作家の展覧会を開催する意義についてこう語ります。
「同じ時代の空気を吸っているアーティストが、世界をどう捉えているかを知ることで、観る人の心が揺れ動き、自身の内面的な変化への気づきがあります。60年前から続く、同時代のアーティストの展覧会は横浜市民ギャラリーの活動の大切な核であると思います」。
【観せる】応募作品は全て展示!横浜の子なら誰でも参加できる展覧会
そして、もう1つの主催展覧会は「横浜市こどもの美術展」です。その名の通り、横浜市在住・在学の小学生以下の子ども(0歳〜12歳)であれば誰でも出品できます。この展覧会がすごいのは、無審査であること。応募作品のすべてを展示します。近年はコロナ禍で出品数が減りましたが、最も多い時期は約3,000点を全フロアにわたり展示していたそうです。
「子どもが手を動かして作品をつくる。そのときに感じたことが一番大切です。作品に優劣をつけるのは大人の観点。無審査で展示することに意義があります」と森井館長。その根底には熱い思いがあります。
「自分の力で何かを表現する体験は、きっと大人になってからも生きると思います。ワクワクしながらやり遂げた成功体験。それがあれば、何かを踏ん張ってやるときの大変さも乗り越えられる。子どもたちに、そんな原体験を提供したいという思いがあります」。
【関わる】来場者との交流を深める横浜の市民ボランティア
横浜市民ギャラリーでは、展覧会に関わることもできます。コレクション展では市民ボランティアの「鑑賞サポーター」を募集。自分で気に入った作品を深掘りして調べて、他のボランティアと共有するとともに、会期中のイベントや配布物で来場者に作品紹介を行うなどの活動をしています。
この他にも、横浜市こどもの美術展でも、子どもたちが参加するワークショップをボランティアがサポートします。森井館長は、「シニアと子どもや若者など世代を超えた交流はアートを楽しむことに加えて、少子高齢化など社会課題解決への貢献も目指しています」と説明してくれました。
アートで人の心を育む横浜市民ギャラリー
【学ぶ】 アートに没頭する時間が子どもたちの自立心を培う
横浜市民ギャラリーでは、子どものためのアトリエ講座「ハマキッズ・アートクラブ」を開催しています。幼児から小学生の子どもたちを対象にし、2022年度は10回の講座を実施。それぞれの回で参加できる年齢を区切って、その層に合わせた内容の制作を行います。毎回、高倍率の抽選になるほど人気の講座です。
取材で見学した講座のタイトルは、「わたしのお家づくり」。対象は幼稚園・保育園の年長に相当する子どもたちです。会場は4階のアトリエ。13名の子どもたちが参加し、幼稚園児や小学生を中心に造形や美術を指導する講師の方とスタッフ3名の体制でワークショップが行われました。
保護者はアトリエの端に座って見学し、制作中は子どもの所に行くことはできません。あくまで子どもの自主性を尊重するからです。
講座が始まると、子どもたちは講師を囲んで、どんな手順で家を作っていくかを真剣に聞きます。材料を受け取り、テーブルに戻って思い思いに手を動かす子どもたち。印象的だったのは、1時間半の講座が終わるまで誰ひとりとして保護者の元に行く子がいなかったことです。保護者の方々に感想を聞いてみました。
「ものづくりを子どもに体験させる貴重な機会だと思い参加しました。のびのびしていますね。次男なので、家だと長男を意識するので、どうしても真似をしてしまう。でも、『ひとりだと、こういうふうにやるんだなぁ』と様子を見ることができて、とてもうれしかったですね」(鶴見区在住)
「制作が好きな子なので、ものづくりができる機会を探していて参加しました。すごくぜいたくなワークショップです。目がキラキラしていて、生き生きしているのが伝わってきます。参加して、よかったなと思います」(港北区在住)
「絵を描いたり、作ったりするのが好きなので、楽しいかなと思い参加しました。人見知りの子なので大丈夫かなと思っていましたが、楽しそうに集中してやっています。幼稚園や保育園の年齢の講座は他にあまりないので、このワークショップは本当に貴重な機会です」(神奈川区在住)
子どもたちがものづくりに没頭していた様子と保護者の感想を伝えると、森井館長は、「子ども向けの講座では、単に『作るのが面白い』というクラフトのワークショップとは違う体験を目指しています。アートの体験を通じて自立心を育むために何を目指し、どう着地させるかを企画の担当者が検討し、内容を立案しています」と綿密な“活動理念”があることを説明してくれました。
【学ぶ】 大人にも横浜市民ギャラリーならではの"アートの学び"を
横浜市民ギャラリーでは「大人のためのアトリエ講座」も実施しています。
「大人の方向けの講座やワークショップについては、公設文化施設ならではの工夫や趣向を念頭に内容を立案しています」と森井館長。
2022年度は、着物姿のモデルを描く「和の装いを描く」、「はじめての日本画 絹に描く」など絵画の経験者にとっても新鮮なテーマが設けられています。もちろん初心者も受講できます。
2022年度のメニューで興味深いのは、横浜市民ギャラリーから徒歩数分の場所にある横浜能楽堂との連携企画が設けられていることです。「着物をほどく」「袱紗(ふくさ)を縫う」といったワークショップと横浜能楽堂の見学がセットになっており、制作作業も練習用の舞台のある部屋で行います。和のものづくりを本物の和の空間で行えるなんて贅沢な企画です。
横浜市民ギャラリーから街へ!アートの力で地域にチカラを
【広がる】 横浜を代表する文化施設が連携する「まいらん」
現在、横浜市民ギャラリーを含む近隣の5つの文化施設では、「横浜・紅葉ケ丘 まいらん連携事業」を推進しています。参加するのは、神奈川県立音楽堂(Music Hall)、神奈川県立青少年センター(Youth Center)、神奈川県立図書館(Library)、横浜市民ギャラリー(Art Gallery)、横浜能楽堂(Noh Theater)で、この5つの施設の頭文字MYLANをあわせて「まいらん」とネーミングされています。まいらんでは、施設をめぐるスタンプラリーなどのイベントを開催し、それぞれの施設の活動を知り、参加者が異なるジャンルの芸術へと興味を広げる機会を提供しているのです。
「“まいらん”は施設の担当者同士の交流から生まれた企画です。文化施設がそこだけで完結せずに、ともにムーブメントを起こしていく。地域に暮らす方々に参加してもらい、文化芸術を楽しみ、交流することが結果として地域のコミュニティを育むことにつながります。単体の施設だけで活動を考える時代ではないので、連携はこれからも積極的にやっていきたいと考えています」(森井館長)
実は、横浜市民ギャラリーと横浜能楽堂の運営団体はどちらも公益財団法人横浜市芸術文化振興財団です。同財団では他にも、横浜美術館、横浜みなとみらいホール、横浜赤レンガ倉庫1号館、横浜にぎわい座などを運営しています。森井館長をはじめ、スタッフの方々は施設間の連携にも積極的なので、今後もジャンルを超えた芸術の企画に期待ができそうです。
横浜市民ギャラリーをはじめとする紅葉ケ丘のエリアは、JR京浜東北線・横浜線および市営地下鉄の桜木町駅が最寄りです。1〜2駅で横浜駅なので、都心をはじめ各方面へのアクセスは抜群です。また、このエリアは京浜急行の日ノ出町駅からも徒歩圏内。京浜急行は横浜駅で乗り換えれば、川崎や羽田空港、品川、東銀座などへ直通で行くことができます。
【広がる】 桜木町エリアから横浜市全域へと広がるアートの力
文化芸術団体の活動は学校にも届いています。その一例が「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」です。横浜市の教育委員会などがコーディネートして、文化芸術団体・施設に関わる芸術のプロたちが、市内の学校に音楽、演劇、ダンス、美術、伝統芸能のプログラムを提供しています。2022年度は143校でプログラムが実施され、横浜市民ギャラリーも制作活動に関する授業を3校で行いました。
「横浜の芸術団体は単にアートや音楽を鑑賞するだけでなく、体験して楽しむことを大切にしています。学校でも民間でもさまざまな企画があり、気軽に楽しむ環境は整っていると思いますね」と森井館長。
その言葉からも、横浜はアートに触れさせながら子どもを育てる環境としての良さがあることが分かります。
今回取材した横浜市民ギャラリーに加え、2024年3月には現在は休館中の横浜美術館(みなとみらい21地区)がリニューアルオープンの予定です。そして、横浜市民ギャラリーからも歩いて行ける距離にある中区の黄金町や寿町といったエリアでは、アートの力によって街の再生や活性化を行う活動も行われています。
アートが根づく街に暮らすなら?横浜市西区住まいを見てみる
脈々と受け継がれる伝統の芸術文化施設と、街から生まれるアートの新たなる息吹。多様な表現活動が混在する横浜は、アートのある暮らしを楽しむのに、うってつけの街なのです。
取材協力:横浜市民ギャラリー
住所:横浜市西区宮崎町26番地1
電話:045-315-2828
https://ycag.yafjp.org
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