まるで異空間?ビルの谷間にぽっかり緑の空間

ビルの谷間にぽっかりと現れる緑と古民家がある、ゆったりした空間。時間の流れ方すら違うように感じるビルの谷間にぽっかりと現れる緑と古民家がある、ゆったりした空間。時間の流れ方すら違うように感じる

池袋駅の西口から歩いて数分。ビルの間の道を入ると、突然に緑と古い日本家屋のある空間が現れる。2020年7月29日にオープンしたニシイケバレイだ。valley(谷)が意味するとおり、建物の前に立って空を見上げると周囲にはビルが林立、ニシイケバレイはちょうど、それらの谷間にある。その分、上空の空がぽっかりと広いのが印象的だ。映画ではよく、主人公がいつもの道を外れたところから異空間に迷い込むシチュエーションがあるが、どこか、そんな風にも感じる場所である。

もともとはニシイケバレイの所有者である深野弘之氏の家族が代々居住してきた場所で、深野氏は17代目。過去帳で歴史を辿ると初出は元禄9(1696)年8月26日というから、徳川家の将軍が犬公方と呼ばれた綱吉だった時代である。23年前に通りに面した場所にビルを建てるまではコの字型に家があり、真ん中には池もある大きな庭があったという。今、残されている建物(以下、母屋)は深野氏の曾祖母が使っていた部屋で、築70年以上。ビル建設時に曳家をして現在の場所に移した。

その後、3年ほどは使っていない時期があったものの、以降は深野氏が15年にわたり、家族と暮らしてきた。しかし、4年前に子どもが誕生、子育てで忙しくなると手間がかかる日本家屋での暮らしは面倒になった。朝晩、十数枚の雨戸の開閉から1日が始まると考えると確かに大変だ。

そこで深野氏は子どもが1歳になった頃に通り沿いのビルに引っ越し、母屋は各種お稽古事の教室などとして使われるように。茶道、書道に狂言といった伝統芸能から、ヨガや味噌を仕込む会、庭を使ってのマルシェとさまざまに使われてきたが、それほど稼働していたわけではない。もう少し、使えないものか。検討が始まった。

子どもの未来のために大家ができること

検討のきっかけになったのは兵庫県宝塚市で大家業を営む木本孝広氏との出会いだった。木本氏は幹線道路の新設で寂れた旧道沿いの古い賃貸住宅を周囲の反対を押し切ってリノベーション。それが契機となって地域一体が再び賑わい始めるようになったことから、大家による小規模な「直径100mのまちづくり」を提唱。行政がやるまちづくりほど規模は大きくはないが、その分、スピーディーにまちに賑わいをもたらし、価値を上げることができる。深野氏はそれに感銘を受け、自分でも同じような取り組みができないかと考えたのである。

以前の深野氏は地主、大家という役割にプラスの感情を持っていなかった。大家がまちや地域にとってどのような意味のある存在なのか、手本が無かったからかもしれない。ところが、豊島区で2014年夏から始まったとしま会議に参加するうちに意識が変わってきたという。

「地域に目を向け始めたちょうどその頃、豊島区で多様な活動をしている人たちがスピーカーとなるとしま会議が始まり、初回から参加していました。そこには地域のことを考えて活動している大家さんが多く参加されており、聞いているうちに大家も悪くないなと考えるようになりました。特に子どもが生まれてからは子どものために地域に良い未来を残したい、そのためには土地の管理者が志を持って経営に向かわなくてはという思いが強くなりました」

そんなところにとしま会議を経由しての木本氏との出会いである。ちょうど事業承継について考えなくてはいけないタイミングでもあり、このエリアをこれからどうしていくか、さまざまな検討が行われた。

手前から深野氏、木本氏、鈴木氏。深野氏は茶人であり、地元でもさまざまな活動をされている。庭には茶花として使われるものも植えられている手前から深野氏、木本氏、鈴木氏。深野氏は茶人であり、地元でもさまざまな活動をされている。庭には茶花として使われるものも植えられている

塀を撤去したら、風景も人も変わった

撤去前、撤去後。塀がどれだけ空間をつまらなくしていたかがよく分かる撤去前、撤去後。塀がどれだけ空間をつまらなくしていたかがよく分かる

深野氏はとしま会議などで知り合った人脈からエリア開発のチームを作り、そこで決まったのはエリアのちょうど中央にある母屋をまず開き、それから徐々に周辺を変えていこうという長期的な計画である。建物自体はいろいろな形で外の人たちに使われ、ある意味開かれてはいたが、それをより多くの人に開いた場であることを示すためにと、エリア開発チームからの提案で母屋を囲んでいた万年塀を壊すことになった。

「塀があるとその内部がどんな雰囲気かが分からない。だから、まず、回りから内部が見えるように塀を撤去、母屋をまちの風景にしていこう」

深野氏も塀が障壁になっていることは理解していたものの、長年塀の中に暮らしていたことから、人が無断で入りこんでくるのではないかなど漠とした不安もあった。だが、それは全くの杞憂だった。

「以前、塀があったときにはポイ捨てや立ちションが非常に多かった。でも、塀を撤去したら、どちらも激減。立ちションはほぼ無くなりました。塀で遮られていた人の目が機能するようになったのでしょうね」

人が立ち入ることもない。それは敷地内の緑で緩やかにゾーニングがされているためだ。

「もともと、今もパートナーである園芸家と5年くらい前から敷地内の植栽全体で『いい感じ』の景観を作っていくことに着手していました。目指したのは『どうだ感』で押すのではなく、さりげなく自然で多様な植栽です」

深野氏が茶人であることから茶花を植え、また、蝶や鳥が多く訪れるように木や花を選定、地面だけでなく、藤やバラ、ジャスミンなどつる植物を多用して空間全体を使うようにするなど、立体的な緑が模索されており、塀を撤去したことでそれがうまく拡張することになった。「緑化に関しては振り切ったものを作り、東京において唯一無二な景観を作りたいと思っています」

母屋に続き、築古の木造アパートの改装もスタート

建物は畳を上げてベタ基礎にするなどして補強。縁側を作った。また、キッチン部分は既存の和室2室に繋げるように増築した。古い建物ではあるが、完全に空き家だった時期はそれほどなく、住んでいない時期も深野氏の空手仲間が宿泊するなどで何かしらは使っていた。そのためか、建物はさほど傷んでいなかった。

それより大変だったのは庭石などの移動。地表に見えている部分は少なくても、動かそうと回りを掘りだすと実は見えていたのは一部だけということもあったそうだ。

使い方だが、当初、母屋のキッチン部分はシェアキッチンを想定していた。そのため、既存の和室に繋げるようにキッチン部分を増築したのだが、最終的には信頼できる人との出会いがあり、森小屋トリイという飲食店が入ることになった。豊島区では前述のとしま会議を通じて地域密着の人間関係が生まれており、地域のために何かをやりたいと共通する思いのある人が繋がっている。何かをやろうとするときには誰かに相談すれば適任の人を紹介してもらえる可能性が非常に高いのである。

和室はこれまで同様にイベントなどでも使う予定で、裏手には茶道などの道具を収納するための納戸、キッチンなども用意した。

続いては母屋からマンション1棟を挟んだ、同じく深野家の敷地内にある古い木造アパート白百合荘を改装。年内に完成させて来年1月に開業する予定だ。1階には以前から付き合いのあった和食店が入ることになっており、2階はパティシエのアトリエが入ることになっているが、それ以外は未定。

「6畳一間が5部屋あり、そのうちの2室をパティシエのアトリエにすることは決まっていますが、それ以外はこれから。ここに来れば何かができると思ってもらうような場とだけは考えており、走りながら考えようと思っています」と運営を担当する株式会社BITESの鈴木英嗣氏。敷地内のほかの部分についても同様に、構想はあるものの、やりながら具体案を詰めていくような形になるという。

左上から時計回りに、増設されたキッチン、イベントで利用時の和室2室、増設された縁側、そしてこれから改装される木造アパート左上から時計回りに、増設されたキッチン、イベントで利用時の和室2室、増設された縁側、そしてこれから改装される木造アパート

住む人、外から来る人に魅力的な空間を

敷地内でもっとも古い明治時代の門。そしてその脇に表示されたニシイケバレイの、場の役割を示す表示敷地内でもっとも古い明治時代の門。そしてその脇に表示されたニシイケバレイの、場の役割を示す表示

母屋を中心にした敷地全体は3100m2あり、通り沿いには83戸のマンション、テナントなどが入ったビル、母屋の隣には13戸のマンション、改装が始まったアパートがあり、その反対側には駐車場とその管理のための平屋がある。いずれ駐車場、小屋などが活用されていけば、この一帯はさらに変わるだろう。

「周囲の人たちからはここにこんな空間があったのかと驚かれています。通り沿いのマンションに住む人たちには良い借景となっており、花の写真を撮りに来る人も。これまで建物内に閉じこもっていた人たちが下りてくれるようになれば、人と自然とさまざまなものに触れ合えます。また、ここには車が入れないので、娘が走り回っていても安心です」

今後も変化し続けるニシイケバレイだが、目的はこの地域に価値を作ること。現在この一角にある100戸ほどが途切れることなく埋まるよう、住んでいる人にとっての魅力を作り、さらに新しい人たちが外からやってきたくなるような場所になることだと鈴木氏。第一弾でこれだけ魅力的な空間である。今後どうなるか、ちょくちょく見に行きたいものである。たぶん、深野氏の意図どおり、緑がもりもりの、都心近くとは思えない別天地になっていくはずである。


ニシイケバレイ
https://www.facebook.com/NishiikeValley/

全戸空室アパートがリノベーションで変化。二代目大家が作り上げた「住み続けたい町」
https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_00372/

2020年 10月16日 11時05分