震災避難者からの相談をきっかけに生まれた共同住宅

ハウスの外観。住宅用に3分割されていた土地を、不動産業者に頼んでひとつにまとめてもらってから買ったというハウスの外観。住宅用に3分割されていた土地を、不動産業者に頼んでひとつにまとめてもらってから買ったという

練馬区の大泉学園にある「ウイズタイムハウス大泉学園」は、高齢者や障がい者、育児中の人といった「生活に少しサポートがあると暮らしやすくなる人」が暮らせる共同住宅だ。高齢者だけを対象とした老人ホームや障がい者だけを対象とした入所施設などとは違い、さまざまな属性を持つ人たちが一緒に暮らせるのが特徴で、住居のほか、障がいを持つ人が働く作業所も併設している。

「ウイズタイムハウス大泉学園」を建てたのは社会福祉士で練馬区議も務める加藤木桜子さんと、同じく福祉職に携わる夫の貢児さん。きっかけとなったのは、東日本大震災の影響で福島から東京への避難生活を送っていた老夫婦の息子さんからの相談だった。80代になる両親は被災者支援の終了に伴い東京の公営住宅を退去しなければならなくなったが、高齢の2人だけを福島に帰すことも難しく、自分が近くで支えながら両親が暮らせる場所を探していた。

男性からの相談を受けた2人は、近所で売りに出ていた土地を見つけ、「ウイズタイムハウス大泉学園」を建てることを決めた。
「誰かがちょっと見てくれているとか、話を聞いてくれるとか、そういう距離感で人が関われる、施設と在宅の間くらいの場所があればいいなと以前から思っていたんです」と桜子さん。貢児さんも、「高齢者は高齢者、障がい者は障がい者という縦割りでは、老老介護や老障介護などのいろいろなかたちに対応できない。中間的なところに対応できる場所を増やしたい」と考えていたという。「ウイズタイムハウス大泉学園」は、高齢者や障がい者、そして障がいなどが無くとも、さまざまな人たちとの交流に関心を持つ人が生活できる、2人の理想を実現する場所としてスタートしたのだ。

どんな障がいを持つ人でも受け入れられる設備と工夫

建物は2階建てで、1階には事務所と、障がいを持つ人たちが働く作業所「ウイズタイム」がある。居室は全8室。5.5畳と6畳、10畳の3種類があり、家賃は広さに応じて5万1,000円〜8万円の間で設定。5.5畳と6畳の部屋は、生活保護受給者が住宅扶助を受けられるよう配慮した賃料とした。これに管理費の3万円(10畳は3万7,000円)を加えた合計が入居費用となる。

共同住宅なので風呂やトイレ、キッチンなどは共有だ。建物の施工を依頼した業者は一般住宅が専門だったため、バリアフリーに詳しい知り合いの設計士にも相談し、どんな障がいを持つ人でも極力受け入れられる設備になるよう整えたそうだ。
たしかに館内を見渡してみると、洗面台ひとつとっても、洗面器の下に棚などを設けず広い空間にすることで車椅子に乗ったまま使えるようになっている。また、洗面器の下の配管をカバーで覆うことで、特定の物事に強いこだわりのある人でも気にならないようにするなど、さまざまな工夫がなされていた。

それでも実際に入居が始まれば想定外のことが起こるもの。たとえば2階の廊下を壁づたいに歩いている入居者がいたが、これだとふとした拍子に階段へ落ちてしまいかねないことが分かった。そこで、手すりを階段と反対側につけ、危険な場所に手をつきづらいよう、わざと棚を置くなどして対策をとった。このように入居者の様子を見ながら、必要に応じて都度設備を改良しているという。

また、暮らしに関する意見をしっかり拾い上げるため、月に一度は食事ミーティングを開き、困っていることがないか話し合っているそうだ。こうした機会が定期的に設けられていることは、入居者の安心にもつながるだろう。

居室の賃料は広さや窓の数、ベランダの有無などによって変わる。写真は6畳の部屋(左上)。多様な障がいに対応できるよう配慮された設計の洗面台(右上)。バリアフリーに設計された風呂場(左下)。階段の反対側に誘導するよう新たに手すりをつけた(右下)居室の賃料は広さや窓の数、ベランダの有無などによって変わる。写真は6畳の部屋(左上)。多様な障がいに対応できるよう配慮された設計の洗面台(右上)。バリアフリーに設計された風呂場(左下)。階段の反対側に誘導するよう新たに手すりをつけた(右下)

安心・安全なだけでない、生きがいのある暮らし

障がい者の作業所「ウイズタイム」が1階にある障がい者の作業所「ウイズタイム」が1階にある

現在の入居者は、「ウイズタイムハウス大泉学園」を建てるきっかけとなった80代の夫婦と、福祉施設を退所してひとり暮らしを始める前の準備期間として入居した40代の人。このほかにもう1人、近いうちに入居できるよう調整をすすめている。

入居にあたっては、加藤木さんたちとの面談や有料の体験入居を経て、互いに心地よく生活できると確認したうえで契約を交わす。入居者の受け入れで重視するのは「ここで暮らしたい」と思ってもらえることであり、障がいの程度は問わない。ウイズタイムハウス側で介護サービスを提供するわけではないが、入居者自身でヘルパーなどを頼んで自立した生活が送れるのであれば問題ないという。

1階の作業所「ウイズタイム」には、日曜以外は朝から夕方まで作業所のスタッフが常駐するため、ハウス内に必ず誰かがいる状態になる。すると、たとえば瓶のフタが固くて開けられないといった日常の小さなことを助けてもらえる環境がつくられ、入居者の安心・安全につながっている。入居者しかいない夜間に発生したトラブルには、すぐ近くで暮らしている加藤木さん夫妻が対応できる態勢を整えているそうだ。

桜子さんは一般的な老人ホームや介護施設における難点のひとつとして、「施設にいると、その中だけの生活になりがち。社会のことをもっと知りたいし、自分の持っている知識や経験を生かしたいと思っても、それができる場が少ないのです」と話す。そこで、「ウイズタイムハウス大泉学園」では、入居者に対し「何かご飯でも作ってくれないか」「その話をみんなにも聞かせてあげてほしい」といった頼み事をあえてするそうだ。
「役割があることで、いろいろな人と関われます。お世話になる一方ではなく、自分も誰かの役に立てると思いながら生活ができるのがここの利点だと思います」と桜子さん。誰かに頼り切りにならず入居者同士で助け合うことにより、生きがいを感じながら暮らせるのだろう。今後入居者が増えるにつれ、さらにコミュニケーションが増え、助け合いの輪も広がり、そばに誰かがいる安心感も増していくのではないだろうか。

目指すのは安心して暮らせる地域づくり

「人生の中で雨が降ってきたとき、少しの助けになる、傘のような存在になりたい」という想いを込めたロゴ「人生の中で雨が降ってきたとき、少しの助けになる、傘のような存在になりたい」という想いを込めたロゴ

「入居者を増やすだけでなく、ゆくゆくは近所の人たちのサポートもできるようになったらいいと考えています。このあたりの地域は練馬区の中でも特に高齢化率が高く、ひとり暮らしのお年寄りも多い。そういう人たちと普段から顔を合わせるようにして、こちらから家まで様子を見に行ったり、『ウイズタイム』にご飯を食べに来てくれたりするような関係をつくっていきたいですね」

これからの目標についてこのように話す桜子さん。現在、「ウイズタイム」は週末にカフェとして営業しており、近所の人も使えるようになっている。また、月に一度バザーイベントも開催し、地域に開かれた施設を目指しているそうだ。

さらに、周辺地域の「エディブル・タウン」化計画の構想があるという。エディブル(Edible)とは「食べられる」という意味の英語。野菜やハーブなど食べられる植物を各家庭の軒先で育ててもらい、それらの作物がまち並みを彩る「食べられるまち」をつくろうという試みだ。まずは「ウイズタイムハウス大泉学園」の隣の土地に農園をつくり、みんなで野菜などを育てたり、鉢植えの手入れをしたりできる場にしたい、と貢児さん。ゆくゆくは、「ウイズタイムハウス」に各々の育てた作物を持ち寄ってのイベントや、農家から栽培についてのアドバイスを聞く会なども開き、エディブル・タウンの形成を通して地域のつながりをつくっていきたいのだという。

貢児さんは「今後、ウイズタイムハウスのような施設が他の地域にも増えていくよう、収支も成り立たせたモデルケースになれれば」と話す。加藤木さん夫妻が実現しようとしているのは、入居者の充実した暮らしだけにとどまらず、高齢者や障がいを抱える人が安心して暮らせる地域づくり、ひいてはそうした取り組みをを各地に広げていくという大きな夢のようだ。

2019年 01月05日 11時00分